第十話 勧誘
「ハンターをやめる?なに馬鹿なこと言ってんだ。そんなことできる訳ないだろ」
櫻田は視線を逸らさずに言い返した。
「できる訳がない?それは法律でSランクハンターは辞められないって決まってるからかい?」
和田は肩をすくめ、どこか面倒くさそうに息を吐く。
「それもある」
壁にもたれたまま、鼻で笑う。
「まあな、真正面から辞表出して『辞めさせてくださ~い』なんていっても受け取ってくれねえからな」
言いながら、和田の視線が櫻田に向いた。
からかうような光が、その目の奥で揺れている。
「でも逃げることはできるんだぜ」
その言葉に、櫻田の表情がわずかに強張る。
「……この惨事はお前が逃げたからなったのか?」
和田はすぐに首を振った。
「俺のせいにされても困るぜ。侵出を起こしたゲートが悪いだろ」
まるで他人事のような口調だった。
櫻田は眉を寄せる。
「でもお前はここにゲートがあって、もうすぐ侵出しそうだと知っていたんだろ」
「ああ、もちろん」
和田はあっさりとうなずく。
「なんせ俺は世界一の探知役だからな」
和田誠也。
国内四位のSランクハンター。
だが、その順位を支えているのは圧倒的な戦闘力ではない。
日本全域の魔力を感知できる――常識外れの探知能力。
ゲート出現の察知に関して言えば、世界でも彼の右に出る者はいないと言われている。
そして和田自身、その評価を否定するつもりはまったくなかった。
「でもそんな俺は今まで、何をしてたか知ってるか?知ってるだろ?」
和田は笑いながら、わざとらしく両手を広げる。
「この日本でゲートが現れたら報告するっつうつまらねえ仕事だよ!」
吐き出すような言葉だった。長年抱え込んできた不満が、ようやく口からこぼれ落ちたかのように。
櫻田は何も言わず、ただ続きを待つ。
「俺がいなきゃ、日本は終わる。俺は日本に必要不可欠だ。そう思ってなんとか仕事を続けていた」
「だが俺は気になったんだ!どうして海外では俺みたいな探知役がいないのに被害が少ないのかって!!」
声が一段強くなる。
「そして調べて知った!!海外じゃあゲート探査機っつう代物でゲートをすぐに見つけられることをなあ!!」
「ゲート探査機?」
聞き慣れない言葉に、櫻田は眉をひそめる。
「ああ、探査機っていいながら電波塔みてえな奴でよ。半径何キロだかのゲートを見つけられるのさ」
和田は空中に塔の形を描くように手を動かした。
「じゃあ、なんで協会はそれを使わないんだ?」
当然の疑問だった。
和田はすぐに答える。
「馬鹿みてえに金がかかるからだよ。一個建てんのに何十億もかかるのさ。それをそこら中に建てなきゃいけねえわけだからな」
そして、自分の胸を親指で指す。
「年間一億もかからない俺を使った方が安上がりってわけよ」
笑ってはいるが、その笑みには皮肉が滲んでいた。
「結局俺は協会が金を節約するためだけに苦しめられていたのさ!!」
吐き捨てるように言い、少しだけ声を落とす。
「俺が居なくなったって、国があれを建てさえすれば、侵出の被害は元へ戻るだろうよ」
櫻田はすぐには答えなかった。
少し考えてから、静かに言う。
「じゃあその機械が建てられるまではお前がやってくれよ」
その言葉に、和田は短く笑った。
「やだね」
即答だった。
「俺はもう顔も知らない一般人のために苦しみたくはない」
その視線が櫻田に向けられる。
「なあ櫻田。お前も苦しいだろ。ろくに休めてないよな」
櫻田は否定できなかった。
それが、真実だから。
「だったら、ハンターなんて辞めちまえよ。Sランクハンターである俺たちを捕まえられるやつはせいぜい天内くらいだ」
櫻田は答えない。
ただ黙って、和田の顔を見ていた。
「……」
短い沈黙が落ちる。
そのとき、和田がふと後ろに視線を向けた。
「おっとやべえ」
軽く舌打ちする。
「噂をすればご本人様の登場だ。俺は逃げるとするよ」
和田はポケットから名刺を取り出し、軽く弾くようにして櫻田へ投げた。
「気が向いたら連絡しな」
和田は、笑う。
「俺たちはいつでも歓迎するぜ」
そう言って——
和田の姿が、消えた。
瞬間移動系のスキルか。
和田のものではないため、他の仲間がいるのだろう。
俺たち、とも言っていたしな。
「櫻田先輩!!」
振り返ると天内が走って来ていた。
「先輩がこれを倒したんですか?」
天内はドラゴンの死体を見ながらそう言う。
「ああ」
「ほんとに助かりました!一応今日も休日だというのに」
「ああ」
「……どうしたんですか?元気ないですね」
「まあ、ちょっと疲れただけさ」
「そういえば。さっき、ここに誰かいませんでしたか?」
天内はいつもと変わらない表情で言う。
「……」
櫻田は、一瞬迷う。
手の中の名刺が重い。
「気のせいじゃないか?」
「そうですか……」
天内は、納得していない様子だ。
「和田の魔力が微かに感じられた気がするのですが……」
「……疲れてるんだろ。俺もお前も」
櫻田は、視線を逸らす。
「帰るわ」
「分かりました」
櫻田は、歩き出す。
——何か、忘れている気がする。
だが、それが何なのか分からない。
「……まあ、いいか」
そのまま、残り少しの休暇を貪るため、家に帰るのだった。




