第19話 身近な英雄たち
「はーい。みなさんこんにちは! 出前協会でーす」
祭壇の横の扉からマウロ司祭に続いてアイラが出てきて、笑顔を振りまきながら祭壇の前まで歩いてきた。
「どうしてアイラが?」
「あなた達が食料を運ぶ手伝いを頼まれたのよ。聖女様にね」
手のひらを上にして、アイラがフローレンスに向ける。フローレンスはアイラに向かって笑顔でうなずく。
「手伝いってあんたが何をしてくれるだい?」
スフレに言葉にアイラが、祭壇の横の扉に視線をむけた。
「出前協会のこれを使わせてあげるわ。例の物を持ってきてー!」
「さぁ。みんなこちらへ来なさい」
アイラが声をかけると、彼女が出てきた扉を開けマウロ司祭が誰かを呼んだ。すぐに四人の修道士が出てきた。四人の修道士は黒い大きなリュックを抱えるように持っていた。修道士はマーティン達の前にリュックを置いていく。置かれたの黒く、赤、青、緑、茶、白の宝石がつけられている。
この黒い大きなリュックは……
「大容量バックパックか」
「そうよ。エリックとミリアは知ってるわね。出前協会からこの大容量バックパックを貸してあげるわ」
祭壇のアイラはニコニコと笑っていた。確かに大容量バックパックなら、従来のリュックよりもはるかに多くの料理を運べるが、さすがに二百人前の料理を収納することはできないはずだ。マーティンはアイラに向かって口を開く。
「これで運べるのって十人前くらいだろ? とても二百人の聖騎士達には……」
マーティンの言葉にアイラは、両手を腰につけ勝ち誇った様子でこっちを見て笑う。
「ふふふ。情報が古いわよ。エリック!! あの試験から改良を加えたの。ねぇミリアさん?」
「そうです。これ一つで百人分の食事を運べるです」
アイラに話しを振られた、ミリアは両手を挙げ嬉しそうに飛び上がって返事をする。マーティンが試験をした時に確かにアイラは改良して持ち運ぶ量を増やすと言っていた。
「全員で運べば四百人分…… 軍勢を立て直すだけなら十分だね」
左手を右肘に置き、右手で顎をつかんだスフレが、納得したように小さくうなずく。
「後…… この大容量バックパックは高いんで…… もし誰かが死んでも物だけは回収してくださいね」
「誰が行くと思ってんだい? あんたのとこの皇太子様じゃないんだよ」
スフレの言葉に、アイラは眉間にシワを寄せた。クグロフは微妙な顔をして首を横に数回振った。
「では、これで話は終わりです。荷物の準備は修道院で行います。出発は……」
「準備ができ次第に行くよ。急いだ方が良いだろ?」
「そうですね。わかりました。料理の手配は……」
「大丈夫です! 料理はすぐに手配してバックパックに積めます」
アイラが胸を叩いて自信満々に答えた。
「待ちな!」
急に怖い顔をしてスフレがアイラに向かって叫ぶ。スフレの迫力に、全員の動きが止まり視線が彼女に集中する。
「運ぶ料理はあたしが用意する!」
自身を指差してスフレが宣言した。シェフである彼女は他人が作った料理を運ぶのが我慢ならなかったようだ。
「でも、スフレさんだって準備が……」
「平気さ。あたしは料理人だよ。命かけて運ぶのは自分の料理じゃなきゃ!」
アイラは困った顔してフローレンスの方を向いた。助けを求めてアイラは弱々しく、フローレンスに向かって口を開く。
「フローレンス様……」
「いいでしょう。スフレさん。お願いします」
優しい口調で答えるフローレンス。彼女の言葉を聞いてスフレは笑い、横にならぶマーティンとクグロフを見た。
「よし! クグロフ! エリック! 手伝いな」
「えぇ!? 俺もかよ?」
驚いていたらスフレはマーティンを睨みつけた。
「わっわかったよ。手伝うよ」
睨みつけられたマーティンはごまかすように笑顔を作ってうなずいた。彼の様子に満足した顔をするスフレだった。めんどくさそうにするマーティンの横でクグロフは苦笑いをしている。
「じゃあね。フローレンス! ちょっと調理場を借りるよ」
「わたしも手伝うです」
「おいで」
マーティン達は四人で修道院の調理場をつかい、四百人前の料理を用意するのであった。
数時間後。
「(はぁ…… つかれたな…… もうしばらく野菜の皮なんかむきたくない……)」
ぐったりとするクグロフとマーティンの、少し前に得意げな顔のスフレが立って居る。
「じゃあ。あたしらは準備してくるから! 料理をつめておきな」
料理の準備が完了し、アイラにバックパックに、つめておくようにスフレが指示している。アイラ達が作業を始めるのを見て、マーティン達は四人で修道院を出た。
「じゃあミリアだけ別だね。準備を終えたらすぐにここに戻ってきな」
「はいです。じゃあまた」
修道院の前でミリアと一時的に別れる。彼女は笑顔で手を振って駆け出し、十メートルくらいミリアが離れると、空から大きなフクロウのヴァーミリオンが、飛んできて彼女をつかんで飛び去った。修道院を出てマーティン達は”竜の髭”へと戻った。日はだいぶ傾き薄暗くなっていた。
店に入るとスフレがマーティンの方を向いて口を開く。
「ミアと子供達に挨拶しといで…… 後、ミルフィにはこっちに来るように伝えてくれるかい」
「わかった」
マーティンはは”竜の髭”からでて自宅へと向かう。扉を開けて玄関から家の奥へ。家のキッチンからいい匂いが漂ってくる。ミアが夕食の準備をしていたようだ。
「お帰りなさい。早いですね? まだ夕飯の……」
ダイニングに入ったマーティンに、キッチンからミアが顔を出して声をかけてくる。
「エリックおじさんおかえりー」
「おかえりー」
「おかえり……」
ミアに続いてミルフィとロロとルルが顔をだした。四人で仲良く夕食の準備をしていたようだ。
「ミルフィ。パパとママが話があるってさ。家に戻りな」
「わかったー」
ミルフィは素直に返事をして玄関へ歩いていく。
「後…… ミア、ルル、ロロ、俺も話がある。こっちへ来てくれ」
ダイニングの椅子に腰掛けてマーティンは三人を呼ぶ。ミアはマーティンの隣に座り、ルルとロロは向かいに並んで座る。マーティンは三人に修道院で聞いた、赤いオーク達が砦を包囲してるという話しをした。
「お兄様……」
話しを聞いたミアが泣きそうになるのを必死にこらえている。心配そうにルルとロロがミアを見つめる。マーティンは話しを続ける。
「それでな…… 聖騎士達を助けるために、俺とスフレとクグロフとミリアが砦に行くことになった」
「お父さんが!? どうして?」
「なんで……」
ルルとロロが驚いた様子でこちらを見た。急に言われても驚くよなとマーティンは二人に説明をする。
「この町で聖騎士達を助けられるのがお父さん達だけなんだ。だから……」
「嫌だ!」
「イヤ……」
「あぁ。嫌だよな…… 俺だって行きたくない。でも…… 俺は行かなきゃいけないんだ」
マーティンはルルとロロの前へと移動し、泣きそうにしている二人をそっと両腕で抱きしめた。
「ミアのお兄さんを助けなきゃ…… わかってくれ二人共……」
首を必死に横に振る二人。腕を外し今度は、ルルとロロの肩に手をかけ俺は二人に声をかける。
「家族が戻ってこないのは辛いことだ。わかるだろ?」
ルルとロロは視線をミアに向けた。泣きそうな顔で耐えているミアを見た二人は、少し考えてからゆっくりと顔を立てに動かす。
「わかった。お父さん行っていいよ。頑張って」
「うっうん…… 私もいい子で待ってる……」
「ありがとう。二人共いい子だな」
マーティンはルルとロロの頭を撫でた。二人は少し恥ずかしそうにしていた。
「後…… そんなに心配しなくて大丈夫だ。お父さん達はとっても強いんだぞ!」
拳を握って右腕をまげ、二人に見せるマーティンだった。二人が笑うのを確認した彼は、立ち上がりミアの元に行き彼女の肩に手を置いた。
「君のお兄さんを必ず助けて戻る。申し訳ないけどルルとロロのことを頼むな」
「はい……」
ミアは小さくうなずいた。マーティンはミアの頭に手を置いて軽く二回ポンポンと叩く。
「よろしくな。じゃあスフレ達が待ってるから…… もう行く」
マーティンはミアから手を離す。名残惜しそうに彼女がマーティンに視線を向けた。笑顔をミアに向けたマーティンは玄関の方に向かって歩き出す。
「待って下さい。マーティンさん!」
ミアがマーティンを呼び止め彼は振り返った。ミアはうつむいて軽く震えている。急に顔をあげたミアは目に涙をためたまま口を開く。
「無事に帰らないと許さないですよ」
「あぁ。わかってるよ。待っててくれ」
マーティンは右手をあげてミアに返事をし”竜の髭”へと戻るのであった。
「うん!?」
家の前にミルフィが立っていた。
「エリックおじさん…… パパとママを……」
どうやらミルフィも家族の話が終わったようだ。ミルフィの声が震えている。
「わかってる。二人は俺が守る……」
「ううん! ルルちゃんとロロのためにも二人の言うことを聞いて生きて帰るのよ! わかった!」
「はぁ!?」
真剣な顔でミルフィはマーティンに向かってつめよってくる。二人を心配して泣いてるのかと思ったが、思いのほかミルフィ元気でよかったとマーティンは笑うのだった。
「あぁ。わかったよ。ミルフィもミアと一緒にルルとロロのことを頼んだぞ」
「任せなさい!」
ミルフィは胸をたたいて誇らしげな顔をした。マーティンは”竜の髭”へと戻るのであった。
「うわ…… 埃っぽいな…… いつもならこんなことないのに…… 地下の倉庫を開けたな」
店の中央にボロボロで蓋の開いた大きな木の箱が一つと、その脇に金色に輝く二メートルくらいの金属の長い棒が置かれていた。
棒の先端には大きな革のカバーが掛けられていた。
「おぉ。戻ったね」
大きな箱を抱えたスフレが厨房から出てきた。すぐ後ろにはクグロフがいる。スフレは抱えた箱を、店の中央に置かれた箱の横に並べて置いた。
下ろした箱をクグロフが開けて中身を確認する。スフレは金属の棒を持ち上げ先端の革のカバーに手をかけた。
「またこれを持つことになるとはねぇ。もう料理用のナイフと包丁以外の刃物は使わないと思ったよ」
金色に輝く金属の棒の先についたカバーを外すと、緑色で十字の形をした鋭い刃が出てきた。あの大きな槍はグリーンデザート。大地の神タイタンの力を持つ聖槍だ。
スフレはグリーンデザートを床に置いて、蓋の開いていた箱の中に手をのばす。
「そうかい? 僕はいつか必要になると思ってた……」
箱から出した青い金属の輪を、白い布で丁寧に磨いていたクグロフが答える。クグロフが大事そうに、磨いてる金属の輪はチャクラムと言う円形の武器だ。輪っかの縁が刃物のように磨かれていて敵に投げつけて使う。
クグロフのチャクラムは、雷神トールがその魔力を封じ込めたと言われる、聖なる武器で名前をブルーサンダーという。
「ほら。これあんたのだ。持っていきな」
スフレがマーティンに向かって、円形の小さな金属の板のようなものを差し出した。金属の板は白く輝き、レシンテシアの紋章である鷲が翼を広げた姿が描かれていた。マーティンがスフレの顔を驚いた顔で見た。
「俺のバックラー。まだ持ってたのかよ?」
「店が困ったら売ろうと思っててね」
「フン…… これは軍の支給品だ。売っても大した金にならねえよ。そんなの知ってるだろ。まったく……」
「なんだい。そりゃ。残念だね」
バックラーを見てスフレが笑っている。マーティンはひったくるようにして、スフレからバックラーを受け取り左腕に装着した。
「あとこれもあんたのだろ?」
「俺のダガーに…… ナイフか」
スフレが十五センチくらい革の鞘につつまれたダガーと、小さい革のベルトを二本渡してくる。ベルトには十センチくらいの小さなナイフが五本ずつ収納されている。
マーティンは慣れた手つきで、ダガーを腰の後ろにつけベルトを両足の太ももに巻きつける。ベルトとダガーを装着したマーティンを見て、スフレは満足そうにうなずいて箱の前へと戻っていった。
「ふぅ…… 痩せたかねぇ。ブカブカだよ」
箱から出した青い金属製の、胸当てを体に当ててスフレがぼやいてる。
「僕は少し太ったかな。きついや。エリックは?」
銀色のガントレットをはめて、感触を確かめるように指を動かしながら、クグロフがマーティンに尋ねる。
「俺は毎日つけてるから問題ないよ」
自分が配達用につけてる、革の胸当てに手を当ててクグロフに答える。
「えっ!? それ普通の革の胸当てじゃないのか?」
「革っぽく色塗ってるだけで、昔から使ってるアビス銀の胸当てだよ」
驚いた顔でクグロフがこちらを見た。マーティンの胸当ては、軽い革製に見えるように加工した金属製の胸当てだ。光を反射せずに硬くて軽く柔らかい特殊な、アビス銀と呼ばれる鉱石で出来ている。
「さぁ…… 準備ができた。行こうか」
店の入口でグリーンデザートを肩にかつぎ、青く金色に縁取られた鎧に身を包んだスフレが立ち、マーティン達に声をかけてくる。スフレの脇を通り抜けてマーティンは外へ出る。彼に続いてクグロフが店から出てきた。
クグロフは黒の細身のズボンに赤い上着を着て、腕には銀のガントレット、足には鋼鉄のすね当てをつけている。頭には羽飾りのついた黒いつばの広い帽子を被っていた。
三人で修道院へ戻る。外はもうすっかり暗くなっていた。
「来たですね!」
修道院の前にミリアが待っており、マーティン達を見て嬉しそうに叫んだ。
「お待たせ」
「大丈夫です。少ししか待ってないです」
右手をあげてミリアがスフレに答える。ミリアはスフレ達と違って服装は変えてないが、腰には真っ黒で竜の鱗のような装飾がされた杖が腰にさしてあった。あの杖はシャドウダイヤ、古代龍ダークドラゴンの体から作ったと言わる杖でどんな魔法も威力も倍増する。ただ、並の人間が使うと暴走した魔力が自分に返ってくると言われている。
「またみんなと冒険できるの楽しみです」
「そうかい? 私はもうコリゴリだったよ…… はぁ……」
スフレは小さなため息をつく。ミリアはスフレの態度に残念そうにしてる、彼女の肩に手を置いてマーティンが声をかける。
「そりゃあスフレは俺達のリーダーだからな。適当にやれる俺達と違う苦労があるんだよ」
ミリアがこちらを見て驚いた顔をし、フレがムッとした顔をしてマーティンを見た。
「違うだろ。あたしはリーダー代理だよ。あたし達のリーダーはアイしか居ないだろ」
「やめろよ! もうあいつは居ないんだよ。俺達の希望だった勇者アイはな……」
「マーティン! やめるんだ」
「あっ……」
クグロフが慌ててマーティンを止めた。スフレとミリアは悲しそうに彼を見つめていた。
「悪い。ついな…… もうその話はやめよう」
「そうだね。もう昔の話だ。それにもう仕事の時間みたいだよ」
「うん!? あぁそうだな」
気まずそうにする、マーティンに向かって、スフレが修道院を指さした。マーティンが視線を修道院に向けた。修道院の大きな木の扉がゆっくりと開き始めた。