第8話 亡霊からの告白
霧の中からかすかに何かが青白く光るのが見えた。茶色のブーツに黒のズボンを履いて、白いシャツの上に革の鎧を着た男が現れた。マーティン達の前に来た亡霊がゆっくりとこちらを向く。彼の右手にじんわりと汗が出て持った剣に力が入る。
「こいつは亡霊か……」
亡霊は三十代くらいだろうか、茶色の髪をして目はうつろでやや疲れた表情をし、黙ってマーティンを見つめていた。どことなくこの亡霊はラスティに顔が似ていた。
おそらく目の前に現れたのは、ラスティの父親の亡霊だろう。数秒間だけマーティンを見つめた亡霊は、何事もなかったかのように再び前を向いて歩いていく。亡霊は歩き霧の向こうに、影だけ見える井戸の前まで進む。
ラスティの父親が井戸の前にしゃがんでいるのがマーティンに見える。
「なっなんだ!?」
霧の中から複数の人間達が飛び出して来た。飛び出して来たのは、四人の黒いフードがついた全身真っ黒な服を着た人間だ。四人は右手にそれぞれ剣や斧などを握っている。
「あれも亡霊か…… でも…… 光ってないし色がはっきりと……」
身構えるマーティンを無視して、黒いフードをかぶった人間達は、ラスティの父親を追いかけていく。
「ひどいな……」
黒いフードを持った人間たちが、ラスティ父親に襲いかかった。ラスティの父親は引きずり倒され、黒いフードの男が馬乗りになって剣を首に突きつけていた。
「マーティンさん…… あれは一体……」
「死霊術だな。ラスティの父親の亡霊を拷問してるんだ。自分が死んだ時の記憶を使ってな」
「そんなことができるんですか?」
「あぁ。俺の知り合いから聞いたことがある、ネクロマンサーが死者を拷問する方法の一つに死に際を何度も再現させるって……」
「ひどい……」
悲痛な表情でラスティの父親を見るミアだった。死の苦痛を繰り返すことで、亡霊は生前の秘密をすべてしゃべらせるのはネクロマンサーの常套手段だ。マーティンはラスティの父親ではなく、襲う人間達を見つめている。彼らの行動は、ラスティの父親の亡霊から何か聞き出したいことがあるからだ。
「やめなさい! こんなことはいけません」
「おっおい!? 待て!」
叫びながらミアが、ラスティの父親に向かって走り出した。マーティンは慌ててミアを追いかける。
「キャッ!?」
「ミア! だから待てって言っただろうが!」
黒のフードをかぶった人間の一人が、緑色に光った右手をミアに向けた。右手から巻き怒った風がミアを吹き飛ばした。ミアはものすごい勢い速さで、吹き飛ばされ上空に舞い上がり、白い霧の中へと消えていった。
マーティンは素早く剣を鞘におさめると、地面を蹴って足をミアを追いかけ走り出す。教会の敷地を囲む、小さな石の壁を飛び越えマーティンは外へ出て霧の中へ。
「どこだ!?」
マーティンはミアが消えていった、霧の中に入って走りながら、必死に彼女を探す。
「あれか!」
濃い白い霧の向こう、十メートルくらいの高さのところに、わずかに黒い人影が見えた。走るスピードをあげて近づくと、白い霧の中でミアが横たわるようにして浮かんでいた。
ミアは気を失っているのか、手足はだらんして力が入っていない。
「このまま神速移動を使って先回りして受け止め…… うん!?」
マーティンが走る地面が柔らかくて足が沈む。マーティンは走るのをやめ立ち止まった。目の前にはたくさんの水草の上に、白い霧が立ち込める湿地帯がひろがっていた。
「ここから先はぬかるみか…… チッ!」
水草がわずかに動き、赤い小さな光が水草からのぞいてる。何か大きくて長いものが湿地帯を動いている。キラーサーペントが湿地帯を徘徊しているのだ。ミアが湿地帯に落ちたらキラーサーペントが群がって餌食にされてしまう。
「悩んでいる暇はねえな」
マーティンは少し下がり、助走して湿地帯の前で足を踏み込み飛び上がった。
「はああああああああああ!!」
勢いよく視界の霧が下に流れていくのがマーティンに見える。あっという間に、ミアに追いついたマーティンに彼女の姿がはっきりと見える。ミアに向かってマーティンは必死に腕を伸ばす。
「よし!」
マーティンは手を伸ばし空中で、ミアの腕をなんとか捕まえた。腕を曲げマーティンはミアを自分へと引き寄せ左脇に彼女をかかえた。
「マーティンさん…… あれ……」
「ミア!?」
目を覚ましたミアが小さな声で彼を呼ぶ。しかし、顔を地上に向けたミアは怯えた様子だった。マーティンは視線を地上を向けると、濃い霧の向こうにうごめく長い影が確認できる。
「あれは…… キラーサーペントの群れだ」
ミアの体をしっかりと左手でだけで支え、マーティンは右手を剣にかけ引き抜いた。
「平気だ。しっかりと俺に捕まってろ」
「はい」
マーティンの体に腕を回してミアが必死にしがみつく。しがみついてきたミアの体が、かすかに震えているのがマーティンに伝わる。
キラーサーペントの群れの一匹が、必死に頭を上に伸ばし、マーティン達に食いつこうと口を大きく開けた。大きく開いた口に長い牙が光り唾液が糸を引いてる。
マーティンは右手に持った、聖剣ホワイトスノーを上から下に斬るように動かした。剣先が地上に向けられると、聖剣ホワイトスノーから白い冷気が勢いよく吹き出しキラーサーペントへと襲いかかった。キラーサーペントはあっという間に口を開けたまま白く凍りついた。
「よっと!」
マーティンは凍りついたキラーサーペントの口の先に着地した。着地してすぐにマーティンは、抱えていたミアをゆっくりと凍ったキラーサーペントの上へと下ろした。キラーサーペントの上におりたミアは、少し驚いた様子でおそるおそる前に一歩踏み出した。
「ケガはないみたいだな」
「はい」
ミアはこちらを向いて大きく頷く。マーティンはすぐに彼女に注意する。
「ったく…… いきなり相手をむかっていくなんて無茶をするな」
「大丈夫です。だってわたくしはマーティンさんが助けてくれって信じてますから」
ニッコリと微笑み首を少し横に傾けるミアだった。くったくなく純粋に笑う彼女は、本当にマーティンを信頼してくれてるんだろう。
「(はぁ…… 信じるのは勝手だけどな、ミアが怪我したらスフレから怒られるのは俺なんだよ…… それにルルとロロからもな…… 二人にとってミアは大好きな先生だからな)」
ミアがキラーサーペントの額の方へと歩いていく。気づいたマーティンは彼女に声をかける。
「おい。気をつけろ。凍って滑りやすいんだからな」
「どうやってここから下りるんですか?」
額に立つと地面を覗き込むミアが立ち上がり、顔をマーティンに向け尋ねる。彼らが立っているキラーサーペントの頭は地上から十メートルほどあり飛び下りるには少し高い。しかも、キラーサーペントの周りはスノーホワイトにより、凍りつき真っ白になって滑りやすくなっている。
笑顔でマーティンがミアに近づく。彼女の体の向こうには、凍ったキラーサーペントの胴体が、地面に向かって伸びているのが見えた。
「そりゃあ。こうするんだよ」
「えっ!? きゃー!」
マーティンは思いっきり、彼女の背中を押した。押されたミアは前のめりなり、バランスを取ろうと後ろに重心を向ける音足を滑らせてしりもちをつき、そのままキラーサーペントの背中を滑っていく。
「じゃあ俺も行くかな」
滑りだしたミアを見た、マーティンは剣を鞘におさめた。彼もキラーサーペントの背中を滑り、すべてミアの後を追いかける。
「おぉ! 意外と速いな!」
途中でキラーサーペントの体は、斜めにやや弧を描くようになって体が斜めになる。マーティンの少し前でミアが必死にバランスを取って滑っていくのが見えた。その姿を見てマーティンは笑うのだった。
二人はあっという間にキラーサーペントのしっぽの先まで滑り地面へと到着した。
「ふぅ…… 終わった…… 面白かったな…… 出前の途中でキラーサーペントを見かけたらまたやろうかな」
ミアはキラーサーペントのすぐ横で、膝に手をついて肩で息していた。マーティンが近づくとミアは、息を切らしながらしゃべりだす。
「はぁはぁ…… 何するんですか! 急に押すなんてひどいです」
「でもちゃんと下りられたろ?」
笑顔のマーティンに、目を潤ませてミアが頬を膨らませる。
「はいはい。悪かったよ。ほら戻るぞ」
口を尖らせて不満そうにミアはマーティンを睨む。マーティンは睨むミアにかまわず教会に戻るために歩き出した。湿地帯だった周囲の地面は、ホワイトスノーの力で凍りつき、固くなり足を取られずに歩けた。
後ろから足音が近づいてきた。顔を横にするマーティン、すぐ後ろまでミアが追いかけてきているのがわかる。
「やれやれ……」
彼女はまだ不満そうに口を尖らせていた。マーティンは構わず前を向いて歩き出した。
「うん!? なっなんだよ……」
歩きながらミアはマーティンの服の袖をつかんだ。振り返り確認するマーティンをミアが黙ってにらみつけてくる。
「もう…… 勝手にしろ」
マーティンはミアに袖を掴まれたまま教会へと戻るのであった。
石造りの門を再びくぐって教会の裏へ向かう。井戸の前ではラスティの父親が、まだ黒服の間達に殴る蹴るの暴行を受けていた。
「なんだよ!」
ミアが掴んでいた袖を強く引っ張った。振り返るとミアが悲しそうにラスティの父親を見ていた。
「マーティンさん……」
「あぁ。わかったよ。このままじゃ出前できねえしな。片付けてやるから少し離れてろ」
袖からミアの手をそっと外したマーティン。彼の言葉にミアは安心したように微笑む。マーティンは剣に手をかけてラスティの父親の元へと向かう。
人間たちは一人がラスティの父親に、馬乗りになり他の三人は囲んで眺めている。馬乗りになったやつは、ラスティの父親の胸ぐらをつかんで殴りつけていた。その光景か何かを聞き出しているかのように見えた。
「うん!?」
近づくとマーティンに、馬乗りになった人間以外の三人が右手をむけた。ミアを吹き飛ばした風を今度はマーティンにもというつもりのようだ。
「遅いよ。そんなそよ風じゃ俺は捕まらねえよ」
足を力強く踏み込んで駆け出したマーティンは剣を抜いた。瞬時にマーティンは黒服を着た人間達の目の前に到達する。
「おら! おら!」
マーティンは黒服の人間たちすり抜けながら、聖剣ホワイトスノーで斬りつけた。
「斬ってる感触がまるで紙を斬っているようだった…… やっぱりこいつら人間じゃねえな」
三人の背後まで来て止まり、マーティンが振り返りつぶやく。斬られた三人の人間達は、聖剣ホワイトスノーが、まとう冷気によって凍りついていた。
「次はお前だ」
マーティンは叫びながら前を向く。ラスティに馬乗りになっていた、黒服の人間が立ち上がろうとしていた。マーティンは右腕を引き、剣先を前にむけ構えて駆け出した。黒服の人間の頭に向け、マーティンは剣を突き出した。剣は素振りをしたように手応え無く黒服の人間の頭を貫いた。黒服の人間は頭から凍りつき、立ち上がろうとした姿勢のまま動かなくなった。
「うん!?」
何事もなかったのかように、ラスティの父親は立ち上がって井戸へと歩いていく。ラスティは父親が動くと凍りついた人間たちのフードの奥から赤い目が光り彼を睨みつけていた。この状態でもまだ目的を果たそうというつもりらしい。
「こいつらも死霊術が作り出した幻影か」
黒いフードの人間たちを見てマーティンは彼らが幻影であると確信した。死霊術師が出した幻影がその術が解けるまで動き続けるのだ。聖剣スノーホワイトの冷気は幻影に関係ない。凍りついたまま、術が解けるまでそこで大人しくしているだろう。マーティンは剣を鞘におそめた。
「さて…… さっさと仕事を終わらせるか」
配達を終えようとマーティンは、井戸の前に座るラスティの父親の元へ向かう。
「旅人よ…… 話しを…… 話しを聞いてくれ」
井戸の前でラスティの父親が立ち上がり、小声でマーティンに話しをしてる。まだ、ラスティの父親にも死霊術の効果が残っているようだ。だが、マーティンはラスティの父親と話しに来たのではないので首を横に大きく振る。
「いや、俺は配達員で出前を置いたらすぐに……」
「はい! お伺いします!」
「えっ!? おい……」
マーティンの言葉を遮り、ミアがラスティの父親に返事をした。マーティンが振り返ると、ミアはいつの間にか彼のすぐ後ろにおり、嬉しそうに微笑み首をかしげていた。
「はぁ……」
反対すると余計に、面倒なことになりそうだと観念したマーティンはため息をつき、話だけでも聞くことにした。ラスティの父親は二人に話しを始めた。
「私はラハティ…… しがない盗賊だ……」
顔を見合せ驚いた顔をミアとマーティンだった。ラスティから父親は冒険者と聞いており、二人は彼の突然の告白に驚いた。二人が息子からの依頼で、ここに居るとは知らない、ラハティはすらすらと自分の事を話しだした。
十年前、ラハティはここからはるか西にある、ブルツニカという町で盗賊をしていた。盗みを繰り返しながら、彼はいつか盗賊から足を洗いまっとうな生活をしたいと願っていたという。ある日、盗賊仲間四人に大きな仕事があると誘われ、貴族の邸宅へ盗みへ入った。ラハティと仲間は宝物庫にあった大量の金貨と装飾品を盗み出すことに成功した。
成果を前に仲間と酒を酌み交わし喜んでいた時…… 彼の脳裏にとある考えが浮かぶ。目の前にある宝を独り占めできれば…… 盗賊をやめても…… ラハティは頭に突如浮かんだこの考えを実行してしまった。仲間を襲い怪我を負わせて、彼は財宝を持って逃げた。
財宝を隠してイバルツまで逃げてきた、彼はイバルツで名前と風貌を変え、冒険者として生活し妻と結婚し子供を持ち平穏に暮らしていたという。だが、二ヶ月前に仲間がラハティの前に現れた。彼らはラハティをさらい、この場所で財宝の隠し場所を吐かせようと拷問した。そしてラハティは財宝の居場所を仲間に伝え、用済みとなった彼は殺され死体は、井戸に投げ捨てられたという。
話を聞いたマーティンが静かに口を開く。
「もう仲間は財宝を手に入れて終わったんだろ? なんでお前はここに呼び出され拷問をまた受けてるんだ?」
「それは…… 財宝で一番高価な指輪を別に隠したんだ……」
ラハティの仲間は一番高価な指輪の場所を、聞き出すために死霊術を使って尋問をしていたようだ。マーティンはあることに気付きラハティを睨みつけた。
「私は…… 仲間に息子のラスティが指輪を持ってることを……」
「やっぱりか……」
ラスティがマーティンに、出前を頼んだ時にだした指輪が、彼の父親が仲間から隠した一番高価な指輪だった。
「彼らは息子のことを知ってる…… だから…… もう…… 私は自分が…… 脅された…… 息子を……」
ラハティはラスティが、すでに仲間に殺されたと思っているようで膝を付き泣いていた。マーティンはリュックを肩から外し、布にくるまれたミルクトーストを取り出した。
「大丈夫だ。お前の息子は無事だよ。お前の誕生日にこれを届けてくれって頼まれた」
布を少しだけ外し中を見えるようにしたマーティンは、腕を伸ばしてミルクトーストをラハティに見せた。ラハティは体を斜めに傾け袋の中を確認すると微笑んだ。
「これは…… ミルクトースト…… 私の好物を…… すまん…… 息子に逃げるように……」
「あぁ戻ったら伝えるよ」
マーティンの言葉に顔を上げた、ラハティは笑いながら、目から大粒の涙を流していた。
「ありがとう…… ありがとう…… ありがとう……」
泣きながらラハティは何度も俺とミアに礼を言う。ラハティの体が小さな光の粒が、天へ向かって上っていき彼の体が徐々に薄くなっていく。ラハティは光の粒となって空へと消えていった。
「ラスティはお父さんが盗賊だったって知ってるんでしょうか……」
空を見上げてミアが小さな声でつぶやいた。
「知らないだろ。あいつは自分の父親を冒険者だって言ってたからな」
「そうですよね……」
「まぁ、別に知らなくていいじゃねえか。ラスティの中で立派な冒険者なんだからな…… さて! あと始末だ」
マーティンはミルクトーストをリュックにしまい地面に置いた。彼は井戸のすぐ前に行き聖剣ホワイトスノーを抜く。
「何をするんですか?」
「あの井戸を凍らせる。聖剣ホワイトスノーが作り出す氷に遺体を閉じ込めれば無理矢理に魂を呼び出されることもないだろう」
ミアに答えたマーティンは井戸を覗き込む。屋根が崩れかかった石で出来た、井戸の中は昼間でも真っ暗で何も見えない。マーティンは覗き込むのをやめ、意識を集中し軽く右腕を伸ばし剣で井戸を突いた。
剣から発せられらた冷気が井戸を氷で包み込んでいく。すぐにマーティンは腕を引いて剣を鞘におさめた。井戸はあっという間に凍りつき、屋根から白い氷が垂れ下がり地面にまで到達していた。凍りついた井戸の前でミアは両膝をついて祈りを捧げ始めた。マーティンもミアの横に立って、ラスティの父親に安らかに眠れるように祈るのであった。
「ラスティ君は大丈夫でしょうか?」
祈りを終え膝をついたまま、こちらを見上げてミアがたずねる。
「うーん。そうだな…… 死霊術は長くても一日しか続かない。ラハティの仲間が指輪をラスティが持ってると聞いたのは昨日から今日の朝にかけてだろう。今ごろはイバルツの町でラスティを必死に探してるんじゃないか」
マーティンの言葉を聞き、ミアはいきおいよく立ち上がった。
「よかった。じゃあ急ぎましょう」
ミアはマーティンの手を掴み、教会の門を指して急いで戻ろうと彼を促すのだった。




