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第七話 映画館

——日曜日 早朝。


櫻田は残り十二時間の自由を、ベッドの上で噛み締めていた。


十時間は眠った。

だが後悔はない。あの睡眠は必要だった。


このままもう一度眠るのも悪くない。

だが、こんな休暇が次いつ来るのか分からない。


「……少しは、人間らしいことをするか」


映画でも見に行こう。


ハンターになってから映画館など足を踏み入れていない。

何をやっているのは知らない。だが、それでいい。


気になったものを、何も考えずに選ぶ。

それだけで十分だ。


櫻田は体を起こし、洗面所へ向かう。


「……髭でも剃ろうかな」


昨日、麗奈に「もっと上かと……」と言われたのが、結構刺さっていた。


鏡を見る。

目の下のくまは消えている。顔色も悪くない。


ハンターの回復力は、時に人間味を奪う。


「あ、剃刀ないのか」


ここに来てから一度も剃っていない。

買うのも面倒だ。


数秒考え、ふと夜断を取り出す。


「……これで、できるか?」


刃を顔に向け、魔力を込める。


「到達省略」


——シャラッ


振り下ろした瞬間、髭だけが静かに落ちた。


「……おお」


鏡を見ると綺麗に剃れている。


「……ついでに」


もう一振り。


ぼさぼさだった髪も、思い描いた形に整う。

まるで最初からそうであったかのように。


世界最高峰の武器を散髪に使う男がどこにいるのか。

だが櫻田は満足だった。


夜断を買った理由の半分は、この抽象的な“到達省略”にあった。

睡眠すら一瞬で済ませられるのではと考えたが——


魔力消費が異常すぎて断念した。


「世の中そんなに甘くないよな」


着替えを済ませ、玄関へ向かう。

だがその時。


——ピンポーン。


「……なんだ?」


宅配を頼んだ覚えもない。

セールスならまだいいが……


嫌な予感がするがドアを開ける。


「えっ……あ、あの……」


そこには麗奈がいた。

だが——櫻田を見て、固まっている。


「櫻田さん……ですか?」


「櫻田だ」


「え……? あ、ほんとだ……雰囲気が……」


髭もくまも消え、纏っていた陰鬱な空気も薄い。

別人と言われても無理はない。


麗奈は、しばらく櫻田を見つめていた。


「で、何の用だ」


「あの、またゲートが増えてきていて——」


——バタン。


櫻田は、ドアを閉めた。


「ちょ、待ってください!」


麗奈の声が、ドア越しに響く。


「話だけでも!」


「今日は映画だ!絶対に映画に行くんだ!」


櫻田は鍵をかける。


「櫻田さんを連れてこないと怒られるのは私なんですよ! 櫻田さんも怒られますけど!」


ドアの向こうで、麗奈が何か言っているが——聞こえないふりをした。


今日の休日は誰にも邪魔させない。


裏口から抜け出し、櫻田は街へ出た。


何にも追われない時間。

それだけで、胸が軽い。


映画館は思ったより賑わっていた。


恋愛、ドラマ、ホラー、アニメ。

色とりどりのポスターが並ぶ。


だが櫻田の目は自然とアクションへ向く。


そして。


『ハンター ~異世界からの侵略者~』


その文字が視界に入った瞬間、足が止まった。


「……ハンター、か」


自分の仕事を題材にした映画。


「ふん、どれほどリアルを書いてるか見てやろうじゃないか」


チケットを買い、シアターへ入る。

ほぼ満席。期待値は高い。


子供の頃、クリスマスプレゼントを開ける直前の感覚に似ていた。


広告が流れ、照明が落ちる。


だが——


胸の奥が、ざわつく。


遠くから感じる魔力の波。

薄い。だが確かにある。


「……気のせいか?」


そう思った次の瞬間、魔力の塊が急接近する。


「グガァァァァアアア!!」


轟音。


スクリーンが、内側から破裂した。


巨大な爪が突き破り——

次いで、巨体が飛び出す。


全長十メートル以上。

漆黒の鱗。

燃えるような赤い瞳。


ドラゴン。


「……は?」


一瞬、櫻田は現実を疑った。


(最近の映画は、こんなに迫力があるのか?)


だが——


炎のブレスがシアターを焼き、

観客の悲鳴が響き渡り、

肌を刺す魔力は——


本物だ。


「……演出じゃ、ないな」


だがどういうことだ?

「彼」がいる限り、ゲートは把握できるはずだ。

攻略しきれなくとも、避難は間に合うはずだった。


「なんでだよ……」


怒りが胸に溜まる。

櫻田も一旦避難しようとする。

誰かが死ぬようなことが無い限り、戦いには出ないつもりだ。

だが……


「きゃああああ!!」


その悲鳴に視線を向けると女の子が転倒していた。

そこにドラゴンの足が振り上がる。


「くそっ」


櫻田は、夜断に手を伸ばし——


止まる。


「……あ」


腰に、何もない。


置いてきた。


「……マジか」


休日だからと、家に置いてきた。

ハンターだって、常に武器を携帯しているわけではない。


「最悪だ……」


「くっ……分身もまだ出せ……あれ?出せる」


ドラゴンの目前に櫻田の分身が現れ、拳を叩き込む。


轟音と共に巨体が横へ吹き飛ぶ。


櫻田は、思い出した。

分身数を少なく報告していたことを。

二百と報告したが、実際は百七十一。


「……やるか」


もう一体を展開し、女の子を抱えて後方へ退避させる。


櫻田の目が、冷える。


「せっかくの休暇なんだ」


分身の数が増えていく。


「邪魔するなよ」

まずは、ここまで読んでくださりありがとうございます!

ブックマーク、評価、感想をいただけると励みになります。


ここからは週二更新となります。

次回の更新は日曜日の19時です。


引き続きよろしく読み続けてくださると幸いです!

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