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夏祭り(後編)

 オレと陽菜は金魚すくいでどちらが多く金魚をすくえるかを勝負し、その後で石段に座ってたこ焼きを分けて食べた。


 それから神輿を見て、すれ違う同級生たちと会話してからもう一度屋台を回っていると、ある屋台の前で陽菜がぴたりと足を止めた。


「ヒヨコ?」


「ショウちゃん! 『たまひよ』だー!」


「は……? ああ……」


 陽菜が見ていたのは、棚にずらりと並んでいた射的の景品だった。ちょうど列のど真ん中に、『たまひよ』のマスコットが鎮座している。


「うああ……いいなあいいなあ。私、これやる、おじさん! おいくらですか!」


 陽菜は店主にお金を払うと、手前の台に置かれていた銃を手にし、いそいそとコルクを詰めはじめた。


「おい、出来んのかよヒヨコ」


 オレが横から声をかけると、陽菜はもう構えてマスコットに狙いを定めていた。


「出来ないじゃなくて当てるんだもん! あの『たまひよ』はいつもの『たまひよ』よりちょっと目つき悪いでしょ? 限定の『ワルひよ』バージョンなんだよ! 絶対欲しい!」


「オレにはまったく見分けがつかねぇんだが……」


 陽菜よりは視力が良いと自負している目を細めて景品を睨みつけるが、違いが分からない。そうやって見ている間に、陽菜は見事にすべてのタマをはずした。隣の景品にすらかすりもしなかった。


「へたくそ」


 オレが呟いた隣で、店主のおじさんが「お嬢ちゃん残念だったねー」と声をかける。

 陽菜は小さな子供のように膨れると「もう一回!」と小銭入れから百円玉を取り出そうとした。が、それをオレが阻止する。


「お前がやったって、いつまでたっても取れねえよ。貸せ」


「え……ショウちゃん。取ってくれるの?」


「ヒヨコがやるよりは確実だろ」


 オレは店主に金を払うと、陽菜が使っていた銃にコルクを詰める。それまで愛想よく接してくれていた店主は、オレの身長が百八十を超えていることに気づいて、頬の筋肉を引きつらせた。


 まあそうだろうな。タッパがあれば、その分腕も長い。つまり、身長が百五十五しかない陽菜が的を狙うよりも、オレの方がずっと至近距離から景品を狙えるわけだ。


 パンっと小気味よい音が鳴ったかと思うと、マスコットの額部分にタマがヒットする。『たまひよ』はその場でぐらぐらとダルマのように揺れたが、倒れはしなかった。


 両手を組みあわせて祈りのポーズをとる陽菜が「惜しいっ」と零す。店主は胸を撫でおろしていた。どうやらこの『たまひよ』は――いや『ワルひよ』は客よせの景品らしい。


「胴体より下の方狙うか」


 タマはあと二つ残っている。試しに一発、マスコットの殻の部分を狙って当てると、さっきよりも激しく揺れて傾いた。お、いけるなコレは。


 三分後、マスコット片手に満面の笑みを浮かべる陽菜と、弱弱しく手を振る店主の姿があった。


「ありがと、ショウちゃん!」


 陽菜は顔をほころばせて言った。


「へいへい、なくすなよ」


「うん! 嬉しいなぁ……それに」


「それに?」


 思わせぶりに話すのをやめた陽菜へ続きをうながす。

 マスコットのチェーン部分を持った陽菜は、オレの眼前へとそれをかざし、それからオレの顔とマスコットを見比べて「うん」と楽しそうに一つ頷いた。


「やっぱり似てる」


「は?」


「この『ワルひよ』が、ショウちゃんに似てるなって思って」


「はあ!? ヒヨコてめぇ、ケンカ売ってんのか?」


「売ってないよ。この『ワルひよ』のね、目つき悪いのに包容力高そうなとことかが、ショウちゃんに似てるの。褒め言葉だよ。私ショウちゃんに似てるから『ワルひよ』大好き。だからこれ、カバンにつけとく。大切にするね!」


「………」


 てらいもなく好きと言われると、他に何も言えなくなるわけで。


「……じゃあオレ様だと思って崇め奉っとけよ」


 特に面白みもない台詞をひねりだすのにも、少しの時間を要してしまった。


 それからも、屋台を見て回った。陽菜は帯が苦しくなるまで食べていたし、オレも祭りの雰囲気を楽しんでいるうちに時刻は九時を回った。


 そろそろ帰らないと陽菜の両親が心配するな。


 そう思いはじめた頃、オレと手を繋ぎ、半歩後ろを歩いていた陽菜がふらついた。

 かと思うと、オレの背中辺りにもたれかかってきた。人ごみに酔って目眩がしたんだろう。あんまり連れ回すんじゃなかったとオレは反省した。


「ヒヨコ、気分悪くなったか? そろそろ帰るか」


「えっ。や、やだ。もうちょっと」


「ダメだ。歩けないなら休憩所で休んでからでもいいけど、祭りはもうしまいな」


「やだー!」


「やだ、じゃねえ。わがまま言うならもう連れてこねえぞ」


 オレがぴしゃりと言うと、陽菜は小さな子供のように「うー」と唸った。


「じゃあお願いがある」


「だからお前のお願いは一日に何回あんだよ……」


 呆れて溜息を零しながらも「で?」とうながす。陽菜は少しの逡巡を見せてから、上目遣いで尋ねてきた。


「ショウちゃんが出る次の水泳の大会……見に行ってもいい?」


「……は?」


 オレが次に出場予定の大会といえば八月下旬に開催される『全国中学校水泳競技大会』のことだ。


「何だよ。いきなり……」


 陽菜はこれまで一度もオレの水泳大会に応援に行きたいと言ったことはなかった。そのため、水泳に興味がないのだろうと思っていたオレは面食らった。


「いきなりじゃないよー。ずっと行ってみたいと思ってたの。ほら、私、身体弱いでしょ? だからショウちゃんみたいに速く泳げるの、すごいなって……見てみたいなって思ってたんだけど……」


 陽菜の声がだんだん弱弱しく細くなっていく。


「お父さんに『翔唯くんの邪魔になるから行っちゃダメ』って言われて……だから、ショウちゃんが応援に行くのオーケーしてくれたら、お父さんも認めてくれるかなって思ったの」


「――――あー……」


 陽菜の親父さんは多分、陽菜が会場でぶっ倒れたりしないか心配で禁止したんだろう。もしくはオレに迷惑をかけると気を揉んでいるのかもしれない。


 返事を渋るオレの手を、陽菜は両手で握り直し、不安げにブラブラと揺する。


「お願い。一回だけでいいから」


「んー……」


「ショウちゃんお願いー……」


 陽菜は泣き声に近いような口調で言う。こいつは無意識で甘え声を出すから本当に危険だ。そしてその声に弱いオレは、五分後には頷いてしまうんだろう。



 もしこの時――もしも頷かなかったら、陽菜があいつと出会うことはなかったんじゃないかって、今でも思うんだ。まだお前は、オレの傍で笑ってくれてたはずなんじゃないかって。



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