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英雄は料理を運ぶ  作者: ネコ軍団
第3章 赤い霧事件の始まり
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第12話 試作品の試験

 子供達と別れたマーティンは、”竜の髭”へと戻り扉を開けて中へ入る。


「いらっしーゃい!」


 中に入ったマーティンを、黒いスカートに白いシャツを着て、ピンクエプロンをつけてミルフィが迎える。


「なんだぁ。マーティンおじさんか。良い顔して損した!」


 入って来たのが客ではなく、マーティンと分かるとミルフィは損したと言い放ち戻っていく。ミルフィは学校が終わると、給仕係として店の手伝いをしている。


「損したとはひどいな……」


 昼すぎで客が引きガラーンとした店内を、マーティンはキッチンへ向かおうとする。歩き出そうとしたマーティンに何かを思い出したミルフィが振り返り声をかける。


「そうそう! 三番テーブルにマーティンおじさんにお客さんだよ」

「俺に客だと……」


 ミルフィに言われたテーブルにマーティンが向かう。


「マーチューン! 来たー! さっ座って座って!」

「ゲッ!?」


 店の入口右手の壁の前に三つ並ぶ、テーブルの一番手前にアイラが座って昼間から酒を飲んでいた。テーブルに並ぶジョッキの数からかなりの量を飲んでるのがわかる。


「アイラ…… お前また飲んでるのか……」

「あたしは仕事で来てんだ! 飲んで悪いか!」

「悪いだろ。せめて仕事が終わってから飲め!」

「ぶぅ! マーチュン頭固ーーーーい!」


 口を尖らせて不満そうにアイラ。ルルが口を尖らせるとかわいくて撫でたくなるが、アイラだと殴りたくなるのをマーティンは必死に抑える。黙って耐えているマーティンにアイラが叫ぶ。


「はやきゅー! すわれぇ!」

「はぁ……」


 めんどくさそうにマーティンはアイラの向かい側の席に座った。実はアイラは”竜の髭”の常連で、昼間から出前協会を抜け出してはよく酒を飲みに来る。ちなみに酔っ払ってマーティンにからむのはいつものことなので慣れっこだ。まぁ、酒を飲んでも絡みがうざいだけで、彼女は暴れたりはしないから酔っ払いの中では幾分かましなほうである。


「それでなんの用だ?」

「配達員番号、一、零、八、九、三、一! マーチュン・マイリュズ!」

「こら! やめろ! 恥ずかしいだろ! あと俺の配達員番号を大声でバラすな! 悪用されたらどうすんだ!」


 配達員番号とは、出前協会に登録する時にもらう個人の識別番号だ。ちなみに配達員番号の前の二桁は登録された国、真ん中の二桁は登録された年、最後の二桁は何人目かというのを表している。マーティンの配達員番号は、ゲルニカ王国で聖王歴七百八十九年に登録された三十一人目の配達員ということを表していた。


「あしゃっての朝に出前協会に来てくだしゃい。仕事を頼むからねぇ」

「はぁ!? 仕事って……」


 言いたいことをいったアイラは笑って、手に持ったジョッキを口につける。


「俺はここの専属配達員だぞ。勝手に予定を決まるな」

「残念でしゅた! スフレさんにはもう許可もらってまーす! きゃはは!」

「なんだと…… チッ!」


 専属契約先のオーナーである、スフレが許可をだしたのであれば、マーティンが断れる理由はない。仕事の話が終わったマーティンは、立ち上がってアイラに向かって右手をあげた。


「じゃあ。明後日な」

「えっ!? もう行っちゃうの? 飲もうよ」

「まだ俺は仕事中だ。一人で飲んでろよ」


 アイラは俺が一緒に飲むのを断ると、ジョッキを片手に持って不満そうに口を尖らせる。相変わらずルルと比較してかわいくないアイラを殴りつけたくなるマーティンだった。

 彼はアイラを置いて店の奥の厨房へ向かう。入り口からスフレとミルフィが出て来た。スフレは右手に料理の乗った皿を持ち、マーティンを見るとすぐに声をかけてきた。


「お帰り。アイラから話は聞いたね。明後日は出前協会に行きな」

「わかった。けど俺がいなくて出前は?」

「出前はクグロフにやらせるさ。魔法学校が試験休みに入ったからミルフィが店を手伝ってくれるからね」


 スフレは料理の乗った皿をカウンターに置き、隣に立つミルフィの頭を軽くなでた。ミルフィはマーティンを見て力強くうなずいた。


「そうか。ありがとうな。ミルフィ」

「へへっ! この貸しは新しいお洋服でいいわよ」


 胸を張り得意げに笑いながら、ミルフィがマーティンに新しい服をねだってきた。苦笑いして答えるマーティン。彼女の横に立っていた、スフレの眉間にシワがより厳しい表情になった。


「ミルフィ! あんたは! まったくあんたは……」

「きゃー! ママが怒ったー」

 

 ミルフィはふざけて笑いながらスフレから離れ、近くのテーブルのセッティングをしていたクグロフの元へ向かう。


「逃げるな! クグロフ! ミルフィを捕まえて!」

「えぇ!? ミルフィ! 待ちなさい」

「パパの裏切り者! 大嫌い! べー」


 ミルフィを捕まえようとクグロフは腕を伸ばした。しゃがんでミルフィは、クグロフの腕をかわして振り返って舌をだした。


「大嫌い…… 違う! パパはそんつもりじゃ」


 クグロフは娘に嫌いと言われ、ショックを落ち込む。マーティンは彼の様子を見てあきれる。ちなみにマーティンもルルに嫌いと言われると同じことになるが、幸い彼はまだ言われていない。まぁ時間の問題ではあるが……

 落ち込むクグロフを見てスフレは頭を抱えるのだった。

 

「もう…… なにしてんだい! マーティン! あんたは早く次の出前に行きな。料理はそこにできてるからね」

「はいはい。わかったよ」


 スフレがカウンターに置いた料理を指差す。マーティンは次の出前の準備をするのであった。

 二日後…… マーティンはルルとロロを連れて学校へ向かっていた。


「今日はミア先生が勇者様のお話の続きを話してくれるんだぁ」

「うん…… 楽しみ……」


 朝の静かな空気がただよう修道院へと続く道で、二人は楽しそうに話していた。


「(勇者様か……)」


 二人の会話に出て来た勇者とは、冒険者として名をあげ、三年前に人類の脅威だった魔王から人類を救った女性のことだ。彼女の名前は勇者アイ。魔族と人間の戦争を終わらせた彼女だが、現在は消息不明となっていた。


「お父さん…… どうしたの?」

「えっ!? 何がだ?」


 ルルがマーティンの顔を見て心配そうに声をかけてきた。


「さっきから悲しそうな顔をしてるから……」

「えっ!?」


 マーティン少し慌ててまだ心配そうに、彼を見つめるルルに微笑みかける。


「そうだな。お父さんはもうすぐ学校に行ってルルとロロと分かれるから悲しくてな……」

「大丈夫。私もロロも帰るから…… 絶対に…… だから悲しまないで」

「ありがとう」


 必死にマーティンを励ましてくれるルルだった。マーティンは優しく彼女の頭を撫でる。微笑む彼だがどこか寂しそうだった。


「あっ! マーティンさーん、ルルちゃーん、ロロくーん!」


 通りの向こうからミアがマーティン達に声をかけてきた。ミアを見たルルとロロはマーティンの手を離して駆け寄っていく。ルルとロロと手をつなぐとミアは彼に頭を下げた。


「じゃあ。お預かりします」

「あぁ頼む。二人ともミア先生を困らせるなよ」

「はーい。お父さんいってらっしゃーい」

「はい……」


 ロロは元気よく腕を伸ばして手を大きく上にあげて答え、ルルは腕をまげて小さく手をあげて答える。


「さて…… じゃあ仕事だ」


 つぶやいたマーティンは振り返り、来た道を戻り出前協会へと向かうのだった。


「よく来てくれたわね。こっちよ」


 アイラがカウンターから声をかけくる。彼女の前にあるカウンターには、黒い革製の大きなリュックが置かれていた。


「このリュックは?」

「ただのリュックじゃないわよ。配達用大容量バックパックよ! 前に話したよね? 大量配達用の鞄を開発してるって! その試作品よ」

「おぉ! これが……」


 カウンターのリュックをマーティンは見つめていた。出前協会は急増する出前需要に対応するため一年ほど前から大容量のリュックを開発していた。試作品のリュックはマーティンがいつも使ってるリュックよりも大きく、赤、青、緑、茶、透明の小さな宝石の装飾がつけられていた。

 アイラはバックパックを見つめる、マーティンに笑顔で声をかける。


「じゃあこれの試験をお願いね」

「はぁ!? 試験だと? 聞いてないぞ」

「いま言ったでしょ?」

「なんで俺なんだよ。他にも配達員はいるだろ?」


 ムッとした顔でアイラがマーティンを見た。


「もしリュックに問題があったら配達員が危ないじゃない!」

「俺は危ない目にあってもいいのかよ?」


 アイラは自信満々に大きく笑顔でうなずいた。


「もういいやめだ!」

「ちょっと! 違うわよ。危ない目に会ってもあなたなら大丈夫って逆に信頼してるのよ。それに断れないわよ。試験分の報酬はちゃんとスフレに払ってるからね」

「なっ!? スフレめ…… あっさり俺を出前協会へ、派遣したなと思ったら金をもらってやがったのかよ……」


 悔しそうにするマーティンだった。専属契約のマーティンはこのような特別な仕事であっても、よほどのことがない限り毎月の給金に変わりはない。その代わり出前がまったくなくても、毎月マーティンには一定の給料が手に入る。

 スフレはマーティンにさらに問いかける。


「どうする? あなたがやってくれないとスフレさんに報酬返してもうらことになるけど?」

「チッ! わかったよ。やってやる。何すればいい?」


 渋々試作品のテストをすることに同意するマーティンだった。


「そうそう。偉いわね。最初から素直にやればいいのよ」


 マーティンの返事を聞いて、腕を組み勝ち誇った顔でアイラは頷く。彼は負けた気がしてすごく悔しがる。


「じゃあ試験を始めるわよ。ここから料理を西に平野にあるトトルカの町の出前協会まで届けてね。もちろんステア像は使わないで!」

「わかったよ。届ける料理はどれだ?」

「もうすぐ来るわよ」


 少し待っていると出前協会の入り口の扉が開く。

 手にトレイを持った二人の男が、入ってきてカウンターの上に料理を置いていく。カウンターに置かれたのは、ボウルに入ったサラダに深皿に注がれたスープと、焼かれた肉が皿の上に乗っている。サラダボウルとスープの深皿は、焼いた肉を乗せた同じ皿の上にナプキンをしいて置かれている。肉が乗った皿とスープは四枚分だ。

 これらの料理を配達するようだが、料理は全て……


「おい! これ店で出す用の料理だろ? 配達用じゃなきゃ持ってけないだろ……」


 マーティンがアイラに向かって声をあげた。出前に持っていけるのは、リュックに入るサンドイッチやパンなどに限られ、店で提供される料理を全てを持っていけるわけじゃないのだ。


「なんだよ……」


 アイラは勝ち誇った顔でマーティンを見た。まるでマーティンそう言うだろうとわかっていたかのような感じだ。


「大丈夫。これをかぶせてバックパックにいれて持っていきなさい」


 アイラは丸い料理用の蓋クロシェと、金属製のリングを出してマーティンに渡す。金属製のリングは直径が十五センチくらいで、縦幅が五センチくらいあり、皿の絵柄が描かれた縁にピッタリとはまるサイズになってる。クロシェは銀色のドーム型で、リングと同じように皿の縁にピッタリとおさまるようになっている。


「皿の上にリングを置いて上にお皿を乗せれば積み上げて場所を取らないでしょ?」

「いやそれはわかるけど…… 積み上げたら持っていくときに崩れちまうだろ?」

「大丈夫よ。このリングは結束リングっていう魔法道具よ。このリングは前後に物をくっつければくっついて離れないわ」


 マーティンは言ったことを確認しようと、リングを皿の上に置き皿を重ね、上の皿を両手で持って上に引っ張った。アイラの言う通りリングと皿が接合され、二枚の皿が一緒に持ち上がる。


「本当だ。はずれない!」


 上下の皿がくっついた状態に、マーティンは思わず驚きの声をあげた。だが、確かにこれなら料理はずれないが……


「これどうやって外すんだ。このまま客に出すわけにはいかないだろ」

「皿の上に出前協会カードをかざして音がしたら皿を動かしてみて」


 アイラの指示通りに、マーティンは首からぶら下げている、出前協会カードを取り出して皿の上にかざす。リングからカチッと言う音が聞こえた。


「これで外せるはずよ」


 マーティンは皿をゆっくりと動かした。さっきまでくっついていた皿が外れた。


「おぉ!」

「すごいでしょ? 料理の一番上にはクロシェで、蓋をすれば配達員以外は料理を取り出せないの」

「へぇ。でも、こんなにかさばるものいくら大きくなったとはいえバックパックに入るのか?」


 首をかしげるマーティンに、アイラは笑顔で俺の見つめている。さっさとバックパックを開けて入れてみろと言っているようだ。


「まったく…… 皿ごとなんか入るわけ……」


 マーティンはぶつくさ言いながら、バックパックを開けた。


「えっ!? あれ!? おぉ!」


 驚いた声をあげるマーティン、アイラはニヤリと勝ち誇ったように笑っている。

 バックパックは広い空間に仕切りが一つあって前後に料理を収納する空間がある。見た目より収納する空間は広く、皿ごと料理は入りそうだ。マーティンはサラダにクロシェをかぶせ、料理をバックパックに詰めようとしたがすぐにアイラが慌てて彼を止める。


「あっ!? ダメダメ! リュックのベルト側の空間には温かい料理、外側には冷たい料理を入れてちょうだい」

「はぁ? なんか違いがあるのか?」


 アイラは笑顔でうなずいて口を開く。


「ここに魔石がついてるのはなんのためだと思う?」

「えっ!?」


 バックパックについた宝石をアイラが指す。宝石は魔力が宿った魔石という石で、赤は火、青は水、風は緑、茶は土、透明は無、とそれぞれの属性と色をしめしている。


「ベルト側の空間は火属性の魔法効果で料理を温度を保ってくれるの。反対は水属性の魔法効果で冷たく料理を保つのよ」

「そんなわけ…… あっ! 本当だ」


 アイラの説明を聞きながらマーティンは、ベルト側の空間に手を入れた。彼女の言う通りでバックパックの中は暖かく保温されている。


「でしょう? しかもそのバックパックは無属性魔法のマジックポケットで見た目よりも大きな容量が入るのよ。それぞれ料理が五人前ずつはいるから料理の組み合わせによって十人前ね」

「すごいな」

「それはまだ試作品だから、十人前しか運べないけど正規品はもっと大容量になる予定よ」


 驚くマーティンにアイラはまた勝ち誇った顔をした。

 彼はアイラに指示に従い、肉とスープの温かい料理とサラダを、バックパックに別々に分けて入れた。


「よし! 後は背負って…… えっ!?」


 料理をつめたマーティンが、バックパックの口をしめて背負うとすごく驚いた顔をした。

 

「軽い…… 料理をつめたのに重くないぞ」

「でしょう? その軽さは風属性の魔法ね。ちなみに大きな衝撃や魔物の攻撃を受けても土属性の防御魔法で壊れないわ」


 マーティンはアイラの説明を黙って聞いている。火、水、風、土、それに無属性と全て基本属性とはいえ、これだけの魔法をふんだんに使った魔法道具を作れる人間が出前協会にいるとはマーティンは思えなかった。そしてそんなことができる人物に彼は心当たりがある。


「これを開発したのって? まさか……」

「えぇ。魔法学園のミリアさんよ。彼女はすごいわねぇ」

「やっぱりか……」


 納得した様子のマーティン。ミリアとはイバルツにある魔法学園の校長をしている女性だ。彼はミリアとは昔馴染みで魔法の実力の高さを知っている。


「謝礼もそれなりにかかってるけどね…… はぁぁぁぁぁ…… あのクソガキめ…… 人の足元を見やがって……」


 カウンターに手をついて、アイラは大きくため息をつき、首を横に振ってブツブツなんか言っていた。ミリアの性格をわかっているマーティンは笑うのだった。


「じゃあ、俺はもう行くな」

「うん! 気をつけてね。向こうの人達によろしく」


 右手をあげマーティンはアイラに返事をした。重さを感じないバックパックに足取り軽く、マーティンは出前協会を出てバックパックの試験へと向かうのだった。

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