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婚約破棄された無能鑑定士令嬢は、冷徹宰相に独占される

作者: スナハコ
掲載日:2026/02/15

 王城の大広間で、わたしは笑われていた。

 第一王子アルベルト殿下との婚約披露宴。

 祝福の夜になるはずだったその場で、殿下は高らかに告げた。


「リゼット・オルディア。お前との婚約を破棄する」


 ざわめき。

 わたしが黙っていると、殿下はさらに言葉を重ねた。


「理由は単純だ。お前の鑑定は遅い。王家に不要だ。今日から“無能鑑定士”と呼んでやる」


 会場のあちこちで笑いが起きた。

 わたしの鑑定は確かに遅い。

 宝石の値踏みや剣の等級判定には向かない。

 けれど、わたしの本領は別だ。

 契約の改竄、血統の偽装、功績の横取り。目に見えない嘘を剥がす。


 地味で、嫌われる能力。

 だからこそ、今夜みたいな場で必要になる。


「婚約破棄、受け入れます」


 わたしが頭を下げると、殿下は満足げに杯を掲げた。


「物分かりがいいな。ついでに不正会計の罪も問う。今夜をもって王都追放だ」


 やはり来た。

 婚約破棄だけではなく、社会的抹殺。

 だからわたしも、準備は済ませている。


「承知しました。ですが追放命令の前に、王命鑑定を一件だけ実施します」


「は? お前にそんな権限があるわけ――」


「あります」


 わたしは文書を掲げる。

 黒狼の封蝋。宰相府の正式印。

 侍従が確認して震え声で言った。


「宰相カイル・レーヴェン閣下の承認文書です。真正に間違いありません」


 殿下の顔色がわずかに変わる。

 わたしは壇上の中央に置かれた国宝(蒼天の王冠)へ歩く。


「鑑定結果。王冠は本物です」


 殿下が勝ち誇ったように笑った。


「当然だろう。くだらん――」


「ただし、殿下の血統紋章は偽物です」


 一拍。

 次の瞬間、会場が弾けたように騒がしくなった。


「でたらめだ! 衛兵、こいつを捕らえろ!」


「動くな」


 低い声が広間を凍らせる。

 扉が開き、黒衣の男が現れた。宰相カイル。

 長身、銀灰の髪、冷たい青眼。王国で最も恐れられる男。

 その後ろで近衛騎士が剣を抜く。


「続けろ、リゼット嬢」


「はい、閣下。殿下の紋章は三か月前に改竄されています。王家固有波形と不一致。さらに婚約誓約書も改竄済みです」


 侍従が誓約書を持ってくる。

 わたしは第三条を指した。


「『王子側からの一方的破棄時、王家は賠償を行う』。この条文だけ削除されています。封蝋再溶解痕と筆跡偽装も確認」


 殿下の側近伯爵が青ざめた。

 わたしは会計帳簿を掲げる。


「改竄に使われた公印蝋は伯爵家執事が持ち出し。口止め料、金貨二百枚。領地帳簿に記載あり」


 伯爵が崩れ落ちる。

 殿下は唇を噛み、叫んだ。


「まだだ! そんなの証拠にならない!」


「では、血統鑑定を行います」


 わたしが術式を展開すると、淡い光環が殿下の額に触れて消えた。

 結果は一行で十分だった。


「第一王子アルベルト殿下と先王陛下の血縁一致率――ゼロ」


 悲鳴が上がる。

 王妃が椅子から崩れ落ちた。

 宰相が片手を上げると、近衛騎士が殿下を取り押さえる。


「放せ! 僕は王子だ!」


「王子として扱われていただけだ」


 宰相の声は氷のように冷たい。

 だが、わたしの肩に触れた手だけは驚くほど温かかった。


「十五年前の取り違え記録は地下文書庫で確認済み。今日、リゼット嬢の鑑定で最終確定した。連行しろ」


 殿下と伯爵は泣き叫びながら連れて行かれた。

 わたしを笑っていた貴族たちは、今度は目をそらすばかりだ。


 国王陛下が立ち上がった。


「リゼット・オルディア。そなたへの婚約破棄は無効。加えて王国監査院特務官に任ずる」


 どよめきが再び広間を満たした。

 王家すら監査できる独立権限。

 わたしは膝を折って答える。


「謹んで拝命いたします」


 宰相が一歩前に出た。


「陛下。特務官の直属監督は私が務めます」


「任せる」


 即決。

 つまり今日から、わたしは宰相府所属になる。

 その直後、宰相はわたしにだけ聞こえる声で言った。


「今夜、迎えに行く」


「……監査業務の件ですか?」


「違う。男としてだ」


 耳の奥で心臓が鳴った。

 会場の誰にも聞こえないように、彼は続ける。


「君を守るだけでは足りない。独占したい」


 冷徹宰相の口から、こんな露骨な言葉が出るとは思わなかった。

 さらに彼は、わたしの手を取り、指先へ口づける。

 その瞬間、広間の空気が止まった。


「君は私の最重要人物だ。仕事でも、私生活でも」


 政治的宣言であり、公開告白でもあった。


 その夜。

 わたしが屋敷で荷をまとめていると、予定通り宰相が来た。

 黒の外套のまま、玄関でまっすぐ言う。


「迎えに来た。宰相府の隣の館を君に用意した」


「仕事用の館、ですよね」


「半分は。もう半分は、私が毎晩通うためだ」


 露骨すぎて、笑うしかない。

 でも嫌ではない。

 わたしはずっと彼に惹かれていた。

 誰も信じなかったわたしの鑑定を、彼だけは最初から信じてくれたから。


「ひとつ確認です。わたしが必要なのは、便利な鑑定士だからですか」


 彼は即答した。


「違う。鑑定士として有能だから必要だ。だがそれ以上に、リゼットという女を愛している」


 まるで判決のような断定。

 わたしは逃げ道を失って、でも嬉しくて、笑ってしまう。


「閣下、ずるいです」


「君にだけは、ずるくなる」


 彼は一歩近づき、わたしの腰に腕を回した。

 視線を絡めたまま、低く言う。


「仕事では対等に扱う。私生活では全力で甘やかす。これでどうだ」


 それは、わたしが言う前に欲しかった条件だった。


「……受けます。恋人として」


 次の瞬間、唇が重なる。

 短いのに熱く、離れたあとも息が乱れる。

 彼は無表情のまま囁いた。


「これで君は私の恋人だ。二度と手放さない」


 翌朝、宰相府監査室。

 わたしは特務官として最初の無双を始めた。


「財務卿の裏帳簿、改竄箇所三十二。軍需局、架空発注十一件。王家会計監督官、賄賂の流れ確定」


 わたしが一枚ずつ証拠を並べるたび、役人たちが青ざめる。

 昨日まで「無能」と笑っていた連中は、今日は震えながら署名した。

 爽快だった。

 積み上げられた嘘を、ひとつずつ壊していくのは。


 昼、宰相が監査室へ入ってくる。

 彼は有無を言わせず、わたしの書類を閉じた。


「休憩だ、リゼット」


「まだ五件あります」


「恋人を過労死させる趣味はない」


 堂々と言われると、周囲の役人が息をのむ。

 彼はわたしの手を引いて執務室へ連れていき、紅茶を差し出した。


「柑橘。君の好みだ」


「完璧ですね、閣下」


「恋人の嗜好くらい把握している」


 そして、書類の山の前で平然と言う。


「ご褒美が必要だな」


「仕事中です」


「だから短くする」


 そう言って、彼はわたしの唇へ二度目の口づけを落とした。

 露骨。強引。甘い。

 心拍が上がるのに、嫌な感じは一切ない。


「午後も無双してこい」


「命令ですか?」


「お願いだ。私の一番有能な恋人」


 その言葉だけで、もう負ける気がしなかった。


 夕方には財務卿、軍需局長、会計監督官が同時更迭。

 特務監査班が正式発足し、署名欄にはこう並ぶ。


 班長 リゼット・オルディア

 監督 カイル・レーヴェン


 わたしは書類を抱えて彼の執務室に戻る。

 彼は立ち上がり、当たり前のようにわたしを抱き寄せた。


「今日だけで王国の膿を三割切った。見事だ」


「無能鑑定士の仕事としては上出来でしょうか」


「訂正しろ。君は王国最強の鑑定士だ」


 彼はわたしの耳元で、ゆっくりと言い切る。


「そして私の恋人だ。誰にも譲らない」


「独占欲が強すぎます」


「今さらだろう」


 思わず笑ってしまう。

 婚約破棄された夜に、わたしはすべてを失ったと思った。

 でも実際は逆だった。

 偽物の婚約者を失い、本物の居場所を得たのだ。


 嘘を暴くのがわたしの仕事。

 本物を守るのが、わたしたちの仕事。

 次に泣くのは、偽装で生きてきた者たち。

 次に笑うのは、わたしと、わたしの隣で露骨に甘やかしてくるこの男。


 見せてあげる。

 無能と呼ばれた令嬢の、痛快な無双と、分かりやすい恋の勝利を。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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(反応が良ければ連載版の作成も検討しています)

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婚約じゃなく最初から主人公をこの職につけてれば、王家は安泰だったのに。女性じゃ難しかったのかな。余計な膿を取り出せて結果オーライ?
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