プロローグ
関東は茨城、筑波山の麓に一家を構え、筑波組の金看板を掲げた侠客がいた
親分の名は「筑波大五郎」通称「筑波の親分」またの名を「筑波のガマガエル」
ガマのような大きな顔と大きな笑い声、昔ながらの侠客で弱きを助け強きを挫く曲がったことが大嫌いなげんこつ親分
そんな親分に惚れ抜いて夫婦となったのが妻の「峰子」、そして一粒種の「長五郎」
長五郎はかの有名な伝説の侠客清水次郎長親分の本名から名前を貰って名付けたもの
ちょうど親の名前も含まれているとのことでこれしかないと生まれる前から決められていた
そして、今日は長五郎が小学校に初登校する目出度い門出の日だった、筑波名物梅の花が散った後の桜の花が舞う筑波組の門前には組員一同が紋付袴で勢ぞろいしていた・・・
「長ちゃんアンタ忘れもんないね?」
「大丈夫!オイラ昨日から準備してたもん!」
「長五郎!組の看板とおめぇの名前に恥じない立派な小学生を勤めてきな」
「はい!お父ちゃん!」
「若、学校まではあっしが送っていきましょうか?」
「ううん、オイラ自分の足で行くよ・・・お父ちゃん、お母ちゃん、おいちゃん達、筑波長五郎、学校にいってまいります!」
小さな口をパクっとあけて元気よく皆に挨拶を済ませ学校へ向かおうと前を見据えると
筑波のお山から吹き下ろす風に乗って舞う桜がこの日を祝ってくれるようでなんとも綺麗だった
「おう、峰子・・・切り火切ってやんな」
「はいよ、長ちゃん・・・がんばんな!」
カチッカチッと母の切り火を背中に受けると代貸の正さんが叫んだ
「筑波長五郎・・・バンザーーーイ!!!」
「「「「「「「「バンザーーーーーーイ!!!!」」」」」」」
赤城の山まで届きそうな声は自分を一層高揚させた
両親からは常々「男」になれよと教えられてきたし自分でも「男」になりたいと思っている
「三つ子の魂百まで」という言葉があるそうだがきっとオイラは生涯「男」にこだわるだろう
まずは学校で男を磨こう、何にでも一生懸命にやるのが男ってもんだと父ちゃんもそう言ってる
さあ・・・気張っていこう!
その頃学校ではヤクザの子供が入学するという話で若い教員の間で話題になっていた
「筑波ってあの古いお屋敷の?」
「そうそう!今年の新入生でさぁ・・・入学式でみかけたけどまあおっかないオヤジの子供でさ」
「イチャモンつけられて指でも詰めさせられたら嫌だよ・・・」
そんなことを新任の先生達が話題にしていると後ろでエヘン!と咳払いした初老の教師がこういった
「君たち要らぬ心配をしてるようだが、筑波さんは代々この辺を御守りしている立派な侠客だぞ、ヤクザと侠客ってのは違うんだ」
「なにが違うっていうんですか?ヤクザはヤクザでしょう」
食い下がらない教員に初老の教員は眉を潜めつつも
「まあその内わかる、子供は親とは別物だと思って平等に接してあげるんだぞ」
「はぁ・・・まあ・・・わかりました」
納得行かないという顔をして食らいついた教員も引き下がった
ヤクザと侠客・・・似ているようで全く違う、極道や侠客という言葉が廃れて久しい昨今
混同するものがいるのも致し方ないことだろう。
難しい顔をしながら廊下を歩く若い教員がいた先程老教員に食らいついた男で中沢という
黒縁メガネに七三分けでいかにもマジメそうな男である、そう・・・この男が長五郎の担任だ。
(ヤクザはヤクザじゃないか・・・俺はそんなのには屈しないぞ!所詮ガキじゃないか怖いものか!)
そう心で言い聞かせて自分を奮い立たせて1年1組の教室のドアをスッと一呼吸いれて開けた
ガラッ
「おーいみんな席につけ!」
ざわついていた子供たちが先生の一言で席につき何を言うのかという期待の眼差しで先生を見た
「あー・・・ゴホン!先生の名前は中沢信夫といいます、これから1年間みなさんの担任をするのでよろしく!」
教壇に立って宣言しつつあたりを見回すとそれらしい周りの子供とは違う雰囲気を醸し出してる子が一人いた、さり気なく名簿を確認するとやはり間違いないあの子だ・・・
子供ながらにやけに精悍な顔立ちで周りより大人に見える、この子は将来すごい大人になる・・・教師になって日が浅いがそれは直感でわかった
「・・・であるからして、みんなもしっかりと勉強や運動に励んでほしい、以上!・・・あ~それと・・・筑波くん」
「ハイ先生!」
ピッと手をあげて元気よく長五郎が返事をした
「キミは後で先生の所にきなさい、ちょっと話がある」
「ハイ!わかりました!」
(とりあえずは素直なやつみたいだな・・・これならなんとかなるか?)
ヤクザの子供の言うからきかん坊なやんちゃ坊主を想像していたが面食らった
話の分かる子供なら上手くコントロールできるかもしれないと少しだけ安堵した
「失礼いたします!1年1組筑波長五郎、中沢先生の御命により参上いたしました!」
職員室の前でとても小学1年生とは思えない名乗りを上げた長五郎に周りの教員は目を丸くした
中沢は職員室の木戸を開け長五郎を迎え入れた
「さ、入りなさい」
「失礼いたします!」
「キミは1年生なのに立派な挨拶ができて大したもんだな」
「はい、父から厳しく躾けられています!」
ピシッと足を揃えて誇らしげに長五郎は応えた
「それで話というのはだな・・・キミの家のことは聞いている、聞いているがキミだけ特別扱いとかそういう事は私はするつもりはない、わかるね?」
さあどう来ると子供相手にムキになってる自分を恥じらいつつもこの子はどう答えるかちょっとばかりの期待が膨らんだ
「ハイ!先生それで結構です!オイr・・・いえボクはみんなと同じタダの生徒です!クラスメイトとは5分の付き合い、先生は親分・・・いえ、師と仰ぎます!」
恐れ入った・・・コレが子供の言う事だろうか?ヤクザと侠客は違う・・・その意味が少しだけわかった気がする
「そ、そうか・・・それならいいんだ・・・うん・・・それにしてもキミは子供とは思えん位立派だな・・・先生も兜を脱いだよ」
「ハイ!ありがとうございます!ボクは日本一の侠客になるために男を磨いていきます!これからもどうぞ・・・万事万端よろしくお願い申し上げます!」
恐れ入谷の鬼子母神・・・まるで仁義を切るかのように子供の口からスッとこんな言葉がでようとは
末恐ろしいような頼もしいような・・・俺はこんな子供の担任を立派に務められるだろうか?
複雑な顔をしてる俺を今朝方たしなめた教員が愉快そうな顔で見つめていた・・・