事件発生(3)
「俺もいれば鬼に金棒だよな。志賀優成に伊勢雅寿」私にとっての金棒であるらしい伊勢雅寿が一人で頷いている。
「鬼に下剤ってところだね」
「おいおい、鬼の力弱めちゃってんじゃねえか」伊勢雅寿が冗談じゃないとばかりに手を振る。
「とりあえずさ、志賀君、ナナちゃんの話聞いてあげてよ」福留玲華が教頭の隅な縮こまって座っている女子を顎で示した。その女子こそ彼女の言うナナちゃんであり、今校内の心ない噂の対象となっている七浦莉菜だと気付くのに時間はかからなかった。
「七浦だからナナちゃんか、安直だな」伊勢雅寿が腕組みをする。私にはそもそも安直ではないあだ名というのがよく分からなかった。
「何で俺に?」私は少しだけ躊躇した。そのような重い話をされるほど、しっかりした人間ではないからだ。
「伊勢君よりはマシ。それに私の個人的な意見として志賀君はこういうの得意だよ、自分で気付いてないだけで」福留玲華は自信たっぷりの様子だった。
「こういうのって?」
「自分のためにならないことを、聞いて考えたりすること。ほら志賀君って、クラスの問題とか誰よりも真剣に考えるでしょ」クラスの小さな問題と、鈍器を持った男に襲われた女子の問題を同じカテゴリーに入れてしまうのもどうかと思ったが、七浦莉菜とその城壁の女子の表情を見る限り嫌がっているようではなかったので渋々了解した。
「まあ、おれでいいなら」
「本当、良かったねナナちゃん」福留玲華が七浦莉菜の手を握る。当の本人は嫌がりはしなかったが少し複雑そうな表情ではあった。当然だろう、知らない上級生に突然自分の体験を聞いてやろうと言われても困惑するだけだ。
「大丈夫だって、志賀君は信頼できるから」福留玲華が私のことをそういう風に思っていたとは意外だった。何しろ同じクラスになって一年が過ぎたが、会話をしたことは数えるくらいしかない。
「で、いつ聞けばいいの」
「善は急げということで、さっそく今日の放課後で」
「放課後、どこに行けばいいんだよ」伊勢雅寿が口をはさんでくる。
「伊勢君は来なくたっていいの」
「そんなこと言わずにさ、下剤だって鬼が便秘になったら必要だろ」
「俺は便秘にはならない」
「例えだよ、例え」
福留玲華は少しばかり考えて、ゆっくりと喋り出した。
「分かった、来ていいよ。ただ事態を悪化しることだけはくれぐれもやめてね」
「そんな神妙な顔して話すことかよ。俺を何だと思ってんだ」
「毒物だよ、致死量の」福留玲華は当然のように言った。「じゃあ放課後に学習室でね、私たちもうちょっとここでナナちゃん守ってるから」
こうして事件は始まった。今思えば、これから起こるすべてのことは、常に毒物を持ち歩いていた私が悪いのかもしれない。