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英雄は料理を運ぶ  作者: ネコ軍団
第3章 赤い霧事件の始まり
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第13話 悲劇の始まり

「ほらほらこっちだ」


 一面の緑に囲まれた、プルツニカ平原を突っ切る街道をマーティンは走っていた。すぐ後ろにニメトートはあろうかという、三頭の大きな灰色の狼が彼を追いかけてきている。


「ガルルルーーーー!」


 狼は鳴き声をあげながらマーティンを必死に追いかける。上顎から長い牙が生えた灰色のこの狼達はキラーウルフ、平原に生息する肉食の魔物で旅人は何人も彼らの牙の犠牲になってきた。

 マーティンが走ってるのはトトルカの町へと続く、プルツニカ平原街道といって、馬車と馬車がすれ違えるくらい幅が広く、整備された綺麗な石を敷き詰めた道が続いていた。


「うん!? 何かが動いたな」


 街道を駆けながらマーティンは視線を横に向けた。とこどころ岩が転がる緑の平原が、ものすごい勢いで視界の背後に流れていく。

 街道から十数メートル離れた場所の平原の草が激しく動いている。揺れた草からわずかにキラーウルフの灰色の毛が見える。草に身を潜めキラーウルフ二頭がマーティンと並走していたのだ。


「俺の前に回り込んで挟み撃ちにするつもりか。あいつら振り切るのは簡単だ。でも…… これは試験だからな!」


 マーティンは走る速度を少し落とした。平原を並走していた二頭キラーウルフが、マーティンを追い越して旋回し彼の前へと回り込む。勢いよくマーティンの十メートルほど前に、街道にキラーウルフが飛び出して来た。彼らは前足を曲げ、体勢を低くして地面に顔を近づけて、いつでも飛びかかれる体勢を取った。


「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」

 

 大きな口をあけヨダレを糸のように、垂らしながらキラーウルフが吠えた。二頭のキラーウルフの前でマーティンは立ち止った。背後から足音が近づく、マーティンの背後から三頭のキラーウルフが迫って来ていた。


「「ガウァァァァーー!」」


 前足を上げて爪を出した、二頭のキラーウルフがマーティンに飛びかかる。血走った目でキラーウルフはマーティンに向かって爪を振り下ろした。


「残念だ。お前達じゃ神速移動(アクセラレータ)の加速にはついてこれねえよ……」


 ズボンのポケットに手をいれ、マーティンは足に力を込めて意識を集中する。


「まだ…… もう少し……」


 背後に迫る足音に耳をすませ、マーティンの視線は振り下ろされる、二頭の爪をジッと見つめていた。


「今だ!」


 タイミングをはかったマーティンは、一気に前に足を踏み出す。マーティンの体は前に進み、彼の左右を研ぎ澄まされた、鋭い爪が生えた前足が通過していく。

 瞬時に二頭のキラーウルフの間をすり抜けたマーティンは、二頭のキラーウルフの背後へと出た。


「「「「「キュイン!」」」」」」


 悲鳴のような声と大きな音が俺の耳に聞こえる。マーティンが振り向くとキラーウルフ達が、折り重なるようにして街道の真ん中に倒れていた。うまく狙ってマーティンは、追ってきた三頭のキラーウルフと、飛びかかった二頭キラーウルフが激突させたのだ。


「これでおとなしく帰りな」

 

 マーティンはポケット中に忍ばせていた、臭い玉をキラーウルフに投げつけた。平原に悪臭が立ち込めていく。


「「「「「ガウァァァァーー!」」」」」」


 けたまましい鳴き声をあげ、キラーウルフ達は鳴きながら逃げていった。


「ふぅ…… これでなんとかなったな…… しかし…… 本当にこのバックパックは軽くてほとんど重さを感じないな」


 キラーウルフと遭遇してからマーティンは、十分ほど走って逃げてきたが、軽くて何も持ってないみたいだった。軽さは問題ないが、激しく動いた中身が問題なければと彼は思うのだった。

 マーティンはトトルカの町に向け、再び歩き出すのであった。しばらく街道を歩くと、平原のむこうに雄大なトトカノ火山と麓に広がる森が見えてきた。


「着いたか……」


 街道の先に石造りの壁と、建物が並ぶ小さな町が見えてきた。あの町がアイラから、指定された配達先のトトルカの町だ。

 マーティンは門をくぐり、トトルカの町の中へと入った。マーティンが歩いてきた街道は、トトルカの町の中へとそのまま続いていた。町にはいると街道にはにぎやかになり、修道服を着た若者や、杖を持った魔法使いなどが行き交っていた。

 イバルツの西にあるトトカノ火山には、火の精霊サラマンダーが住むと言われ、昔から修道士の修行場や魔法使いの儀式の場として利用されてきた。トトルカの町はトトカノ火山に向かう、魔法使いや修道士達の宿場として栄えてきたのだ。


「えっと…… この町の出前協会は…… 確か…… 大交差点にあったよな」


 マーティンはいままで来た街道をそのまま真っ直ぐ進む。街道をしばらく行くと巨大な交差点に出た。たくさんの人や馬車が交差点を行き交い、周辺には宿屋や商店が軒を連ねている。

 ここはトトルカ町の中心で、大交差点と呼ばれる場所だ。交差しているのは平原を東西へ伸びるプルツニカ街道と、南北に伸びるノースロー街道だ。


「出前協会はノースロー街道沿いにだったよな」


 マーティンは交差点で立ち止まり記憶を頼りに周囲を見る。


「あった!」


 交差点の南側にリュックの看板をかかげた出前協会が見えた。トトルカの町の出前協会の建物は、イバルツと違って小さく細長い二階建ての建物だった。

 マーティンは木製の扉を開けて出前協会の中へ向かう。トトルカの出前協会は、入ると目の前にカウンターがある。カウンターには三人の職員が居て、入って来たマーティンをジッと見つめていた。


「マーティンさんですね? お持ちしてました。こちらへどうぞ」

「あぁ。悪いな」


 三人の職員の真ん中に立っていた男性が、マーティンを見て自分の前に来るようにうながす。マーティンはカウンター越しに男性の前に立った。


「バックパックをカウンターに置いて中身を見せてください」


 マーティンは男性の指示に従い、バックパックをカウンターの上に置き、中から料理を取り出していく。バックパックの中から出てきた、積み重なった肉の皿とクロシェが被されたスープとサラダを男性は真剣に見つめている。視認が終わると男性が、手を伸ばして積み重なった皿を触り状態を確かめる。


「配達による影響は問題ないみたいだ…… あっ! マーティンさん! 料理の状態を確認したいんで皿の固定を解除してください。」

「わかった」


 マーティンは言われた通りに、積み重なった皿に出前協会カードをかざしロックを解除する。カチッと音がして皿からリングとクロシェが外れた。マーティンはクロシェを外し、一枚、一枚、積み重なった皿を外してカウンターに置いていく。

 焼かれた肉が置かれた皿に男性は手をかざし、サラダボウルとスープ皿に手で触り、状態を確かめていた。顔をあげ男性がこちらをみた。


「ここまで来るまでに変わったことはありましたか?」

「平原でキラーウルフに追われたくらいかな」


 納得したように男性が小さく小刻みにうなずく。


「うん。肉とスープは温く…… サラダは冷たい。料理の盛り付けも崩れてないし…… 試験の結果は良いな」


 カウンターの向こうで下を向いて男性の手が動いてる。男性はアイラに報告するため、試験の結果を記載している。少しして手を止め男性が顔をあげた。


「では、これで試験は終了です。お疲れ様でした。バックパックと料理はこちらで預かります」


 男性はバックパックを両手で掲げる。ふとマーティンは運んだ、料理がどうなるのか気になり彼に尋ねる。


「この料理はどうするんだ?」

「僕たちの昼ごはんです!」


 にっこりと笑って男は嬉しそうに答えた。


「そうか。料理を無駄しないのは良いことだ」


 マーティンの言葉に男性はうなずく。試験に使ったとはいえ、料理を残すと料理人が悲しむことを、マーティンは知っている。彼はスフレが客の残した料理を、寂しそうに見つめる姿を何度か店で見ていた。


「試験の結果は後日アイラから伝えます。お疲れさまでした」

「あぁ。お疲れ!」


 マーティンは右手をあげて挨拶をし、トトルカの町の出前協会を出だ。


「さて…… イバルツへ戻るか。そろそろロロ達の学校も終わる頃だしな……」


 両手をあげ背伸びをするマーティン。試験以外に仕事の予定のない彼は、スフレに許可を得て久しぶりに学校に、ロロ達を迎えに行こうかと考えていた。

 マーティンは早く帰ろうと、ステア像が置かれているトトルカの冒険者ギルドへ向かう。トトルカの冒険者ギルドはプルツニカ街道にある。

 出前協会に来た時よりもスムーズに冒険者ギルドへ向かうマーティン。実は彼はトトカノの町では、出前協会よりも冒険者ギルドの方が行き慣れていた。なぜなら、ステア像があるこの町の出前は、イバルツからでも出来るのだ。”竜の髭”でもトトルカの町の冒険者からの依頼もよく引き受け、冒険者ギルドにも頻繁に出前に来ていた。


「さぁ着いたぞ」


 大交差点を曲がり、プルツニカ街道を歩くと、すぐに冒険者ギルドの建物が見えて来る。出前協会とは対照的に冒険者ギルドは、レンガ造りの二階建ての大きな建物だ。

 マーティンは大きな木製の扉に手をかける。


「あっ! マーティンさん!」


 背後から声がして振り返ると、マーティンの背後にエルフの女性が立っていた。首をかしげてニコニコと笑って女性は彼を見つめていた。見覚えのない女性にマーティンは声をかける。


「えっと…… 誰?」

「もう! 忘れたんですか? この間マーティンさんに助けてもらったネルですよ!」

「ネル…… あぁ! 聖騎士に襲われていた配達員の!」

「本当に忘れてたんだ……」


 ハッと目を見開いたマーティンに、ネルは心底がっかりとした様子で彼を見た。マーティンは彼女の視線に耐え切れずに顔をそらす。不満そうに口をとがらせてネルは彼に尋ねる。


「マーティンさんも配達ですか?」

「あぁ。今からイバルツへ帰るとこだ。そっちもか?」

「はい! 私も近くの遺跡まで配達に行って来ていまからイバルツ戻るところです」


 ネルは笑顔で嬉しそうにうなずく。彼女の顔は自身に満ち溢れていて、なんとなくだが数日前に会った時よりも頼もしく見えた。


「あっあの!? マーティンさんもイバルツに戻るんですよね? 一緒に戻っても良いですか?」

「えっ!? それは別に構わないが……」

「やった! じゃあ戻りましょう」

「おっおい!?」


 ネルは右手でマーティンの手をつかみ、左手で冒険者ギルドの扉を開けた……


「えっ!? なっなんですかこれ……」

「赤い…… 霧!?」


 開いた扉から赤い霧が出てきて、マーティンとネルの周囲に広がっていく。ネルは驚き俺から手を離しゆっくりと後ずさりをした。


「なんなんだこの赤い霧は…… うん!?」


 周囲に漂う赤い霧から、バラの花の香りがするのにマーティンが気づく。


「これは…… ただのバラじゃない。普通のバラよりも甘い香りが強いこの香りは、故郷レシンテシア連邦のテナジア村にだけ咲くバラを使った。”レシティアの涙”……」


 レシティアの涙はマーティンの故郷に咲くバラを香料を使った香水だ。


「(これ…… あいつが好きだったな…… 村を出てからはあいつのそばでしか嗅いだことはない匂いだ…… まさか…… あいつが…… いや…… そんなわけ……)」


 首を横に振ったマーティンは右手を腰にさした、ホワイトスノーにかけネルに視線を向けた。


「ネル…… ここから離れるぞ」

「えっ!?」


 振り向いたネルの背後に人影が現れた……


「ちょっとどいてね」


 ネルをかわして冒険者ギルドから一人の子供が飛び出して来た。茶色のフード付きのマントを被った、小さな子供は口元だけが見えていた。子供の口元は笑っているように見えた。


「こんなとこに居たら危ないよ」

「えっ!?」


 笑って危ないと二人に注意した、子供は冒険者ギルドを指差し、口元をニヤリと笑わせ走っていってしまった。走りさる少年から”レシンティアの涙”の香りが……


「おい! 待て!」


 マーティンが子供に叫んで手をのばす。


「うがああああーー!」

「キャッ!?」

「ネル!? この! えっ……」


 叫びながら冒険者ギルドから、男が飛び出して来てネルを突き飛ばした。突き飛ばされたネルは尻もちをついて倒れた。マーティンは剣に手をかけ、男を向かおうとしたが。男は数メートル走って倒れて苦しそうに喉を押させていた。


「なんだ…… まぁいい。ネル!」


 マーティンは男に対処するのを後にまわし、尻もちをついたネルの元へと駆け寄り、彼女の前にしゃがんで声をかけた。


「ネル!? 大丈夫か……」

「はっはい。転んだだけです……」


 笑顔でマーティンの声にうなずいたネル、怪我はないようだ。彼女は手をついて自分で立ち上がろうとする。


「はっ!?」


 気まずそうに視線をそらすマーティン。倒れた際にネルのスカートがめくり上がって、彼女の履いてる青と白の縞々の下着がみえており気まずい。こういう時に男は女性に見えてることを伝えてほうがいいのか悩むものだ…… ネルは不安な気持ちが先だって、マーティンの様子や自分の姿に気付かず、平然と立ち上がる。


「マーティンさん! あっあれ……」

「なんだ!? えっ!? 何が……」


 ネルがマーティンの後ろを指した。彼女が指した方に振り返るマーティン、彼らの数メートル後ろで、地面に倒れた男がまだ苦しんでいた。


「うぁ…… あ……」


 倒れこみ苦しんでいた男の顔が、どんどんと赤くなって顔つきが変わって下顎から牙が生える。


「あれは…… 赤いオークか!?」


 苦しみながら男が、赤いオークへと変わっていった。オークへと完全に変化した男は、苦しむ様子がなくなりてをついてゆっくりと起き上がった。赤いオークは男だった時よりも、筋肉が盛り上がり体は倍くらいに太くなっていた。

 着ていた服は、膨らんだ体によって破れボロボロになり。黙ったまま醜い顔で、赤いオークはマーティンを見つめていた。


「人間が赤いオークになるなんて……」


 驚いて呆然と赤いオークを見つめるマーティンだった。


「うがああああ!」

「チッ!」


 叫び声をあげながら駆け出した赤いオークは、マーティン達に向かって走りながら拳を振り上げた。マーティンは素早く反応し膝を曲げ腰を落とし、ホワイトスノーに手をかけた。マーティンは走ってくる赤いオークを睨みつけ、足に力を込めて意識を集中させ地面を蹴って駆け出すのであった。

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