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英雄は料理を運ぶ  作者: ネコ軍団
第1章 霧を駆ける配達員

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第2話 君に届け

 泉を抜けて森の道へと出たマーティンは、ポケットに手を突っ込んでまた出前チケットを取り出した。


「あっちか……」


 取り出した出前チケットの上に、光の矢印が浮かび上がっていた。光の矢印は道から外れた森の奥を指していた。配達員が迷わないように、この矢印で道を示し依頼人へと導いてくれるのだ。

 続いてチケットの裏を確認するマーティン。チケットの裏面には、依頼人の名前と注文した料理名が書かれていた。今回の依頼人の名前はミアだった。


「ミア…… うん!? どこかで……」


 依頼人は常連ではなく初めのはずなのに、マーティンは依頼人の名前になぜか聞き覚えがあり首を傾げるのだった。マーティンはチケットが示すとおりに、森の道から外れて木々の中を進んでいく。道から外れて木々の中を進むこと数分、白く不気味に漂う霧は徐々に濃くなっていく。クロツカの森の霧は、濃いほど魔物をよく呼び寄せる。

 新人の賞金稼ぎや冒険者は、この濃い霧の中に勇んで入っていき死体へと変わってしまう。右手に持った、出前チケットの矢印を頼りにマーティンは慎重に進む。


「キャーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」


 霧の中から悲鳴が響く。近くで誰かが襲われているようだ。マーティンは声がした方に向けて駆け出す。彼の視界に映る木々と白い霧が矢のような速さで背後へと流れていく。


「あれは…… ゴブリンか」


 離れた大きな木の根本に何かが居て目をこらす。巨木の根本に居たのは、体が緑で突き出て下顎に牙を生やし、目がギョロッとした耳が尖った醜い顔のゴブリン達だった。ゴブリン達は巨木の根本に群がっていた。

 右手に持った出前チケットの矢印は、ゴブリン達の方を指し出前チケットの光が緑から黄色に変わる。


「あそこか。待ってろよ。すぐに飯の時間にしてやるからな」

 

 マーティンは出前チケットをしまい、ゴブリン達の方に体を向け、腰にさした剣に右手をかけ駆け出した。

 ゴブリン達が徐々に近づく。彼らの薄ら汚れた頭髪の無い緑色の後頭部が、はっきりとマーティンの視界に見えて来た。マーティンは素早く剣を抜いた抜く。装飾の施されたやや長い鍔の金色の柄に細長い刀身の剣が姿を表す。刀身からは薄く白い冷気がわずかに漂っていた。マーティンは右腕を引き、剣を水平にし剣先を迫ってくる、ゴブリンの後頭部に向けた。


「悪いな。恨みはないが出前の邪魔なんだ」


 腕を勢いよく前に突き出した。剣がゴブリンの頭に突き刺さり貫通し、マーティンの右腕に剣を通して軽い衝撃が伝わる。ゴブリンの後頭部から流れ出た血が、剣を通して地面へ落ちていった。


「はっ!」


 右腕を振り上げたマーティンは、すぐに振り下ろした。上下に激しく動いた反動で、ゴブリンの体が剣から抜けて前へと飛んでいった。


「ギャッ!?」


 剣からゴブリンは吹き飛び、前にいたゴブリンの背中に当たって押す。背中を押されたゴブリンがゆっくりと振り返り、頭から血を流して同族を見てゴブリン達が叫び声を上げた。


「ははっ。驚いてないでそいつを早く離した方がいいぜ。って…… もう遅いか」


 剣で突き刺した、ゴブリンの皮膚に霜が下りて真っ白に変わっていく。


「「ギギギ」」


 剣で刺されたゴブリンが凍りついていく、体を触っていたゴブリンも一緒に凍りつき叫び声を上げる。


「お前たちみてえな低俗な魔物に、聖剣ホワイトスノーの力はやりすぎだったな」


 目の前で凍った二匹のゴブリンに笑顔で声をかける。

 彼が持つ剣はホワイトスノーという。水の女神アクアの怒りが込められ、地獄のマグマでさえも瞬時に凍らせるほどの威力を持つと呼ばれる。かつて勇者が魔王退治に使用した聖剣の一つだ。


「さて…… 俺は向こうに用事があるんだ。よっと!」


 軽々とゴブリン達を飛び越えてマーティンは前に出た。


「ギギ!?」

「ギギャ!?」


 マーティンの背後でゴブリン達の声が聞こえる。突然、凍りついた二匹の仲間を見てゴブリンたちが驚いたのだ。ゴブリンはマーティンが目の前に居るのに気づかない。マーティンの動きをゴブリンはとらえること出来ないのだ。


「えっと…… ここの辺りに…… あっ! いたいた」


 巨木の前にシスター服を来た女性が尻もちをついて、怯えた顔でマーティンを見ていた。シスターは若く十三歳くらいの少女だった。マーティンを見つめるシスターは鼻がすらっとして、茶色の瞳に丸くややたれ目をした可愛らしい女の子だった。瞳と同じ茶色の長い髪が、ベールの横から顔の横に垂れていた。

 彼女が今回の依頼人ミア、十九歳の女性だが年齢よりも幼くよく子供と間違われる。マーティンは彼女の前まで歩いていく。じっとマーティンを見る、潤んだミアの綺麗な瞳に彼の顔が映っている。


「こんにちはー。”竜の髭”でーす。ミアさんに出前を届けにきました」


 自分で考えたマニュアル通りの言葉を発し、マーティンは左手を前に出してミアに声をかけた。さりげなくマーティンは視線を彼女の全身を見る。顔も綺麗で服も乱れてないし、ゴブリンに追い詰められただけのようだ。依頼人の彼女が無事なのを確認し安堵するマーティンだった。


「うっ後ろ!」

「えっ!? はいはい。ゴブリンが来たのね」


 ミアがマーティンの背後を指差して慌てて叫んだ。彼が背後に視線を向けると、ゴブリン達の姿が視界に入った。十数体のゴブリンが口を開け、手には粗末な手斧や剣を持ってマーティンへと飛びかかる。ゴブリン達は数も多く不意をついたことで、安心してるのかうっすらと笑みがこぼれいる者もいた。

 だが…… マーティンに触れる直前に、ゴブリン達は真っ白に霜がついて凍りついてしまった。さっき凍りついたゴブリン達が、氷の柱へとなっていた周囲へ冷気をだして他のゴブリンをも凍らせたのだ。彼らはマーティンにふれることもできずに、マーティンの一メートルほど前で凍りついて地面に落ちて砕けた。

 砕かれたゴブリンはキラキラと白い細かい粒となり、風に舞い上がり、七色の幻想的な生命の最後の輝きを放つのだった。


「醜いゴブリン達も最後に綺麗に輝けて幸せだろう。まぁ…… 本当にこいつらが、それで幸せかは知らねえけど…… さて、仕事の続きだ」


 周囲の空気を凍てつかせて刀身に、白い冷気を漂わせる剣をマーティンは鞘に納めた。彼は巨木の前に座っていたミアにまた左手を差し伸べた。


「改めまして”竜の髭”です。出前を届けにきました」


 小さくうなずいたミアは、マーティンの手を掴み起き上がった。首にぶら下げてる紐の先についた、マーティンの名前が彫られた金属製のカードをミアに見せた。示した金属製のカードをミアはまじまじと見つめていた。

 彼女に見せたのは出前協会カードといって、マーティンが出前協会という配達員を手配するギルドから派遣された正規の配達員であること示す身分証明証だ。

 マーティンはミアが自分のカードを見たのを確認しすぐにカードから手を離した。彼は背負っていたリュックを外しミアの前へと差し出す。


「はい。君が注文したタマゴサンドとりんごジュースね」


 両手で丁寧にミアはリュックを受け取る。これで彼の仕事は終わったも当然だ。配達員は商品を依頼人に渡して、出前チケットの半券をもらって配達完了となる。


「中身を確認してもらって出前チケットを……」

「嫌です。受け取れません」

「えっ!?」


 首を横に振ってミアはリュックをマーティンに突き返して来た。すでに手を引っ込めていたマーティン、ミアの手からリュックが離れて地面へとリュックが落ちた


「おっおい!?」


 マーティンは慌ててリュックに手をのばした。体を曲げて腕をのばし彼は、なんとか地面につく前にリュックを捕まえた。顔をあげるとミアは困惑したような顔でこちらを見ていた。マーティンはミアを睨みつける。


「何やってんだ! 地面に食わせるためにわざわざ運んできたんじゃねえんだぞ!」


 マーティンはミアにリュックを突きつけて怒鳴った。ミアは彼の声に驚きビクッと一回だけ体が痙攣した。


「ごめんなさい…… ごめんなさい…… うわーーーーん」


 ミアは顔をクシャクシャにして、体を震わせ目から大粒の涙を流し泣き出した。


「泣くなよ…… というか。泣きたいのはこっちなんですけど……」


 目の前で女の子に泣かれ、マーティンは困惑し配達が完了しないことを嘆くのだった。

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