第三話 本当の力
櫻田は、死を覚悟していた。
目を覚ました時には、美しい天国が広がっているものだと思っていた。
そして――休めるのなら、それでもいいとすら考えていた。
だが。
目を覚ましても、そこは地獄のままだった。
「目を覚ましたんですか! 早く逃げてください!!」
彼女は、武器もない手で必死に攻撃を防いでいた。
「俺はどのくらい気絶を……」
「三分ぐらいです!まだ攻撃を防ぎきれている間に! 早く!!」
その姿を見て、櫻田は悟る。
――自分は、彼女に生かされたのだ。
彼女の周囲には、激しい戦闘の痕跡がはっきりと残っていた。
地面は抉れ、岩は砕け、空間そのものが荒らされたかのようだ。
だが——
その中心に立つ彼女の体には、擦り傷や打撲はあるが、致命傷は一つもない。
Sランクモンスター相手に、これは異常だ。
十中八九、回避系か防御系のスキルだろう。
しかし、その代償もまた明白だった。
呼吸は荒く、足取りは覚束ない。
魔力の流れが乱れ、今にも崩れ落ちそうだ。
もって、あと数十秒。
櫻田は、逃げようと思えば逃げられる。
先ほど岩をどかしたおかげで、ゲートまでは一秒もかからない。
だが――彼女は死ぬ。
相手はゴブリンロード。
Aランクハンター一人でどうにかなる存在ではない。
櫻田が逃げれば、彼女の死は確定する。
彼女を助ける方法は、一つしかない。
だがそれは、協会によって固く禁じられている手段だった。
実行すれば、大きな損害は免れない。
普段の櫻田なら、逃げていた。
ゲートで人が死ぬのは珍しくない。
仕方のない犠牲だと、割り切って見捨てていたはずだ。
しかし今回は違う。
櫻田は、一度この女性に命を救われている。
命の恩人を見捨てられるほど、薄情ではなかった。
櫻田は、ついに決断する。
プルルルル……
櫻田は、この切迫した状況の中で携帯を取り出す。
「なにを……」
彼女が、絶望の表情を向ける。
「もしもし、会長ですか?」
『んあ?なんだ?』
「有休を取ります」
『何?』
「では」
「お、おい!」
通話を切る。
即座に折り返しが来る。
が、櫻田は携帯を、叩き割ることで対策をする。
バキッ、という乾いた音とともに、破片が床に散らばった。
「気でも触れたんですか?」
「いいや」
櫻田は、刀に手をかける。
「本気だ」
だがそう櫻田がカッコつけた次の瞬間、彼女に魔法が直撃する。
「ウアッ!!」
ついに彼女に限界が来たようだ。
ゴブリンロードたちは攻撃が効くと分かると、一斉に攻撃を仕掛ける。
「――ハッ!」
致命的な一撃が彼女を襲おうとした、その瞬間。
彼女の目の前に、一つの影が割って入った。
今回は、櫻田本人だ。
「痛いな。まあいい。……分身、解除」
そう言って、櫻田は分身を《解除》し始める。
――ここで一つ、櫻田の分身について説明しよう。
櫻田の分身は、魔力を消費して生成される。
同時に出せる数に上限はなく、個体ごとに強さの調整も可能だ。
当然、強い分身ほど消費魔力は大きい。
そして――消費した魔力は、
分身が破壊、もしくは解除されるまで回復しない。
それが、櫻田が慢性的な魔力不足に悩まされている理由だった。
覚醒したハンターにとって、魔力は生命線だ。
半分を切れば、激しい息切れに襲われる。
今の櫻田の魔力残量は、全体の一〇%。
吐き気、頭痛、全身の倦怠感。
徹夜明けに貧血を重ねたような感覚が、常に続いている。
しかも櫻田は、この半年間、
魔力を半分以上回復させたことがなかった。
ハンター不足。
協会は、彼を休ませる余裕など持っていない。
櫻田は、ついに分身を解除していく。
一体、二体、十体、二十体……
百体……百七十一体。
日本中に存在していた分身が一斉に消え失せ、櫻田の体が魔力の光に包まれた。
分身の魔力を回収したことで、今までの疲労感が消えていく。
長く付けられていた重りがはずれ、冷たい海底から地上へ這い上がり、そのままの勢いで空を飛んでるようだった。
普通であることが、どれほど幸せか。
櫻田は、それを噛みしめる。
どうせ、すぐ元に戻される。
だから今だけは、この解放感を味わおうと――
だが。
それを許さぬ存在が、目の前にいた。
ゴブリンロードは、櫻田の魔力の急上昇を察知し、
止めを刺すべく肉薄する。
「俺の休暇の邪魔をするな!!!!」
櫻田は、ついに刀を抜く。
名は「夜断」
全財産を注ぎ込んで手に入れた、最高級の武器。
魔力を込めずとも、一般人ですら鉄を斬れる切れ味。
だが、真価はそこではない。
「到達省略」
振るわれた刀は、空を切る。
音もなく。
光もなく。
ただ——
次の瞬間。
ゴブリンロードの巨体が、真っ二つに割れた。
その背後のゴブリンも、オークも、少し離れたところにいたゴブリンメイジすらも——
全てが、一直線に切断されていた。
魔力を込めることで過程を省略し、結果だけが残る。
それが、夜断の力。
めんどくさがり屋の櫻田にぴったりの一品だ。




