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30.初めてのお菓子作り

 バルナベット家の屋敷の1階には、広くて手入れの行き届いた厨房がある。

 厨房には3人のシェフが在中し、屋敷の住人に3度の食事を提供する。屋敷では20名あまりの使用人が働いているのだから、1食分の食事の準備だけでも相当なものだ。品数の多いディナータイムの直前には、戦場と見紛うばかりの殺伐とした空気に包まれるのである。


 そのシェフたちの戦場である厨房も、昼下がりとなれば穏やかなもの。昼食の後片付けはすっかり終わり、シンク横にはピカピカの皿が積み上げられている。

 そしてまったりとした空気がただよう厨房の真ん中には、エプロン姿で立つ3人の乙女。


「ドリス。今日はよろしくお願いします」


 そう言って軽く頭を下げる者は、花柄のエプロンを身に着けたリヴィだ。リヴィの真横では、うさぎ柄のエプロンを付けたマリエラがまん丸な瞳を瞬かせている。

 2人分の期待の眼差しを受けて、ドリスは不安の面持ちだ。


「ご期待に添えるよう頑張ります……が、本当に私がお手本役でよろしいのですか? 美味しい菓子を作りたいのなら、シェフに指南を仰いだ方が間違いはないかと思いますが……」


 リヴィは微笑み、首を横に振った。


「ううん、ドリスに教えてもらいたいの。だって私たちはプロみたいに美味しいお菓子を作りたいんじゃないもの。少しくらい失敗してしまってもいいから、最初から最後まで私たちの力で作りたいの」

「……そういう事なら構いませんが、あまり期待はしないでくださいね。私は普段厨房の手伝いには入りませんし、最後にクッキーを焼いたのはもう5年以上も前のことです」

「私たちは初めての経験だもの。頼りにしてる。ねぇマリエラ様」


 リヴィが同意を求めれば、マリエラはこくりと頷いた。言葉こそないけれど、マリエラはマリエラなりに初めての体験を楽しみにしているようだ。

 リヴィとドリス、マリエラの3人が昼下がりの厨房に立っているのは、初めてのクッキー作りにチャレンジするためだ。ドリスが先生、リヴィとマリエラが生徒。メンバーがこの3人であることにはキチンとした理由があるのだけれど、ひとまずそこは割愛する。


 3人仲良く石けんで手を洗ったら、いざクッキー作りの始まりだ。材料の分量をはかりで丁寧に測り、ボウルの中で混ぜ合わせる。生地がしっとりとしてきたら、手で一まとめにして少し休ませる。綿棒で生地を平らに伸ばし、色々な形の型でぬいたら、天板に並べてオーブンの中へ。

 

 そうして調理開始から1時間半が経つころには、厨房はバターの香ばしい香りでいっぱいとなった。


「美味しそうに焼けましたね」


 天板に並ぶ黄金色のクッキーを眺め、ドリスが満足そうにそう言った。3人で協力して作り上げた型抜きクッキーは、端っこが欠けてしまったり、焼きすぎてしまった物も目立つけれど、初めて作った物だと思えば上出来だ。

 アツアツのクッキーをはふはふと味見すれば、リヴィとマリエラの顔は自然とほころぶのである。


 クッキーが程よく冷めた頃、ドリスは言った。


「少し急いで片付けをしないと、シェフたちが厨房にやってきてしまいますね。私は道具を片付けて参りますから、リヴィ様とマリエラ様はクッキーを包んでしまってください」


 リヴィが厨房の時計を見上げてみれば、現在時刻は午後3時半を少し回ったところ。午後4時を回ればシェフたちがディナーの仕込みを始めるから、それまでには厨房から退散しなければならない。


「本当だ、少し急がないと。マリエラ様の分は、何袋にわけてお包みしましょうか?」


 リヴィの質問に、4個目のクッキーを味見していたマリエラは少し考えてから答えた。


「……3袋。お父様の分と、お母様の分と、わたしの分」

 

 ちゃっかりと自分の分も入れてしまうところが、子どもらしくて何とも愛らしい。父母に囲まれてクッキーを噛むマリエラの姿を想像し、リヴィは幸せな気持ちになった。


(私は……2袋にしようかしら。アシェル様へ1袋と、あとはいつもお世話になっているヴィクトールにも。それからドリスの分は……)


 リヴィはドリスの後ろ姿を盗み見た。シンクの前に立ったドリスは、肩を揺らして洗い物の真っ最中だ。もしもドリスに「ドリスの分は何袋つつみましょうか?」と尋ねれば、「いえ、私の分はいりません」と返されることは目に見えていた。ドリスが自分のことを、単なるクッキー作りの指導役としか考えていないのだから。


(でも今日は、何としてもドリスが主役になってもらわなければ困るわ。そのために、マリエラ様にも協力していただいたのだから……)


 リヴィはよしと意気込んで、マリエラと一緒にクッキーを包み始めた。

 

 10分も経つと、後片付けをすっかり終えたドリスが戻ってきた。ちょうど同じ頃にクッキーを包み終えたリヴィは、できたての包み紙を一つ、ドリスの目の前に差し出した。


「ドリス、今日はありがとう。これはドリスの分のクッキー」


 綺麗に包まれたクッキーを見下ろし、ドリスは驚いた表情を浮かべた。


「私の分はご用意していただかなくて結構でしたのに。味見ならもうしましたし、リヴィ様と違って贈る相手もおりませんし……」

「でも、急に贈りたい相手ができるかもしれないでしょう? せっかく3人で力を合わせて作ったのだから、ドリスにも1袋もらってほしいの」


 リヴィがそう訴えれば、ドリスは困り顔ながらもクッキーを受け取った。急に贈りたい相手ができるだなんて、そんな摩訶不思議な出来事があるでしょうか? と心の声が聞こえてくるようだ。

 リヴィとマリエラはドリスに気付かれないように目配せをして、3人は厨房を後にした。

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