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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

初めてとキス

作者: 四谷

 私、一条茉莉いちじょう まつりが親友の藤井ふじいほのかを意識し始めてから、もう一週間が経過した。ちなみに、私とほのかはどちらも女の子だ。

 「私は同性愛者ではない」と言い切るには恋愛経験が足りなさすぎる私は、この気持ちが恋情である可能性を否定しきれずにいた。

 きっかけは一週間前の土曜日、ほのかの家でお泊りをしたことだった。


 ほのかの部屋のベッドの上でぐっすりと寝てしまった私は、朝意識が覚醒しても瞼を閉じていた。ほのかは既に起きていて、独り言を発しながらオルゴールを聞いていたからだ。ほのかは一人になるとよく独言をする。滅多に聞けない親友の独り言、興味がそそられないわけがない。


「茉莉」


 彼女は私の名前を口にした。一瞬反応しかけたが、なんとか抑える。


「寝顔もいいなぁ」


 彼女がそう口にすると、パシャっという音とともに瞼の向こう側が眩い光で覆われる。恐らく、寝顔の写真を撮られたのだろう。状況を理解するとともに、段々と羞恥心が湧いてくる。

 私は寝顔を褒められたことなんて人生で一度もなかった。とりあえず今は、その写真が悪用されないことを祈ってもう少し寝たふりを続けよう――と、チョロい私はほのかを叱るようなことはしなかった。


「茉莉。茉莉。茉莉、茉莉……」


 自分の名前が連呼されることに慣れていない私は、正直かなり困惑していた。起きるタイミングを完全に逃してしまった。どう反応すればいいのか。


「……ごめん」


 視界が暗くて、ほのかが何をしているのかなんて分からない。でも、ほのかの気配が近付いてくるのを感じた。

 そして……私の唇に、柔らかくて瑞々しい感触が押し付けられた。

 ――え?


 それは一瞬のことだった。


「んー……」


 私はとっさに唸りのようなものをあげて寝返りを打つ。本当は起きているのだから、これはただの返りなのかもしれない。ほのかに、自分の顔が見えないように。

 この時、私は頬を赤く染めていたのだろう。自分が上気していることに気付き、更に赤くなっていたかもしれない。状況を理解した時は、更にもっと赤くなっていたことだろう。


 ――キス、された?


 恋愛経験など一切ない私にとって、これが初キス……ファーストキスとなった。


 それから、何事もなかったように瞼を開けると、ほのかも何事もなかったように朝ご飯を作ってくれた。ご飯を食べて、色々と準備をして、ほのかの家を出た。

 自分の家に帰って、適当に勉強をして、スマホをいじって、時々友達と連絡して、夜ご飯を用意して、食べて――その間もずっと、ほのかのことが頭の中に浮かんでいた。


 嫌じゃなかった。


 嬉しかった。


 だけど、私達は女の子同士だ。


「……」


 私は少し迷って、躊躇って……そして、通話ボタンを押した。

 勿論、相手はほのかだ。


『もしもし?』


「もしもし。ほのか、ちょっと今話せる?」


 ほのかは基本物静かで、あまり口数が多いタイプではない。


『いいよ、どうしたの?』


 でも、今日のほのかは、なんだか生き生きとしていた。


「……一週間前、泊まった時のことなんだけど」


『えっと、なにか忘れ物でもした?』


 ほのかはとぼけているみたいだ。わざとらしくすっとぼけるほのかに対し、私は聞いた。

 ――ほのか、私にキスしたよね?

 これは質問というよりも確認だ。


『……うん』


 意外にも素直だったので、私は一瞬言葉に詰まってしまう。気を取り直して、次の質問。

 ――なんで、キスしたの?


『今からそっちに行っていい?……直接言いたい、から』


「……いいよ。今日は親がいないから大丈夫」


 私は了承する。通話が切れ、すぐに玄関からチャイムの音が聞こえた。いくら家が近所だからって、いくらなんでも速すぎると思うけど。

 私が玄関に向かうと、ドアは既に開いていた。


「やっほ。鍵開いてた?」


「うん、開けっ放しだったよ」


 危ない危ない。うっかり鍵を開けたまま眠るところだった。


「入って」


「……お邪魔します」


 私が促すと、ほのかは少し間を開けてからそう言った。ほのかはわざわざ靴を揃えて、少しキョロキョロしながら私についてくる。別に珍しいものがあるわけじゃないのに。後ろで鍵のかかる音がしたが、私は気付かないふりをした。


「えっと……どっか、ベッドでいいや。そこに座って」


 私の部屋には座る場所がない。というか、家具が全然ない。あるのは本棚、引き出しとベッド、そしてそれに隣接する机だけ。

 ほのかがベッドの上に腰を下ろすと、私もその隣にピタッとくっついて座る。


「……それで。言いたいことって?」


 私はストレートに聞くことにした。うすうす気付いてはいるけど、まずはほのかの口から聞きたい。


「……あのね、茉莉」


 しばらくの静寂のあとに、おそるおそると言った感じでほのかが口を開く。


「私、茉莉が好きなの。だから、した」


 ほのかは、真っ赤になった顔ではっきりとそう言った。それを聞いて、私の顔も若干赤くなる。

 返事はもう決まっている。


「私は、恋なんてしたことないから、それがどんなものかなんて分からない」


 特に何があるわけでもないのに、慎重に言葉を選ぶ。


「でも、もし、今の私が……今、私が抱いている感情が、そうだとしたら」


 私は、ほのかみたいにはっきりと言えない。


「もしそうなら……私も、ほのかと同じ……」


 ……言い換えの言葉が出てこない。

 もし、今私が抱いているこの気持ちが、恋ではないというのなら。


「私も、ほのかが好き」


 この胸の高鳴りを、どう説明するのか。


「……茉莉」


「ほのか」


 私のファーストラブは、キスで始まって、キスで続く。

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