事件発生(1)
本当にあっという間に春休みは終わった。そして三年生になったと気付かぬ間に私は、制服の襟に3の形をしたバッジをつけていた。
もちろん休み明けの教室で、私が又野健也に殴られたことが話題にでることはなかったし、ましてや私が初めて伊勢雅寿の前を走ったことなど誰も知るはずがなかった。
代わりに教室では、ある衝撃的な事件が話題の大半を占めていた。
「テニス部の二年生が男に襲われたらしいぞ」
この事件のことを学校の誰もが知っていた。それもそのはず、事件の翌日、地元紙に詳細がでかでかと載ったのだ。教師たちは被害者の特定が不可能なように、色々と奔走したらしいが、噂というのは怖いものである。事件から間もなくして、被害者の名前は全校生徒の約半分が知ることとなった。
「2ーCの七浦莉菜だってさ」
新学期が始まることによって、その情報が拡散されることは、もはや免れることができなかった。
地元紙に載せられた事件の概要はこうだった。
二十八日、午後三時頃、西畑市富金町の路上で女子中学生が鈍器を持った男に襲われる事件が発生した。女子中学生にケガはなかったが、犯人はいまだ逃走中。
「いや~世の中物騒だね。女子中学生が襲われたり、お前が殴られたり」
伊勢雅寿が私の机に腰をかけながら言った。
「俺が殴られたのはほっとけ。そしてお前はなぜここにいる。お前はC組、ここはA組だ」
「分からないことを考えるのは嫌なんだろ」
伊勢雅寿は人差し指を立てて言った。言い忘れていたが、これは彼の癖だ。自分なりの重要事項を言う時、彼は人差し指を立てるが、
そうして言うことは大概が屁理屈に過ぎない。
「たしかに俺は分からないことを考えるのは嫌だと言った。だけどお前がA組の生徒ではなく、俺の机の上に腰かける権利がないことは分かりきってることだ」私は伊勢雅寿の顔面すれすれまで人差し指を向けた。屁理屈には屁理屈、人差し指には人差し指だ。
「まあ、そんなこと気にすんなって。そんなことより、その七浦って奴の顔見に行こうぜ」
「お前には被害者を気遣う良心もないのか」私は半ば本気で憤った。
すると伊勢雅寿はピンと人差し指を立てた。ああ、また下らない屁理屈を言うのだな、と思ったらやっぱりそうだった。
「被害者には事件の詳細を伝える義務がある」
「無茶苦茶だ」そう言おうとした頃には、私は伊勢雅寿に腕を掴まれて、教室の外へと飛び出していた。




