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36.運命の夜会

 アンデルバール王国の王族の住まいである宮殿は、王都の中心部に位置している。広大な敷地には豪華な邸宅のほか、図書館や議会堂、舞踏会場などが併設されており、宮殿内で働く人々の数は500人を優に超える。王国の心臓とも呼ばれる場所だ。

 

 今夜、宮殿の舞踏会場には多くの人々が集まっていた。天井に輝く豪華なシャンデリアに、円形舞台で楽器をかき鳴らす音楽隊。数人の紳士がシャンパングラスを傾ける横で、ドレス姿の淑女が見事なカーテシーを披露する。アンデルバール王国内の貴族が一堂に会した夜会の会場は、まるで巨大な宝石箱のようだ。


 リヴィたちを乗せた馬車が宮殿へと到着したのは、夜会の開宴時刻を30分も過ぎた頃だった。国土の北部に位置するバルナベット家の屋敷から、王国の中心となる宮殿まではかなりの距離がある。出発時刻は早めに設定していたが、なんだかんだと行程に遅れが生じ、開宴時刻に間に合わなかったのだ。

 夜会の開宴にあたり、王子とその婚約者たちが開宴挨拶をするのだと、エミーリエからの手紙には書いてあった。エミーリエの挨拶を聞くことができず、リヴィは少し残念に思った。


「想像はしてたけど、すごい人の数……」


 大勢の人でごった返す会場内を見回し、テオが息を吐いた。すでに燕尾服を着崩したテオは、ひたいに浮いた汗粒を指先でぬぐう。人の数が多いだけに、会場にはかなりの熱気がこもっている。

 一方のアシェルはシャツのボタンを開けることもせず、涼しい顔で言った。


「王家主催の夜会など滅多にあるイベントではない。これを機会に顔を売らんと、王国中の貴族が集まっているんだろう」

「顔を売らんと……ねぇ。暗殺一族(おれたち)には一生縁のない言葉だな」

「まったくだ」


 小声で会話をする兄弟のかたわら、リヴィは「あっ」と声を上げた。人でごった返す会場の片隅にエミーリエの姿を見つけたからだ。レモンイエローのドレスに身を包んだエミーリエは、老齢の貴族男性を相手におしゃべりの真っ最中。王子の一員として輝かしい未来が約束された以上、社交活動は避けてとおれない仕事なのだ。


「エミーリエに挨拶をしてきます。アシェル様、一緒に行きませんか?」


 リヴィがそう誘うと、アシェルはゆっくりと首を横に振った。

 

「いや、止めておこう。せっかくの晴れ舞台で、以前のように怖がらせてしまっては申し訳ない。ここで待っているから行ってくると良い」


 リヴィはうなずき、エミーリエのいる方に歩いて行こうとした。しかし途中で思い出したように歩みを止め、アシェルの方を振り返って言った。

 

「皆さんは夜会の最中に調べたいことがあるんですよね? 私のことは気にせず、どうぞやるべきことを済ませてしまってください」


 アシェルはすぐに言葉を返した。

 

「そうもいくまい。1人になって見知らぬ男に絡まれたらどうするんだ」

「厄憑きの私にわざわざ絡んでくる人はいないと思います。エミーリエへの挨拶が済んだら、壁際でお菓子でもつまんでいますから」


 リヴィが微笑めば、アシェルは腕を組んで考え込んだ。そして会場を見回しながら言った。

 

「……そういう事なら、少しだけ自由に動かせてもらおう。会場のどこかにはいるから、何かあったら声をかけてくれ」

「わかりました」


 アシェルに向かって軽く頭を下げると、リヴィは人混みを掻きわけエミーリエの元を目指した。


 リヴィがエミーリエの傍へとやってきたとき、エミーリエはちょうど初老の男性とのおしゃべりを一区切りにしたところであった。リヴィが呼びかけるよりも早く、エミーリエがリヴィの存在に気付き、花が咲いたような笑顔を浮かべた。


「リヴィ! 来てくれたのね、良かった。いつまで経っても姿が見えないから、お誘いをすっぽかされたのかと思っちゃった」


 リヴィは素直に謝罪した。

 

「ごめんなさい。道が混んでいて到着が遅れてしまったの。エミーリエの挨拶を聞き逃してしまった」

「挨拶なんて大したことは言っていないわよ。第3王子の婚約者なんて、一番目立たない存在だしね」

「そう……でも私はエミーリエの挨拶が一番聞きたかったわ」


 アンデルバール王国の現国王には3人の息子がいる。第1王子であるエリオッド、第2王子であるアルデン、そして第3王子でありエミーリエの婚約者であるオスカーだ。

 アンデルバール王国の法律上、王位継承権は生まれた順番に与えられるものだから、第1王子であるエリオッドが次期国王最有力候補者。そして第2王子であるアルデンが次席となり、オスカーは言うまでもなく末席だ。

 

 王位継承可能性の高い第2王子までは、次期国王候補としてしかるべき教育を受ける。しかし第3王子以降は王位継承可能性が低くなるため、あまり熱心な教育は行われない。どちらかといえば王位継承権者よりも『国王の補佐役である官僚』といった見方が強くなるのだ。

 ゆえにオスカーの婚約者であるエミーリエの立場も、他の婚約者から比べれば弱くなる。現に会場にいる他の婚約者の周りには、近づくことがためらわれるほどの人だかりができているが、エミーリエの周りには数人の貴族男性が滞在しているだけだ。それもエミーリエを相手に顔を売ろうと、瞳をギラつかせて接触してくる様子はない。


(一口に王家の婚約者といっても、3人の婚約者たちは平等ではないのね……エミーリエは、宮殿でつらい思いをすることはないのかしら)


 不安を覚えるリヴィに、エミーリエが赤茶色の髪を掻き上げながら尋ねた。


「ねぇリヴィ。オスカー様には会った?」

「いいえ、まだ。せっかく来たのだから、挨拶くらいはしたいと思っているのだけれど」


 リヴィはきょろきょろと辺りを見回したが、見える範囲にオスカーの姿はなかった。他の2人の王子の姿も見えないから、3人そろって退席中なのだろう。

 ひどく真面目な顔をしたエミーリエが、リヴィに顔を近づけて言った。


「あのね……実はオスカー様が、リヴィと2人きりで話がしたいと言っているの」


 意外な要望にリヴィは目を丸くした。

 

「……オスカー様が? 何のお話かしら」

「さぁ、私は聞いていないわ。それで話をするつもりがあるのなら、午後8時に宮殿の時計塔に行ってほしいのよ。」


 リヴィたちの乗る馬車が宮殿へと到着したとき、時計塔の針は午後7時15分を指していた。あれからまだあまり長い時間は経っていないから、現在時刻は午後7時半前後。オスカーの指定した待ち合わせ時刻までは30分程度の猶予があった。

 リヴィは少し考え、小さな声で尋ねた。


「……アシェル様と一緒でも構わないかしら」

「オスカー様が『2人きりで話がしたい』と言ったのだから、できれば1人で行ってほしいわ。そんなに気負わなくても、別に大した話じゃないと思うわよ。婚約者の立場としては、あまり大事にしないでもらえると助かるけれど」

(エミーリエの言うとおりだわ。オスカー様と最後に会ったのは10年以上も前のことだし、挨拶と雑談以上の用事があるとは思えない……アシェル様もやることがあると言っていたし、余計な心配をかけるべきではないわ)

 

 そこまで考え、リヴィはよしと意気込んだ。


「わかった。私1人で行ってささっと話を済ませてくるわ。じゃあねエミーリエ、今日は誘ってくれてありがとう」


 いつまでもエミーリエを独占しているわけにはいかないからと、リヴィは会場の隅っこに向けて歩き出した。

 壁際で菓子などつまみながら時間を潰し、午後8時を目がけて時計塔に行く。そこでオスカーとの話を済ませれば、もう夜会の会場でリヴィがすべきことはない。アシェルたちが用を済ませるのを待ち、馬車に乗って帰路につくだけだ。

 

 人混みを掻きわけ歩くリヴィの背中に、エミーリエの声があたった。


「私、夜会の途中でドレスを着替えることになっているの。リヴィの髪の色と同じルビーレッドのドレスよ。楽しみにしていて」


 リヴィが振り返ったとき、エミーリエは子どものように無邪気な微笑みを浮かべていた。

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