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英雄は料理を運ぶ  作者: ネコ軍団
第4章 霧に蝕まれた町
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第17話 君と違って

 通りを歩くマーティン、ひっそりと静まり返った通りでは、たまにすれ違うのは修道士か、彼と同じ配達員くらいだった。


「おぉ! あれは……」


 マーティンの十メートルくらい先をネルが、リュックを背負って歩いていた。小走りでマーティンは彼女に近づいて声をかける。 


「ネル!」


 振り向いてネルがマーティンを見て、ニッコリと嬉しそうに笑う。


「配達か? お互い忙しいみたいだな」

「はい。今日は夜まで予約がビッシリです」

 

 パンパンに膨らんだ、リュックのベルトを両手で持ち、マーティンに見せつけてきた。


「俺もだ」


 同じようにして、パンパンとなったリュックを、マーティンは彼女に見せる。マーティンとネルは互いの顔を見て笑った。すぐにネルは静かに通りに視線を向ける。


「まさか赤い霧のせいでこんなことになるなんて……」

「そうだな」


 行き交う人が少なくなった、イバルツの町を見つめネルは寂しそうにしていた。


「でも…… お金がいっぱい稼げるんで頑張ります!」


 ネルは顔上げて右手の拳の力強く握りしめる。マーティンは彼女を少しうらやましく思う。

 配達件数が多ければ多いほど稼げるフリーの配達員であるネルとは違い。マーティンは”竜の髭”と専属契約なので配達を、いくらこなそうが給料は変わらない。その代わりに配達件数が少なくても、給料が保証されているのだが……


「私は配達で修道院地区に行くんです」

「あぁ。俺もそっちの方だな」

「じゃあ途中まで一緒に行きましょう」


 行く方向がたまたま同じだった、マーティンとネルは横に並び修道院へと続く道を歩いて配達へ向かう。


「お父さーーーん」

「えっ!? ロロ!? ミアにルルも……」


 前からルルとロロが、ミアと手を繋いで歩いてきていた。マーティンを見つけたロロとルルは、ミアから手を離して彼のもとにかけてくる。


「どうした? 学校は?」


 マーティンは自分の前に駆けて来た、ルルとロロに声をかける。


「学校が…… なくなったの……」

「そう! なくなったんだよ!」

「はぁ!? なくなった?」


 ルルは悲し気にロロは少し嬉しそうに、学校がなくなったと答える。二人の回答に困ってると、少し遅れてやってきたミアが申し訳無さそうに説明を始める。


「赤い霧の影響で学校はしばらく閉鎖です。家のない方々を屋内に保護するので子供達を自宅へ帰すことに……」

「あぁ。そういうことか」


 イバルツには浮浪者以外にも、旅費を節約するために野宿をする観光客や巡礼者がいる。普段は野宿する旅人の為に修道院の庭などを貸しているが、赤い霧から彼らを守るために修道院を提供することになったようだ。マーティンはミアの説明を聞いて少し困った様子でミアに口を開く。


「すまん。スフレに事情を説明して二人を店で預かるように……」

「大丈夫ですよ。学校が再開するまでわたくしが二人の面倒を見ます」


 ニッコリと微笑み、ミアは腕まくりをして右腕を曲げて力こぶをつくる。ルルとロロもミアの真似をしていた。力強くミアは二人の面倒をみると宣言した。マーティンは慌てて彼女に答える。


「いやいや。ずっとミアに世話になりっぱなしだし…… 保護した連中の面倒もみなきゃいけないんだろ?」

「平気です。シスターマリーに事情を説明したら、ロロくんとルルちゃんの面倒を見るように言われましなたので大丈夫ですよ」

「はぁ……」

「これも修行のうちです。それにシスターマリーも言ってました。マーティンさんは家に避難してる皆さんに食料を配ってるんですから。マーティンさんの活動を助けることが町の皆様への奉仕になるからぜひ行きなさいと」


 笑顔をマーティンに向けるミアに複雑な表情をするマーティンだった。彼は確かに食料を配っているが、キチンと料金を取った出前だ。崇高な修道院の修行や奉仕とはちと違うのだ。


「ダメですか?」


 目を潤ませてミアがマーティンに尋ねてきた。ミアの潤んだ目で見つめられたマーティン、なぜかすごく悪いことをした気持ちになっていく。それにダメではない。彼にとってはむしろ……


「いや…… 二人は君に懐いてるし…… 俺としてはすごく助かる。本当に良いのか?」


 大きく力強くミアがうなずく。ルルとロロはミアになついており、マーティンも彼女のことを信頼している。マーティンはうなずいてミアに頭を下げた。


「わかった。ミア…… 二人のことをよろしく頼む」

「はい!」

「やったな。ルル! ありがとう。お父さん」

「ありがと……」


 ニッコリと微笑みミアが返事をした。ルルとロロは笑顔で嬉しそうにしていた。


「マーティンさん! お父さんって…… 二人はマーティンさんの?」


 ネルがマーティンの横から、ルルとロロを見ながら声をかけてきた。ネルが居るのを忘れていた、マーティンは少し申し訳なさそうに、ルルとロロを見てネルに答える。


「あぁ。こいつらは俺の子供達だ。ロロ、ルル、この人はお父さんのお友達だ。挨拶をしなさい」


 ルルとロロを手招きして呼び、彼はネルの正面に立って二人を横に立たせ、挨拶するようにうながす。


「こんにちは! ロロです」

「ルルです…… こんにちは」


 二人が自己紹介しその姿に目を細めるマーティンだった。彼はルルのことは特に心配してなかったが、ロロがちゃんと挨拶できることに感動していた。二人に挨拶されたネルは微笑む。


「こんにちはネルです。わたしはマーティンさんと同じ配達員です。二人共ちゃんと挨拶ができて偉いねぇ」


 ネルはしゃがみ、ロロ達に視線を合わせ、挨拶をした二人を褒める。褒められたルルとロロは少し恥ずかしそうにしていた。


「はい。これ! ご褒美だよ」


 ネルはポケットから二粒の飴玉を出し、手のひらに乗せ二人に差し出した。


「あっ飴だ!」

「お父さん……」

「あぁ。もらっていいよ」


 ルルとロロはこちらを見た。マーティンは笑顔で二人にうなずき、飴を受け取るようにうながす。


「やったー! あまーい」

「あまーい……」


 ネルの手から飴玉を受け取り、二人は口に放り込んで幸せそうに笑う。マーティンはネルの横に行って彼女に礼を言う。


「ありがとう。さすが弟達が多いから子供の扱いに慣れてるな」

「えへへ。ちょっとびっくりしましたマーティンさんに子供がいるなんて……」

「ちょっと事情があってな。でもそんなにびっくりするか?」

「はい。だって全然父親らしくないですもん」

「なっ!? ひでえな。これでもけっこう父親として頑張っているつもりなのにな……」

「ふふふ」


 しょんぼりとする、マーティンを見てネルが微笑んでいる。


「マーティンさんに子供が…… でも……」

 

 顎に手を置いてネルが何かぶつぶつと言っている。彼女は急に顔をあげ、何かをひらめいたような顔をした。


「でも! 私は大丈夫です。二人と仲良く出来るようにがんばりますね」

「おっ!? そうか。よかった。ルルとロロと仲良くしてやってくれ」

「はい!」


 ネルが嬉しそうに大きくうなずく。マーティンはネルの弟達とも仲良くなれらば、ルル達の友達が増えるかもと喜ぶのだった。


「うん!?」


 ミアが少しムッとした表情をし、マーティンとネルの間に割り込むように入って来た。


「配達のお時間はよろしいんですか?」

「えっ!? そうだ!? マーティンさん! 急ぎましょう」

「おぉ! そうだな」


 道草を食ってしまったマーティンとネルは、慌てて一緒に配達に戻る……


「うわ!? えっ!? ミア!?」


 配達に戻ろうとしたマーティンの腕をつかみ、ミアが引っ張った。引っ張られた彼は動けず、ネルだだけが数歩先に進み振り返る。


「ごめんなさい。マーティンさんはロロ君達のことで私とお話がありますので先にどうぞ」

「でも…… もう学校が閉鎖でミアが……」

「ありますよね?」

「あっあぁ……」


 ミアがマーティンに顔を近付けて、詰め寄ってきた。普段のミアと違い、眉間にシワがより目つきは鋭くて怖く、マーティンは彼女の迫力に負けてうなずくしかなかった。


「じゃあ私は先に行きますね。マーティンさんも急いだ方がいいですよ」

「あぁ。ありがとう」


 ネルは笑顔で手を振って先に配達に行ってしまった。ミアは彼女が見えなくなるまで、マーティンの横で腕を組んでジッと見つめていた。


「ネルさん…… お友達ですか? ふーん……」


 マーティンに背中を向け、ミアは不満そうに口をとがらせる。彼女の態度にマーティンが声をあげる。


「なっなんだよ」

「なんでもありませんわ。はぁ…… わたくしの名前は覚えていなかったのに……」

「いや! それは…… だから! ミアが怒るから女子の名前は覚えようかなと……」

「キッ!!」


 素早くを振り返ったミアに、マーティンは思いっきり睨まれた。余計なことを言ったとマーティンは視線をそらし、気まずそうに頭をかく仕草をする。気まずさに堪え切れなくなったマーティンは話を早く終わらせようとする。


「それで君の話って……」

「ほら! 早く出前に行かないと怒られますよ! あと…… 君じゃなくてミアですからね!!!」


 ミアはマーティンに早く配達に行けと言うと、そっぽを向き不満そうに腕を組んで口を尖らせていた。


「はっ!? なんなんだよ…… もう」


 なぜ、ミアに怒られるのかわけがわからず、マーティンは首をかしげるのだった。


「お父さん…… 鈍感……」

「うん…… 俺はお父さん…… 嫌い」

「えっ!? なんだよ!? ロロとルルまで……」


 振り向いたマーティンのすぐ後ろで、ルルは呆れた顔をし、ロロは彼を睨みつけるのだった。


「はぁ…… 俺、何か悪いことしたのか?」


 マーティンは釈然としないまま、配達に戻るのであった。

 数時間後…… イバルツ内での配達を終わらせた、マーティンはイバルツの北西の平原へとやって来た。静かな平原に伸びる街道の先に、トトルカの町の事件後に行った聖騎士団の砦が見えている。


「こっちだマーティン!」


 聞き慣れた声が俺を呼ぶ。視線を向けるとガンドールが街道脇にある、大きな岩の上からマーティンに手を振っていた。


「おーい。ラウラ、クレト、二人の飯が来たぞ」


 後ろを向きラウラとクレトに声をかける。ガンドールの左手に黄色く光る出前チケットが見える。光っているのは出前チケットだ。依頼人が持つ出前チケットの半券は、配達員が近づくと光って知らせてくれる。俺は岩の設置された足場を使って上に上がる。


「お疲れさん。どうだいい景色だろう? 俺はここが好きなんだ」

「あぁ。いい場所だ」


 岩の頂上で腰掛けてガンドールがマーティンに声をかけた。マーティンは笑顔でうなずき同意する。景色をみながら彼は、ガンドールのような経験豊富な冒険者達が、いつも注文してくれると助かると思うのだった。

 ガンドール達がマーティンを、待っていた大きな岩は狼石と呼ばれる岩だ。はるか昔にこの地に居た先住民の信仰の対象で安全地帯の一つである。配達員が近づくとガンドール達は、安全地帯に移動するか周囲の安全を確保した場所で待っててくれる。新人や経験の浅い冒険者は、仕事に夢中で周囲の安全が確保できない場所まで配達に行くことになる。そうなれば冒険者も配達員も危険だ。ミアと最初の会った時のように……


「はいよ。鶏もも肉焼きランチ二人前だ」


 マーティンはリュックを下ろしガンドールに渡す。リュックを受け取ったガンドールは、中身を確認し顔をあげて笑う。


「ありがとう。これが出前チケットだ…… いつもより少し遅かったな」

「悪い。赤い霧のせいで出前が殺到してな」

「そうか。俺達と同じだな」


 笑顔でガンドールが出前チケットをマーティンに差し出した。少し驚いた様子でマーティンは、出前チケットを受け取った。


「俺とガンドール達が同じってどういうことだ?」

「昨日、トトカノ火山が赤い霧に飲み込まれた」

「トトカノ火山が?」


 ガンドールは小さく頷いて話しを続ける。


「俺達はトトカノ火山に偵察に行けと聖騎士団に雇われたのさ」


 街道の先に見える、聖騎士団の砦をガンドールが指差した。


「しかもそのトトカノ火山には大量の赤いオークが集まってるらしい。その数はもう数百に……」

「ガンドール! それは言ってはダメよ」


 近くに居たジャンナがガンドールを止めた。数百の赤いオークという言葉にマーティンの顔が少し曇る。


「ハッ!? やべえ。そうだ。まだ赤いオークが集まってることは聖騎士団から口止めされたっけ……」


 右手で頭を掻く仕草をしてガンドールは笑う。ガンドールは人が良く素直で少し抜けたところがあるため、情報収集するにはガンドールはとても適している。しかも、彼は冒険者として腕も良く、皆から信頼もされてるから、町の重要な情報もよく知っている。マーティンは小さくうなずき、自然な感じでガンドールにまた口を開く。


「聖騎士団が秘密にするってことは事態は悪いんだな」

「あぁ。俺達以外にも大量の冒険者達を雇って大規模な討伐軍を……」

「ガンドール!」


 ジャンナがガンドールを睨みつけて叫ぶ。ガンドールの大きな体が小さくなった。


「すっすまん…… マーティン…… すまんこれ以上は」


 両手を顔の前で合わせて小さくなっているガンドール、後で彼はジャンナにとっちめられるだろう。さすがにこれ以上、ガンドールから情報を引き出すのは、かわいそうに思ったマーティンは質問をやめるのだった。

 配達を終えたマーティンは、ガンドール達に挨拶をし、イバルツの町へ戻るのであった。街道を歩きながらマーティンは独り言をつぶやく。


「赤いオークの討伐軍か…… 当然ロバーツも参加するだろうしな。ミアは知ってるのかな、いや…… ロバーツのことなら口止めされてるなら身内にも話はしてはないだろう……」


 マーティンの表情がきつくなった。ロバーツはガンドール達から報告をもらって、町の人達へ公表するかどうかを決めるのだろう。


「うん!? あれは…… 聖騎士団か……」


 街道の先に馬車の列が見えた。馬車の周囲には馬に乗った白い鎧の騎士達がいる。マーティンは街道からそれて道を開けた。彼の前を聖騎士団の馬車が俺の前を横切っていく。街道を進む馬車の荷台には、食料が入ってると思われる樽や袋に、大量の矢や槍などの武器が積み込まれいた。


「大量の食料に武器……」


 荷物を積んだ馬車はガンドールが言っていた、赤いオーク討伐軍の準備のためのものだろう。十数台の馬車がマーティンの前を通り過ぎていった。


「なんだろうな。なんか落ち着かねえな。久しぶりに戦争する前の空気を感じたせいだな…… クソ……」


 マーティンは馬車を見送ると、何かを振り払うように小さく首を横に振り、街道を早足で歩きイバルツへと戻るのであった。

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