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英雄は料理を運ぶ  作者: ネコ軍団
第2章 亡き父への出前

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第9話 あの夫婦に任せとけ

「何を言ってるんだ? まだ終わりじゃないだろ」

「えっ!?」


 マーティンは首を大きく振り、町へ帰るのを拒否した。彼の行動に驚いて戸惑うミアだった。


「一番大事なことを忘れてるぞ。ここには…… 出前で来たんだからな!」


 笑顔でマーティンはさっき地面に置いたリュックを指す。


「今からミルクトーストをちゃんと食え! そして出前チケットを渡せ」


 ラスティの父親にささげるために持ってきたミルクトーストだが、魔物の餌となるため置いて帰るわけというわけにはいかず消費するしかない。ミアはマーティンの言葉が、理解できないと言った様子で、彼女はイバルツ町の方角に視線を向けた。


「何を言ってるんですか? お昼ごはんよりも早く町に戻ってラスティ君をお兄様に保護してもらわないと……」

「心配ない。聖騎士団に保護されるよりも”竜の髭”に居るほうが安心だ。スフレ達が居るんだからな」

「はっはぁ……」


 堂々とスフレに任せておけばいいというマーティン、彼は”竜の髭”に居たほうが、聖騎士団に保護される安全だと信頼しきっているようだ。ミアは彼の言葉に半信半疑と言った様子で返事をした。

 振り返ったマーティンは、地面に置いたリュックをつかんで、中に手を突っ込んでミルクトーストに手をかけた。ミアの前に戻ったマーティンは、ミクルトーストとリュックを取り出し彼女に差し出した。


「ほら、さっさと食え。残すとスフレに怒られるぞ…… 俺が! だから頼む!」

「プッ…… はっはい」


 吹き出したミアは笑顔で腕を伸ばして、ミルクトースを受け取った。ダンジョン内に料理を残せないはもちろんだが、なによりスフレは料理を残されるのをすごく嫌う。料理を手つかずで持って帰れば、機嫌がなおるまで朝飯と晩飯が、マーティンの分だけ無くなるだろう。


「あれ!? そういや……」


 マーティンはリュックに残ったもう一つのミルクトースをまじまじと見た。


「なんでミルクトーストを二つ頼んだんだ? 一つでよかったろ?」

「あっあの…… もう一つはマーティンさんが食べてください!」


 顔を真赤にしてミアは、マーティンにもう一個のミルクトーストを食べるように言う。


「良いのか?」

「はっはい。配達が終わったら二人で食べようと思って…… 二つ頼んだんです…… だから一緒に食べましょう」

「あぁ。そうなの!? じゃあ遠慮なく」

「ほぇ!? やっやった!」


 両手をあげてミアはすごい嬉しそうにしていた。あまりの喜びぶりにマーティンは驚いたがすぐに納得した。スフレが作るミルクトーストは美味しいからだ。

 二人は井戸の近くに敷物をしいて座り並んでミルクトーストをほおばる。


「やっぱりうまい! 甘くしすぎない絶妙な味だ」

「はい! これ初めて食べましたが美味しいです」

 

 マーティンはミルクを食べ思わず声をあげ、横に座るミアもひとくち食べて満面の笑みを浮かべる

 ミルクトーストは、砂糖と牛乳とタマゴにつけたパンをフライパンで焼いたものだ。スフレのミルクトーストは、焼き加減が的確で味付け甘くしすぎない絶妙なものだ。香ばしい匂いにつられ、一口食べると外はカリッと中はフワッとした食感に、噛むと口の中に甘い味が広がっていく。


「でも…… なにか…… あっ! そうか! 出前だからあれがないんだ」

「どうしたんです?」

「店で食うときはスフレの特製メープルシロップをかけるといいぞ」

「美味しそうです! 残念ですね。出前にもメープルシロップが持ってこれればいいのに……」


 少し寂しそうにミアはミルクトーストを見つめていた。


「(出前でメープルシロップか…… 確かにかけた方が抜群に美味いからな。スフレに出来ないか聞いてみよう)」


 あまりに残念そうなミアを見たマーティンは、メープルシロップを運べるようにスフレに提案することを決意した。

 二人はミルクトーストをたいらげ、イバルツ町へと戻るのであった。双子の木から転送魔法でマーティンとミアはイバルツの町の中へと戻り”竜の髭”へと歩く。

 歩き出した二人に道の向こうから一人の男が走って来るのが見える。白い帽子に口ひげを生やした中年の男。ママーティンは彼に見覚えがあった。男は”竜の髭”の隣にある薬屋の主人だ。


「あっ! 居た! マーティン! 大変だ! 盗賊が”竜の髭”を襲って……」


 薬屋の主人はマーティンを見つけると彼に向かって叫ぶ。やはりラハティの仲間がラスティを見つけ”竜の髭”を襲撃したようだ。


「大変! マーティン急ぎましょう」


 話を聞いたミアはマーティンの服の袖を掴み、慌てた様子で道の先を指差す。


「えぇ…… いいよ。急がなくて……」

「何を言ってるんですか! スフレさん達が……」

「いやぁ。ただの盗賊だろ? 別にそんなに急ぐ必要ないよ。あの二人に任せておきゃいいんだよ」


 マーティンはミアの手をつかみ優しく袖から外す。それを見た男が慌てて彼に向かって叫ぶ。


「バカ!! 何をいってんだ! 急いでスフレ達を止めてくれよ! 盗賊と一緒に俺の店まで壊されちまう……」

「えっ!?」


 驚いた顔でミアがこっちを見る。


「だからさんざん言ったろ? ラスティの身には心配ないって。しっかし…… 隣の店が壊れるくらい暴れてんのかよあの夫婦は…… はぁ……」


 額に手を置いてマーティンは呆れながら首を横に振った。小さく息を吐きミアの方に向いて小さく口を開く。


「急ぐか……」

「はっはい」


 マーティンとミアは”竜の髭”へと急いで戻る。

 早足で二人は”竜の髭”まで後少しというところまでやって来た。


「チッ!?」


 なにか黒い物体がものすごいスピードで、マーティン達に向かって飛んで来た。マーティンはミアをかばうように前に出て右足を高く振り上げた。振り上げた彼の足の裏に衝撃が伝わる。


「ふぅ。あぶねえな。こっこれは!? 何してんだよ…… もう……」


 マーティンの足の裏に黒い物体がぶつかり止まってずり落ちた。


「あがが……」


 地面に落ちた黒い物体は人間で苦しそうに声をあげてる。人間は先ほど井戸で見た亡霊と同じ黒いフードがついたローブを身に着けている。


「じゃあこいつらがラハティの仲間の盗賊か……」


 顔をあげると”竜の髭”の扉の前で、掃除用の黒いデッキブラシを持ったスフレが、仁王立ちしてその横にはクグロフが居る。彼女の前には二人の盗賊が、剣を持ったまま尻もちをついていた。”竜の髭”の前には行き交う人が足をとめ遠巻きのその光景を見ている。

 マーティンに気付いたスフレはニヤリと笑って彼に声をかける。


「おや…… 戻ったのかい? マーティン」

「何が戻ったのかいだよ。絶対に俺が近づいてきてるってわかってこっちに飛ばしただろ!?」


 不服そうにスフレに向かって声をかけるマーティンだった。彼のすぐ後ろでミアは目の前の光景を呆然と見つめている。


「あっ!? うわわわーーー!」


 盗賊の一人が立ち上がって剣を持って、マーティンとミアが居る方にへと駆けてきた。


「どけーーー!」


 こちらに向かって盗賊は剣を振り上げた。スフレにはかなわないから、マーティンをどかして逃げるつもりだろう。その判断は間違いじゃない間違いだ。

 腰を落として意識を集中し、マーティンは右手をホワイトスノーに手をかけた走り出した。盗賊とすれ違い背後へと回り込み、彼はホワイトスノーを抜いた。マーティンの動きを盗賊は捉えられず、彼が背後にまわったことに気付かず盗賊は、前を向いたまま剣を振り上げている。


「ほらよ」


 マーティンは両腕と両足に素早くホワイトスノーを軽く当てた。ホワイトスノーを当てられた場所は白い冷気に包まれた凍りつく。盗賊の両腕と両足はあっというまに凍りついた。

 

「少しそこでおとなしくしてろ」

「離せーー! 出せーーー!」


 頭を振りながら必死に盗賊が叫ぶのだった。


「心配するな。出れるさ。すぐに凍傷になって手足がもげるからな……」

「なっ!? だせーーー! 出してくれーーー!」

「あぁ。そのうち気が向いたら出してやるよ。さてと……」


 悲痛な叫び声をあげる盗賊を適当にあしらい。マーティンはスフレの方に向いた。スフレの前で尻もちをついて、尻もちをついてる盗賊を上から睨みつけながらスフレが口を開く。


「マーティン! 後でこいつらが何者か教えてもらうよ。知ってんだろ?」

「そっちだってだいたい事情を察してるだろ? 急にラスティを預かったりしておかしいと思ったんだ」

「へん! 商売ってのは情報と勘が大事なんだよ」


 軽々とスフレが手に持った、黒のデッキブラシを振り上げた。ちなみにスフレが振り回しているデッキブラシは、黒鋼という特殊金属で作られた特製のデッキブラシで、鋼鉄の剣よりも頑丈だがすごく重くて普通の人間は持ち上げることすらできない。スフレは勝ち誇った顔でマーティンにニヤリと笑った。マーティンは彼女の意図を理解し、右手に持ったホワイトスノーの剣先を男に向け腰を落とす。


「こいつはあたしの獲物だよ」

「何言ってるんだ? 早いもの勝ちだろ?」


 スフレのデッキブラシが速いか、マーティンの神速移動(アクセラレータ)が勝つかの勝負だ。尻もちをついた腰を抜かして、這うように盗賊は背中を見せた。そして顔をあげて大きな声で叫んだ。


「せっ先生ー! せんせー! おっお願いします」

「なっ!?」

「先生だと!?」


 マーティンとスフレが動きを止めた。遠巻きに見ていた人の中から、黒いローブを着た白髪の老人が一歩前に出た。老人は目が赤く首に小さなドクロの首飾りをぶら下げ、老人は右手に大きな木の杖を持っていた。


「おい! 老いぼれじじいの出る幕はないよ」

「そうだ。すっこんでな。クソジジイ」


 スフレとマーティンが同時に老人に罵声を浴びせる。


「ククク…… 生意気なおなごにガキじゃ。わしの力をとくと見るがよい」


 老人は笑いながら、木の杖で地面を軽く叩いた。いくつもの黒い小さな光が老人の周囲の地面から発せられる。

光の中から剣と盾をもち、鎧を着たスケルトン兵士が十体現れた。老人はネクロマンサーのようだ。


「うわ!? すっスケルトンだ!?」

「キャーーー!」


 地面から突如現れたスケルトン兵士に町の人々が悲鳴をあげる。顔をあげた盗賊のわずかに見える口元が笑っている。


「あぁ。死霊術かぁ。うーん。なかなかいい腕をしてるねぇ」


 静かにスフレの横に立っていたクグロフが前に出た。彼は左手に持ってる、客に出す銀製のフォークやナイフがまとめて入ったトレイに右手をかざした。

 クグロフの様子を見たスフレとマーティンが目を細め小さく首を横に振った。


「君らは僕の魔法に耐えられるかな!? どうかな?」


 嬉しそうに笑い、クグロフは右手に持ったトレイをそらにかざす。マーティンの顔が青ざめていく。


「みんな! 伏せな!」


 叫びながら慌ててスフレが地面に伏せた。その声にマーティンも続く。二人の行動にミアや周りの人々が続いた。

 次の瞬間には、トレイから十数本の銀製のフォークやナイフが飛び出し、ものすごいスピードでスケルトン兵士達の元へと向かっていった。フォークはスケルトン兵士の体を貫き、ナイフは体を切り刻んでいく。

 素早く飛び回るナイフとフォークに、十体のスケルトン兵士は為す術もなく一瞬で倒された。


「なんだ? もう終わりか。あーあ! つまんないな……」


 地面に横たわるスケルトン兵士達を見て、失望したようにつぶやいてクグロフは右腕を死霊術へと向けた。


「馬鹿な…… スケルトン兵士がこんな簡単に…… ギャッ!?」


 一本の銀製のフォークが、老人の右肩に突き刺さり貫通した。甲高い音がして、血をまとったフォークが地面に転がりかすれた血の跡がつく。老人はひざをつき左手で肩を押さえていた。

 首を横に振ってクグロフは、右手に銀のナイフを持って老人の前に立った。クグロフの接近に気づいた老人は顔をあげた。彼の顔は青ざめ今にも泣きそうだった。


「もう許して…… くれ……」

「はあああああああああああああああああああああああああ」


 大きくため息をクグロフは、死霊術師の顔を覗き込みながらナイフを喉元に突きつけた。


「ダメだ。こんなもんじゃ! もっと! もっと強いのを出せ!」

「ごっ後生だ! ゆっ許してくれーーー!!!」


 いつもは優しい表情で笑顔を振りまくクグロフが、目つきを鋭くして眉間にシワを寄せ、ネクロマンサーの老人に詰め寄り怒鳴りつけていた。


「あぁ…… もうこいつは本当に…… こんなのルルとロロが見たら…… また泣いてしばらくは寄り付かなくなるぞ…… えっ!? こら! いい加減しろ!」


 クグロフの怒りに反応したのか、フォークやナイフは飛び回りぶつかる物を破壊しだした。マーティンが動くよりも早く、横に居たスフレが慌てて起き上がり、デッキブラシでクグロフを背後から思いっきりひっぱたいた。

 ガーンという大きな音が通りに響く。クグロフの動きがとまり、老人は音に驚き尻もちをついて漏らしたようで足元に水たまりが出来ていく。


「はっ!? スフレ!? 何をするんだ!」


 クグロフは平然を振り返りスフレに叫んだ。


「まったく…… 僕は魔法障壁を貼ってるからいいけどそのデッキブラシで叩いたら簡単に人間はぐちゃぐちゃに……」

「ごちゃごちゃうるさい! これを見な!」


 スフレは上からクグロフの頭を、わしづかみにして無理矢理に前や横を向かせ彼に周囲を見せる。


「えぇ!? なんで…… こんなことに」


 周囲を見て驚くクグロフ。彼が飛ばしたナイフとフォークで、周囲の建物の窓は割れ壁に穴が開いたりしてボロボロになっていた。彼は魔法などに探求心が強く、自分の知識を満たすために見境いをなくす性格なのだ。

 スフレは乱暴にクグロフの顔を自分に向けて問いかけた。


「これ全部…… あんたがやったんだけど? どうするんだい?」

「うぅ…… ごめん……」

「はぁぁ」


 小さな声で謝るクグロフ、スフレは彼の頭から手を離して小さくため息をついた。クグロフはうつむいて気まずそうにしてる。横目でクグロフをスフレは睨みつけていた。


「ったく…… まぁいい。こいつらに弁償してもらうわ。マーティン! こいつらを縛るよ! 手伝いな。あんたは騒がしたことをみんなに謝るんだよ! いいね!?」

「うっうん……」


 スフレはクグロフにすごんでから店へと戻っていった。クグロフは遠巻きに見ていた近所の人達に謝罪しにいった。店からスフレはすぐに戻ってきてマーティンに縄を渡す。マーティンはスフレと二人で盗賊とネクロマンサーを拘束するのであった。盗賊を縛り上げながらマーティンがルルとロロの二人が居ないことに気付く。


「そういやルルとロロは?」

「あぁミルフィと一緒に魔法学園さ。ラスティも一緒に居る。ここが片付いたら迎えにいってやりな。子供嫌いのミリアが音を上げてるだろうからね」

「やっぱりわかってたんじゃねえか」

「うるさいよ」


 スフレは盗賊の襲撃を想定し、子供達を避難させていたようだ。彼らは盗賊達に猿ぐつわをして、両手と両足を縛り、”竜の髭”の前に寝かす。


「じゃああたしとクグロフで聖騎士団を呼んでくるから! ほら! 行くよ」


 スフレはクグロフを連れて、修道院へ続く道を歩いて行った。二人を見送る俺の横にミアが近づいて来た。


「あっあの…… クグロフさんとスフレさんって何者なんですか?」


 俺の横に立ってミアは首をかしげて尋ねる。そりゃあ……


「食堂のオーナーシェフと給仕係だよ。ちょっと強いだけのな」

「はぁ……」


 納得がいかないというような返事をするミアだった。マーティンは彼女の顔を見て笑っている。


「(心配するな。そのうち教えてくれるさ。敵対するノーザンテール帝国第二武装魔術隊と、ゲルニカ王国親衛隊の隊長同士がどうやって結婚したかな…… 特に酔っ払ったら二人から、聞きたくないことまで教えてくれるぞ…… 昔から二人して酔うと面倒だからな……)」


 マーティンとミアは並んで聖騎士に連絡に行くスフレを見送った。

 聖騎士団に盗賊を引き取らせ後、マーティンとミアはルルとロロとラスティを迎えに行った。一日一緒にすごした三人はとても仲良くなり、迎えに行った父親を無視して三人でミアに抱きついていた。マーティンとミアはラスティに真実をつげずに依頼の完了だけを告げた。

 ラスティはお父さんの誕生日に、思い出が増やすことが出来たと涙を流して喜んでいた。こうしてラスティの亡き父親への出前は終わった。

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