第6話 不吉な依頼
「ふぅ…… やっと終わった…… 今朝、出前協会に行ってたから配達が遅れたからな」
橋を渡りイバルツの町へ入っマーティン、”竜の髭”へ続く賑わった通りを急いでいた。配達に時間がかかりいつもより町へ戻って来る時間が遅くなってしまい、街灯に明かりが灯り周囲は薄暗い。
「お父さーん」
「えっ!? ロロ!」
通りの先から手を振りながらロロが駆けてきた。また、スフレに黙ってマーティンを迎えに来たようだ。駆け寄って来たロロにマーティンは注意をする。
「ロロ! いつも言ってるだろスフレに黙って来ると……」
「ぶぅ! 今日はちゃんとミア先生と一緒にスフレに行ってきますしたもん!」
頬を膨らませて、不満そうにロロは後ろを振り向いた。
「えっ!? 先生って……」
ロロの後ろ十メートルくらい離れたところに、ルルと手をつないで歩くミアが見える。ミアはロロの前でしゃがみ、彼の顔を見つめ目つきを少しだけきつくする。
「ロロ君! めっだよ。勝手に駆けていったら危ないでしょ」
「ごっごめんなさい。お父さん見えたから……」
ミアに注意されるとロロは素直に謝っていた。マーティンが注意するといつも歯向かうのに素直にミアの言うことをロロに彼はちょっとショックを受けた。ミアは素直に言うことを、聞いたロロに優しく微笑んで頭を撫でている。ルルはミアの服の裾をつかんで立ちマーティンに小さく手を振っている。
「ルル、ロロ、先生は忙しいんだぞ。無理を言って連れて来たらダメじゃないか」
マーティンは二人が、強引にミアを連れて来たと思い、ルルとロロを見つめ注意をした。ロロはまずいという顔をしてそっぽを向きルルはうつむく。ミアは慌てた様子で二人を自分の後ろに隠した。ルルはミアの左足、ロロは右足の後ろにいて彼女の裾をギュッとつかんでいた。
「ちっ違いますよ。二人がお迎えに行きたいって言うので私が一緒に行くって強引について来たんですよ」
「いや…… そんなわけ」
「本当です。私が強引について来たんです。二人を叱らないでください」
必死に二人をかばうミア。二人は心配そうにミアを見上げていた。ミアの必死な様子にマーティンは二人に謝るのだった。
「わかったよ。君がそういうなら…… ルル、ロロ、叱って悪かったな」
ルルとロロはホッと息を吐きお互いの顔を見合わせていた。
「よかった…… でも…… 私が今度は怒ります!」
急にミアはプクッと頬を、膨らませて顔をマーティンに近づけてくる。困惑するマーティンを見てミアは頬を赤くして小さな声でつぶやく。
「きっ君じゃなくて…… ミアってちゃんと名前を呼んでください。私の事を覚えてないのか不安になります……」
「はぁ!? 覚えてないとは失礼な。いや…… ミアの事を覚えてなかったのは事実か……」
ミアの名前を覚えていなかった前科がある、マーティンは納得し恥ずかしさをごまかすように、後頭部をかきながらミアと彼女を呼ぶ。
「わかったよ。ミッミア……」
「はい……」
マーティンが名前を呼ぶとミアは嬉しそうにわらって小さく頷いた。
「ねぇ先生の顔真っ赤だよ」
「ロロ…… ダメだよ。そういう時は黙ってるの……」
ルルとロロは、ミアの顔を覗き込みながら嬉しそうにしていた。ミアは慌てて顔をあげた、マーティンとミアの目が合う…… 彼女の顔がみるみると真っ赤になっていく。
「もっもう! なんですか二人とも! いいから早く帰りますよ」
ミアは顔を真っ赤にして叫び、ルルとロロの手をつかみ振り返って逃げるように歩き出した。
「なんだよ。迎えに来てくれたんだろ……」
置いてけぼりにされ、ぼやきながらマーティンは三人を追いかけるのだった。
四人は食堂”竜の髭”へと戻った。ミアはルルとロロと手をつないでるから、マーティンが三人の前に出て扉を開ける……
「あっ! おじさん! 配達員だろ? 出前をしてくれよ!」
扉を開けたマーティンに、店の中にいた少年が叫びながら走り寄ってきた。少年は八歳くらいで黒の大きな瞳をして、髪の毛は茶色であまり手入れをしていないのかボサボサな状態だった。泥がついた頬は痩せこけ、履いている茶色のズボンには穴が空き、上に来ているシャツは小さいころからずっと着てるのか、袖が短くなっていた。申し訳ないが身なりからあまり裕福そうには見えなかった。
「なぁ! 出前をしてくれよ」
少年はマーティンの足元に来て出前をしてくれと頼む。
「ダメだよ。勝手なことをしないでくれ」
黒のズボンの上に白のエプロンを巻き、上半身は白い綺麗なシャツの上に黒のベストを来た一人の男がやってきて少年の肩に手をかけて止める。少年の肩にかけられた、男の手は真っ白な手袋に包まれている。
金髪の短い髪に優しそうな丸い青色の瞳にした、この男はクグロフといってスフレの夫だ。店では給仕をしたり、マーティンが不在の時は代わりの配達員として動き、忙しい時は料理を手伝ったりと何でもする。本人が笑いながら遠い目で自分は店の雑用係とよく言っていた。
「なんかあったのか? クグロフ」
「あぁ…… マーティン…… ごめんね。君が戻って来る前に帰ってもらうつもりだったんだけどね。この子が出前をしてくれって……」
「出前?」
マーティンが少年に視線を向けた。少年は彼と目が合うと目に涙をため、すがるような瞳で見詰めて来た。何があったのかわからないが”竜の髭”は出前に対応している食堂だ。依頼をされれば断る理由はない。マーティンはクグロフに口を開く。
「出前くらい受けてやれよ」
マーティンの言葉にクグロフは困った顔をして、首を横に振り少年は嬉しそうに目を輝かせた。
「ダメだよ。この子の依頼は……」
「お父さんにミルクトーストを届けてくれよ!」
少年はクグロフの言葉を遮るように話しだした。
「僕のお父さん冒険者だったんだ。二ヶ月前に北の廃教会に調査に行ってそのまま…… 明日お父さんの誕生日なんだ…… だから廃教会にお父さんの好物だったミルクトーストを届けてくれよ」
「なんだ? 君のお父さんは死んでるのか?」
「うん……」
「だったら届けるのは墓でいいだろう。なんでわざわざ廃教会に……」
「ダメ…… だって……」
うつむき少年は言葉につまりながら小さな声で話しを続ける。
「お父さんは廃教会に埋葬されてて…… おっお父さんは…… ミルクトーストが大好きで…… 僕は空のお墓じゃなくて…… お父さんにミルクトーストを届けたくて…… 他のお店は危険だし縁起も悪いからって……」
少年の父親は廃教会に残されたという。おそらく危険な魔物がいて、死体を持ち帰ることができなかったのだろう。別の場所に父親の墓はあるが少年は、ちゃんと父親の亡骸が埋葬されてる場所で弔ってやりたいのだ。小さくうなずくマーティン、確かに少年の依頼を断った店の言う通り、死人に出前なんて縁起は悪い。しかし、スフレはそんなこと気にするような人間ではないはずだ。マーティンはクグロフに話しかける。
「そういうことなら受けてやれよ。こんなきたねえ店が縁起なんか気にすることもねえだろ」
「なっ!? 受けたくても受けれないんだよ。この子は出前チケットを持ってないんだ」
「あぁ。そういうことか。ならしょうがねえな」
首を横に振りクグロフは残念そうに話す。マーティンは少年の前に行き肩に手をかけた。
「出前チケットないなら無理だ。町の外への配達は出前チケットがないと受けれないんだよ」
「なんでですか? お金はないですけどこれなら!」
少年はポケットから金色に装飾が施され、真ん中に青い宝石がついた指輪を出し、マーティンに差し出した。
「うん!?」
出された指輪を見た、クグロフの顔が真剣な表情に変わるのにマーティンが気づく。クグロフは魔法使いで博識な男だ、彼が顔を変えるということは相当価値がある指輪だということだった。マーティンは首を大きく横に振った。
「ダメだ。金や物をいくらつまれても無理なんだよ。町の外への出前は出前チケットじゃないと出来ないルールなんだ。外で金目の物を持ってると盗賊やらに襲われるからな」
「そんな…… じゃあこの石で出前チケットを売ってくれよ」
「ここには売ってない。冒険者ギルドでしか売ってない。そっちに頼め。その石を売ればいくらでも手に入るぞ」
マーティンは少年の肩に手を置き、冒険者ギルドに向かうようにうながす。
「行ったさ! でも…… あいつの息子には売れないって……」
うつむき少年はマーティンの、手を振り払って肩を震わせる。困った顔でマーティンは少年を見つめる。
「そんな顔されても……」
店の扉のそばに立って、こちらの話しを聞いていた、ミアとロロとルルの三人が悲しそうに表情に変わる。なんとかできないのかと問いかけられている気分になるマーティンだった。残念だがそれは無理な願いだった。出前協会がある町以外への配達は、出前チケットを使うのが規則で破るわけにはいかない。
「クグロフ! いつまで遊んでんだい! もうすぐ夕方の営業が始まるよ」
スフレが厨房から出てきて叫んだ。少年は泣きながら顔をあげた。
「わかったよ。ごめんね。残念だけど君の依頼は受けられないんだ。じゃあこれで」
少年に帰るように促すために、クグロフが彼の肩に手をのばした。顔をクシャクシャにして、クグロフから逃げようと少年が後ずさりをする。
「あっあの! 出前チケットがあればこの子の配達は受けるんですか?」
扉にいたミアが、一歩前に出てスフレに向かって尋ねた。
「そりゃあねぇ。出前協会との決まりだからね。出前チケットがあれば受けるよ」
ぶっきらぼうにスフレが答える。スフレの答えを聞いたミアは、笑ってシスター服の裾の中に手を突っ込み何かを探していた。探しものが見つかったのか、手をとめミアは少年の方を見て微笑む。
「あなたのお名前は?」
「ラッラスティ……」
「はい。じゃあわたくしがラスティ君の代わりに注文をします。これで注文を受けてください」
ミアは服の中から、長方形の出前チケットを取り出し、スフレの前に差し出した。
「ふーん。この間のやつの残りかい?」
「はい。別に問題はないですよね? 出前チケットに期限はないですし!」
ニコっと笑い首をかしげてミアがスフレに答える。彼女は冒険者ギルドの仕事を手伝った時に、支給された出前チケットを持っていてラスティの為に使った。店にいたみんなの視線がスフレへと向かう。瞬きをしたスフレは小さく息を吐いた。
「ふぅ。マーティン! 注文だよ。明日ミルクトーストを廃教会に届けな」
泣いていたラスティは、ぱあっと明るくなりミアに抱きついた。
「ありがとう。お姉ちゃん…… ありがとう……」
「いいのよ。よかったね」
ミアは抱きついたラスティの頭を優しくなでていた。彼の注文を断らざるえなかった、スフレとクグロフもなんとなく安心しているように見える。
「それと…… マーティン! さっききたねえ店って言ったの聞こえたからね。あんた暇な時に徹底的に店を掃除をするんだよ」
「なっ!? 俺は配達員だぞ! 店の清掃なんて……」
「あぁん!? 専属契約してるってことはほぼうちの従業員みたいなもんだろ! やらないなんて言わせないからね」
スフレが怒鳴って怖い顔でマーティンを睨みつける。
「うぅ…… わかったよ。やるよ。やりゃあいいんだろ!」
ニヤリと笑いスフレは背中を向けて厨房へと引っ込んだ。クグロフはやれやれという感じでテーブルを拭き始めた。ミアとルルとロロと三人はマーティンを見て笑っていた。
翌日の早朝。
「ふわぁ…… なんだよ…… こんな朝早くから……」
マーティンは我が家の扉が激しく叩かれる音と、ルルとロロを呼ぶ起こされた。声の主をマーティンはわかっており家の扉を開けた。
「あっ! マーティンにいちゃん。おはよう!」
扉を開けると黒いマントに身を包み、茶色の長い髪を後ろで結んだ右目が青で左目が緑色のかわいらしい顔の少女が俺に挨拶をしてきた。彼女は尻から茶と白の縞々の長いしっぽが伸び、頭には茶色と猫耳が生えているいわゆる獣人というやつだ。
「もう少し優しく扉をたたけミルフィ。壊れるだろ」
獣人の名前はミルフィ、スフレとクグロフの娘だ。もちろん、獣人じゃないスフレとクグロフから、獣人のミルフィは生まれない。ミルフィは五歳の頃に、住んでいた村を焼かれて孤児となり、その後スフレとクグロフに引き取られ養女となった。
「ママに頼まれたの! 今日は私が二人を学校に連れて行ってやれって」
「はぁ!? 君はもう教会には通ってないだろ……」
「いいからいいから! 二人は二階だよね?」
慣れた様子で我が家に入り、ミルフィは階段を上がっていった。彼女も昨年まで、ルルとロロと同じく教会の学校に通っていた。現在は教会の学校から卒業し、イバルツにある魔術学校に通っている。ミルフィの夢は魔法を覚えて、大魔法使いの冒険者になり大金を稼ぐことだからだ。
「こらー! ロロ! 起きなさい」
「むにゃ!? なんでミルフィ姉ちゃんが!?」
「いいから! さっさと準備する!」
「はい」
ミルフィが二階に上がって、すぐにロロを叱り飛ばす、彼女の声が響いていた。
「ほら! 二人ともおじさんに挨拶をして」
「いってきます。むにゃ」
「お父さん。行ってきます……」
「いってらっしゃい」
手際よく準備をしたミルフィは、二人を連れて下りて来て、学校へと連れ行ってしまった。
「さて…… じゃあ俺も行くか。ラスティの注文をやらなきゃいけねえからな」
三人を見送ったマーティンは準備をし”竜の髭”へと向かう。”竜の髭”の扉を開けて店の中へ。
「おはようございます。ミルクトーストはもうすぐできますよ」
「えっ!?」
”竜の髭”の扉を開けて中へ入ると、ミアが待っていてマーティンに挨拶をしてきた。
「なんでミアが?」
「出前を受けとるために、わたくしもマーティンさんとご一緒するんです。ちゃんと準備もしてきましたよ」
「はぁ!?」
ミアはにっこりと微笑んで腕まくりをした。彼女のまくった袖口に見える腕には、黒い甲手が装備され腰には片手用のメイスが見える。得意げな顔で装備を見せるミアだが、マーティンは彼女を連れて行くつもりはない。
「ダメだ。ラスティの父親が廃教会で埋葬されたって言う話を聞いただろ? 危険で亡骸を回収できなかったってことだ。そんなところにミアを連れていけるわけないだろ?」
「でも……」
断わらたミアがしょんぼりとうつむいた。
「そりゃあ。あんたがちゃんと届けたか。依頼人が確認するのが当然だろう。出前チケットに指定場所でサインをもらわないといけないんだから」
厨房から出てきたスフレがマーティン達の会話に入ってくる。彼女は両手にミルクトーストが乗った白い丸皿を持っている。
「そんなの適当にごまかして後でチケットにサインを貰えばいいだろ」
マーティンの言葉にスフレがムッとした顔をする。
「何いってんだいあんたは? シスターに嘘をつけっていうのかい? そんなことさせられないよ」
「えっ!? まぁそりゃあそうだけど……」
「ほら! ミルクトーストができたよ。さっさと持ってきな…… それとミアをちゃんと守るんだよ!」
スフレは勢いよく二枚の丸皿を、カウンターの上に置き厨房へと引っ込んでいった。ミアはこちらを心配そうに見てる。
「はぁ。わかったよ。シスターに嘘をつかしたらバチが当たるもんな。一緒に連れて行ってやるよ」
「はっはい! お願いします」
「ただし…… 町の外では絶対に俺のそばから離れるなよ」
嬉しそうにミアは大きくうなずいた。
「さて…… じゃあ行きますか」
マーティンはカウンターの奥にある、酒瓶が並ぶ棚の横にかけられた、小さなリュックに手を伸ばすのであった。




