第八話 大ピンチ
「最悪だ、しくじった……」
ドラゴン、それは第三世界に現れる究極生命体だ。
遠距離から放たれる魔法、その巨大な体躯を生かした物理攻撃、並みの攻撃では傷一つ付けられない固い鱗、そしてなにより奴らは空を飛ぶ。
唯一、幸いなことはドラゴンは一体しか現れないことだ。
そのため、櫻田はそいつだけに集中できる。
だが空への対抗手段が無ければ一方的に蹂躙されるだけだ。
そして今、櫻田に空への対抗手段はない。
本来なら夜断でなんとでもなるのだが、今は持っていない。
そのため、分身の一体を夜断を取りに行かせていた。
しかしそれが破壊されてしまったことで、あと三十分間は前もって出しておいた三体の分身しか使えない。
夜断を取りに行かせるためだけに、魔力を少ししか込めなかったことが後悔される。
ドラゴンは本体の櫻田を集中的に攻撃している。
そういえば、前に天内からドラゴンには知性があると聞いたような気がする。
もしかしたら、ドラゴンにはどれが本体なのか分かるのかもしれない。
「チッ、応援はまだか? 天内が来てくれれば心強いんだが」
今の櫻田は手詰まりだ。
天内とは言わずともせめて空への対抗手段を持っているハンター。
そんなハンターが来てくれれば状況が少しは良くなるかもしれない。
「グラアアァアア!!」
ドラゴンの咆哮が耳をつんざく。
いつまでも櫻田を倒しきれないことに苛立っているようだ。
「お怒りかい!?でもこっちもお怒りなんだよ!最後かもしれない休日を潰されるし、なにより《《痛いん》》だよ!その攻撃!!」
櫻田は何発かドラゴンの攻撃に直撃している。
尻尾で叩きつけられたり、炎のブレスにあぶられたり……それでも痛いだけで済んであるのは、櫻田の体力が桁違いに多いからである。
櫻田をマグマの海に沈めたとしても一時間は余裕で生きられる。
痛さは別として……
「ん? なんだ?」
ドラゴンの様子がおかしい。
一度攻撃の手をやめている。
「はっ!? まずい!!」
ドラゴンが大きく息を吸い込む。喉の奥で、禍々しい光が膨れ上がっていく。
櫻田を確実に殺すために攻撃を溜めていたのだ。
とっさに櫻田は分身二体を盾にする。
——ドォォォンッ!!
映画館全体を飲み込むほどの火炎が、櫻田を襲う。
建物が崩れ、天井が落ち、壁が吹き飛ぶ。
そして——
炎が晴れた時、櫻田は外に投げ出されていた。
分身二体は消えてしまったが彼らの犠牲が無ければ、犠牲になったのは櫻田本人かもしれない。
「……っ、痛ぇ……」
とはいえ、分身が受けた攻撃の十分の一、そして防ぎきれなかった分のダメージが確実に櫻田の体力を削っている。
ドラゴンがまた魔力を溜める。
「クソ、やべえ!」
櫻田が起き上がり全速力で逃げようとする。
だが、一歩遅い。
ドラゴンから放たれたブレスが一直線に櫻田に向かう。
――直撃
そう思われた次の瞬間、櫻田の体が不自然に加速する。
「な、なんだ?」
加速した勢いでゴロゴロと玉のように転がった先で天を仰ぐと……
「大丈夫ですか?櫻田さん?」
麗奈の顔が目の前を覆った。
あの不自然な加速は、麗奈のスキル「因果固定」か。
実際に体感すると何とも不思議な感じだ。
「どうしてここに?」
「櫻田さんが、『絶対に映画に行く!』って言うのが聞こえたのでついて来たんですよ。そしたらこのざまです」
麗奈はドラゴンの方を睨む。
「もう協会には連絡したんですけど、応援が来るまであと一時間は待ちそうです」
「クッ、そうか」
「でも櫻田さんがいれば大丈夫ですよね!いつものように夜断でちゃっちゃと倒してくださいよ!」
「そいつは無理だ。家に忘れちまったからな」
「じゃあ分身にとりに行かせて——」
「それも無理だ」
櫻田は、残った分身を見る。
「さっき、夜断を取りに行かせた分身が破壊された」
「……え」
「残ってるのは、こいつだけだ」
麗奈の顔が、青ざめる。
「つまり……」
「ああ」
櫻田は、立ち上がる。
「武器なし。分身なし。応援一時間待ち」
ドラゴンが、再び咆哮する。
「——大ピンチだ」




