図書室の神様
図書室。本の匂いで充満している部屋だ。幸樹はこの部屋が好きだった。幼い頃から本を読むのが好きだった幸樹は小学生の頃も、中学生になっても図書室は利用していた。ただ、別段利用していたわけではない。幸樹は借りるより持っていたいタイプの人間だったので、暇な時や、買うに値する本を探すときに利用することがほとんどだったのだ。
(それにしても、図書室にいる神様って事は、やっぱり本が好きな神様なんだ
ろうか・・・)
だとしたら気が合いそうだ、と幸樹は期待した。
扉は開いていた。最も、もう6時半を回る頃だから誰もいなかったが。司書の先生にも会わなかったのは幸運だった。
やはり、大きな気配がする。
「守り神さん・・・いるんですよね?」
幸樹の声が部屋中に響き渡る。
だが、出てこない。
「あれ・・・?」
気配が揺れ動く気配も無い。大きな気配がするのは確かなので、青蘭が嘘を教えたということは無いはずだ。
「えっと、守り神さん?鈴さん、ですよね?青蘭さんから協力して欲しいと・・・」
青蘭、という名前が出てきたところで、初めて気配が揺れ動いた。
そして、気配が人型になる。
「君は誰だ?なぜ青蘭の名前を?それに私の名前まで知っているようだが?」
腕を組んで幸樹の前に立つ。すらっとした長い足に、スタイルも抜群だ。長いまっすぐな銀髪を伸ばし、眼鏡をかけた、全体的に知的な印象を与える女性だった。青蘭よりも年上に見えた。無表情に、しかし、油断も隙も見せず、幸樹を見つめていて、冷静に行動ができる女性というイメージだった。まだ春だというのにノースリーブの赤いラインが入った白い服にジーパンという、季節外れもいいところな服を着ている。もしかしたら神ゆえに、寒いという感覚は無いのかもしれない、と幸樹は思った。
「俺は幸樹といいます。花子さ・・・じゃなくて、龍蘭さんのことを元に戻すために、力が必要なんです。で、青蘭さんのところに行ったら、鈴さんに力を貸してもらえ、と」
「ああ、そうか。君が、龍蘭の言っていた少年か・・・」
(俺の話どこまで広まってんだよ・・・花子さん・・・)
もはや、神様全員が知ってんじゃないかと思い始めた幸樹であった。
「ところで、幸樹と言ったな。君は戦えるのか?」
「あー、まぁ、一応は。青蘭さんから鎌を預かってきましたし、お札は___っ」
そこで幸樹は、はっとする。お札は、そもそも悪霊を退散するものだ。果たして、神である花子に効果があるのかどうか。また、効果があったらあったで、花子を消滅させてしまうのではないかと。
それを見透かしたように鈴は言った。
「見たところ、君は宮司の子のようだが、龍蘭に札は無意味だと思っていいだろう。その札がどれほどの効果を持っているかは知らんが、普通の札なら足止めにもならんし、逆に強すぎたとすれば、龍蘭を消滅させてしまう。使うのは得策ではないぞ」
「やっぱり・・・」
うなだれる幸樹をまっすぐ見つめて鈴は言った。
「なるほどな・・・だから青蘭は君にここに来いと言ったのか・・・」
「え?」
「今の龍蘭の七不思議の内容は知っているだろう」
昼間に四賀から聞いたものだ。
「ああ、屋上に立つ人影に見つめられたら記憶が消える。そして、その後、女子の間で、花子さんなんじゃないか、見たいな噂が流れているんですよね」
「その通りだ。基本である情報収集は出来ているようだな」
実は一人の情報だけでここまで来てしまった、とは幸樹は言えなかった。さも、『情報収集など、できてて当たり前』という態度の鈴に、どうやら、行動を起こすには徹底的に情報を集めるタイプらしい、と幸樹は悟った。鈴は眼鏡をくいっと上に上げる。そして、改めて幸樹を見据えてこう言った。
「そう。戦うためには相手から目をそらすことはできない。しかし、目を見たら記憶を消されておしまい、と。まるでメドューサとの戦いのように」
メドューサ。神話の中に出てくる蛇女のことだ。目を見ると石にされてしまう。だが、神が神話を語るのはどこか違和感があった。
幸樹は花子をメドューサに例えられ、むっとした。それに気づいた鈴は、バツの悪そうな顔をした。
「・・・すまない。別に龍蘭のことを悪く言っているわけじゃない」
「あ、い、いえ。気にしないでください」
慌てて、顔を戻す幸樹に、鈴は自分の手首からあるものをはずして幸樹に渡す。
「とりあえず、この数珠を持っていきなさい。これは、護身の物だ。とは言ってもその能力を無効化するに過ぎない。肉弾戦で戦うことになったら苦戦は強いられると思ったほうがいい。それと、今の龍蘭の鎌に斬られた時も多少は効果がある。だが、頼りすぎるなよ」
琥珀色に輝く石が連なった数珠だった。幸樹はその数珠のパワーに圧倒された。
「あ、ありがとうございます!」
「私は、青蘭の護衛役でもある。だから防御系の能力ばかりがある。逆に相手を浄化するなどの力は無いがな。おそらく、それで青蘭は私のところに来いと言ったのだろう」
鈴は微笑んだ。
「そういうことだったんですね」
「ああ。だが、油断するな。龍蘭はお前が思っているより遥かに強いであろう」
幸樹は静かに頷いた。
「では、行ってきます」
「ああ。気をつけてな。それと、一ついいか?」
なんだろう。そう思い、幸樹は鈴の声に耳を傾けた。
「・・・お前、本は好きか?」
「あ、はい!好きです!」
そう元気に答える幸樹に、鈴は満足そうに微笑む。
「そうか。では、お前が戻ってきたら興味深い本をいくつか教えよう。きっとためになる」
「あ・・・ありがとうございます!」
(やっぱり、仲良くなれそうだ)
幸樹は少し安らかな気持ちで戦いに臨めそうだった。