第15話 古いバラの香り
「もう夕方か。早く帰りたいのに…… ロバーツの野郎…… さっさと片付けろよオークくらい……」
木でできた硬い粗悪な、ベッドに腰掛けマーティンは、濃い茶色の壁を見つめていた。
壁の高いところにある窓から、夕日がはいって床を照らしていた。ここはイバルツの北西にある聖騎士団の砦の地下牢だ。
「ふわぁぁ。まだ出られないんですかねぇ?」
ネルがマーティンに声をかけてくる。向かいの牢屋にはネルがいる。牢屋の入り口の壁は鉄格子となっていて、ネルは鉄格子によりかかりつまなそうにしていた。
「俺も早く出たいよ。でもロバーツが帰ったら尋問だろうしな」
「えぇ!? さっき白いローブの人達から尋問を受けましたよー……」
「あれは…… 尋問じゃない。多分…… 検査だ」
「そうなんですか!?」
白いローブを着た人間は、聖騎士団に所属する治癒師や魔術師や薬師だった。砦に連れて来られたマーティン達は彼らから体調についてしつこく尋問され、拡大鏡で二人の目を見たりと何やら調べられていた。
「なんだ!?」
扉が開く音がして誰かが地下牢へと入って来た。
「やっと釈放ですよ。マーティンさん!」
「釈放って…… 犯罪で捕まったわけじゃないだろ…… 鉄格子にも鍵もかかってないし」
嬉しそうにネルが嬉しそうに顔をあげた。白い鎧を来た騎士達が鉄格子の前へとやって来る。
「底辺の愚民どもはこんな汚い場所でも饒舌にしゃべるんだな……」
「へへへ。また会ったな」
高圧的で見下すような態度の白い鎧に身を包んだ、聖騎士が鉄格子の外でマーティンたちを見つめていた。彼の後ろには同じく白い鎧をきた聖騎騎士四人が立っている。
「ネル? 知り合いか? やに親し気だが……」
「えっ!? マーティンさん!?」
ネルが呆れた顔でマーティンを見た。彼女の反応からマーティンは騎士達が自分の知り合いと察するが思い出せない。聖騎士はメロリーとアレクに、ネルにいたずらしようとした三人組だ。
「おい! お前!? 私のことを忘れたのか?」
呆れた顔でメロリーが鉄格子を掴み、マーティンに向かって叫ぶ。
「忘れたって言われてもな。こっちは毎日出前で何人も人に会うんだ。いちいち人の顔なんか覚えねえよ。それに顔を覚えてほしかったらチップをはずんでくれよ。無理か…… お前ケチそうだもんな」
「なっ!?」
鉄格子を両手で強く握り、メロリーが悔しそうに眉間にシワを寄せる。彼の横に居た聖騎士がマーティンに向かって叫ぶ。
「おい! お前…… この人はメロリー様だ!」
「そうだ! ノーザンテール帝国のマルセナの町を治める偉大な方だぞ!」
「あぁ。思い出した。ネルを襲った聖騎士の親玉だったな確か…… 何が偉大だよ。ただのクズじゃねえか」
マーティン自分を睨みつける、メロリーに蔑んだ目を向ける。メロリーが横を向いてアレク達に叫ぶ。
「おい! こいつらに僕の偉大さをわからせてやれ!」
「「「「はい!」」」」
聖騎士三人とアレクが返事をし、ネルの牢屋の前に体を向けた。彼らは鉄格子の前に立つ、ネルをなめるように見つめてる。
「なっなんですか?」
「へへへ。この間の続きだよ」
ネルの牢屋の扉を開け、アレクと騎士と一人の二人が中へ入っていく。
「ふふふ。すぐに気持ちよくしてやるぞ」
「いや! こっ来ないで!」
「心配するな。あんな若造より私の方がうまいぞ」
不気味に笑ってアレクと騎士が両手を上げネルに近づく。ネルは悲鳴をあげながら逃げようとするが、残った二人が彼女が逃げだせないように、牢屋の入口を閉じて押さえている。
「嫌われてますねぇ」
「早くしてくださいね。つまってるんすよ」
ニヤニヤしながら男二人がアレクに声をかけている。
「チッ…… 本当にただのクズだな」
マーティンは静かに自分の牢の鉄格子に近づいた。
「おい! やめろ。やめないと…… お前ら全員殺すぞ!」
男達がこちらを見た。青い顔する騎士達とアレクだった。
「はははっ! 殺すだぞ? どうするつもりだ? お前の武器はこっちにあるんだぞ?」
一本の剣を持った左手をあげマーティンに見せるようにするメロリー。彼が持っているのはマーティンが使う聖剣ホワイトスノーだった。マーティンが牢屋に入る時に、ロバーツに預けたのを勝手に持ってきたようだ。
「はぁ…… 本当に馬鹿な奴らだ」
メロリーの言葉にアレクと聖騎士達は、ニヤニヤと笑いだした。ネルが怯えた顔でこっちを見た。
「大丈夫…… すぐに片付けてやるよ」
マーティンは足に意識を集中して大きく踏み込んだ。瞬時に目の前に鉄格子の扉が近づく。彼は左膝を曲げて足の裏を鉄格子に向けて一気に前に出して扉を蹴り上げた。
キーンといく金属が破裂するような甲高い音とグシャという何かがつぶれる音がした。マーティンの前にあった鉄格子の扉がひしゃげて前に飛んで行った。
「神速移動を生み出す脚力を思い知れ…・・」
扉がネルの牢屋に前に立つ男二人を押しつぶした。鉄格子と鉄格子にはされまれた男は、口から血を吹き出してがっくりと頭を下に向けて後ろに倒れた。
「うわあああ!!!!」
横に倒れた来た男二人にメロリーが叫び声をあげた。マーティンは左足を上げた姿勢のままネルの牢屋にいる二人を見つめていた。
「さて…… 次だ」
足を下したマーティンは、そのまま牢屋から飛び出してネルの牢屋の中へ移動した。アレクト騎士の二人の前でマーティンは、一瞬だけ走るのをやめて彼らに声をかける。
「よぉ!」
「「ひぃ!?」」
目の前に現れたマーティンに驚いた二人は声を上げた。
「ちょっと借りるぜ」
マーティンは両手を伸ばし、素早く二人の腰にさした剣を左右の手でそれぞれ引き抜いた。二人の間でマーティンは両手に持った剣を彼らの喉元に突きつけた。銀色に輝く冷たい刀身が、アレクと聖騎士の首にめり込んでいく。
「ひぃ!」
「まっ待て!? 待ってくれ?」
「いや…… 待たない」
表情を変えずにマーティンは、すっと喉元に突きつけた剣を引いた。アレクと聖騎士は自分たちの剣で喉元を掻っ切られ首から血が吹き出す。
壁や床に血が降りかかり、マーティンの頬を生暖かい血が下へてつたって落ちていく。マーティンはメロリーに顔を向け笑い。剣を床に捨てて走り出して彼の前へと移動する。
「ひぃ!」
目の前に現れたマーティンにメロリーが悲鳴をあげる。同時に彼がさっき床に落とした剣の落ちる音が、牢屋に響きアレクと聖騎士の二人が地面に倒れた。
「さぁて…… 残りはお前だけだ? どうする?」
「ちっ近寄るな」
にっこりと微笑み近づこうとする、マーティンにアレックスは慌てて、スノーホワイトを抜き剣先を向けた……
「あーあ。馬鹿なことをしたな。どうなっても知らんぞ」
首を横に振り、マーティンはメロリーを心配し声をかける。
「ふん! この剣がお前が強い理由だろ! これが無ければ貴様は私に勝てないんだ!」
マーティンが強がっているのと思ったのか、剣先をメロリーは勝ち誇った顔をしていた。
「好きにしろ…… 無知なのは良いが学ばないと馬鹿にされるだけだぞ」
「黙れ! 死ぬのだ!」
叫びながらアレックスは、白い冷気をまとうスノーホワイトを、マーティンの目の前に突き出した。マーティンはピクリとも動かず、冷静な顔で迫ってくる自分の得物を見つめている。
「あっ…… あっ……」
マーティンのすぐ目の前で聖剣スノーホワイトが止まった。は顔だけ残して全身が凍りついていた。
「こうなるから武器を預ける時に、誰にも触らせるなって言ったのに……」
失望したような声をあげ、マーティンは刀身をつまんでアラックスの手からスノーホワイトを抜いた。
「さて…… 鞘は…… あった!」
周囲に視線を向けさやを探すマーティン、メロリーの足もちに捨てられていた、彼は鞘を拾おうと手をのばす。
「たっ助けてくれ……」
必死にメロリーが助けを求めてきた。体を起こして拾った鞘に剣をおさめながらマーティンは返事をする。
「無理だ。水の女神アクアの怒りを閉じ込めた聖剣だぞ。人間がどうにかできるわけないだろ。女神の怒りがおさまるまで我慢しろよ。まぁ…… お前じゃ女神の怒りがおさまるまで耐えられないと思うけどな」
マーティンの言葉にアレックスの顔が絶望に覆われる。
「(なーんてな。認められた使用者である俺なら、聖剣スノーホワイトの冷気を自在に操れるからアレックスをすぐに元に戻せる。こいつらになんかしてやる義理はないのでほっておくけど……)」
微笑んで右手をあげメロリーに背を向け、彼は牢屋の中で呆然としているネルに声をかける。
「ネル! 大丈夫か?」
「はっはい……」
返事をしたネルは少し怯えているようだった。マーティンは自分が居た牢屋を指さした。
「そこ汚れちまったな。向こうで一緒にロバーツを待ってろよ」
「えっ!? ここを出ていかないんですか?」
「このまま帰ったら面倒だからな。あからさまに犯人俺だし…… 言い訳をしてロバーツがどうするか見届ける」
マーティンは返答次第で、ロバーツもメロリーと同じようにするつもりだ。彼はネルを自分の牢に招き入れてロバーツを待つのだった。
メロリーは初めの内はガタガタと震えながら、助けろとマーティンに叫んでいたが、しばらしくて死んでしまったのか、目を閉じて黙った。疲れたのかネルはマーティンのベッドに横になり寝てしまった。
マーティンはベッドの向かいの壁を背もたれにして座っていた。
「なっ何があったんですか?」
「やっと戻ってきたか…… 遅せえよ」
ロバーツが戻ってきて牢屋の光景を見て驚く。マーティン静かに立ち上がって牢屋の前に居るロバーツに声をかける。
「勝手に牢屋に入ってきて俺達に復讐しようとして返り討ちってわけだ」
「そうですか……」
マーティンの説明に、すぐに納得したロバーツは首を数回横に振る。
「お二人の話しを伺いたいのでこちらへ。ここは後で部下に片付けさせます」
「わかった」
うなずいて返事をしたマーティンは、ベッドに寝てるネルの元へ向かう。
「起きろ。行くぞ」
「うにゃ…… ひゃーい」
ネルの肩に手をかけた、マーティンは彼女を軽く揺すって起こす。眠そうにネルが返事をし起き上がる。
「うーん!」
起き上がったネルは目をこすって背伸びをした。マーティンとネルが牢屋を出てロバーツの元へ……
「おぉ! ロバーツ殿……」
まだメロリーは生きていたようで、ロバーツを見て嬉しそうに声をあげた。マーティンは彼のしぶとさにあきれて目を大きく見開いていた。ロバーツの横にマーティンが立っているのを見た、メロリーの表情が怒りに変わった。
「何をしているのだ!? ロバーツ殿! こいつは聖騎士団に逆らった不届き者だ。逮捕して殺せ!」
ロバーツを怒鳴りつけるメロリー。今度はマーティンの顔が怒りに変わり。とどめをさそうと彼は右手を聖剣スノーホワイトへと伸ばした。
「なに……」
左手を前に出してロバーツをマーティンを止めた。
「マーティンさん。アレックス殿を解放してください。私には聖騎士をしてやるべきことがあります」
真剣な表情で低い小さな声で悲痛な感じで、ロバーツはマーティンにアレックスを解放するように懇願する。
「ロバーツ…… 分かった」
マーティンは小さくうなずき了承すると、彼は左手で聖剣スノーホワイトがおさまる鞘を持ち、右手をメロリーに向けて意識を集中する。マーティンの表情がこわばる、彼の右手から凍えるような冷気が入って左手に抜けていった。少しして氷漬けのメロリーは解放された。
「おぉ! さぁ早く! あの無礼者を……」
勝ち誇った顔でメロリーはマーティンを指して叫ぶ。ロバーツが右手にさした剣にてをかけた。
そして…… ロバーツは剣をぬくと腕をのばし、剣先をアレックスの顔の前につきだした。
「いえ! あなたはもう犯罪者です。このまま牢に拘束します」
「なっなにを!?」
「おおい! 誰か! 来い!」
メロリーが背を向け逃げ出した。
「ギャッ!」
だが、ロバーツは逃走を想定していたのか、冷静に素早く反応し距離をつめ、メロリーの足を剣で払って倒した。倒れたメロリーの背中を踏みつけ、ロバーツは後頭部に剣をつきつけた。
「動くな! あなたには審問会で裁きを受けてもらう。それまでは牢にいてもらう」
ロバーツが叫ぶとメロリーはぐったりと頭を下げた。メロリーを引きずってロバーツは、空いていた牢に閉じ込めた。
「お待たせしました」
マーティン達はロバーツと一緒に牢から出ていくのであった。
牢がある地下から出て、マーティン達は石造りの薄暗い砦の廊下をロバーツの先導で進む。ロバーツの少し後ろをマーティンとネルの二人は並んで歩く。
「なぁ。あんなやつを生かしておく必要があるのか?」
ロバーツの背中にマーティンが言葉をぶつける。彼の横にいるネルが大きく頷いた。ロバーツはこちらに振り返り。二人に頭を下げた。
「お二人の気持ちは当然です。でも…… 私は聖騎士です。教会の法に従い彼を裁かないといけないんです。それに…… 彼は人格に問題があっても貴族で領主です。領民が不幸になるのを避けなければなりません」
「ははっ。まったく聖騎士ってのはクソ真面目だな。いや……」
「なにか?」
「何でもねえよ」
左手を前後に動かし、マーティンはロバーツに前を向くように合図をする。聖騎士がクソ真面目というよりはロバーツの性格だろう。前を向いたロバーツにマーティンはまた言葉をぶつける。
「後、仏の顔も三度までってな…… 俺は仏じゃなねえからな。見逃してやるのは今回までだ。三度目はない」
「えぇ。心得てます…… ええと…… 仏って……」
三度目はないというマーティンの言葉に、少し緊張して顔つきで、ロバーツは小さくうなずいた。ロバーツはマーティンとネルの二人を再び先導し砦を進むのだった。
廊下の先にある部屋に通される二人、そこは会議室で長方形のテーブルに、向かい合わせ椅子が置かれていた。マーティンとネルを、椅子に並んで座らせロバーツは二人の向かいに座る。
「あの赤い霧とオークはなんだ?」
「すいません。わかっていることは少ないです。赤い霧を吸い込んだ人間が赤いオークになることと、赤い霧はここから北の港町ノスローで最初に確認されたということです」
「吸い込むと人間をオークにする霧だと…… ちょっと待て?」
ハッとした表情になり青ざめていくマーティン、トトルカの町で赤い霧が発生した時に彼らは思いっきり吸い込んでいた。ネルは気づいてないのか彼の反応に首をかしげている。
「俺達は大丈夫なのか?」
「ここで検査をしましたが正常なので大丈夫ですよ。赤い霧を吸い込んだ全員が赤いオークになるわけではなく。オークに変貌するのが二割程度です。ただ…… 吸い込むと体調を異変に異変を起こして咳が出たり熱が出て寝込む人間もいます」
ロバーツの言葉に安堵の表情を浮かべるマーティンだった。マーティンは砦に来た時のことを思い出し合点がいった、白いローブの男達がしたのは彼の予想通り検査だったのだ。それもマーティンとネルが赤いオークへと変化しないかのだ……
「霧を吸い込んだ人間の二割が、オークになって他にも症状があるか…… やっかいな霧だな」
「はい」
マーティンとロバーツの会話が少し途切れた。そこへネルがロバーツに向かって口を開く。
「あっあの! トトルカの町は……」
「赤いオークの掃討は終わりました。町を封鎖して聖騎士の武装魔導隊が赤い霧の除去をしています。すぐに復旧するでしょう」
ロバーツが答えるとネルはホッとして胸をなでおろす。
「では、トトルカの町で何があったか話してもらっていいですか?」
「わかった」
マーティンとネルは顔を見合せてうなずくと、トトルカの町で自分たちに起きたことを話しだした。ロバーツは真剣な表情で、二人の話を聞き時折なにかをメモしていた。
「冒険者ギルドの扉を開けたら…… 子供がでて来てその後に霧ですか…… 他に何かが気になったことはありますか?」
問いかけにマーティンは少し考えてから答える。
「そうだ! 赤い霧から”レシティアの涙”の香りがしたぞ」
「”レシティアの涙”?」
「あぁ。知らないよな。レシンテシア連邦テナジア村に咲くバラで作る香水だ」
「レシンテシア連邦の香水……」
ロバーツは右手をあごの上に置いて何かを考えていた。少ししてハッという顔をし、ロバーツがマーティンに顔を向けた。
「申し訳ありません。つい考え事をしてました。もう話しを聞いたので帰っていただいていいですよ。砦の門の脇にステア像がありますので利用してください」
「わかった。ありがとう。ネル! 行こうか」
「はい」
ネルはマーティンに促され席を立った。二人はロバーツに挨拶をし、イバルツの町へと戻るのであった。