第10回 舌が肥えるということ
舌はこれから肥やしていきたいエッセイもどき第10回です。
今回はついさっき食べた駅弁から脱線していきたいと思います。これは事前予告です、と言い掛けましたが事前と予告で意味が被っているので片方不要ですね……では言い方を改めて次回予告ならぬ今回予告です。
今日は所用で東京駅付近に用事がありましたので、昨今SNSで話題になっていた駅弁を購入してきました。
その名も炙りえんがわ弁当。うーん、名前の時点で非常に美味しそう。
SNS上では東京駅で買えるえんがわの押し寿司弁当が美味しいと評判になっていまして、そこまで騒がれるのであれば食を愛するこの私が黙ってはいられないと買いに行くタイミングを伺っていたのです。
さらに下調べするとえんがわのお弁当は全部3種類あり、炙っていないものが2種類、炙っているものが1種類とのことで選択に悩みましたが、炙ってないえんがわなら回転寿司に行った時に食べてるし……という理由で炙り版を買い求めることまで決めていました。
そして本日東京駅のごった返す人波を抜け、駅弁屋に集まる旅行客の間を掻き分けて目的の駅弁を手に入れました。旅行しない私ですがさも観光客のようなフリをしてレジに並び、手早くお会計を済ませます。
そうして電車に揺られ、帰宅後わくわくと開封。
おおー、良い見た目。純白のえんがわに程良い焦げ目が付いて食欲をそそります。更にお塩とかぼす、醤油まで付属するという味変お助けセットも。期待を膨らませていざ実食。もぐっと。
…………
うん、美味しいは美味しいのだけど。
評判に聞いていた程ではない。
少しだけ肩透かしを食らいつつも、美味しいことは事実なのであっという間に完食しました。
味変はどれも魅力的でしたが、塩と炙りの相性が絶妙で個人的には優勝です。味変グランプリ優勝。
で、どのあたりに物足りなさを抱いたかと言えばえんがわの厚みでした。
具体的に言うと回転寿司で食べるえんがわの厚みには敵わなかったのです。
おいおいお前はどんな高級寿司店に通ってるんだよと思われそうですが、至って普通のチェーン店です。
まあ「地元北陸のみで展開する」という枕詞は付きますけど。
北陸民の方には同意してもらえると思いますが、基本北陸三県の回転寿司はレベル高めです。
価格は決して安くありませんが、東京で食べようとしたらお高めの回らない寿司屋でないと出てこないクオリティのものがさらっと出てきます。
まあ、回転寿司といってもコンベアに乗って回っているネタは数少なく、大体はタッチパネルか口頭で注文したものが運ばれてくるパターンです。
そんな北陸の回転寿司とそのネタのクオリティに慣れてしまったせいか、今回のえんがわはネタが薄く感じました。
これは製造している会社が悪いのではなく、私が地元環境に慣れてしまっただけ。つまるところ誰のせいでもない悲劇と呼ぶべきでしょう。
SNS上で喧伝していた人はこのネタの厚みでも十分満足できる食環境をお持ちだったのでしょう。
これは皮肉でも批判でもなく、ただその人自身の環境がそうだったということです。
舌が肥えていくというのは、美味がいかほどであるかを見極めることができるようになることであり、質の高いものを質が高いとわかって味わうことができる素晴らしいスキルです。しかし、それと同時に自らの満足に達しないものにも気付いてしまうという面もあるでしょう。
生半可に知ってしまったがために後に引けなくなる。
相対的に質の低いもの、相対的に価格の安いものに戻れなくなってしまう。
なんともペシミスティック。
私も今まさに回転寿司と魚ネタという分野においてその状態に至っているのでしょう。
しかし私はこれを悲しいとは考えていません。
戻れないのであれば満足できるものを食べられるように頑張ってお金を稼ぐ。この料理は満足できないから食べないけど、その代わりにまだ食べたことのない別のジャンルに手を出してみる。
そういうポジティブな考え方に転換していきたいと思います。
だから、舌はもっと肥えてもいいんだぞ……美味いもの食っていいんだぞ……と自分を甘やかして初めてのジャンルの店に行ってみようと思います。散財ではありません。決して。
ではまた。