ちょこれーと・りばいばる
冬のある晴れた日。交際2年目になる荒井さんとクリスマスケーキの予約をしに最近かなり評判の洋菓子屋さんに出掛ける。待ち合わせの駅から徒歩で10分ほどの距離にある店なので、道中こんな会話が始まった。
「満くんはやっぱりチョコレートケーキにするつもりなの?」
下の名を呼ばれる事にももう慣れてしまっているが、荒井さんの方も僕の事をもう十分に知っているというような口調で「やっぱり」とつける。
「そりゃあ、まあチョコレートケーキは正義だからね」
などと思っている素直な気持ちを伝えると荒井さんはちょっと困ったような表情でほほ笑むけれど、
「まあ満くんだし、それでいっか」
と言って暗に賛成してくれている。彼女の人となりもこの頃ではうっすらを越えて段々はっきりと分かるようになっているけれど、考えてみると分からないこともある。この際だし確かめてみようかなと思った。
「美夏さんはチョコレート好きなんだよね?」
「え…?突然どうしたの?」
僕は前から荒井さんがチョコレートに関して地味に中立の立場を取っているという事に気付いていた。というか、以前僕が
『僕とチョコレートだとどっちが好きですか?』
という質問を、ずっと前に彼女がしたのを倣うように発してみたところ彼女は、
『そりゃあ満くんだよ』
と答えた。この頃には男女の機微に疎いと評判だった僕でもそれなりに相手の意図することを理解できるようにはなっていたけれど、逆に言うと僕がその時両者は『別次元の好き』であるという論法で甲乙を付けなかったのに比べると彼女ははっきりと僕の方が好きだと言ったのである。別に惚気ているわけでは毛頭なく、むしろ密かに『由々しき事態である』と感じたのだ。
「美夏さんがチョコレートが嫌いだっていうパターンはまさか無いですよね?」
「…」
美夏さんは僕の表情を伺って(時々そういう表情で彼女は僕を見る)、「そっか…」と独り言ちてからこんなことを言う。
「もし嫌いだって言ったら、わたしの事嫌いになる?」
「え…?嫌いにはならないですよ。美夏さんは美夏さんですし」
勿論即答。すると、
「うふふ…ありがとう」
といつものように一人で満足げにニコニコしている。それはいいのだけれど、やはり彼女は僕の質問に答えていない。
「嫌いではないですよね?だって時々一緒に食べてますし」
なんとなく焦り気味に美夏さんの返答を促すと、
「さあ、どうでしょう?」
と更にニヤニヤして僕を見ている。こんなことをしているうちに道の先に店の姿が見えてきて、この質問の事はどちらかというと後回しになる。
「美夏さん、あそこですよ!走りましょう!!」
ネットで確認した絶品のチョコケーキの写真を思い浮かべ、居てもたってもいられなくなり走り出す僕。
「え…ちょっと待ってよ!!」
と美夏さん。すぐに店に到着すると、店外からも中には結構人が居そうだという事が分かった。
「へぇ、やっぱりすごいね。大人気」
二人で驚きながら入店し、内装もさることながら眩いばかりの各種商品と正面のケースにこれでもかと並んだ美しいケーキにさっそく目を奪われる。
「満くん、マカロンとかもあるよ!!映えるね!」
「映えは大事ですよね」
荒井さんから『チョコレート垢』として勧められた某SNSに写真をアップロードする事を続けているうちに段々と気付いてきた『映え』という概念の神髄。つまりそれは素人でもパッと目を引くくらい良さが伝わる写真は、どこかしら現実とは違う『別の世界』を感じさせるのだ。チョコレートの新商品のレビューを兼ねて、どのように対象を写したら美味しそうに見えるか、購買意欲をそそるか…なんてことを考えながら写真を撮るようにした結果、最近では『いいね』を押しまわるのが大変なほどにフォロワーさんが増えた。やはりそこでも『マカロン』のような見た目で惹きつける事が出来る写真は強い。それはそれとして僕としては早く『本命』にアタックしたい。
「美夏さん、チョコレートケーキ、ありましたよ!!」
「うわー…綺麗…これはもはや芸術ね」
「確かに…こんなに滑らかな表面に仕上げるのは一苦労でしょうね」
ケース越しにショコラなんとかという商品を眺めて感想を言い合う。ポップも『当店一番人気』とあって、これを食べれば外れはないなという感覚。
「クリスマスケーキの予約もありましたね。うーん…どうしようかな…」
「わたしはホールケーキのイメージだったけど?」
「やっぱりそうですよね。切り分けるのがなんかロマンです」
「じゃあそれにしましょ?すいませーん」
と早くも美夏さんは店員さんに予約を申し込んでいる。こうなると心は既にクリスマス気分で、なんとなく子供の頃の記憶が蘇る。
『さんたさんへ 今年は板チョコ一年分が欲しいです』
近所の友達の発案に倣い「さんた」さんにこのように書き送った手紙に対して、
『大人買いは大人になってからにしましょうね』
という返事が届いて、その年は何故かRPGのゲームを貰った僕。その和製RPGは父が好きだったシリーズで、確か今年そのシリーズの新作が発表された筈である。西洋文化を嫌う父ではあったが和製のゲーム機については『和の心』を学べるという理由で実家にも置いてあったのでプレイできたという経緯がある。
「あ…そうだ板チョコ大人買いしないと…」
唐突に子供の頃の夢を叶えてもいいなと感じて頭の中で一日何枚にするかの皮算用をしているうちに予約が完了した模様。
「板チョコもいいけど、今日このケーキ買っていけばいいじゃん」
と先程のショコラなんとかを美夏さんから勧められた。
「美夏さんも食べるんですか?」
「わたしは…こっちのモンブランを…」
「そうですか」
この時僕は、<やっぱり美夏さんはチョコレートそんなに好きじゃないのかな…>と感じてしまっていた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆
美夏さん宅で持ち帰ったケーキを食す前、彼女の提案でなるべく『映える』ような皿を選んで、撮影の角度を決めたり。なんだかんだ苦戦したものの、ほぼ思い描いていたような一枚が撮れたのでちょっと編集をして投稿。一人暮らしをするようになってから『スマホ』も解禁になったけれど、ここまで使いこなせるようになったのはちょっとした感動である。
「じゃあいただきましょう」
彼女が好きな紅茶も淹れて準備は万端。あのケーキにフォークを入れる。思いのほかスッと。
「美夏さんはモンブランを選びましたけど、やっぱりチョコレートは…あ…これ最高だ!」
口に入れたショコラなんとかの味に感動しつつ、モンブランの和栗を味わっているらしい美夏さんを観察していた。
「モンブランは子供の頃の思い出なの。お父さんが『モンブランは大人の味だね』っていつも言っててわたしはその時チョコレートケーキが好きだったんだけど、『大人になったら美味しさが分かるよ』って言われて本当にそうだったから、なんかね」
「良い話ですね。え…?今『チョコレートケーキ好きだった』って言いましたよね?じゃあ今は違うんですか?」
動揺してしまっている僕の方を見て美夏さんがおもむろに…なんと僕のショコラなんとかに彼女は彼女のフォークを入れて!!!!パクっと!!
「あ!!」
「うん!美味しい!!やっぱり大人になってもチョコレートケーキは美味しい!!」
「美夏さん、だったら自分で買えばよかったのに!」
「ううん。わたしはこれでいいの。満くんの食べた『ショコラ・エトワール』で」
…これも微妙な乙女心なのだろうか。あとで同僚に訊いてみるとして…
「食べる量減った」
と僕は一人切ない気持ちになったり、したとかしないとか。




