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28.黒幕の男

 顔にモノクルの影を落としたヴィクトールは、屋敷の階段を音もなく上る。蜘蛛のような素早さで身体を滑り込ませた先は、薄暗闇に包まれたアシェルの私室だ。


 部屋の中にはアシェルがいた。月明かりを映す窓を背に立っていた。アシェルはヴィクトールを一瞥すると言った。


「何かわかったか」


 ヴィクトールは短く返事をした後、物々しい口調で告げた。


「レスター候が黒幕です。間違いありません」

「……やはりそうか」


 レスター候――本名をフランチェスコ・レスター。位は伯爵。今や王国屈指の大貴族であるレスター家の主であり、リヴィの友人であるエミーリエの父でもある。

 エミーリエとの出会いをきっかけに、アシェルとヴィクトールはリヴィの過去に疑惑を抱いた。「キャンベル家の栄光を妬む何者かが、裏で占星術師を操り、リヴィにあらぬ予言を授けた可能性はないか?」と。そして幸というべきか不幸というべきかはわからないが――2人の予感は的中してしまった。

 古びたモノクルを引き上げ、ヴィクトールは語る。


「リヴィ様が『厄憑き』との汚名を受けた件の茶会は、モンテイグ家という貴族の家が主催したものでした。比較的新しい貴族の家であり、古参の貴族とつながりを持ちたいという理由から、頻繁に茶会を開いていたようです。そしてマンネリ化した茶会の席に、無名の占星術師を連れ込んだ人物こそがフランチェスコ・レスター」


 アシェルが意外そうに口を挟んだ。


「有名な占星術師、ということではなかったんだな」

「登場することで場を沸き立たせるような人物ではなかったようですよ。もっともこの占星術師については、詳しい素性を調べることができませんでした。理由は――後ほどお話しいたしましょう」


 咳払いを一つして、ヴィクトールの報告は続く。


「そして占星術師の登場に際し、『子どもたちの未来を占ってもらってはどうか』と提案する人物がいたそうです。この人物が誰であったかはわかりません。もう10年も前の出来事ですからね。誰がどんな発言をしたかというところまで、詳細に記憶している人物はいませんでした」

「状況を考えればレスター候がそう言ったんだろうな。得体の知れない占星術師に、大切な子どもたちの未来を占ってもらおうなどと、安易に口にする貴族の当主がいるとは思えない」

「私もそう思います」


 ヴィクトールはうなずいた。アシェルは腕を組みかえ、首を捻った。

 

「しかしそうなると疑問が残る。なぜキャンベル候は、その得体の知れない占星術師の言葉を信じてしまったんだ? キャンベル家の領土が豪雨に見舞われたからか」

「その点についても調査が済んでおります。領土が豪雨に見舞われた、というのは直接的な原因ではなかったようです。というのもその年は例年に比べて雨が多く、かなりの確率で河川が氾濫するだろうと予想されておりました。だからキャンベル候も、占星術師の予言を耳にしていた貴族たちも、豪雨による被害をリヴィ様のせいだとは考えなかった。――初めのうちは」


 含みのある言い方に、アシェルは興味深そうに目を細めた。

 ヴィクトールは声の調子を変え、報告を続けた。


「豪雨から数週間が立った頃、キャンベル家の屋敷の中でとある変化が起こり始めましたそうです。使用人たちの間で、『領土を襲った豪雨はリヴィ様の呪いの力である』という噂が広がり始めた。また同時期に、キャンベル家の領土では病が広がり始めた。大規模な災害の後は病が流行るものですからね。しかしその病について『リヴィ様の呪いの力によるものだ』と騒ぎ立てる者がいたようです。キャンベル家の屋敷の中に」


 アシェルは怪訝と眉をひそめた。

 

「……どういうことだ? キャンベル家の関係者が、リヴィを貶めるような発言をしたということか?」


 ヴィクトールは首を横に振った。

 

「いいえ。騒いでいたのは、豪雨災害からの復興にあたり外部から招き入れていた使用人たちです。キャンベル家とレスター家は古くからの付き合いでしょう。懇意にしているレスター候から、キャンベル候はかなりの支援を受けていたようですよ。金銭的な面でも、人員的な面でも」

「なるほど……レスター家から派遣された使用人たちが、『リヴィには呪いの力がある』と騒ぎ立てていたということか」

「この件に関しては、当時キャンベル家の使用人であった人物からの証言を得ています。当時レスター家から派遣されていた使用人は5名ほどいたそうなのですが、それぞれが些細な出来事を理由に騒いでいたようですよ。物が壊れればやれ呪いだ、と。指先を怪我すればやれ呪いだ、と。初めのうちこそ、キャンベル家の使用人はリヴィ様の援護をしていたようですがね。騒ぎが大きくなるほど呪いの力を信じる者の数は増え、次第に収集がつかなくなっていったようです」


 そこで報告を一区切りにしたヴィクトールは、ふぅと短く息を吐いた。

 数週間に渡る調査を経てわかったことは、リヴィに降りかかった不幸はリヴィのせいではなかったということ。持って生まれたルビーレッドの目も、髪も、決して災厄を呼ぶ力など持ってはいなかった。キャンベル家の栄光を妬む1人の男が、その美しい色に目をつけ、リヴィに『厄憑き』などという汚名を与えたのだ。卑しく小狡いフランチェスコ・レスターその人が。


「レスター候の目的は、娘であるエミーリエをオスカー殿下の婚約者にすることか?」


 アシェルの質問に、ヴィクトールは静かにうなずいた。


「そう考えてまず間違いないでしょうね。キャンベル家とレスター家はともに伯爵家で、両家の間で目に見えた優劣はありませんでした。リヴィ様がオスカー殿下の婚約者に選ばれたとき、レスター候はこう考えたはずです。『キャンベル家の娘を婚約者の椅子から蹴り落とせば、代わりに選ばれるのは我が娘なのではないか』と」


 部屋の中には沈黙が落ちた。

 少し考えた後、アシェルは言った。

 

「レスター候を裁くことはできるだろうか」

「……これだけの証拠では難しいでしょうね。レスター候を裁くためには、『リヴィ様に呪いの力がない』ことを世に証明しなければなりません。しかし『呪い』などという曖昧な事象の有無を、どうやって証明すればいいというのでしょう」


 その通りだ、とアシェルは肩を落とした。

 リヴィに呪いの力がないことは明らかだ。しかしそれを世に証明することはとてつもなく難しい。加えて今回は相手が最悪だ。レスター候の長女であるエミーリエは、このたびアンデルバール第3王子オスカー・グランドとの婚約を正式に発表した。今やレスター家は、王家と繋がりを持つ王国屈指の大貴族へと成りあがったのだ。10年も前の不祥事を訴えたところで、権力によりもみ消されてしまう可能性は高かった。

 そうだと理解はしていても、簡単に諦めることなどできるはずもなく、アシェルは必死で考えを巡らせた。そうするうちに一つの名案に思い至った。


「そうだ、例の占星術師は今どうしている。そいつを捕まえて、レスター候との共謀関係を吐かせれば、リヴィの潔白を証明することができるのではないか?」


 名前もわからない無名の占星術師。リヴィに厄憑きの汚名を与えた張本人。言い換えれば彼は、黒幕であるレスター候を除き、リヴィに呪いの力がないことを知っているただ1人の人物だ。

 彼と接触することができればあるいは。しかしアシェルの希望は、続くヴィクトールの言葉により無残と打ち砕かれることとなった。

 

「残念ながらそれはできません。彼はもう――死んでいますから」


 アシェルは息を飲んだ。


「……まさか口封じのために殺されたのか?」

「恐らくは。件の茶会から半年ほどが経った頃、路地裏で何者かに刺し殺されたようです」


 唯一残された希望は断たれたかに思われた。

 しかし意外にもアシェルの顔に落胆の色はなく、真面目な口調で続けた。


「刺殺、となるとバルナベット家(うち)の仕事ではないな」

「ええ。かなり惨たらしい殺され方をしていたようですから、恐らくロペス家の仕事でしょう」

「ロペス家か……」


 アシェルは苦々しい表情を作った。

 ロペス家はアンデルバール王国の南部に屋敷を構える、とある一族の名前だ。社会的に認められた貴族の家ではないが、屋敷の規模や使用人の数、総資産額はバルナベット家に匹敵する。そんな彼らの仕事はといえば――金をもらい人を殺すこと。バルナベット家同様、殺人を生業とする一族だということだ。

 ただしロペス家の暗殺ポリシーは、バルナベット家のそれとは天と地ほども違うのだけれど。


「ロペス家に接触を図ってみますか? 正直あまり……気が進まない部分はありますが」


 ヴィクトールの提案に、アシェルは少し考えてから返事をした。

 

「私の方から1度手紙を書いてみる。あそこの子息とはそれなりに付き合いがあるからな。正直まったく気は進まないが……リヴィのためだ」


 そう結論がでたところで、その日の報告会は解散となった。

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