因果応報(5)
「それはきっと因果応報だよ」
トイレから帰ってきて、何もかもがすっきりしたような表情の伊勢雅寿が言った。「当たり前だろ、何度言わせるんだ」とでも言いそうな勢いだ。
「また因果応報かよ」私はうんざりした表情で答える。聞けなくなるのは悲しいに違いないが、何もかもがその言葉でまとめられてしまうのも腹が立つ。
「そうだよ。きっとお前は又野に対して何か悪いことをしたんだ。だから殴られた。理にかなってるな」
「それは......」一瞬言いとどまったのは、少しだけ、もしかしたらと思ったからだ。しかし「ない、それは絶対にない」私は断固否定した。心あたりは微塵もない。
「知らないうちに何かやってるんだって」
「第一、又野と話したのなんて初めてに近い」
「人は話さなくても、腹の立つ人には腹が立つもんだ」
「それはお前の言う悪いことなのか?」私は揚げ足をとるつもりで言った。
「そうなんじゃないか、そうじゃないと世界が成り立たない」伊勢雅寿は平然と言った。
私は唖然として言葉が出なかった。
「どうしたんだ、魂の抜けたような顔して」伊勢雅寿は私の顔に向かって手を振った。「生きてるか~?」
「もう、いいや」私は会話を諦めた。彼と話したところでらちが明くはずがない。
「なんだよ、もういいのかよ。最後の一年なんだぞ、いっぱいお話しようぜ」伊勢雅寿が子供のように言った。いや、実際子供なのだから、正確には幼児のように言った。
「最後の一年ね~」私はしみじみとつぶやいた。
一体、最後の一年になると何が変わるのだろうか。三年生としての自覚か、はたまた受験生としての焦りか。世の中は分からないことだらけだ。まだ十四年しか生きていないのだから仕方ないのだけれど。
「分からないことを考えるのは嫌だ」
「は?」
「分からないことは考えなくてもいいんだよ。少しずつ分かるようになってから考えればいい。又野がなぜ俺を殴ったのかも」
「そんなこと、今話してないって」
何も言わず走り出した私を、伊勢雅寿が慌てて追いかけてきた。もしかすると私が彼の前を走るのは初めてのことかもしれない。




