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英雄は料理を運ぶ  作者: ネコ軍団
第3章 赤い霧事件の始まり
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第14話 赤い霧から逃げろ

 振り下ろされたオークの筋肉で、盛り上がった赤い腕が、マーティンの横を通り過ぎていく。彼はスノーホワイトを鞘から抜くと同時に、オークの腕を斬りつけた。赤いオークの腕は瞬時に凍りついて真っ白になる。マーティンはそのままオークの背後へと駆け抜け振り返った。

 あっという間に聖剣スノーホワイトの冷気は全身へと広がり、赤いオークは腕、足、体とほぼ全身が白く凍りついていた。赤いオークは顔を残して凍りつき、視線だけマーティンへと動かして睨みつけている。


「ふぅ……」


 小さく息を吐き、マーティンは剣をおさめてネルの元へと戻る。


「ガウァァァァーー!」


 体が凍りつき顔だけが残った赤いオークが、マーティンに向かって威嚇するように吠え続けていた。怪訝な顔で赤いオークを見ていたマーティン、すぐに顔も白く凍りつき、赤いオークは完全に動かなくなった。


「しっかし…… なんだんだよ…… これ……」


 マーティンは凍りついた赤いオークをまじまじと見つめる。彼は過去や配達員時代に何度も魔物と対峙しそれなりに詳しいが、人間がオークになるなんて聞いたことなかった。


「「「「ガウァァァァーー!」」」」


 冒険者ギルドや町のあちこちから赤いオークの声が響く。


「チッ!」


 舌打ちをしたマーティンが周囲に視線を向ける、赤い霧がいつの間にか町に立ち込めて視界が悪くなっていた。赤いオークの正体は後で推測するとして、霧が立ち込めるここから逃げた方が良いだろう。マーティンは急いでネルの元へ……


「うん!? どうした?」


 心配そうにネルに声をかけるマーティンだった。血の気が引いた青い顔でネルは、座ったまま口元を手で押さえオークを見つめていた。


「ここにいるの…… 私の村を襲った…… 赤いオーク……」


 体を震わせてネルが赤いオークを指差す。マーティンは彼女が森で会った時に自分の村が赤いオークに襲われたと言っていたことを思い出した。だが、今は彼女の悲しみに付き合っている場合ではない、泣きそうなネルの肩に手を置きマーティンは声をかけた。


「ここから逃げるぞ。動けるか?」

「はっはい……」

「よし。いい子だ」


 マーティンはネルの頭を撫でた、撫でられた彼女が体の震えがおさまる。直後にマーティンはネルの手を取って立ち上がらせた。視線を冒険者ギルドに向けたマーティン、冒険者ギルドの扉からはまだわずかに赤い霧が流れでている。逃げるにはステア像が早いが、冒険者ギルドの中は赤い霧が充満してて危険だった。


「ステア像は諦めて町から出るぞ」


 ネルに声をかけてマーティンは彼女に背を向けて、一番近くの町の出口へ向かおうと足を踏み出した。


「てっ手を繋いでください……」

「えっ!?」


 マーティンに向かって、ネルは右手を必死に伸ばしてさけぶ。


「何いってんだ? 手なんか繋いでる場合じゃ……」


 不安そうな顔でマーティンをネルがジッと見つめている。その姿は彼の娘ルルが夜中に寝れない時と似ていた。マーティンは小さく息を吐いて笑顔をネルに向ける。


「はぁ…… ほらよ」


 マーティンは右手をネルに向かって差し出した。ネルは嬉しそうに彼の手を握る。二人で手をつなぎ赤い霧が充満する町の中を進むのだった。


「まだ昼過ぎのはずなのに、夕焼けに照らされたように町が真っ赤に染まってる…… うん!?」


 霧がわずかに薄い場所へと出た。ここは大交差点で、マーティンとネルは大交差点を進む。並んで進む二人に大交差点の地面の上に黒い影がポツポツと見えた。


「ヒッ!」

「あぁ……」


 ネルが悲鳴をあげた。マーティンは真顔で交差点を見つめている。大交差点の地面に何人もの町の人が倒れていた。人々は苦しそうな表情をして口から赤い血が垂れて、ネルが悲鳴をあげたくなるのも分かる光景だった。倒れている人たちは、かすかに震えて動いており、死んでいるわけではないようだ。


「たっ助けてくれ!」

「いや! 離して! 離してよ!!!」


 人の叫び声が聞こえた。剣に手をかけるとマーティンはネルを連れて、慎重に少しずつ前に出た。霧が薄くなった大交差点は視界がわるいが十メートルほど先までわずかに見える。


「あれは…… オーク!? 叫んだのはあの人達か……」


 霧の先にオークの影を見たマーティンは、目の前にオークの左腕を横に伸ばしてネルを止めた。十メートルくらい先にオーク達と人間の男女が見えた。

 男女は大交差点のほぼ中央に、手を縄で縛られて座らされていた。オーク達は全部で五匹、男女を見張るオークが三匹にとその周囲には二匹のオークが歩いている。


「あいつら…… 赤い霧を袋に……」


 周囲を歩くニ匹のオークが両手に袋を持って、立ち込める赤い霧を袋の中につめていた。


「ガウア!」


 見張りの一匹の赤いオークが叫んだ。男女二人の前に二匹の赤いオークが、霧が入った袋を持ってきた。


「やめろーーー! グボァ……」

「たっ助けてーーーー! モガガ……」


 二匹のオークは男女それぞれの頭をつかんで袋を上からかぶせた。苦しそうに暴れた男女だったがすぐにおとなしくなった。男女がおとなしくなると赤いオークは袋をすぐに外した。

 袋を外された男女二人は倒れている人達と、同じように口から血を流して倒れ込んだ。オーク達は倒れた男女から縄を外している。


「いったい何が起きてるんだ……」


 袋を被せられ倒れた男女は口から血のような霧を空に向かって吐き出している。


「マーティンさん…… 私…… もう怖くて……」


 ネルがマーティンの袖を強く引っ張った。振り返ったネルは泣きそうな顔で震えていた。


「わかった。逃げるぞ」

「はっはい!」


 小声で返事をしたネル、振り返りマーティン達はこの場から立ち去ろうと……


「あっ!?」


 ネルが地面に転がっていた石を蹴ってしまった。転がる石の音が赤い霧に覆われた大交差点に響く。


「そんな顔するな。怒らないから……」


 振り返ったネルが目に涙を溜め唇を震わせ、顔をクシャクシャにしてマーティンを見る。


「うがががーーー!」


 マーティンたちを見つけた、赤いオークが叫び声をあげた。オークの叫び声に反応して倒れていた。周囲の倒れた町の人々が静かに立ち上がる。

 立ち上がったのは全員ではなく、百人以上の人が倒れているが立ち上がったのは、二十人くらいで他は倒れたままで動かない。


「えっ!? あっ赤いオーク……」


 立ち上がった町の人達は、全員赤いオークへと変貌をとげていた。マーティンとネルは二十匹ほどの赤いオークたちに囲まれる。


「「「「うがががががーーー!」」」」


 興奮し赤いオーク達が叫び声をあげ一斉にマーティン達に向かっ来る。


「チッ!」


 素早くマーティンは手を伸ばし、ネルの腕をつかみ強引に引き寄せた。彼はネルの膝と肩に手を回し抱っこする。突然のことに驚き頬を赤くしたネルが口を開く。


「えっ!? マーティンさん!? 何を……」

「しゃべるな! 舌を噛むぞ! しっかりつかまってろ」


 ネルは俺の肩を両手でつかみしがみついた。小さくうなずいたマーティンは、ネルを抱っこしたまま、意識を集中し足に力を込めて走り出しだす。

 神速移動(アクセラレータ)により加速したマーティンは、一瞬で赤いオークの目の前へと迫る。赤いオークのすぐ手前で、左足に力を込めたマーティン。彼の体は右に移動し赤いオークの横を通り過ぎる。赤いオークはマーティンのスピードについてこれずに何の反応もしめさず。視線はまだ二人がいた場所を見つめていた。


「右! 左! 右……」


 マーティンはネルを抱っこしたまま、赤いオーク達の間を縫うようにして逃げていく。


「よし! もっと先へ!」


 赤いオーク達の囲みを突破し、そのまま一気に町の出口までマーティンは駆けていった。トトルカの門をくぐって町の外へと出てマーティンは止まった。


「ふぅ……」


 日差しがマーティンを照らす。町の外には赤い霧は漏れてきてなおらず、町の外にはおだやかな平原が広がって静かだった。ネルは彼にしがみついたまま目を閉じて固まっていた。


「もう大丈夫だ」

「はっ!? はい!」


 目を開けてネルが返事をした。マーティンは静かにネルを地面に下ろす。地面に立ったネルは顔を動かして周囲を見つめている。


「一瞬で町の外に…… マーティンさん…… やっぱりすごいです!」

「俺は必死に赤いオークから逃げただけだ。なんだ!? そんな顔で見ても何も出ねえぞ」

「えっ!? ちっ違います!」


 恥ずかしそうに不満そうに口をとがらせるネル、彼女は目を輝かせてマーティンを見つめていた。目を輝かせるその姿は、マーティンの息子ロロがねだる時に似ており、彼はネルに何もやらないと叫ぶのだった。


「うがががーーー!」

「チッ…… しつけえ奴らだな」


 声が聞こえマーティンが振り返りうんざいと言った様子でつぶやく。振り返った彼の目に数十匹のオークの影が街道に映っているのが見える。


「ネル。あの岩の陰に隠れてろ。俺が行くまで動くんじゃないぞ」


 マーティンはネルに近くにあった岩に隠れるように指示をし、腰にさしていたスノーホワイトを抜く。マーティンは赤いオークの追手を減らして逃げやすくするつもりだ。


「あっあの! あの人達は元人間なんですよね? 殺しても…」


 ネルが赤いオークを指して悲しそうな顔をする。


「そうだな。でも話し合いはできそうにないぞ。どうする? 俺はここを突破して逃げるが。ネルはここでやつらと一緒にオークになりたいのか?」


 ネルは首を大きく横に数回振った。


「だよな。俺だってごめんだ……」


 スノーホワイトを持つマーティンの手に自然と力が入る。彼の帰りを二人のかわいい子供が待っているのだ。子供のためなら元人間であろうが赤いオークを殺すことに迷いはない。

 マーティンが剣を構えるとネルは走って、彼が指定した平原に転がる岩へ向かい身を隠した。


「いい子だ。じゃあ行ってくる」


 隠れたネルを見たマーティンは笑って、意識を集中に足を踏み込んで駆け出した。門をくぐり再び町へ入ったマーティンに、すぐに赤いオークが目の前へと迫ってきた。

 マーティンは先頭を走る赤いオークと、すれ違いヤツの背中に回り込んだ。


「ほらよ!」


 地面にスノーホワイトの、剣先をはわすようにして、マーティンは振りぬいた。赤いオークの両足の太ももを、ホワイトスノーが斬りつけていく。


「があぁ!?」


 いきなり斬られたことに驚き、背中を反った体勢になった、赤いオークの肩をマーティンは左手で掴んで一気に引きずり倒す。なにが起こったかわからない表情で、赤いオークは頭の上に立つ彼を見つめていた。


「じゃあな」


 倒れたオークの喉元に剣先を向けマーティンは一気に右腕を突き出した。右手に柔らかい感触がつたわり、スノーホワイトは簡単に赤いオークの首を貫いた。

 赤いオークの周囲の地面が白く凍りつき、同時に首から垂れた血が静かに広がっていく。


「まず一匹…… 次だ」


 マーティンは再び剣を構えて腰を落としてまた走り出した。走ってくる赤いオーク達の間を駆け抜けながら、マーティンは次々に赤いオークの足を斬りつけていく。


「もう良いかな……」


 数分後…… 門の前には、二十匹以上のオークが転がっていた。赤いオーク達は足を押さえて苦痛に顔を歪めていた。


「さて…… 仕上げだ」


 マーティンは走り出し、赤いオークを避けながら門へ向かう。石造りの大きな門をくぐりながら門の壁をスノーホワイトで軽く切りつけた。


「これで少しは時間が稼げるはずだ」


 城門から出たマーティンは振り返り満足そうにうなずく。トトルカの城門は氷に覆われて通れなくなっていた。


「マーティンさん! 助けてください!」

「ネル!? どうした?」


 ネルの叫び声がした。マーティンは急いで岩に向かう。白いローブを着た二人の人間がネルを捕まえているのが見える。


「なんだ!? あいつらは…… クソが!」


 マーティンは速度をあげ一瞬でネルの元へと駆けつけた。一気に距離をつめながらマーティンは、右腕を引いて、ネルを捕まえた黒いローブの人間の喉元に剣先を向ける。


「待ってください。マーティンさん!」


 必死にロバーツが叫んでマーティンを止めた。マーティンは越えに反応し、右腕を前に少し突き出したところで止めた。


「うわあああああ!? 」

「なっなんだ!? ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!」


 白いローブの人間たちが悲鳴をあげる。気づかないうちにマーティンが現れ、一人に喉に剣を突きつけていたのだ。彼らはネルから手を離したままゆっくりと後ずさりをする。解放されたネルがマーティンの背中に素早く隠れた。


「さて……」


 腕を引いたマーティンは剣を鞘におさめた。背中に隠れ怯えているネルの頭を優しく撫で前を向く。白いローブの男達の後ろに、五十人ほどの聖騎士達を引き連れたロバーツが立っているのが見えた。ロバーツが二人の前へと両手を広げて歩いてくる。


「どうしてここに?」

「トトルカのステア像が停止したと連絡があったので動ける人間を集めて来ました」

「そうか」


 真顔でロバーツを見つめるマーティン。彼はいくら聖騎士団でも、短時間でこの人数をすぐ動かせたのに、少し疑問に思っていた。五十人の聖騎士はイバルツに常駐する人数の三分の一にあたる人数だ、あらかじめにこういうことが、起こることを想定していなければ出せない人数なのだ。


「あの赤い霧とオークはなんだ?」

「えっ…… 申し訳ありません。説明は後でさせてもらいます。今はトトルカの町を救わないといけません」


 ロバーツはトトルカの町に視線を向けて答えた。町は城門の上まで赤いきりに覆われていた。彼の言う通り急いで対応にあたらないといけないのは明白だ。マーティンはすぐに引き下がる。


「じゃあこんど話しを聞かせてもらうな。ネル! 行こう」


 ロバーツに向かって右手をあげ挨拶をし、マーティンははネルに向かって街道を指差し、ここから離れるように促した。二人でこの場から去ろうと……


「なんだ!?」


 二人が歩き出そうとすると、ロバーツが急に右手を挙げて合図をした。合図と同時に聖騎士達が一斉にマーティンとネルと取り囲んだ。


「ロバーツ…… どういうつもりだ?」

「申し訳ありませんがあなた達はまだ帰せません。私達の砦へ来てもらいます」

「嫌だね。俺は帰る」


 小さく首を横に振ったマーティンは、スノーホワイトに右手をかけた。


「えっ!?」


 ロバーツは二人に向かって頭を下げた。


「お願いします。砦へ行ってください。二人の安全のためなんです。マーティンさんのお子さんは妹に面倒見るように頼みますから……」


 ロバーツは真剣な顔で必死にマーティンとネルに訴えかける。まっすぐな瞳に必死な表情、マーティンに助けを求めた時のミアにそっくりだった。

 

「(はぁ…… なんか心がモヤモヤする。兄妹そろって嫌な奴らだ……)」


 静かにマーティンは、スノーホワイトにかけた右手を下ろし、ネルに声をかける。


「ネル…… ロバーツの言うとおりにしよう」

「はい」


 マーティンの横に立つネルは了承し小さく頷いた。


「ありがとうございます」

「礼はいらねえよ。お前の妹には世話になってるからな……」


 マーティンとネルはロバーツの部下に連れられて、聖騎士団の砦へと向かうのであった。

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