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33.不吉もたらす来訪者

 リヴィが退席した後も、アシェルはジーンに厳しい眼差しを向けていた。リヴィへの土産菓子に薬を盛ったのだから、本音を言えば腕の骨を2、3本へし折りたいところだ。

 しかしジーンを呼び寄せた理由は情報収集のためであり、できるだけ穏便に事を運ばなければならないことは明らかだった。湧き上がる殺意を抑えつけてでも。


 アシェルの胸中を知ってか知らずか、ジーンはへらへらと笑いながら言った。


「おいおいアシェル、あんまり怖い顔すんなよ。別に殺すつもりはなかったんだからいーじゃん。質問には正直に答えるって言ってんだから、それでチャラだろ?」

「……そうだな。お前が望む情報を提供してくれれば、首の骨を粉砕するのはまたの機会にしてやろう」

「怖いこと言うなっつぅの」


 ジーンがへらへら笑いを止めたところで、アシェルは唐突に質問を始めた。


「フランチェスコ・レスターという人物を知っているか?」


 ジーンははてと首を傾げた。


「フランチェスコ・レスター? どこかで聞いたことはある名前だな。有名人?」

「伯爵家であるレスター家の現当主だ。娘のエミーリエが、アンデルバール王国第3王子オスカー殿下の婚約者として正式に発表されている」

「ふーん……そりゃ貴族界には疎い俺でも、名前くらい知っててもおかしくねぇわ。で、そのレスター伯爵がどうしたわけ?」


 アシェルは一呼吸を置き、続けた。


「恐らくレスター候は、過去ロペス家に殺人依頼を出している。その事を覚えているか?」


 ジーンはほぅ、と相づちを打ち、テーブルの上に身を乗り出した。ようやくアシェルの話に興味が湧いてきたという様子だ。


「それ、いつ頃の話?」

「10年前だ」


 前のめりの姿勢から一転、ジーンはのけぞって叫んだ。


「10年前ぇ!? おいおい勘弁してくれよ。1週間前に殺した奴の名前だってろくに覚えてねぇのに10年前!? あのさぁ、ロペス家(俺たち)バルナベット家(お前たち)と違って、ターゲットの素性を入念に調べたりしねぇの。ぱっと会いに行ってぱっと殺すだけ。だから依頼者とのやり取りも最低限で済ませてるし、目ん玉が潰れるくらいの超絶美女じゃなけりゃ記憶になんて残らねぇわ」


 ジーンは「はぁぁ……」と盛大な溜息を吐いた。それでも大昔の記憶をたどるつもりはあるらしく、ひたいに指先を当てて考え込む。


「それで……そのレスター伯爵は誰を殺してくれと依頼したわけ?」

「アルダ・イワンコフという名の成人男性だ。王都の路地裏で、占星術師の真似事をして生計を立てていた。10年前に、人気のない路地で何者かに刺し殺されている。……かなり残酷な方法で」


 アルダ・イワンコフというのは、ヴィクトールが調べてくれた(くだん)の占星術師の本名だ。名の知れた占星術師ではなかったことに加え、仕事のときには深くフードを被っていたことから顔立ちについては不明のまま。年齢についても詳しいことはわかっていない。それでも本名がわかっただけ上出来だとアシェルは考えていた。

 ジーンは悩まし気にうなりながらも、途切れ途切れに答えを返す。


「人気のない路地で惨殺……となると確かに俺の仕事かもなぁ。獲物を少しずつ追い詰めて、いたぶりながら殺すのが楽しかった時期があんだよね。初めは通りすがりにちょん、と腕を切るだろ。するとそいつはびっくりして逃げるだろ? 追い詰めたところを今度は脚をざくっと……」


 段々と流暢になり始めたジーンの語りを、アシェルは一刀両断した。

 

「お前の仕事方法はどうでもいい。レスター候がアルダ・イワンコフの殺人依頼を出したという証言が欲しい」


 ジーンはゆっくりと両手を顔の横に掲げた。わざとらしい『お手上げ』のポーズだ。

 

「そういうことなら、悪いけど期待には応えらんねぇわ。だって記憶にねぇもんよ。いくら首の骨を人達にとられてたって、覚えてないもんは証言しようがない」


 ジーンがそう言い切ったので、部屋の中はしばし沈黙となった。

 手持無沙汰のジーンは応接テーブルの上の菓子皿に手を伸ばし、アシェルは腕を組んでむっつりと考え込む。占星術師アルダ・イワンコフが殺害されたのは10年も昔だ。アシェルとてジーンからの有用な証言を期待していたわけではなかった。それでも他の真実を探る手立てがないだけに、落胆は大きかった。

 一口大の焼き菓子を口に放り入れながら、ジーンが尋ねた。


「ちなみにさぁ、何でそのレスター伯爵のことが気になってんの? 答えたくなけりゃ別に答えなくていいんだけど」


 アシェルは少し考えた後に答えた。

 

「……リヴィが『厄憑き』だという話は知っているんだろう。レスター候はリヴィを王家の婚約者の座から引きずり下ろすために、占星術師と共謀して嘘の予言を授けたんだ。そして予言の後、口封じのためにその占星術師を始末した」

「あー……だから娘のエミーリエがオスカー殿下の婚約者なのね。ようやく繋がったわ」


 ジーンは納得したとうなずき、すぐに言葉を続けた。


「なーんかまどろっこしいなぁ。別に証言とか証拠とかいらなくね? レスター伯爵が黒幕だとわかってんならサクっと始末しちまえばいいじゃん」

「……証拠は必要だろう。レスター候が黒幕だというのはあくまで憶測だ。憶測で人を手にかけるわけにはいかない」

「お前、ちょっと会わないうちに性格変わった? もっとこう……『気に食わない奴は殺しちまえ』的なタイプじゃなかった?」


 ――それで一度失敗しかけているからな。

 頭に湧いた言葉を、アシェルは苦い思いとともに飲み込んだ。気に食わないという理由で1人の少女と歩み寄ることを拒み、殺そうとした。あの大雨の夜に少女を殺してしまえば、他人を想うことの尊さなど永遠に知らないままだったかもしれない。ささやかな贈り物を嬉しいと思う気持ちも、花の成長を待つ楽しさも知らないままだった。

 リヴィが傍にいなければ、アシェルは今も冷徹で無慈悲な暗殺者だった。


 アシェルが黙り込んだので、ジーンは不思議そうな顔をした。ジーンを相手に己の変化を詳細に語る気にもなれず、アシェルはそれらしい理由を口にした。


「エミーリエはリヴィの友人なんだ。友人の父親を冤罪で殺すわけにはいかない。もちろん罪が確実なものとなれば、相応の謝罪と償いは求めるつもりだが」


 この説明でジーンはひとまず納得したようだった。ふーんと興味もなさげに相槌を打ち、またポリポリと焼き菓子をかじり始めた。

 そして3つ目の焼き菓子を飲み込んだ直後、ふいに呟いた。


「待てよ。エミーリエ・レスター……」


 次の瞬間、ジーンはせきが切れたように笑い始めた。2人きりの応接室に響く甲高い哄笑。身体をくの字に折り曲げて、ひぃひぃと息を切らして笑うジーンを、アシェルは化物を見るような目で見つめていた。

 やがてジーンはまなじりに浮いた涙を拭いながら言った。


「いやいや悪いね。別に10年前の出来事を思い出したとかじゃねぇよ? ちょっと変なところで、変なもんが繋がっちまっただけ……」


 また「ふ、ふ」と小刻みな笑いを零し、ジーンは語り始めた。


「2か月後、王家主催の大規模な夜会が開催される。まだ正式な発表はねぇが、関係筋からの情報だからまず間違いはない。王国中の貴族に声がかかると聞いているから、バルナベット家にもそのうち招待状が送られてくるぜ」


 アシェルは腕組みをして言った。

 

「招待状が送られてきたところで、父上は気にも留めないだろうな。うちはそういう家だ」

「クラウスさんは興味ないかもしんないけどさぁ。多分、お前は参加したくなるぜ。俺の話を聞いたらな」


 ジーンは目を細めてにんまりと笑う。テーブルの上に身を乗り出し、ここからは内緒話だと言わんばかりのひそひそ声で語る。


「このたびの夜会の目的は、婚約者のお披露目だ。オスカー第3王子の婚約者が正式に決まったことで、王家の息子たちは晴れて全員が婚約者持ちとなった。王国内の貴族を一堂に集めて、手っ取り早く婚約者たちをお披露目しちまおうってこと。そして俺はその夜会の最中に――1人の令嬢を殺す予定だ。そういう依頼を受けている」


 アシェルははっと目を見開いた。先ほどジーンが、意味深にエミーリエの名を呟いたことが思い出された。テーブルの上に前のめりとなって尋ねた。


「……まさかターゲットはエミーリエか?」

「さぁ、どうだろうな。俺だってプロだ、事前に殺しの情報を漏らすような真似はしねぇよ。ただ言えることは、今回の依頼は10年前の事件とつながっている。間違いなく」


 至近距離から見据えるジーンの瞳は、蛇に似た狡猾さを映し出していた。夜会をめちゃめちゃにすることが楽しみで仕方ない、アシェルの神経を逆なですことが面白くて仕方ない。

 アシェルはジーンの蛇の瞳を覗きながら、低い声で言った。


「依頼者の名前を言え、ジーン」


 ジーンはふん、と鼻を鳴らした。

 

「言うわけねぇだろ馬鹿。こちとら前金だって頂いてんだ。仕事の邪魔されちゃ堪んねぇや」


 それから吐息がかかるほどの至近距離でささやいた。


「夜会に来いよ、アシェル。きっとお前にとって忘れられない夜になるぜ」

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