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競技大会

 メインプールへ入った瞬間に割れんばかりの歓声に包まれる。

 この高揚感が好きだ。広いプールで泳ぐのも好きだ。広いスタンドを埋め尽くすような観客からの歓声を浴びて飛び込むのは気持ちがいいし、何処までも泳いでいける気がする。いつもなら。


「いい勝負しよな」


 スタート台に足をかけながら古後は声をかけてくる。


「……おう」


 オレはぶっきらぼうな返事をし、ゴーグルをかけ入水の準備に入った。スタートと同時にプールへ飛びこむ。


 絶対に古後には負けねえ。負けたくねえ。


 そう思いながら必死で水を掻く度に、身体はプールの底へと沈んでいく気がした。水が重たい。回す腕が重たい。スピードが出ない。


 前半に飛ばし過ぎた……っ。


 四百メートル個人メドレーの泳法は、バタフライ、背泳ぎ、平泳ぎ、そしてクロールだ。中盤の平泳ぎに自信がない分、前半で差をつけておこうと飛ばした結果、終盤でガス欠になってしまった。


 古後の得意な泳法はクロールだった……。隣のコースの古後を見る。意外にも、差はそこまで開いていなかった。


 高校に上がって初めての大きな大会だから、古後の奴、力が入りすぎてんのか……?


 それなら好都合だ。そうは思うのに、力が入りすぎているのはオレも一緒だった。

 


 結果、オレと古後は予選で敗退という苦い思いをする羽目になった。決勝に出場する奴らが二年生や三年生ばかりとはいえ、自分が全力を出し切れたとは言い難い。


 電光掲示板を睨みつけながら、荒々しくキャップとゴーグルを外す。プールサイドを後にする古後も、広場で会った時とは別人のように厳しい表情をしていた。


 ホタテの説教も右から左で、更衣室へと向かう。その後ろを、陽菜が小走りでついてきた。


「ショウちゃん」


「…………」


「おつかれさま」


「…………」


 そういえば、陽菜が大会を見に来たのは中学の夏の大会だけだから、負けたばかりのオレに接するのは初めてだろう。

 いつもは家でオレの帰りを待ち、母さんと御馳走をふるって残念会をしてくれるが、その時にはオレの波立っていた気持ちも大分落ち着いている状態だから、こんなに殺気立ったオレをこいつは知らないんじゃないだろうか。


 落ち着けオレ。陽菜をびびらせてどうする。


 すう、と大きく息を吸う。よし、平常心。


「ひよ……」


「ごめんねショウちゃん。落ちこんでるのに、私に気を使って落ちこみきれないよね」


「……は」


「ショウちゃん優しいから、いつも自分より私のこと気にかけてくれるもん。分かるよ」


「何のことだよ。……つーか」


 俯いた陽菜の目元へと手を伸ばす。乾き始めた指先が、陽菜の涙によって再び濡れた。


「何でお前が泣いてんだ」


「うー……」


 親指で乱暴に涙を拭ってやると、陽菜は子犬のように唸った。


「だってショウちゃん、絶対泣かないもん。だから私が代わりに泣いてあげるー……」


 身体の弱い陽菜は、早く泳ぐオレを見てすごいと言った。そんなこいつに、勝ったところを見せてやりたかったのに。謝ろうと思ったのに。


「あー……」


 むかつく。どうしようもねえ。どうしようもなく陽菜のことが好きだ。


「泣き顔ぶっさいくだからやめとけよ。気持ちだけもらう。ありがとな」


 肩を震わせて子供のように泣く陽菜の顔に、首にかけていたタオルを押しつけてゴシゴシこする。悔しいと思っていた気持ちが、陽菜の涙と一緒に流れていって、こいつには敵わないと思った。




 陽菜の涙が落ち着くまで、休憩時間を利用し広い館内をブラブラした。しかし、どうやらオレと古後は思考が似ているらしい。またばったり遭遇する羽目になった。


 前と違うのは、潮が引いたように古後のテンションが落ちていたことだ。


「あー……残念やったな。お互い。やっぱり高校生となると速さもケタ違いやな。圧倒されてもた」


「まあな。でも、次の大会までには追いつく……いや、追い越すつもりだ」


 オレが肩をすくめて言うと、眼鏡のブリッジをクイッと上げて古後はニヤリと笑った。


「俺もや。負けへんで」


 オレも負けねえよ。水泳も、陽菜のことも。心の中でそう呟き立ち去ろうとすると、古後が「あれ」と間の抜けた声を出した。


「ヒヨコ、泣いてたんか?」


 陽菜の目元が腫れていることに気付いた古後は、あいつの充血した瞳を覗きこんだ。それからオレへと責めるような視線を送ってくる。

 元々低い古後の声が更に低くなった。


「掛川お前……」


「何だよ。オレのせいじゃねーよ」


 陽菜がオレのために泣いたことは確かだけど。というか、どうして陽菜が泣いてることに対して古後は人を殺めそうな顔するんだよ。やっぱりこいつ陽菜のこと……。


 オレと古後の間に、静かに火花が散る。一触即発の雰囲気だったが、男のオレよりも地を這うような声で「かーけーがーわー」と呼ばれた。


「は……? ホタテ……? ぐおっ」


 声の主を振り返った途端、ホタテにアッパーを入れられて身悶える。舌を噛んだせいで口内に血の味が広がった。


「何すんだよホタテ! 体罰!」


 口元を押さえて怒鳴るオレに向かって、ホタテはドスのきいた声で言った。


「やかましい! あんたはその辺プラプラしやがって! クラゲか! 集合時間過ぎてんだよ!」


「ごめんなさい帆立先生……私気がつかなかった……」


 陽菜が青い顔をして謝ると、ホタテは「篠宮はいいんだよ。可愛いから」と明らかな差別をして陽菜を引き寄せ頭を撫でた。


「いいからさっさと更衣室に集合し……」


 そこまで言いかけて、ホタテは居心地悪そうに一連の出来事を見守っていた古後に目を止めた。


「あんた、明南めいなんの生徒じゃないか」


 ケンカをしていたわけではあるまいな、とホタテからオレへ疑いの目が向けられる。


「あんたのとこもそろそろ集合のはずだよ」


「あ、あー……ほんなら戻ります」


 素直に頷いて踵を返そうとした古後の背中に向かって、ホタテは呼びかけた。


「そうしな。……ああ、あと明南の顧問の先生に『冬の合同合宿よろしくお願いします』って言っといてくれ」


「合宿?」


 オレと陽菜、それから古後の声が綺麗に被る。きょとんとした表情を浮かべるオレたち三人に向かって、豊満な胸を反らしながら「するよ、合宿」とホタテは高らかに言い放った。


「あたしら泉心せんしん高校と、明南学園で」


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