電子書籍配信お礼:初夜の行方
ちょっと大人な雰囲気のお話です!
直接的な表現や描写はありませんが、R15くらいの気持ちでお読みください。
リヴィとアシェルがささやかで幸せな結婚式を終えた、その夜の出来事だ。
ドリスは、湯上がりのリヴィの髪を梳いていた。宝石のように輝くルビーレッドの髪を、ひとふさひとふさ丁寧に。
姿見に映るリヴィの姿に、屋敷にやってきた当初の死人のような面影はない。頬は健康的に色づき、ネグリジェからのぞく手足には年相応の艶と張りがある。生きることにさえ怯えていた少女の瞳が、こうも力強く輝く日を一体誰が予想しただろうか。
「リヴィ様、素晴らしい結婚式でしたね」
ドリスが髪の毛に香油を塗り込めながら言うと、リヴィはほぅと表情を緩めた。
「とても幸せな時間だったわ……あんなにたくさんの人達にアシェル様との結婚を認めてもらえるなんて」
「ええ……本当に。長くアシェル様とリヴィ様を見守っていた私にとっても夢のような時間でした」
毛先まで丁寧に香油を塗り込めたドリス、ネグリジェに包まれたリヴィの肩に手を添えた。これからのことを促すように優しく声をかける。
「さてリヴィ、これでお支度は整いました。では――」
しかしリヴィはドリスの言葉を遮って微笑んだ。
「ドリス、今日は一日ありがとう。少し早いけれどもう寝ることにするわね」
「え?」
ドリスは柄にもなく素っ頓狂な声をあげてしまった。ぽかんと口を開ける間に、リヴィはあくびをしてベッドの方へと向かっていく。
今にも毛布に潜り込もうとする後ろ姿を見て、ドリスはもう大慌てだ。
「リ、リヴィ様!? アシェル様のところへは行かなくて良いのですか!?」
リヴィはきょとんとした。
「アシェル様のところに? 確かに少しお話したい気持ちはあるけれど……でもアシェル様も今日はお疲れだと思うから、お話は明日にするわ」
「いえ、そういうことではなく……っ」
そこまで言ってドリスははたと気がついた。それは今まで思い至らなかった最悪の可能性だ。声を低くして恐る恐る尋ねてみる。
「あの……リヴィ様。『新婚初夜』という言葉をご存じですか?」
「え? ええと……本で見たことはあるような……? 結婚して初めて迎える夜のことよね?」
「その通りです。では新婚初夜に、人は何をするのかご存じですか?」
リヴィはごくりと息を呑む。
「し、知らないわ……何かの特別なことをするの?」
ドリスは目眩を覚えてしまった。当時になぜ今でその可能性に思い至らなかったのだろうと己の浅はかさを悔やむ。
もしリヴィが普通の貴族の令嬢だったなら、結婚後の男女のなにがしについては家庭教師から教わっているはずだ。しかしリヴィは10年に及ぶ幽閉生活により勉学の機会をことごとく失ってしまった。読み書きすら人並み以下だった少女が、男女のなにがしについて知るはずもない。
「ええと、ですね……」
ドリスは激しく思い悩んだ。今、ドリスの目の前にある選択肢は二つ。リヴィの花嫁教育係であるヴィクトールをこの場に呼んできゅうきょ勉強会を開催するか、ドリス自身がリヴィに説明するかだ。
しかし結婚式の裏方として働き通しだったヴィクトールに時間外労働を求めるのは申し訳なく、だからといってドリス自身が上手に説明できる自信もない。間違った教え方をしてリヴィに恐怖心を与えてしまえば、アシェルにも迷惑がかかってしまうのだから。
「ええと……」
ドリスは目まぐるしく思考を巡らせ、それから急に考えることを止めた。
にっこりと微笑んで第3の選択肢を取ることにした。
「『新婚初夜』については、アシェル様に教えてもらうのがいいかと思います。どうぞ今からお部屋をお訪ねして、手取り足取り丁寧に教えてもらってくださいませ」
「はぁ……?」
リヴィは腑に落ちない表情を浮かべながらも、ベッドから下りて大人しく扉の方へと向かっていった。「手取り足取り……? ダンスでもするのかしら……?」と検討違いなつぶやきが聞こえてくる。
思えばドリスは、リヴィとアシェルが両想いになるまでたくさんの苦労を背負ってきた。今さら一つ、アシェルに苦労を丸投げしたところで罰はあたらないだろう。
「ではリヴィ様、どうぞごゆっくり」
穏やかな気持ちでリヴィを送り出すのだった。
◇◇◇
「アシェル様……失礼します」
リヴィは緊張した表情でアシェルの部屋の扉を開けた。アシェルはすでに寝支度を終えたようで、ベッドの端に腰かけて薄い書類を捲っていた。
「ああ、リヴィ。待っていた」
アシェルがリヴィの顔を見て微笑んだので、リヴィはほっとした。どうやらドリスの言うとおり、アシェルの部屋を訪ねたことは間違いではなかったようだ。
書類を枕元のテーブルに置いたアシェルは、リヴィに向けて手招きをした。そろそろとそばに寄ってみると、手を引かれてベッドに座らされた。アシェルと肩が触れ合うくらいの場所だ。
(座ってしまったわ……)
ドリスの言っていた『新婚初夜にすること』が気にかかりながらも、リヴィは胸がドキドキしてしまった。こうしてアシェルの部屋を訪ねることは初めてではないが、ベッドに腰を下ろすのは今日が初めてだ。
なんとなく、ベッドというのはその人の聖域のような気がしてしまう。赤の他人であれば腰掛けることはおろか、近づくことすら許されない場所。
緊張して見上げたアシェルの顔は、リヴィを見つめて微笑んでいた。大きくて温かな手のひらが腰回りに触れる。触れた場所からじわりと熱が伝わってきて、何だかとても恥ずかしくなってしまう。
「アシェル様、あの……」
「リヴィ……触れてもいいか?」
(触れ……!? これ以上どこに触れるというの!?)
アシェルの顔が近づいてくる。リヴィは顔に熱が上るのを感じ、咄嗟にアシェルの顔の前に手のひらを突き出した。
「アシェル様! あの、少し聞きたいことがあるのですけれど……!」
「ん、何だ?」
アシェルはご馳走をお預けされたような表情を浮かべたが、質問は受け入れてくれるようだ。
リヴィはまごつきながら言葉を続ける。
「あの、ですね……しん……」
「しん?」
「……新婚初夜には何をするのですか? ドリスが『アシェル様に手取り足取り教えてもらえ』と」
「……は?」
アシェルはぽかんと口を開けた。まさかそんな質問をされるとは想像もしていなかった、というような表情だ。リヴィは申し訳なくなってしまった。
「すみません……! 新婚初夜、という言葉があることは知っているのですが、何をするのかは見当もつかなくて……! ひょっとしてその……ダ、ダンスを踊ったりするのかな、とか……」
話す声は尻すぼみになった。アシェルの表情を見ていると、自分が見当違いな発言をしていることは言われずともわかった。
だからといって他に思いつくことはなく、眉を下げて黙り込むリヴィの耳に、アシェルの遠慮がちな声が耳に届く。
「リヴィ……私の方からも聞きたいのだが、女性がどうやって子を身籠るかは知っているか?」
「子ども……ですか?」
なぜ今、子どもの話をするのだろうと不思議に思いながらも、リヴィは知識を総動員して答えた。
「女性が『子どもが欲しい』と願うと、お腹の中に命の種が宿るんですよね。その種が大きくなって子どもの姿になります」
「……」
アシェルが何も答えないので、リヴィは不安に襲われた。
「ま……間違っていますか?」
「いや、抽象的な話をするのならそれで間違ってはいないのだが……今はもっと具体的な手段の話をしていて……」
アシェルにしては珍しく歯切れの悪い物言いである。もごもごと不明瞭な言葉の中には「ドリス」「丸投げ」という単語も含まれている。
己の無知に申し訳なさを感じながらも、リヴィにはもうアシェルの教えを待つことしかできない。
(そういえば、子どもは結婚した男女のところにやってくるものだわ……『新婚初夜』に何か特定の行動をすれば、子どもを身籠ることができるということなのかしら?)
自力でそこまでの答えに辿り着いたところで、急にアシェルに両肩を掴まれた。緊張したような、覚悟を決めたような、形容しがたい表情のアシェルがまっすぐにリヴィを見つめている。
「リヴィ……私は決して嘘は言わないから、心して聞いてほしいのだが――」
物々しい雰囲気で切り出され、リヴィは思わず背すじを伸ばす。アシェルの口からはどのような驚きの事実が語られるのだろう?
その後、アシェルとリヴィが無事に新婚初夜を迎えられたのかどうか。それは2人だけの秘密のおはなし。
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