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徐々に回りだす

 翌日、オレは前日よりもさっぱりとした気持ちで会場へ向かった。家を出る際に陽菜が見送ってくれたことも、オレの心が穏やかなことに関係しているかもしれない。


 どこまでも陽菜を中心にオレの世界は回っているなと再認識しながら、オレは携帯を開き、古後へメールを打った。


『陽菜からアドレス教えてもらった。掛川だ。会場の入り口近くに、見晴らしの良い階段があるだろ。そこを上った所にあるポールの前で待ってる』


 古後からの返事はすぐにきた。何故陽菜からではなくオレからメールがきたのかと訝った様子だったが、『すぐ行くわ』という返信通り、古後はすぐにやってきた。


「掛川!」


「よう。悪いな。マスコット直ったか?」


 五本並んだポールの前で待っていたオレは、こちらへ駆けてきた古後に片手を上げた。


「ああ、大丈夫や。あれ……」


「ヒヨコなら来ねえよ。今日は大事とって家で休んでる。だからマスコットはオレが預かってあいつに渡すわ」


「そう、なんか……。あー……」


 肩にかけていたスポーツバッグの中身を漁りながら、古後は歯切れの悪い声を出した。


「どうした?」


「すまん。ホテル出る時にカバンに入れたと思ったんやけど、持ってくるん忘れてもうたみたいや」


「はあ?」


「すまん。篠宮さんには責任持って郵送するわ。ホンマにすまん!」


「や、おい……」


「悪い。俺もう集合せなアカン時間やねん! ほな、試合でな!」


 怒涛の勢いで言ってのけた古後は、腕時計を見るなり走って姿を消した。オレは肩透かしを食らったような気分になりながらその場に立ちつくし、ややあってから自分の集合場所へ戻った。


 だからオレは知らなかった。


 古後がオレを振り返って、スポーツバッグから綺麗に直った『ワルひよ』を取りだしたことを。


「……なんで俺、マスコット忘れたなんて嘘ついたんやろ……」


 手元のマスコットを見つめながら、自分が嘘ついたことを疑問に思っていたことを。




 決勝戦にはテレビ局も来ていた。入場するとビデオカメラの前に立たされ、オレは一礼して自分のコースへ向かった。隣のコースの古後を見ると、浮かない表情で手足をブラブラ振っていた。カメラが回って緊張しているんだろうか。


 決勝戦が始まっても昨日のような迫りくる闘争心は古後から感じられない。不調なのか、結局奴は七位、オレの方も五位という中途半端な結果に終わった。


 オレの中学最後の部活動の夏はあっけなく幕を閉じた。古後にも、しばらく顔を合わすことはないんだろう。


「これで引退か。何だかあっけないよな。古後は高校でも水泳やるのか?」


「ああ。京都の高校にスポーツ推薦もらっとるし」


「そうか……」


 じゃあ、東京にはこないのか。そう思った時に胸を撫で下ろした自分が嫌だった。




叶たち後輩から鬱陶しいくらい惜しまれながらも、オレは部活を引退した。その後のオレに待っていたのは高校受験だ。


 とはいえ古後と同様、ありがたいことにオレにも推薦の話がきていた。だから勉強に力を入れる気にもならず、残り少ない夏休みを自堕落に過ごしていた。


 ただ、毎日午後二時になると陽菜が勉強道具片手にオレの部屋へとやってきて、テーブルを占拠しうんうん唸っていた。


 ちなみに陽菜はあまり勉強が得意な方ではない。数学の教科書を見る陽菜の目は未来人と遭遇した時のようだ。


「ヒヨコ、手止まってるぞ」


 ちょっかいをかけたくなって、知恵熱を出しそうな陽菜に声をかける。


「今解いてるとこなのー!」


「ほーう。式も書かずに解けるなんてヒヨコちゃんは賢いですねー」


「ショウちゃんうるさーい!」


「うるさいなら自分の部屋で一人で勉強してろよ」


 そう言いつつも、毎日オレの部屋に陽菜が来ることににやけてしまう。ヒヨコは母さんが入れたジュースを飲むのも忘れ、参考書とにらめっこしていた。


 ……そういえば、ヒヨコはどこの高校を受験するんだろう。


「ヒヨコ……お前さ、高校はどこに」


「あーっ! わっかんないー! こんなんじゃショウちゃんと同じ高校に行けないよう!」


 陽菜は筆記用具を投げ出して叫んだ。オレは目をしばたく。


「ヒヨコ、オレと同じ高校受けるつもりなのか?」


「ほえ? あったりまえだよー!」


「でもお前の友だちの有岡たちは女子高に行くって聞いたぞ? ヒヨコはあいつらと離れてもいいのか?」


「そりゃ、寂しいけど……でもショウちゃんがいないと楽しくないもん! ね?」


 オレがいないと楽しくない……。


「だから勉強頑張らなきゃなのに、難しいよー」


「…………」


 泣きごとを漏らす陽菜の隣にずいと座り、オレは参考書を手に取る。それから陽菜の小さな手にシャーペンを握らせた。


「ショウちゃん……?」


 陽菜は突っ伏していた顔を上げ、首を傾げる。オレはこの可愛い生き物を今すぐ押し倒したい衝動を鉄壁の理性で抑えた。


 お前は今とんでもなくオレを舞い上がらせる発言をした自覚がまるでないんだな。そうなんだな。だからそんなに可愛い言葉が簡単に口から出てくるんだな。


「……ったく、オレの我慢を試してんのか?」


「ショウちゃん?」


「ほら、オレ様が特別に勉強見てやるから、ありがたく思いながらやる気出せ。オレと同じ高校に行くんだろ?」


「ほえ……うん!」


 元気よく返事した陽菜は、姿勢を正して座り直す。そして


「でもショウちゃんもあんまり頭良くないよね」


 無自覚で毒を吐いた天然娘に、オレは拳骨を落とした。



 オレの部屋と陽菜の部屋は、互いの窓から行き来出来る。現に今も、陽菜は自分の部屋の窓からオレの部屋へと入ってきて勉強している。


 集中力が切れた頃、ふと顔を上げて窓越しに陽菜の部屋を見ると、陽菜の母親が立ってこちらを見ていた。


「おばさん?」


 オレが窓を開けると、おばさんはちょうど良かったとばかりに話し出した。


「いつも陽菜がお邪魔してごめんねショウくん。陽菜、郵便届いてるわよ」


 テーブルにかじりついていた陽菜が顔を上げる。


「あ、もしかしてカナくんかな?」


 陽菜の口から出てきた古後の名前に、オレの機嫌は下り坂になる。陽菜は窓辺へ近寄り、おばさんから窓越しに荷物を受けとった。


 そのままオレのベッドに腰掛けた陽菜は、レターパックに入った中身を取りだす。すると陽菜の大きな瞳が爛欄と輝いた。


 中からは紅茶のクッキーと、可愛くラッピングされた『ワルひよ』が出てきた。

『ワルひよ』が包まれた透明な袋の口は、二色のリボンや花の飾りで結んであり、袋の表面にはマスキングテープが貼られている。

 紅茶のクッキーは手作りなのか、そちらの方もキャンディのようなラッピングが施されていて、女子力を見せつけられたような気分になった。


「これ……本当に古後から送られてきたのか?」


 口元を引きつらせながらオレが訊く。陽菜は同封されていた手紙を読みながら「うん」と弾んだ声で答えた。


「郵送するってメールで連絡くれてたから。あ、すごい! ショウちゃん見てみて! 『ワルひよ』元通り! それどころかクッキーもくれるなんて、カナくん優しいねー」


「……ふーん」


「……何か怒ってる? ショウちゃん、お腹痛い?」


 オレのすげない物言いに何を感じとったのか、陽菜は見当違いの質問をしてくる。窓越しに、鈍い娘に対しおばさんがオレへと同情の視線を送ってきた。


 多分、オレの両親も陽菜の両親も、オレが陽菜に惚れていることに気付いてる。当事者の陽菜だけが、知らないでフワフワひらひら……。


 どうしてこいつは、オレが古後に嫉妬しているって結論には辿りつかないのだろう。どうして自分がオレに好かれているということに気付かないんだろう。


 頭を痛めながら、オレはおばさんと会話を弾ませる陽菜を見る。


 ……オレが心のどこかで、気づいてほしいと思いながら気づいてほしくないとも思っているからだろうか。


「古後君だっけ? お返しに何か送らなくちゃね、お菓子がいいかしら」


「あ、お母さん、私も一緒に買いに行く!」


 陽菜たちの会話を遠くに聞きながら、オレは考えこむ。そうだ。オレは陽菜を一人占めしたいくせに、今の心地よい関係を抜け出すのが怖いんだ。


 今はこうやって甘えてくる雛鳥のような彼女が、思いを告げた途端に離れていってしまう可能性を考えると怖くて踏みだせない。ぬるま湯に浸かっているような今の関係が崩れることを思うと恐怖でたまらなくなる。


 だから、絶対に振り向いてくれると確信が持てない限り、幼なじみとしてでも陽菜の一番でいられるこのポジションから動けないんだ。


 そのくせ陽菜が古後と仲良くすると苛立つなんて、どこまでオレは勝手なんだろう。


 傷つきたくないのに、失いたくもないなんて。でも……。


 オレは手のひらをじっと見下ろし、見えない何かをぎゅっと握りしめた。


 ――――この絆を繋ぎとめておけるものってなんだろう?


 この自問に答えを見いだすことが出来ないまま、オレは高校へ上がることになった。






今回で中学生編はおしまいになり、次回からは高校生編になります。亀更新ですが引き続きお付き合いしてくださると嬉しいです^^

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