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英雄は料理を運ぶ  作者: ネコ軍団
第1章 霧を駆ける配達員

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第5話 失礼な再会

 朝食を食べ終えたマーティン達三人は、仕度をして家を出た。路地裏から通りへと出て、三人は修道院へと向かう。出前協会は”竜の髭”と修道院の間にある。

 ”竜の髭”から橋と逆の方向に、しばらく歩くと道が二つに分かれる。二股に分かれた道の間にある、石造りの三階建ての円筒の塔のみたいな建物が出前協会だ。

 ちなみに数年前までは、この建物にあったのはポーターギルドだった。冒険者はポーターと呼ばれる食料と荷物を運ぶ専門家を雇うのが常識だった。だが、霧の発生頻度増加によってポーターが魔物や盗賊に襲われる時間が頻発し、さらに同時期に起きた有名冒険者によるポーター虐待が問題になり、ポーターの成り手は一気にいなくってしまいポーター制度は廃れた。ポーターに代わるものとして手段として出前が登場したのだ。


「ほらこっちだ」


 マーティンはルルとロロを連れ、大きなリュックサックが、描かれた木製の扉を開けて出前協会の中へと入った。

 扉に描かれたリュックサックの絵はポーターを象徴する絵柄でポーターギルドだった時代の名残だ。ポーターの減少によりギルドが解散して、その後に建物に出前協会が入ったのだが、扉の絵は予算が無いのか面倒くさいのか一向に変更されない。

 建物の中は小さなホールと階段があり、ホールの真ん中に円形の大きなカウンターが設置されている。カウンターの中は机が向かい合わせに置かれ、五人の男女が何やら作業をする姿が見える。

 壁沿いにベンチや観葉植物があり、朝食の配達を終えた軽装の配達員が数人ベンチに座って談笑しながら待機をしていた。マーティンは空いてるベンチに、ルルとロロを座らせて二人の前にしゃがむ。


「ちょっと仕事の話しをしてくるからここに静かに座ってろ」

「ねぇ。お父さん! 僕たち二人で学校に行けるよ。だから先に行ってて良い?」

「ダメに決まってる。そう言ってロロはサボる気だろう?」

「チェ……」


 不満そうに口を尖らせるロロ。マーティンはロロが学校をサボるつもりなのを簡単に見抜いた。なぜならマーティンがロロの立場なら、同じ王にサボろうとするからだ。血はつながってなくても実に親子だ。


「ったく…… じゃあルル。ロロをよろしくな」


 ルルは小さくうなずき隣に座る、ロロの服の袖をつかんだ。マーティンはルルの行動に微笑み、二人をベンチに残してカウンターへ向かって歩いいった。

 マーティンに気づいたカウンターの中に居た、女性が立ち上がってカウンターまでやって来た。


「マーティンさん。何をやらかしたんですか?」


 女性がマーティンに向かって叫ぶ。周囲の人間の視線が彼に向けられる。


「エイラ…… やらかしたとは失礼な。俺は来いって言われたから来ただけだよ」


 声をかけて女性はエイラ。金色の髪が赤い丸い瞳をした、美しく胸の大きいエルフだ。エイラは赤い縁のメガネをかけ、黒のミニスカートに白いシャツの上に、緑の上着を羽織る出前協会の制服を着ていた。彼女は出前協会で配達員の手配を担当するマネージャーの一人だ。はだけたシャツから大きなエイラの胸の谷間が覗く。美貌と胸のせいかエイラは配達員から人気があった。

 マーティンの答えにエイラは疑ったように目を細める。


「本当ですか? 聖騎士さんがマーティンさんに会わせろって言ってきたんですよ? てっきり私はマーティンさんが何かをやらかしたんだと……」

「はぁ!? 聖騎士が俺を呼んだのか?」


 聖騎士とはイバルツの修道院を守るために、組織された聖騎士団に所属する騎士達だ。騎士達は食料を支給されているので出前を使うこともなく配達員であるマーティンと接触する機会などほぼない。


「あっ!」

「どうしたんですか?」

「三日くらい前かな。ノーザンテールの伯爵だが侯爵だがともめたな。まぁ俺が一方的に蹴られただけだけど……」

「じゃあ違いますね。あの人達なら自分が出向くことはないですから」

 

 マーティンの話を来たエイラは首を横に振った。彼女はノーザンテール帝国出身のためそこの貴族の性質には詳しい。誇り高きノーザンテール帝国の貴族様は、配達員の為に出向いたりはせずに呼びつけるのだ。


「まさか…… ロロちゃん達を捕まえに……」

「あのなぁ。いつの時代の話だ。ロロ達の他にも町に魔族も住んでるだろ? それに…… あいつらをつかまえるのにこそわざわざここに来るかよ。あいつら毎日修道院まで通ってるだぞ」

「そうですよね」


 腕を組みアイラが首をかしげげる。彼女が言うことも一理はある。魔族と人間は長い間戦争を続けていた、今でも魔族を嫌う人間はたくさんいる。しかし、他の町ならともかく慈悲深き聖女フローレンスが指導するイバルツでは、魔族であっても普通に人間と暮らしてる。ルルとロロに対する差別もほとんどない。


「マーティンさん!」


 呼ばれて振り返ったマーティン、彼の前にミアが立っていた。


「この間はどうもありがとうございました」


 ミアは笑顔でマーティンに礼を言う。しかし、マーティンは彼女のことを覚えておらず、必死に思い出す。


「(えっ…… だっ誰だ? えっと……そうだ! 確か三日前にゴブリンに、おそわれてるところを助けたシスターだったよな)」


 マーティンはジッとミアを見つめなんとか彼女のことを思い出した。見つめられたミアは恥ずかしそうに頬を赤らめる。ちなみにマーティンはミアの名前は思い出していない。


「なんで君がここに?」

「今日は兄が直接お礼を言いたいというので、出前協会の方にマーティンさんを呼んでもらったんです」


 どうやらミアの兄が助けた礼をマーティンに言うために彼を呼んだようだ。自分に落ち度がなかったことに少し安堵するマーティンだった。


「お兄様! この人がマーティンさんです」


 ミアが振り返り兄を呼ぶ。彼女の数メートル後ろに、金で縁取られた白く輝く鎧を来た兄が立っていた。ミアの兄は青く短い髪に高い鼻、瞳は黒く大きくて優しく端正な顔立ちをしており、アイラはマーティンには向けたことない羨望の眼差しをミアの兄に向けていた。ミアの肩に手をかけ、彼女の兄は歩いてマーティンの前まで来て微笑む。


「私はロバーツと言います。妹が危ないところを助けていただきありがとうございました」

「えっ!? あっ……」


 ロバーツがマーティン深く頭を下げ礼を言う。出前協会にいる人間の視線がマーティンに集中する。視線を向ける人々を苦々しく見つめるマーティン。しょぼくれた配達員に向かって、聖騎士が頭を下げられるのが珍しいのだ。


「別に配達のついでだっただけだ。感謝されるいわれはねえよ。それにこの子を助ける前の方が大変だった」

「えっ!?」

「あんたの仲間に蹴り飛ばされてな。彼女の料理を守るのが大変だったんだ。えっと…… あいつなんて言ったけな。ノーザンテール帝国の貴族なのは覚えてるんだが……」

「メロリー様…… まったく…… あの人は……」


 マーティンの言葉にロバーツは気まずそうにしてまた頭を下げる。


「おい! とにかくもう恥ずかしいから頭を下げるな。なっ」


 ロバーツの肩をつかんでマーティンは頭を上げさせた。恥ずかしく注目されたくないマーティンは彼に手をだして握手を求める。この握手でマーティンはすぐに終わらせるつもりだった。

 ロバーツは笑顔で手を差し出しマーティンと握手をした。


「妹に聞いたんですが、マーティンさんはかなりの腕前をお持ちのようですね。魔物を瞬時に凍らせる剣に目にも見えない速さで敵を翻弄されるとか」


 会話をしながらロバーツの視線が、マーティンの腰にある聖剣ホワイトスノーへと向けられた。ただの配達員のマーティンが、良い剣を持ってるのかと疑っているようだ。マーティンは別にやましいことはないが詮索されるのは嫌いだ。彼は手を離しロバーツに向けて口を開く。


「褒め過ぎだ。配達員として人並みに身を守れるだけだ。それに…… 料理は冷やした方が保存がきくし、昔から出前迅速落書無用って言うだろ?」


 マーティンは笑顔でその場で走る真似をして、聖剣ホワイトスノーがおさまってるさやを、左手で持ち見せつけるように少し上にあげロバーツを見た。ロバーツはマーティンの行動に動揺し苦笑いをしていた。


「ははっ…… では、私はこれで……」

「あぁまたな」


 笑ってマーティンは右手をあげ、ロバーツに挨拶をした。ロバーツは振り返りミアに声をかける。


「先に戻る。気をつけるんだぞ」

「はい。お兄様」

「えっ!?」


 ロバーツはミアを置いて一人で出前協会を出ていってしまった。出顔でロバーツを見送るミアにマーティンが声をかける。


「君は一緒に行かないのか?」


 マーティンの問いかけにミアは微笑んでうなずく。意味がわからず呆然とするマーティンを尻目にミアは、ルルとロロが座っているベンチ向かってしゃがんで両手を広げた。


「ルルちゃん! ロロ君! おはよう! さぁ学校に行こう!」


 ミアは笑顔で元気にルルとロロの二人に声をかけた。マーティンはミアの口から二人の名前が出てさらに驚く。


「あっ! ミア先生だ! おはよう」

「ミア先生…… おはようございます」


 ルルとロロはミアに気付くと、嬉しそうに彼女の元へとかけ寄ってきた。二人はシスターに抱き着いた。


「ミア先生! ミア先生! 今日は何をするの? 僕はいっぱい体を動かしたい!」

「私…… もっと字を綺麗に……」


 二人はミアに抱きつくと、競うように彼女に声をかけている。ミアは一生懸命に話す二人に笑顔で優しく丁寧に答える。


「うん。わかったよ。今日も頑張ろうねぇ」


 ミアは二人から手を離し立ち上がると、優しく二人の頭をなでる。先生を呼ばれるミアを見たマーティンが目を大きく見開いた。彼はいつもルルとロロの二人を修道院の学校に送り届けている。いつも預けるシスターがミアだったのだ。


「君はいつも教会で二人を迎えてくれる…… シスターの…… えっ!? 冒険者の奉仕をしてるんじゃ……」

「この間は代理です。冒険者さんへの奉仕は普段はしてなくて…… って今気づかれたんですか?」


 立ち上がって振り返ったミアが驚いた顔をする。気まずそうにマーティンは頭をかく仕草をする。


「えっと…… その……」

「……」


 黙ったままミアは、丸い黒の瞳を必死に細め鋭くしマーティンを睨みつけている。マーティンとミアの間にきまずい空気が流れる。


「ごっごめん……」


 マーティンは空気に耐え切れずにとりあえず謝る。ミアは謝るマーティンにプクッと可愛らしく、頬を膨らませて口を尖らせた。


「森で会った時からおかしいなって思ってたんです。マーティンさんはわたくしのこと覚えてなかったんですね…… はぁ……」


 シスターは失望し大きくため息をつき悲しそうな顔をした。マーティンの二人の子供は追い詰められた父親より、優しい先生の方を気にかけミアの足元で彼女の背中をさすっている。ミアが顔をあげマーティンの顔をジッと見つめている。


「わたくしの名前はわかりますよね?」

「えっ!? それは……」


 追い詰められた表情をするマーティン、必死にルルとロロの会話を思い出しミアの名前を思い出すが出てこない。なお、彼はロバーツの名前ももう忘れている。


「うん!?」


 ルルがそっとマーティンの足元に来て袖を引っ張る。マーティンが顔をルルに向けると彼女は手招きをした。マーティンはルルが何か話があるのかと、かがむとルルが背伸びをして耳元でささやく。


「お父さん…… ミア先生だよ」


 マーティンは名前を教えてくれたルルに、笑顔でうなずき立ち上がって、ミアに向かって口を開く。


「ミアさん…… だよね?」


 確かめるようにミアの名前を口にするマーティン。ニコッと微笑み小さくミアは彼にうなずいた。


「おぉ!」


 最悪の事態を免れほっとして喜ぶマーティン……


「ありがとうね。ルルちゃん…… キッ!」


 当然のようにミアにはバレていた。ミアは優しくルルに声をかけた後、マーティンを厳しい表情で睨みつけた。


「すいませんねぇ。この人は他人には興味がないんです。私の名前だって覚えたのつい最近だもんね」

「うるせえ! 余計なこと言うんじゃねえよ」


 マーティンの背後からアイラが現れてミアに話しかけていた。ミアはアイラの言葉に笑う。マーティンは別に人の名前を覚えるのは苦手ではない。子育てと仕事で興味のないことは覚えていられないだけだ。


「先生…… そろそろ」

「あっ!? 学校始まっちゃうね。じゃあ急いで行こうか」


 ルルとロロに声をかけたミアはマーティンに頭を下げた。


「それじゃあ二人を預かって学校まで連れて行きます」

「あぁ…… 頼む」

「お父さん。行ってきます」

「いってきます」

「いってらっしゃい。気をつけてな」


 ルルとロロの二人を連れ、ミアが入り口へ向けて歩いていく。マーティンは振り返り、こちらを見るルルとロロに手を振り見送った。


「ミアさんと仲良くなれそうですねぇ」

「黙れ!」


 ニヤニヤと笑いながらアイラが、マーティンの背後にたって話しかけてきた。


「でも…… わかってるわよね? あんたの正体を知られると厄介よ…… 元レシンテシア軍強行偵察隊隊長、灰色の亡霊(グレイゴースト)さん」

「余計なこというのはやめろ。その名前はとっくに捨てた」

「だったら目立つことしないで大人しく出前を運びなさいよ。こっちだってあんたのおかげで大変なんだから……」


 アイラの声が低くなり口調が変わり、マーティンが横目で見ていた彼女の顔は、先程までのニヤニヤした笑顔から真剣な表情に変わっていた。


「あぁ。わかってる。ここにやっと落ち着いたんだ。出ていくような真似はしないさ」

「妹の方は大丈夫だろうけど…… あっちの聖騎士さんはあんたのことを知りたいみたいね」

「そうだな。気をつける。じゃあ、そろそろ俺も仕事だ。じゃあな」

「またねぇ」


 マーティンは歩き出し、アイラに向かって背中越しにぶっきらぼうに右手をあげて挨拶し、出前協会から出て”竜の髭”へと向かうのであった。

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