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プロローグ

櫻田幸一さくらだ こういちは、この時代において最も苦労している人間の一人と言っていい。

ただし本人に言わせれば、どこにでもいるありふれた男——そう答えるだろう。


二〇二〇年。

世界が変わった年だ。


世界各地に、突如として「ゲート」が出現し始めた。

その先には異世界が広がり、モンスターが溢れていた。


当初、各国政府は事態を静観した。

その時はまだ、ゲートからモンスターが出てくることは無かった。

そのため、関わらなければ、被害は広がらない——そう判断したのだ。


……だがそれは見当違いも甚だしいものだった。


放置されたゲートから、大量のモンスターがあふれ出たのだ。

のちにこの現象は「侵出」と名付けられることになる。


そこでようやく人類は気づいたのだ。

この災厄が、無視してやり過ごせる類のものではないと。


日本国内だけで35万人。

世界全体では——1000万人以上が死んだ。


この出来事は、のちに「第一次ゲートショック」と呼ばれることになる。


――もっとも。

それまで人類が生き延びていれば、の話だが。


そして櫻田幸一もまた、その渦中にいた。


彼の両親は、ゲートから現れたモンスターに殺された。

櫻田は、物陰に隠れながら、両親が殺される音だけを聞いていた。


遺体は、見せてもらえなかった。

救護隊の判断だった。


「ご遺体は……見ない方がいいと思います」


当時17歳だった自分に、あの光景を見せたらどうなっていたか。

今でも分からない。


感謝すべきだったのか。

それとも、最期の顔を見られなかったことを悔やむべきだったのか。


櫻田は、今でも答えを出せずにいる。


両親の死後、櫻田には保険金が支払われた。

四億円。


慎ましく暮らせば、一生働かずに済む金額だった。

しかし――その未来は訪れなかった。


櫻田が散財したわけではない。

原因は、インフレだ。


原因は二つ。


一つは、第一次ゲートショック後の復興だ。

国が莫大な資金を投じた。櫻田の保険金も、保険会社ではなく国が補填していた。


もう一つは、ハンターだ。

ゲート攻略を促すため、政府は一回の攻略報酬を何億円にも設定した。


だが、それもまた失策だった。


一度十分な金を稼いだ者は、

再び命を懸けてゲートに挑もうとはしない。


攻略者は減少し、

一方で、ハンターが市場に金をばらまいた結果――


ハイパーインフレーションが発生した。


日本円の価値は、一気に百分の一へと落ち込む。

櫻田が持っていた四億円は、実質四百万円程度になってしまった。


インフレは国が新紙幣を発行したことで収まったが、経済は大打撃を受けることになる。


ここまでが、櫻田幸一という男の、この世界の——過去だ。


これから語られるのは、彼の現在。

そして、彼が変えていく未来の物語である。

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