オレとオマエと大五郎
「宴もたけなわではございますが——」野口が上気した顔で声を張った。「ラッキーセブンの攻撃が始まるようです」
「おお、いつの間に」
「どうなってんの、今?」
立見席では広げたレジャーシートの上で宴会が行われていた。十人ほどの男女が応援そっちのけで酒を酌み交わしている。
「まあまあまあ、納見さん」
何が『まあ』なのかわからないが、レプリカユニフォームの男が空いたばかりの紙コップに焼酎を注いできた。ビン・カン類は持ち込み禁止のはずだが、立見ではいつもの光景だった。
「おい、オマエ」そういって指を差してきたのは美咲だった。「ちゃんとオレが教えた通りに応援しろ」
酔っている美咲を見るのは久しぶりだった。彼女は酔うと、一人称が『オレ』になる。 さっきまでこの調子で応援をレクチャーされていたのだが、身についた気はしていない。
「大五郎、オマエもだ」目先を兄に変えて、美咲は続けた。彼女は酔うと兄を呼び捨てにする。「負けたら承知しない」
どっと笑いが起きた。それもそのはず、ここまでチームは一点も挙げられていない。その一方で相手は追加点を重ね、七回表を終わって0対15。ここからどうやって勝てというのか。
納見はグラウンドに視線を移した。佐木の投球練習が始まるかと思ったが、その気配はない。
何も起きていないのに騒がしい感じがして、まわりを見渡した。いつの間にか、立見に人が集まりはじめていた。
どん、と腹に響く音がして、あちこちから歓声が上がった。射し込んだ光が、オードブルを囲む仲間たちの顔を照らした。見上げると、夜空に打ち上げ花火が上がっていた。
「セナ! 早く早く!」
立見が混雑する中、セナがレジャーシートに引き込まれた。「いいよ、靴のままで」と誰かがいった。シートにはセナと同じ『キキ』の売り子も来ていた。通路に立ち止まることのできない彼女たちも、ここでなら花火を見ることができた。
セナが注文を取り始めた。「納見さん、最後にどうですか?」と訊かれて、ラストオーダーにしては早いなと思いながら人差し指を立てた。そしてたこ焼きを口に放り込み天を仰いだ。
納見は今日が夢花火デーだったことを思い出した。セナと美咲が並んで自撮りをしている。美咲の友人たちも加わった。花火がまるでフラッシュを焚いたように、彼女たちの表情を生き生きと浮かび上がらせていた。
今シーズンも本当に楽しく過ごせた。だが終わってしまえば、あとに何も残らない、ただそれだけの日々だったのかもしれない——。今年最後の夢の花から、納見はしばらく目を離せずにいた。




