第10話 配達途中の憂鬱
イバルツの東にあるトトカノ火山の麓の小さな森。木々の間から雄大なトトカノ火山の見える、森の道をマーティンは静かに歩いていた。
「えっと…… もう少し先か…… あぁ。岩場の安全地帯で待ってるのか」
立ち止まりマーティンが出前チケットを出して確認する。出前チケットから出た、光の矢印が森の先をしめしている。
「しっかし。なんだよこれ…… 戦争でもあったのかよ」
山越えのために広くしっかりと整備された森の道の上には、鎧や武器を持ったオークが何体も転がっていた。
「えっ…… オークってこんなに赤かったか? もうちょっと緑っぽかったような……」
道に転がるオークの死体を見てマーティンがつぶやく。道に転がったオークの死体は、大量の返り血を浴びたように真っ赤な皮膚をしていた。焼け焦げた匂いと血の匂いが充満した道を進むと、木々の間にわずかにできた草原と出た。
草原の真ん中には大きな岩がある。この岩は聖女様の祝福を受けおり、草原での安全地帯となっている。
「おっ! 来たな。ここだ!」
岩の前に立っていた。鋼鉄の鎧に身を包み丸い盾と大きな斧を背負った屈強な戦士が、手を振りながらマーティンに声をかけてきた。戦士の名前はガンドール。イバルツの冒険者で、よく出前の注文をしてくるうえに”竜の髭”にも通ってくれる常連だ。さすがのマーティンも常連客である、彼の名前は覚えていた。ガンドールの前まで来たマーティンは、リュックを外して彼に渡す。
「待たせたな。注文の鶏もも焼きランチ二人前だ」
「おぉ! やったぜ。ほらよジャンナ」
笑顔で料理の取り出し、ガンドールは隣の女性に渡した。隣に居た女性は、料理の包まれた布を見て微笑む。女性は緑の服に身をつつみ、腰に爪のついた甲手をぶら下げている。この女性は武闘家のジャンナ。ガンドールの仲間の一人だ。
「はぁ…… いい匂い。私も”竜の髭”がよかった…… 次は私だよ!」
「俺もだ!」
ガンドールの後ろから二人の男女が顔だした。白いローブを着た杖を持つ神官の女性と、弓を背負った男が料理をうらやましそうに見てる。この二人は神官がラウラ、弓使い男はクレト、ジャンナと同じガンドールの仲間で、二人もよく”竜の髭”に出前の注文をくれる。ガンドールのパーティ名は”シューティングスター”といってイバルツでは有名だ。
「こら! やめろ。恥ずかしいな…… 騒がしくて悪いな。マーティン」
「気にするな。スフレが聞いたら喜ぶよ」
「ほら出前チケットだ」
ガンドールが二人を制し、マーティンに出前チケットを渡して来た。マーティンは慣れた様子で出前チケットをガンドールから受け取る。出前チケット受け取るマーティンだった。
ラウラとクレトは”竜の髭”の料理を持つ二人をうらやましそうにみつめている。ガンドール達の注文ではいつもこのようなやり取りが繰り返される。配達員が使うリュックは、料理の大きさにもよるが二人前しか入らない。ガンドールは四人パーティなので二人が”竜の髭”で出前を注文すると、他の二人は別の店から出前を依頼しないといけない。本来なら出前協会から、もう一人の配達員を派遣してもらえばいいのだが、スフレはマーティン以外の配達員を使おうとはしないのだ。
料理を持って二人からの視線を受ける、ガンドールは少し気まずそうだ。マーティンは彼に笑顔で声をかける。
「もうすぐ出前協会が新しいリュックをくれるらしいぞ。それが出来たらたくさんの料理を運べるようになるみたいだ」
「ほんとですか!?」
「すごい!」
ガンドール達が嬉しそうに歓声をあげていた。
「(ふふ…… こんだけ喜ばれると出前の配達を張り切りたくなる。ポーターが廃止されて迷惑を被ったのはガンドール達みたいな真面目な冒険者達だからな)」
四人の喜びように、マーティンもうれしくなって顔がほころぶ。
「でもイーサンじじいがまた文句いってくるかもな」
「ほっとけよ。口だけの爺さんなんか。なぁマーティン」
「ははっ」
答えづらいことを振られ、苦笑いをするマーティンだった。イーサンとはイバルツのベテラン冒険者だ。
ガンドール達のような若い冒険者は、出前を利用に抵抗はなく頻繁に利用する。しかし、三十代を超えるようなベテラン冒険者は、出前を使う若い冒険者を非効率だと馬鹿にするのだ。しかし、ベテラン冒険者の主張は間違いで、料理を出前するようになったここ数年で、冒険者の生存率は飛躍的に上がり成果も出ている。主な理由は冒険者が、町の外で食事をするためには、出前を受け取る必要があるため無理ができなくなったからだ。
以前は食事を確保するためポーターを雇ったり、自前で全て用意していおり、いつでも食事が出来るため強行軍で進む冒険者ばかりで、力尽きてしまうことが多々あった。冒険者ギルドも、よほど腕のいい冒険者でないかぎり出前を推奨している。
なぜか老人は自分たちと同じ苦労を、若者がしないと文句を言ってくる。若者は若者なりの苦労というものがあるのに……
ガンドール達の話を聞きながら、出前チケットをしまったマーティンは、ガンドールに聞きたいことがあったのを思い出した。
「ここに来るまでに赤いオークの群れが死んでたがお前らがやったのか?」
「いや…… 聖騎士団だよ。近くで野営をして魔物を駆除してるみたいだ」
ガンドールはマーティンの斜め右に見える木を指差して答える。マーティンが通ってきた道の近くに聖騎士団が野営をしている。聖騎士団がわざわざ駐留してまで駆除に来るとは、近くにオークの集落でも出来たのだろう。
「しかも赤いオークは伝染病で凶暴化したやつらなんだってよ」
「伝染病? それは本当なのか?」
「さぁな。ただの噂だよ。ただ今まで誰も見たこともない赤いオークがこの周辺に現れたのは確かだ」
オークが転がる道の方に視線を向け、ガンドールが話し続ける。
「まったくいい迷惑だぜ。魔物の駆除は俺達の仕事だってのによ…… それにあいつらは素材の回収という概念が…… しかもあの赤いオークの素材なんて今なら高値で……」
「おっと! 俺はまだ配達があったんだ。じゃあな」
ガンドールがブツブツと文句を言い始めた。話が長くなりそうだと感じたマーティンは、話を打ち切って帰ることにするのだった。
配達を終えたマーティンは、安全地帯から出てステア像が置かれた森の入口へと向かう。
「早く次の配達に行かないとな……」
次の配達が控えてるマーティンは、少し焦りオークの死体が転がる森の道を早足で移動する。
「あれは…… 聖騎士団か!?」
道の先に白い鎧をつけた、三人の聖騎士が固まっているのが見えた。聖騎士達の持つ長い槍の刃には血がついてる。彼らは生き残ったオークがいないか。一体ずつ死体を槍で刺しているようだ。
「うん!? おいおい……」
三本の槍のうちの一つの先に、見慣れたリュックがかけられていた。
「やめてください。料理を返して!」
悲痛な女性の声がした。声の主がリュックの持ち主の配達員のようだ
よく見ると三人の騎士の間に、尖った耳に短い金髪をした幼い顔をしたエルフの女性配達員が居てリュックに手を伸ばして姿が見える。
「ダメだ。お前が運んでるのが料理かきちんと調べる必要がある」
リュックがかかった槍を持つ騎士が腕を上に伸ばす。
「はぁ…… 聖騎士団だからと言って、品行方正な奴ばかりじゃないのはわかってるが…… こいつらどうしようもないな……」
女性配達員は膝下まである茶色のブーツに裾の短い緑のローブを着ており、手をのばす女性配達員のピンク色の下着を他の二人は背後から覗き込んでいた。
「お願いです。それを届けないと……」
必死に手を伸ばしながら懇願する女性配達員、騎士たちはその姿を見ていやらしく笑った。
「キャッ!? いや! やめて!」
一人の騎士が槍を捨てて女性の背後から抱きついた。
「いいじゃねえか。こっちは慣れない教会暮らしで溜まってんだよ! おい! さっさっとやっちまおうぜ」
騎士達は三人がかりで、女性配達員を羽交い締めにし強姦しようと、道から森の中へと引きずっていこうとする。女性は必死に抵抗してなんとか逃れようとしてる。
「あーあ。やなもん見ちまったな。まぁいいや。俺には次の出前が待っている」
マーティンは道の反対側に移動して四人を無視して先に進もうと……
「たっ助けて!」
羽交い締めにされた女性配達員は、抵抗し大きな声でマーティンに助けを求めた。
「(嫌だよ…… 俺には次の配達があるんだからな。配達員なら危険を避けるのも仕事だぞ。それに俺がお前を助けてもなんの得も……)」
助けを求める女性配達員を一瞥した、マーティンは彼女を無視し前を向いて歩き出した。騎士達はマーティンの姿を見て笑った。
「おい! ちょっと待て! お前!」
声をかけられたマーティンが振り返ると、騎士の一人が槍を拾ってこちらに刃先を向けて近づいて来る。
「見逃してやろうと思ったのに…… 馬鹿なやつだ」
マーティンはつぶやいて首を横にわずか振った。騎士はマーティンの手前まで来て彼のリュックを見つめ叫ぶ。
「お前のリュックもよこせ」
「嫌だね。これは俺のだ。欲しかったら力ずくで奪ってみろよ」
「なんだと!」
男が足を踏み込み、槍の突き出した。槍の刃先がマーティンに目の前へと迫る。
マーティンは腰にさしている、聖剣ホワイトスノーに手をかけ、足を踏み込み右斜前へ出る。彼の体の横を騎士の槍が通過していく。剣を抜きすれ違いざまにマーティンは、聖剣ホワイトスノーを騎士の槍を持つ、左手に軽く当てた。そのまま入れ違うようにマーティンは、騎士の背後に駆け抜けた。彼の背後で槍が道に落ちて音がする。
「ギャーーーー! 腕が…… 腕がーーー!」
騎士の叫び声が街道に響く。声がする方に体を向けたマーティン、剣が触れた騎士の左腕が氷に覆われていくのが見える。
「ははっ。わりい。わりい。やりすぎたわ。でも、急に手を出すお前が悪いんだよ。空のリュックだけどな……」
マーティンは笑いながら騎士に声をかけて、聖剣ホワイトスノーの剣先を向けた。騎士は怯えた表情になり尻もちをつついた。
「なっなんだ!? こいつ」
「にっ逃げろ!?」
女性配達員を押さえこんでいた、二人の騎士は彼女から手を離し逃げ出す。
「馬鹿が…… 今さら逃げられると思うなよ」
マーティンは二人を睨みつけると腰を落とし、意識を集中し全身に力をみなぎらせし足を踏み込んだ。神速移動が発動させ、あっという間に追い抜き騎士達の前へと出た。
振り返ったマーティンは、剣で騎士二人の足を軽く剣で触れた。騎士達の足と地面が凍りつき動けなくなった。マーティンは動けなくなった騎士達の前に立ち止まる。
「あっあっ……」
「ひぃ!」
騎士達はマーティンの動きについてこれず、彼が目の前に急に現れたと思い悲鳴をあげる。
「ばっ化け物だ!?」
「おっ俺達が悪かった! 許してくれえ!」
凍りついた足を外そうとしながら、騎士達は必死に許しを請う。蔑むような表情をしたマーティンが騎士達に向かって剣をふりかざす。
「やめろ!」
「うるせえ!」
背後から声がして、マーティンは叫びながら、ふりむきざまに横から斬りつける。目の前に白い鎧に身を包んだ、青い髪の端正な顔の騎士が見える……
「うん!? こいつは見覚えが……」
マーティンは騎士の顔に見覚えがあり、剣を男の首にあたったところで止めた。男は青い顔をしたまま動けないでいた。
「えっ!? マーティンさん!? あなた……」
騎士はミアの兄ロバーツだった。ちなみにマーティンは彼の顔は覚えていたが、ロバーツの名前は思い出せず、必死に頭を巡らせている。なんとか、ロバーツと出前協会であったことと、ミアの兄であることをマーティンは思い出した。
「君はミアの兄貴だよな!?」
「はっはい…… ミアの兄のロバーツです…… 剣を…… おさめてください……」
「あぁ。悪い悪い」
マーティンは剣をロバーツの首からはなして鞘におさめた。ロバーツの近くには、彼の部下と思われる騎士達が数人立っていた。
「あれ!? そういや……」
首をかしげるマーティン、妹の時のように彼が名前を覚えてないことを、怒るかと思ったがロバーツはうつむいて黙っていた。兄は妹と違って懐が深いようだ。
「「「ロっロバーツ様! 助けてください」」」
女性配達員を襲っていた三人の騎士達が叫んだ。こいつらもロバーツの部下のようだ。
「お前達…… ここでなにをしていた?」
ロバーツは顔をあげて女性配達員を襲っていた三人に声をかけた。
「こいつが急に襲ってきたんです」
「そうです。俺達は悪くない」
「こいつを捕まえてくだせえ」
ロバーツに向かって堂々と嘘の報告をする騎士達。マーティンは呆れた顔を彼らに向ける。ロバーツは真面目な顔でマーティンを見た。目を細めた彼はマーティンを疑ってるように見える。
「(さてどうるするかな。ここで全員口封じで殺すのも、オークの仕業に見せかけるのも簡単だ。でも…… ミアには世話になってるからな)」
全員を片付け永遠に口を封じるのは、マーティンであればたやすいだろう。だが、彼は二人の子供の面倒をロバーツの妹であるミアが見てくれている恩がある。マーティンは自分が説明して信じてもらえるかやってみることにした。
「こいつらが先に手を……」
「嘘を付くな!」
「黙れ! お前みたいな配達員がなにを言うか」
「そうだ!」
「ったく…… こいつらは本当に……」
マーティンがしゃべろうとすると騎士三人が言葉をかぶせて遮る。ロバーツはマーティンと三人を交互に見て困った顔をする。どっちを信用していいかわからないと言った様子だ。
「ちっ違います! この人は私を助けてくれただけで…… この人達が私の荷物を奪って私を襲おうと」
女性配達員がやってきて、必死に起こったことを話す。ロバーツはマーティンに顔を向けた。
「本当ですか?」
「あぁ。俺はこいつらがこの子からリュックを奪って羽交い締めにするところを見た」
「そうですか……」
ロバーツは女性配達員を、ジッと見つめたまま腰にさした剣に手をかけた。剣を抜き、ゆっくりとロバーツは足が氷で覆われた騎士二人に近づく。怯えた様子で三人の騎士達はロバーツを見つめている。
「はっ!」
「なっ!? そういうことか…… 覚悟は出来てるんだよな」
大きな音が森に響く。気合をつけてロバーツは、剣で騎士達を覆う氷を次々に叩き割っていく。ロバーツがはなつ剣は速く鋭く、ホワイトスノーが作り出した氷をいとも簡単に破壊した。マーティンと女性配達員の言葉はロバーツには届かなかったようだ。
氷を破壊したロバーツがこちらに向いた。三人の騎士達は彼の背後でニヤニヤと笑っている。女性配達員は怯えた顔でマーティンの背中へと隠れた。マーティンはホワイトスノーに手をかけ静かに、近づくロバーツを見つめるのだった。