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英雄は料理を運ぶ  作者: ネコ軍団
第3章 赤い霧事件の始まり
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第16話 変わりゆく町

「ふぅ…… やっと帰ってこれた。もう夜か……」


 マーティンとネルは砦から一番近い、ステア像を使ってイバルツの町へと帰ってきた。夜十時を過ぎて辺りはすっかり暗くなり、薄暗い街灯の光がイバルツのステア像を照らしていた。


「家はどこだ? 夜道だし送っていくよ」

「ありがとうございます。でも、大丈夫です。家はそこの宿屋さんなんで」


 笑ってネルはステア像から、道を挟んだところにある小さな宿屋を指差した。


「宿屋に住んでるのか?」

「はい。村を追われて住むところがない。私達に聖女フローレンス様が宿を提供してくれたんです……」


 マーティンは赤いオークにネルの家族が、村を追われて避難してきたことを思い出して少し気まずい顔をする。感謝を表しているのかネルは、修道院の方角を見て頭を軽く下げた。


「あっ! ネル姉ちゃーん!」

「あれ!? 男が居る! 彼氏ーーー?」

「彼氏さーん。姉ちゃんはやめなよー! 怒ると超怖いよー!!」


 上から声がして視線をあげたマーティンに、宿屋の二階からエルフの男の子が二人顔を出し、叫んでいる姿が見えた。ネルが顔を真赤にして肩を震わせる。


「こらーーー! ミル! モル! あんた達! 後で覚えてなさいよー!!!」


 眉間にシワを寄せ怒った顔で両手を上げたネルが叫んでいる。エルフの男の子二人は顔を見合せ、ヤベッというような顔をし慌てて窓から顔を引っ込めた。


「ネルの弟か?」

「はい。すいません。馬鹿なことばっかり言うんです」


 恥ずかしそうにネルは宿屋の窓を見つめている。


「元気な弟達でいいじゃないか。ほら早く帰って弟達に顔を見せてやれ」

「はい。マーティンさん! じゃあまた!」

「またな」


 ネルは笑顔でマーティンに頭を下げると、嬉しそうに駆けていった。


「俺も早く帰ろう」


 弟の元へと向かうネルを見たマーティンは、ルルとロロに会いたくなった。彼は少し早足で家路につくのだった。ステア像がある円形の交差点から、マーティンは、”竜の髭”がある通りへ戻ってきた。


「あっ!?」


 マーティンが”竜の髭”に近づくと声がした。


「うん!? スフレ……」


 店の前をスフレが箒を持って掃除している。マーティンが近づき明らかにスフレは気づいているはずだが、彼女はマーティンを見ようとしない。


「あれ!? もう営業を止めてるのか?」


 ”竜の髭”の灯りはついているが店の扉には閉店と書かれた札がかけられていた。いつもなら深夜の鐘がするくらいまで、酒飲み客でいっぱいで営業しているはずなのにとマーティンは首をかしげるのだった。


「フッ…… わかったよ。しょうがねえな。こっちから声をかけてやるか」


 マーティンが突然笑った。入り口のすぐ近くにある窓から外をのぞいていた、クグロフが笑顔でスフレをさして申し訳なさそうにしている。


「ただいま」

「なんだ…… マーティンか」


 掃除の手を止めたスフレは、ゆっくりとわざとらしく振り返り、マーティンの名前を呼ぶ。スフレの行動にマーティンは笑みがこぼれそうになるのを必死に我慢しながら口を開く。


「悪いな。もう少し早く帰るつもりだっただけど……」

「事情は聞いたよ。お疲れさん…… ん!」


 スフレは店のドアノブにかけてあった袋を俺に突き出した。隙間から袋の中が見え、マーティンが覗き込むとそこには干し肉とパンがおさめられていた。


「これは……」

「余りもんだよ。クグロフの野郎が出前の数を間違えてね。もったいないから食べな」


 そういうとスフレはマーティンに袋をさらに近づける。余りものというのは嘘で、パンも干し肉もスフレが夜遅く帰って来るマーティンを心配して用意したものだ。


「そうか…… フフ。ありがとう頂くよ」


 マーティンはスフレの嘘に気付いたが笑って素直に受け取った。スフレに礼を言い、マーティンは家に向かって歩き出す。スフレは黙ってうなずいてまた掃除へと戻っていった。

 ”竜の髭”の脇の路地を通り、マーティンは店の裏手にある自宅の扉を開け中へ入る。


「ただいまー」


 誰も返事をしない。ルルとロロは寝てるかも知れないが、ロバーツに頼まれたミアが居てくれてるはずだった。

マーティンは首をかしげ、玄関を通り抜けてキッチンの方へと向かう。


「ミア…… 遅くなって悪かったな……」


 キッチンの手前のダイニングに置かれた、テーブルに突っ伏してミアが寝息を立てていた。起こすのはかわいそうに思ったマーティンは、スフレからもらった料理を階段に座って食べることにした。彼はそっと振り返り家の階段へ……


「マーティンさん…… お帰りなさい」


 ミアの声がした。マーティンは彼女を起こしてしまったかと、申し訳なくなり慌てて振り返り謝ろうと……


「あれ!?」


 さきほどと同じくミアはテーブルに突っ伏したまま寝ていた。彼女が寝言を発しただけのようだ。ほっと胸を撫でおろしマーティンは笑顔でミアを見た。


「ミア…… ただいま」


 マーティンは小さな声でミアにただいまと挨拶した。彼はダイニングから出て、また玄関へ戻ろうと振り返った。


「えっ!?」


 背中に暖かく柔らかい感触しマーティンが驚く。小さなミアの手が彼の腰に回る。


「お帰りなさい…… よかった…… お兄様からマーティンさんが大変だって聞いて…… 心配で……」


 背後からミアがマーティンに抱き着いたようだ。彼は腰に回されたミアの手を、そっと優しく外して振り返った。


「ロバーツのやつめ…… おおげさなんだよ。」


 呆れながらマーティンは、泣きそうなにしてるミアの頭を軽く撫でて笑う。


「ちょっとした面倒に巻き込まれただけだ。ちゃんと生きてるだろ?」


 頭から手をはなし胸をはるマーティン、小さくうなずいてミアの顔が少しだけ緩む。ミアの顔を見てマーティンは微笑む。


「ルルとロロのことありがとうな」

「いいえ。二人はとてもいい子に待ってました。えらいです」

「そうか。ちょっと様子を見てくる」

「はい」


 マーティンは玄関の近くにある、階段を上がり二階の寝室へと向かった。起こさないようにと彼は、静かに扉を開け寝室の中の様子をうかがう。


「フフ。二人共寝てると静かでかわいいな……」


 ルルとロロの二人はベッドの上で手を繋いで寝ていた。マーティン静かに部屋に入り、ベッドに座って二人の頭を撫でた。


「あっ! お父さん…… お帰り……」

「ただいま。ごめんな」


 撫でていたらルルが目を覚ましてしまった。ルルはマーティンを見てうれしそうに笑う。


「ロロ…… お父さんが……」

「あっ! 起こさなくていい。ルルももう寝なさい」


 ルルが起き上がり、隣に寝ているロロを起こそうとするのを止める。せっかく静かに寝てるのに起こすのはかわいそうだ。


「うん……」


 返事をしたルルは、横になり目をつむった。マーティンは少しの間ルルの体を、ポンポンと優しく叩いていた。


「寝たかな」


 静かに寝息をたてるルルを見て、マーティンは立ち上がり部屋を出ていく。ダイニングに戻るとミアは起きていた。戻ってきた彼に優しく微笑む。

 夜も更けてきており早く彼女を、修道院へと送っていかないといけないマーティンだった。しかし、昼から聖騎士に拘束されており、空腹が限界を超えそうだった。ミアには申し訳ないが、夕食後に送っていくことにし、マーティンはスフレからもらった袋をテーブルに置く。


「悪いな。昼から何も食ってないんだ。すぐに飯を食っていいか?」

「はい。わたくしお茶をいれてきますね」


 マーティンは袋からパンと干し肉を出してテーブルに並べる。袋にはパンは四つに分厚い干し肉が二枚が入っていた。食べやすくしようと干し肉を手で、ちぎりながらマーティンは笑みがこぼれていく


「おぉ! うまそうだな。スフレが作った干し肉は塩加減が絶妙なんだよな。たっぷりとつかんで一気に…… えっ!? おい……」


 いつの間にかティーポーットとテーカップを、トレイに乗せたミアがマーティンの向かいに座っていた。


「ジー…… ジュルル……」


 向かいに座ったミアは、干し肉にかぶりつこうとする、マーティンをジッとみつめヨダレを垂らしてる。


「食いづらいな…… まぁ…… たくさんあるし……」


 マーティンは手に持った干し肉をミアの前に差し出した。


「少し食うか?」


 嬉しそうにミアが目を輝かせた。しかしすぐにハッという表情に変わる。


「でっでも…… それはマーティンさんの……」

「遠慮するな。スフレも少し多めにくれたからな」

「わーい! じゃあ遠慮なくいただきます」

「ははっ……」


 嬉しそうに両手をあげてミアが喜ぶ。マーティンはパンと干し肉とミアに半分渡した。改めて彼は干し肉をちぎって口に……


「あーーー! ずるい! 俺もー」


 大きな声がダイニングに響いた。声がした方にマーティンが視線を向けると、ルルとロロの二人がダイニングの入り口に並んで立っていた。


「ずるい。お父さん! 俺にもちょうだい」


 テーブルまで駆けてきたロロは、マーティンの袖をつかんで自分にも干し肉とパンをよこせとせがむ。


「ダメだ。夕飯をちゃんと食べただろ」

「だってぇ…… 美味しそうなんだもん」


 マーティンの袖をひっぱり、ロロは彼が持つパンを物欲しそうに見つめている。ミアは親子の様子を見て微笑みロロに声をかけた。


「はいはい。じゃあ私の少しあげるわ」

「やった。ルルも食えよ」

「あっ! ロロ! こら! もう……」


 ロロは素早くミアの隣に座った。置いていかれたルルは、困って顔で父親を見る。


「じゃあルルはお父さんのをあげよう。おいで」


 マーティンが笑顔で手招きすると、うれしそうにルルが彼の隣に座った。四人で干し肉とパンを分けて食べた。ルルとロロとミアと四人で分けたので、マーティンは満足するほど食べられなかったが、なんとなくこれで良かったかなと思うのだった。

 食事が終わり、マーティンはミアを送って行こうと声をかける。


「ルルとロロを寝かしつけたらミアを送っていくよ」


 マーティンの言葉を聞いたミアがキョトンしている。


「どっどうした?」

「マーティンさん。もうとっくに修道院の門限は過ぎてますよ。今から出入りはできません。なので今日は図々しいですがこちらに……」

「えっ!? でっでも……」

「大丈夫です。マーティンさんが帰って来ない場合もあると思って外泊の許可はもらっていますから!」

「いや…… 許可とかじゃなくて……」


 首をかしげるミアに困った顔をするマーティンだった。マーティンに子供はいるが、彼は独身の男性だ。若い女性を家に泊まらせるのはまずい。


「えっと…… あっ! そうだ」


 ハッと何かを思いついたマーティン、ミアを”竜の髭”に泊まらせればいいのだ。あそこなら一応女性のスフレが居る。


「じゃあスフレのとこに……」

「やったー! 俺! ミア先生と一緒に寝る!」

「私も!」

「あっ! こら…… はぁ……」


 嬉しそうに笑ってミアにルルとロロが抱きついた。


「はいはい。わかりましたよ。良いですよね? マーティンさん」

「あぁ。わかったよ」


 喜ぶ子供たちのためにマーティンはミアを泊めることにした。

 ルルとロロを寝かしつけるため、四人で寝室へ向かう。ミアとルルとロロが並んでベッドに横になる。マーティンはベッドの横に立っていた。二人が目をつむったのを確認し、彼は一階へ戻ろうと……


「お父さんも一緒……」

「えっ!?」

「私の横に…… 寝る……」


 ルルがマーティンの袖を引っ張って一緒に寝ろと言う。マーティンがミアを見ると彼女は微笑みうなずく。


「良いのかな……」

「ふふふ」


 ゆっくりとマーティンはベッドでルルの隣で横になった。ミアとロロとルルとマーティンという順でベッドに並んで寝るのだった。

 近隣のトトルカの町で発生した、赤い霧の話は瞬く間にイバルツの町に広がった。そして一週間後……


「今日は五十四件だね」


 店に出てきた俺に大量の伝票を見ながら、スフレは少し申し訳なさそう出前の件数を告げる。


「あのな…… 五十四件って…… いくらなんでも俺一人で配達できる件数じゃねえぞ」

「大丈夫。ほとんどがイバルツの町だよ。町の外は三件くらいで近場だ。さすがに他の町への依頼は断ったよ」

「それにしたって…… 五十四件は無理だろ……」


 伝票をしまって、スフレは厨房へ引っ込んだ。すぐにスフレは料理を手に持って戻っ来る。


「しょうがないさ。町のみんなは赤い霧が怖いんだよ。はいこれ」


 スフレは手に持った料理を、カウンターの上に置くと忙しそうに厨房へと戻っていった。皿に乗ってる料理は、チーズや固く焼いたパンや干し肉など日持ちがするようなものばかりだ。


「はぁ…… 文句をいってもしょうがないな」

 

 マーティンはリュックに料理を詰め込んで”竜の髭”から配達に出るのだった。


「しっかし…… わずか一週間でこうも変わるのか……」


 いつも活気があって人通りが多い、イバルツの町はひっそりと静まり返っていた。

 トトルカの町での事件以降、赤い霧はイバルツ近辺の町や村で何度か発生していた。赤い霧で生き残ったの人々のほとんどが、霧が発生した冒険者ギルド以外の屋内に居た。突発的に発生する赤い霧を恐れた人々は、自主的に食事にでかけたり買い物をしたりするのを極端に減らしたいわゆる自粛生活である。その結果…… 出前の注文が激増したのだ。

 イバルツや周辺の町や村から注文が殺到して、料理店や配達員は寝る間も惜しんで注文をさばいているようだ。”竜の髭”も夜は来店する客が多かったが、今は出前ばかりでクグロフがずっと夜間の配達員になっている。

 昨日、アイラが”竜の髭”を訪れ、マーティンにこのまま出前の注文が増え続けると、配達員が不足して出前ができなくなるとこぼすほどだ。彼女は対策を考えているようだが、赤い霧をなんとかしないと無理だろう。


「嘆いても仕方ねえ。行くか」


 ただの配達員のマーティンにできることはなく、聖騎士団に解決を任せマーティンは出前を淡々とこなすしかない。彼はひっそりと静まり返った通りを歩き、依頼人の元へと向かうのであった。

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