第29話 魔物を蹴散らした後は
クグロフとミリアに叫んだ直後、マーティンは地面を蹴って駆け出した。走り出したマーティンは瞬時に、白い冷気の外へと出た。
「おっと! 下手くそ! もう少し離れたとこに投げろ!」
マーティンの横を円形の金属の輪が飛んでいった。飛んで行ったのはチャクラム。クグロフがブルーサンダーを、地面から吹き出した冷気に投げたのだ。白い冷気を青白く雷を帯びた、ブルサンダーが切り裂き電撃を放つ。
「サンダーレイン!」
上空からミリアの声がした。ヴァーミリオンの背中に乗って、空を飛ぶミリアが魔法を唱えた。ミリアの魔法により上空に黒く厚い雲が現れ、冷気に向かって青白く光る雷を落とした。マーティンの体を青白い光の瞬きが、何度も通り過ぎ周囲にけたまましく雷鳴が轟く。
「「「「「「グギャーーー」」」」」
赤いオーク達の叫び声が聞こえる。しばらくの間、雷の音は止まずに、白い冷気の中を青白い光の線がいくつも走っていた。マーティンはクロツカ大樹の前まで戻ってきた。クロツカ大樹の前では、槍を肩に担いでスフレが立っている。
スフレの横には両腕を真横に、広げたクグロフが立っていた。彼の両腕の手首には戻ってきたブルーサンダーがかけられていた。クグロフのブルーサンダーには赤いオーク達の血がベットリとついているのがわかる。
「お疲れさん。少し休んでな」
「あぁ。そうさせてもらうよ」
スフレは戻ってきたマーティンに、視線だけを向けて声をかけてきた。彼は笑ってスフレに答え、クロツカ大樹の前へ歩いていった。
「さて…… 後は頼んだぞ」
マーティンはクロツカ大樹の前で振り返った。冷気と雷が消えたクロツカ大樹の前の野原には、何百人もの赤いオーク達が立っていた。
「「「「「グギギ!?」」」」」
苦しそうな表情をして声をあげる赤いオーク達は、小刻みに震えてしびれて動けずにいた。グリーンデザートを片手で、回転させながらスフレは赤いオーク達を睨みつけた。
「これで終わりだよ!」
スフレは叫びながら、グリーンデザートの刃先を地面に向けて持って地面に突き刺した。グリーンデザートが地面に付き去ると同時に赤いオーク達の足元の土が盛り上がっていく。
盛り上がった土は鋭く尖り、槍のようになって赤いオーク達へと襲い掛かる。地面から突き出た土の槍は赤いオーク達を貫いていく。しびれて動けない赤いオーク達の叫び声をあげられず。ただ、ビチャっという赤いオーク達の肉片と内蔵が貫かれる音が野原に響いていく。
赤いオーク達の顔は苦痛に歪み、目から光が失われる。真剣な顔でスフレは赤いオーク達の顔をみながら、ゆっくりと地面からグリーンデザートを引き抜いた。地面から土の槍が消え赤いオーク達は地面に倒れた。
「マーティン! まだでかいのが残ってる! さっさと片付けてきな」
「まったく休めと言ったり、片付けろと言ったり忙しいなスフレは……」
「うるさいよ。さっさとしな!」
「はいはいっと」
赤いオーク達のすぐ後ろに居た、二頭のトロールがゆっくりと歩いて近づいてくる。トロールの皮膚は厚くて硬く、電撃と土の槍ではびくともしていなかった。一頭のトロールは歩きながら、赤いオーク達の死体をつかんで頭にかぶりつく。
「クグロフ! ミリア! あんた達もマーティンに続きな」
「わかったよ」
「はいです」
スフレの横をマーティン続き、ミリアとクグロフが駆け抜けていく。残ったスフレはクロツカ大樹の前に槍を持って仁王立ち。
「ありがとうな。頼んだぞ」
振り向いてスフレに声をかけるマーティン。彼女が残ってクロツカ大樹の前に立ちはだかっているのはミアを守るためだ。姿は見えないが、アイッテは必ず近くにおり、いつミアを襲うのかわからないからだ。
マーティンは走りながら、聖剣ホワイトスノーを抜き、トロールへと向かっていく。クグロフは速度をあげマーティンと並ぶくらいの位置に来てミリアは二人の真上をヴァーミリオンに乗って飛んでいる。
「私が魔法で倒すです。準備が終わるまで二人は足止めを頼むです」
空にいるミリアがマーティンとクグロフに指示をだす。
「了解だ。マーティン! 君は左のやつを頼む」
「あぁ。わかったよ。死ぬなよ」
「君もな」
笑顔でクグロフはマーティンに向かって左拳を出した。
「はいはいっと……」
マーティンは自分の右の拳を、差し出されたクグロフの拳に当てた。二人は拳が触れると同時に左右に別れた。
トロールは近づくマーティンに気づき、右手に持った棍棒を振り下ろした。大きな音を立てて金属製の丸く太い棍棒がマーティンに向かってくる。
「ふふ…… そんな遅い動きじゃ俺を捉えられるわけないだろ」
振り下ろされる、棍棒を見つめたマーティンは笑って走る速度を上げた。直後の彼の背後に大きな音と衝撃を感じた。マーティンは一気にトロールの足元へ移動した。目の前には粗末な木のすね当てをつけたトロールの右足が見える。走りながらマーティンは、ホワイトスノーを横にしてトロールの右足を斬りつけた。バキバキと音がした。ホワイトスノーにより、木のすね当ては破壊され、硬い皮膚で覆われたトロールの右足の肉を切り裂かれる。
右足から血がじんわりとにじみ出て、傷口は白い冷気を放ち凍りついていく。マーティンはトロールの背後へと駆け抜けた。
トロールの右足は氷に覆われ、地面に張り付いて動かなくなった。
「うがああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
叫び声を上げながら足元に棍棒を振り下ろした。右足の氷を破壊しようとしているようだ。しかし、スノーホワイトが作り出した氷は硬くトロールの一撃であっても容易には壊れない。さらに……
「うががが!?」
棍棒が氷に触れたとたんに凍りついて氷に覆われて右足にくっついてしまった。トロールは慌てて棍棒を抜こうするが、右手も瞬時に氷に覆われた。手足を凍らされトロールは、動揺して目を大きく見開いき動けなくなっていた。
「さて……」
満足そうにマーティンは、クグロフが向かった方に視線を向ける。
「うわぁ。えげつねえな」
マーティンが視線を向けると、クグロフは笑顔で右手を胸の前にだし、人差し指を立て指先を空に向けている。彼は立てていた人指し指をゆっくりと曲げていく。
「グギギ…‥」
野原の周囲に生えている木の枝が、縄のように柔らかく伸びてトロールの両手足と首に巻き付いていた。両手足を広げられ、首に巻き付いた縄がゆっくりとしまっていく。
トロールは抵抗できずに、恐怖にかられ光を失った目をして、苦しそうに声をあげるだけだった。
「足止めは終わったろ? 遊んでないで戻るぞ」
「わかったよ……」
マーティンは、クロツカ大樹へと戻りながら、クグロフに声をかけた。名残惜しそうに返事をし、クグロフは右手を開いてトロールに向けると腕を下ろした。走ってクグロフが俺を追いかけてくる。
俺達の数メートル前に、ヴァーミリオンに乗ったミリアが地上へと下りて来た。ミリアは走りながらマーティン達の前へと来て笑顔を向けた。
「二人ともありがとうです。後は任せるです」
走ってミリアはマーティンとクグロフの間を通り抜けようとする。彼女は通り抜ける時に、両腕を広げ拳をこちらに向けた。
「あぁ。頼むな」
マーティンとクグロフは拳を握って、自分達に向けられたミリアの拳に軽く触れる。嬉しそうにミリアは笑って、マーティンとクグロフと入れ替わるようにしてトロールへと向かっていった。
「珍しいなミリアが……」
自分の拳を見ながら、マーティンがつぶやくとクグロフが笑う。
「きっと空で僕とマーティンがやるの見てやりたかったんだよ」
「ったく相変わらずガキだな」
マーティンはホワイトスノーをさやにおさめ、クグロフは右手をトロールに向け、小さく口を動かしてすぐに手を下ろした。トロールを拘束していた氷と木の枝が消えていく。
「「はあはあ……」」
苦しそうに二頭のトロールは肩で息をする。
「覚悟するですよ」
ミリアはちょこちょこと走って、二頭のトロールの前に立ち腰にさした杖、シャドウダイヤを構える。マーティン達に代わって、来た小柄なミリアを見たトロールが笑みを浮かべる。
勢いよく地面に転がっていた棍棒を拾ったトロールは、笑いながら拾った棍棒を振り上げる。
「「ぐわわわああ!」」
叫びながらミリアに向かって、二つの棍棒が振り下ろされようとしていた。ミリアは微動だにせずに、シャドウダイヤの先端をトロールに向ける。
「終わったね」
「あぁ」
トロールたちを見てクグロフがつぶやき。横に立つマーティンが同意する。トロールはミリアを小さい子供だと軽んじたのだが。彼女を見た目で判断した魔物や人間は必ずひどい目にあうことを長い付き合いの二人は十分に分かっている。
「聖なる光よ。闇を照らし我が進む道を示すです! ライトニングバーニング!」
トロールの腹が白く光だす。光は外側ではなくトロールの内面から照らし、強烈な白い光により厚いトロールの皮が透け血管や内臓が浮き出てるのが見える。
「「うががががあ!?」」
二頭のトロールは棍棒を振り上げたままの姿勢で、苦しみだして叫び声をあげた。二体のトロールの体は膨張し、丸い体が膨らんでさらに丸くなっていく。
「聖なる光で血液から浄化されるですよ!」
膨張した皮から透けて見えるの内臓が光に照らされ溶けていき、血管も一つまた一つとブチブチと切れていく。手に力が入らなくなり棍棒が地面に落下する。
「「ブぎゃ!!」」
苦しみつづけたトロールは、目や口から白い光が飛び出し声にならない声をあげた。白い光により、目が溶けてその後は体中から血液…… いや、皮膚から溶けた内臓と肉片と血液が、まじったものが液体が吹き出した。やがて皮膚がズルリとむけてトロールは骨だけになる。大きな音を立てて骨だけとなった二体のトロールは倒れた。
「やったですよ! マーティン! クグロフ!」
ミリアは嬉しそうに、こちらを向いて飛び上がり手を振ってる。
「すごいですよ。ミリア!」
「おぉ! よくやったな!」
クグロフとマーティンはミリアに手を振って答える。
「しっかし…… あんなとこでよくはしゃげるな……」
「まぁいいじゃない」
ミリアの足元に赤黒い肉と血液が混じった液体が広がり、彼女の数メートル後ろには骨になったトロールが転がっている。その様子は地獄で子供が遊んでるようだった。
「さて…… 赤いオークとトロールは片付けたぞ。そろそろ出て来いよ」
マーティンは視線を横に動かして野原を見渡す。どこにもアイッテがいる気配は……
「うわあーーーーーーーー!!!!!!!」
叫び声がして視線を上に向けるマーティン。空を見上げるとアイッテが叫びながら急降下してくるのが見える。ヴァーミリオンが旋回してる空よりも、高いところでマーティン達の様子をうかがっていたようだ。アイッテの右腕は洞窟で見たときと同じように剣のように変わっていた。
「うん!? あいつ…… 左腕が……」
マーティンが切断したアイッテの左腕は元に戻っていた。急降下したアイッテはスフレに向かって右腕を振り下ろす。スフレは素早くグリーンデザートを、頭上へとあげて両手で持ってアイッテの右手を受け止めた。大きな音して地面が揺れる。
「クッ!?」
マーティンは両腕で顔を覆って足を踏ん張った。アイッテの右手とグリーンデザートが、ぶつかりあった振動が風となってマーティンに吹き付けていた。スフレの足元から砂埃が、舞い上がって彼女とアイッテを隠した。すぐに砂埃はおさまりアイッテはスフレから離れた。
地面についたアイッテは、すぐに駆け出してスフレを右腕て斬りつける。スフレは冷静にアイッテの右腕を受け止めた。
「チッ! 聖女を返せ!」
「うん!? 聖女…… あぁ。ミアのことかい? ほしけりゃ奪ってみな…… 王国の要塞をあんたが突破できたらだけどね!」
アイッテの攻撃をスフレが押し返す。攻撃を押し返されアイッテは数メートル飛んで着地し、またスフレに向かっていく。
「なめるなーーー!」
「はっ!」
グリーンデザートの石突を勢いよくスフレが地面に叩きつけた。スフレの前にクロツカ大樹を、覆うようなドーム状の高く大きな薄い黄色の光の壁が現れた。あの光の壁はグリーンデザートが作り出す魔法の壁。
グリーンデザートは使用者の戦う気力、闘気を魔力に変換し土属性の魔法障壁を作り出すのだ。
「クソーーー!」
アイッテは自分の目の前に現れた、魔法障壁を突き破ろうと右腕を突き出した。大きな音がしアイッテの動きが止まった。アイッテが突き出した右腕が、魔法障壁突き刺さり蜘蛛の巣のように亀裂が入っていく。
「どうだ! もういっかい!」
叫びながら、アイッテが右腕をもう一度ひいて尖った右手を突き出す。また大きな音がアイッテの右手の先端が魔法障壁を突き破った。アイッテ勝ち誇った顔する。
「やるね。でも…… あんたと遊ぶのはあたしじゃない! はあぁぁぁぁ!」
スフレがグリーンデザートを持つ手に力を込めて気合いをいれる。彼女の体がうっすらと黄色く光りだす。
光の壁の亀裂は、あっという間に修復され魔法障壁は膨れ上がり破裂した。
「うっ!? うわあーーーー!」
破裂した光の壁にアイッテが弾き飛ばされた。
「うん!? おっと!」
アイッテはマーティンに向かって飛んできた。彼は前に飛び上がり、吹き飛ばされたアイッテをかわした。マーティンが居た場所に前にアイッテが着地する。
「はぁはぁ…… マーティン! そいつの相手はあんたに譲るよ……」
槍で体を支えながら、スフレは肩で息をしていた。
「そうかい。じゃあ遠慮なく」
アイッテの方を向くと彼は、片膝を付いた状態で顔を上げマーティンを睨みつけている。彼はホワイトスノーを抜いて構える。




