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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

十万円の話

作者: スパ郎

高校を出て地元の建設会社に勤めてもう十年になるが今でも毎月二十五日、給料日を迎え会社から現金の入った茶色い封筒を貰う度に思い出す事がある

今から十三年前、当時中学三年生だった頃の卒業式も近い二月の話


俺はいつも決まった三人の友達と遊んでいた毎日のように遊びクラスも一緒だったアキラとトオルとカズヤ、周りから見たら俺達は親友同士、実際に口にはださないが俺達も心の中では最高の親友だと思っていたはずだ、少なくとも俺はそう思っていた。

こいつらとはこのまま中学を卒業して別々の高校に行って社会人になっても中学三年生のままでいれるいつか居酒屋みたいな場所で自分の子供の話なんかをするそんな関係になりたい・・・・・なるであろう俺の中ではそれはもう紛れも無い唯一無二の親友達であった


今日は給料日、会社から茶色い給料袋を貰うといつものように会社の駐車場に停めてある自分の軽自動車に乗り込むとエンジンをかけ冷え込んだ車内を暖めるべくヒーターを最大限まで掛け油まみれの作業ズボンのポケットから煙草を取り出し火を点け窓も開けずに目を閉じるとあの日の事を思い出す。


「まじでラッキーじゃねぇか?これ神様がくれたんだよ!受験勉強ばっかしてる俺等にプレゼントしてくれたんだよ」


通っていた中学校から一駅程離れた駄菓子屋、ここは俺達の放課後の溜まり場でありいつも二時間程ここで時間を潰してからそれぞれの家に帰る、受験シーズンと言えどこの毎日の日課だけは他の三人もこの時間を大切にしていたこれから四人は別々の高校に行ってしまうそれを考えるとこの時間は楽しくもあり少しだけ切なくもある大切な時間だった。この日は寒いのに四人は店に入らず駄菓子屋の外にいた


アキラはさっきからガッツポーズや空に向かってピースなどをしている所を見ると今回の事は受験勉強の事なんかすっかり忘れられる程嬉しい事だったのだろうアキラ程ではないがこの時は俺も心底嬉しかった本当に神様がくれたのではないかとすら思っていた。


「さっきからアキラ喜びすぎだろって俺もすげぇ嬉しいんだけどな」


普段はクールを気取っているトオルもアキラ程ではないがじっと茶色い封筒を見つめる顔の口角は上がりっぱなしだった


「でもこれ誰かの給料とかじゃないの?いいのかな・・・・」


背が低く背の順では中学三年間前へ習えの時に腰に両手を当てていたカズヤは気も小さく皆が喜んでいるので一緒に喜んではいるが不安そうな顔をしていた。


「大丈夫だって、大人なんだから十万円くらいでどうこうなんないって、落とした人だってもう諦めてるよきっと」


俺は半分は自分に言い聞かせるようにカズヤの不安を少しでも宥めてやろうとしたがカズヤはまだ不安そうだ

そんなカズヤの不安など一切関係なくアキラは浮かれ茶色封筒の中のモノを地面に並べた駄菓子屋と隣の理髪店の壁に挟まれた隙間で陰に隠れていたのはこの茶色封筒の中身が原因だった。

この日いつもの駄菓子屋に四人で向かう途中に茶色封筒が歩道に落ちていたのであるそれを拾って中身を見たトオルは突然猛ダッシュすると茶色封筒が落ちていた所とは離れた場所にあるいつもの駄菓子屋に入ると思いきやこの薄暗く狭い隙間に体を滑り込ませたのであった


「でもやっぱり警察に行った方がいいんじゃないかな?ほら!拾い主には一割くれるって言うしさ!それで皆でファミレスでもいかない?お釣りでゲーセンにもいけるよ?」


実は俺もこの時カズヤの意見に少しだけそれでもいいかなと思っていたが中学生の自分にとってその行為は臆病者だアキラとトオルの前で臆病な姿なんて見せたくない為に強がりでそのまま茶色封筒に入った十万円を山分けしようという考えになっていた。


「えっ?何言ってるの?俺が拾ったんだよ?お前に決定権なんてねぇけど?」


トオルの口からとんでもない言葉が発せられた、トオルは普段はクールキャラを演じているがそれも思春期特有のキャラ設定であり本当のトオルはテレビゲームなどで負けただけで癇癪をおこすような奴であった。

そんなトオルが今回信じられないような言葉でその場の空気を凍りつかせたのである


「いやいやいやー皆で拾ったんでしょ!ここは山分けでしょ?二万五千円ずつ仲良く山分けしようぜ?」


アキラはトオルの言った言葉は冗談だと思い半分ツッコミのような感じでトオルの胸に軽く手の甲を当てた


「いやお前等にもあげるよ?一万ぐらいずつはでも山分けはないでしょ?警察とかにばれて捕まったら一番リスクがあるの拾った俺なんだし」


アキラの手を軽く払うとトオルはホイと俺の目の前に一万円札を差し出してきた


「えっ?まじで?いやこれ俺も立派な共犯なんだからちゃんと二万五千円くれよ?」


この時、俺はまだトオルの冗談だと半信半疑状態であったまさかトオルはそんなやつではないクールキャラを装っているがトオルは優しい奴だそれは誰よりも知っていたつもりだ


「なんでだよ!?俺が拾ったんだからお前等は見てただけだろ?本当なら俺が全部貰ってもいいはずだけど口止め料みたいな感じでやるんだからな?」


アキラは状況が理解できていないのかまだ冗談だと思っているのかまだ表情は笑っているというより突然の事で驚く顔も用意していなかったという感じだ


「なにそれ?えっ?口止め料ってなに?俺等が?誰に言うの?」


どうやら冗談ではない事に気が付いた俺は心臓がバクバクと鳴っていたがそれを悟られないような言い方で少しだけ口調を強くしてトオルを睨みながら言った


「いや、俺がここで全部もってったらお前等は警察とかに言うだろ?だから口止め料」


トオルは俺の睨みなど気にせずに俺の制服のポケットの中に無理やり一万円札を押し込んできた


「テメっ!やめろよ!!」


その腕を振り払った時に緊張のせいか動作が速くなりトオルの腕を殴るみたいな感じになってしまった


「おいーケンカすんなよ?冗談だよなトオル?早く嘘って言って皆でカラオケ行って豪遊しようぜ?」


アキラは俺とトオルの間に体を入れたが狭い壁と壁の間三人が重なると自ずと密着状態になった


「うぜぇよ!テメェ!どけよ!!!」


俺に腕を殴られて顔を真っ赤にしたトオルはアキラの体を思い切り払いのけるとアキラの体は地面に転がり置いてあったビールケースに体をぶつけた


「・・・テェ・・・・まじかよ・・・」


アキラは立ち上がり泥のついたズボンを手で払うと軽く深呼吸をした後に笑いながら


「なんなのお前?」


少しやりすぎたと感じたのかトオルは口をモゴモゴとさせながら


「いやわりぃ・・・でもそんなにいくと思わなかったんだ、わりぃ」


と俺に対する怒りはすでに消沈したようで正直言うと俺はこの時少しだけアキラに感謝した


「やめようよ・・・じゃあもうやっぱり俺が警察に届けるよ?それでいいでしょ?」


今にも泣き出しそうなカズヤが足を震えさせながらトオルの持ってる封筒に手を伸ばす


「なにすんだよテメェ!!ってかなんで泣いてるの?キメェ・・・」


トオルはカズヤの体を突き飛ばすとカズヤの小さな体は理髪店の壁に叩きつけられた

トオルは今度は謝ろうとせずにカズヤに向かい怒鳴り声を上げた


「ってかお前はさっきからなんなんだよ?ビビッてんだったらとっとと帰れよムカツクからさー俺、お前のそういうビビってるくせに正義感ぶるとこ大きらいなんだよ消えろよクソチビが!そんで二度と話かけんなよ!」


カズヤは壁に叩きつけられた背中を丸めてとうとう声を出して泣いてしまったそれを見た俺はなにかとりかえしのつかない事になってしまったのではないかと思ったがやはり中学生であり自分はビビってなんかいない所を見せたくてカズヤに対して俺まで


「てか泣くのはねぇだろ?中三にもなって正直引くよ、キメぇよ帰った方がいいんじゃない?まじで」


後で気が付いたが俺達は最低であった一番背も低く喧嘩になったとしても一方的にこちらが有利になるであろうカズヤに三人とも怒りを捨てていただけであったただその時は怒りと同調性というのだろうか、そんな最悪な理由で親友に酷い言葉を浴びせてしまった。


アキラもこれに対しては多分同じ感情だったのだと思う俺やトオルと喧嘩になったら恐いし負けるかも知れないががカズヤにだったらという感じでアキラまでカズヤが泣いている事に関して暴言を浴びせた


「泣いてんじゃねぇよ、誰かくんだろうが、家帰って泣けよそれと俺にももう話しかけんなよ?正直言ってさっきからいい子ぶりやがって本当はムカついてたんだよ?もうそろそろ卒業だしいいだろ別に?」


とうとうカズヤは大声で泣き崩れてしまった・・・この時のカズヤの嗚咽や小さく崩れた体は大人になった今でも鮮明に思い出す


カズヤは泣き崩れるとその嗚咽がすすり泣きに変わってもその場にずっとうずくまっていた・・・。

そんなカズヤの方をチラっと見て舌打ちしたアキラがトオルの事を睨みながら

「で?どうすんの?本当にこれで一万円とかならそれいらねぇから警察に行くけど?」

「は?」

「いや、だから警察に行ってお前が十万持ってるってバラすけど」

「行けばいいじゃん」

「行くよ?したらお前はもう高校とかいけねぇよ?」

「なんで?」

「犯罪だろ?」

「今更何言ってんの?お前だってアホみたいに喜んでたじゃん」

「お前がそんなクソみたいな事言うと思わなかったからな、山分けだと思ったからな貧乏人」

「は?殺すぞ?」

「やってみろよこの貧乏人が」

そんな二人のやりとりを見ていた俺の心臓は今にも飛び出しそうであったが中学生というのは今思えばそんなに面子が大事だったのであろうか俺も気持ちとは裏腹にそのやりとりになぜか参加してしまった


「おめぇらうるせんだよ、馬鹿みたいによテメェだってさっきまであんなに喜んでたじゃねぇかよ?そこの貧乏人と同じじゃねぇか?なんだっけ?神様がくれたー?だっけ?馬鹿じゃねぇのマジで」


アキラはまさか俺からも攻撃がくると思わなかったのか目をパチパチさせると深呼吸をした後に俺の痛い所をついてきた


「は?お前だって本当はビビってるんじゃねぇの?お前結構ビビりだもんな?さっきまでこのクソ貧乏に詰め寄られた時に足が震えてたけど大丈夫?」


「テメェ!まじで殺すぞ!!!!」


トオルが声を大きくしてアキラの胸ぐらを掴んだ


「なんだよまた暴力かよこの単細胞ゴリラ貧乏は・・・」


アキラは羨ましいくらい冷静に対処していた、これがさっきまで空にピースサインをしながらはしゃいでた奴とは思えない程、アキラがこんなに冷静になれる奴だったとは当時の俺は知らなかったが逆にそれがトオルに対してビビってしまった俺にとってたまらなく悔しく思えた


どうにかしてこの悔しさを晴らしたいそして臆病者のレッテルを剥がしたい・・・・二人の殴り合い寸前の喧嘩を目の前に俺は必死に考えた・・・考えた結果、今思い出すと恥ずかしくなってしまうのだがすごく幼稚な提案をした。


「わかったじゃあこうしねぇか?旧校舎あんだろ?学校の横の旧校舎そこの四階の女子トイレあんだろ?そこにそれを置いておくんだよ今から三人で行ってよそれで夜中二時過ぎるまでそれぞれ家にいるんだよこれ確認の為に俺の携帯に一時間毎に家の電話からワンコールだけして切れよ?それで二時になったらそれぞれの家からトイレにあるそれを目指して出るんだよ俺等は学校まで距離も同じくらいだからいいだろ?一番速くそれを取りにいった奴が全額とれるし他の奴も警察とかには絶対に言わないこれでどうだ?」


緊張と寒さのせいか早口になってしまっていた・・・今考えれば本当に幼稚な提案であったが当時その旧校舎の四階のトイレには俗に言うトイレのナントカさんやナントカ君が出ると噂になり怪しげな週刊誌まできた程である冬場の四時過ぎの薄暗い中でもソコは一人ではいけないような所であった


「別に俺は構わないけどな」


「なんで?そんな面倒な事すんの?」


予想通りであった、やはりこの二人は殴りあいの喧嘩などしたくないのであった誰かが止めてくれるのを待っていたために手を出さずに一食触発を演じていただけであろう、こんな馬鹿で幼稚な提案でも立派な助け舟である


そうと決まればさっそく三人は旧校舎へと向かったカズヤがすすり泣く中誰も謝ろうとせずそこに一人カズヤを残して元親友達は一言も口を利かずに旧校舎へと歩いていった


冬場の午後四時過ぎやはり旧校舎の中は予想以上に不気味で薄暗く元親友で口を利かないとはいえ同行者がいなければ階段すら上るのを躊躇う程であった


旧校舎の入り口は一階の廊下にある窓ガラス代わりのダンボールからである、肝試しなどと言いながら四人で夏の夜七時頃に此処から出入りした時はカズヤが一階の出入り口であるトイレでギブアップして中止になって皆で笑い転げた


三人は無言のまま目的地である四階まで歩いて行く木造の階段を踏みしめる度にギーギーと木が軋む音が不気味で口は効かないが三人とも固まって行動しようやく目的地の四階のトイレに着くと三番目の個室トイレの棚に茶色い封筒を入れた











車の中が暖まり目を開けて車をゆっくりと発進させ煙草を灰皿の中に押し込むと茶色い封筒から現金だけを抜き取り会社の駐車場から少し離れた川に投げ捨てた


あの日以来俺等は卒業まで一切口を利く事はなかったあの日、携帯の着信はアキラとトオルから一回もなる事はなかった

臆病者のレッテルを剥がしたい為に必死だった俺は一人震えながら深夜二時過ぎ四階のトイレまで進んで行った 


今でも頭から焼き付いて離れない


軋む木造階段の音

窓を叩きつける風の音

四階トイレ三番目の個室 ドアを開ける音









宙に浮いたカズヤの泣き顔



 

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