第二話 本当にSランク?
ゲートの中は、洞窟だった。
ひんやりとした空気が肌にまとわりつく。
湿った岩肌。滴る水音。
そして——生臭い血の匂いが、鼻を突いた。
「……死体だらけ、か」
足元に、モンスターの死骸が転がっている。
十体、いや、二十体以上。
緑色の肌に小柄な体格。
第一世界に生息する亜人族——ゴブリンだ。
切り口は大きく、胴が真っ二つになっているものもある。
この手際から、戦士系ハンターが先行していたことは明白だった。
「この数……群体型か」
櫻田は洞窟の奥を睨む。
群体型——雑魚の中のどれか一体がゲートコアを持つ、厄介なタイプだ。
全滅させるまで、どれが本体か分からない。
「……面倒くさい」
しかし、このとき櫻田にぬぐえ切れない不安が纏わりつく。
本来、Bランク指定のゲートにAランクハンターが救助要請を出すなどあり得ない。
測定ミス——そう考えたいが。
櫻田の直感が、それを否定する。
ゲートの外で感じた魔力量と、内部で渦巻くそれは、明らかに釣り合っていない。
いや、それだけじゃない。
強烈な"核"の気配。
群体型でありながら、明確なボスの魔力が混じっている。
(イレギュラーゲート……か?)
第一世界でのみ観測される異常現象。
櫻田は自然と肩に力が入る。
今の自分は、せいぜいAランク下位程度。
相手次第では、冗談抜きで死ねる。
「……さっさと回収して、投げるか」
逃げ遅れたハンターを確保し、あとは天内あたりに丸投げ。
それが一番、楽だ。
奥へ進むにつれて死体の数は増えていく。
同じ方向へ続く斬撃の痕。生存者がいるとすれば、この先だ。
櫻田は走り出した。
直後——
——ドォンッ!!
洞窟を揺らす魔法の爆発音。
「……魔法か」
ここにいるのは戦士系ハンターのはず。
ならば、魔法を使ったのはモンスター側。
第一世界の魔法持ちは、総じて厄介だ。
櫻田は気配を殺し、戦闘が行われている空間を覗き込んだ。
オーク三体。
ゴブリンメイジ一体。
さらに無数のゴブリン。
完全にBランクゲートの範疇を逸脱している。
そして、それらを相手取っているのは——
若い女性のハンターだった。
二十代前半、いや、もっと若い。
細い体躯で、身の丈ほどの大剣を振り回している。
オークの巨体を吹き飛ばし、ゴブリンの群れを薙ぎ払う。
明らかに、武器の重量と釣り合っていない。
武器が特別なのか。
それとも、彼女自身が特別なのか。
いずれにせよ、Aランクであることは疑いようがない。
だが状況は悪い。
オークが前に出てゴブリンメイジを守り、彼女は一方的に魔法を浴びている。
全身に傷。
特に右腕の出血が酷い。
出口にはゴブリンの群れ。
突破も撤退も封じられていた。
櫻田は思考を巡らせる。
正攻法なら、殲滅。
彼女もAランクだ。協力すれば不可能ではない。
——だが、やりたくない。
理由は単純。
面倒だし、疲れるし、何より楽じゃない。
——ガキーンッ!!
金属が砕けるような音。
大剣が弾かれ、宙を舞った。
その一瞬を、モンスターは逃さなかった。
オークが踏み込み、
ゴブリンメイジが魔力を収束させる。
直撃——
そう思われた瞬間。
彼女の前に、一つの影が割り込んだ。
櫻田と同じ姿をした《分身》だ。
だが、魔力弾が直撃し——霧散する。
「——ッ!」
胸の奥に、鋭い痛みが走る。
針を刺されたような——いや、抉られるような痛み。
分身破壊の代償。
受けたダメージの十分の一。
「……チッ」
櫻田は歯を食いしばり、痛みを押し殺す。
問題はそこじゃない。
分身は、もう出せない。
運ばせて終わらせる。
一番楽なはずの手段が、初手で潰えた。
櫻田は駆け出す。
出口を塞ぐゴブリンの群れ。
手持ちの刀を抜く気にもならない。
蹴り飛ばす。
ゴブリンの体が宙を舞い、壁に激突する。
「ギィ!! ギャッギャギャギャ!!!」
壁に打ち付けられたゴブリンはすぐに起き上がり、こちらに向かってくる。
「マジかっ! 殺しきれないのか!?」
櫻田の攻撃力がSランクの中でも最弱の部類に入ることを加味してもおかしなことだ。
ゴブリンがこんなに固いのはやはり、ここがイレギュラーゲートだからなのだろうか?
「こっちに!!」
櫻田は彼女が逃げ出せる隙をなんとか作った。
彼女は一瞬だけ迷い、すぐに櫻田の背後へ滑り込む。
「助かりました! 応援のハンターですか!?」
「そうです」
「ランクは?」
一瞬、言葉に詰まる。
Sランク。
名乗るだけなら簡単だ。
だが——今の自分は、違う。
「……Aランク下位程度の力はあります」
「え? じゃあBランク……?」
櫻田は否定しなかった。
低く見積もられる方が、死ににくい。
それに、少し盛った自覚もある。
「出口まで走ります。侵出まではまだ時間がある。あとは他に任せましょう」
彼女は短く、頷いた。
出口まで、あと一歩。
その時——
背後から魔法が飛来し、洞窟の天井を崩した。
ゲートへの道が、塞がれる。
「なっ——!?」
ゴブリンメイジに、こんな判断力が?
そこで櫻田は、ようやく気づく。
最初から勘違いしていた。
最初に感じた魔力量。
ゴブリンメイジにしては、あまりにも大きすぎた。
第一世界最強格。
かつて多大な犠牲を払い、やっとのことで倒しきれたモンスター。
ゴブリンロード。
それが、姿を現す。
「くっ——!」
櫻田は逃げようと出口を塞ぐ岩を蹴飛ばす。
だが、その隙を見逃す相手ではない。
ゴブリンメイジとは比較にならない魔法。
「——グッ!!」
直撃。
体が吹き飛び、岩壁に叩きつけられる。
体力は、まだ残っている。
だが——
限界まで使い潰してきた身体が、ついに言うことを聞かなくなった。
抗えぬ睡魔。
視界が、暗くなっていく。
「……クソ……」
櫻田の意識は、闇に沈んでいく。
薄れゆく意識の中で——
彼女の、叫び声だけが——
遠く、遠く——
響いていた。




