25.あなたの笑顔を守るため
月明かりのまぶしい夜だった。頬を撫でる夜風は冷たくて、温かな上着がなければ凍えてしまいそう。
月明かりを背にしたドリスは、物置の扉を見つめじっと立ち尽くしていた。物置の中には2人の人がいるが、何を話しているかはわからない。
それからどれくらいの時間が経っただろう。きぃと錆びた音を立てて物置の扉が開いた。中から顔を出した者はアシェルだ。
ふぁ、と呑気にあくびなどしながら、園庭に立つドリスに語りかけた。
「ドリス、こんな夜中に何をしている。散歩か?」
ドリスはアシェルをまっすぐに見据え、答えた。
「カーラを見ていました。彼女が私室を抜け出したときからずっと」
「ああ……そうか。それはご苦労」
アシェルはふぁ、とまたあくびをした。このままドリスが何も言わなければ、部屋に戻ってすぐにでも寝てしまいそうだ。けれどもドリスには、どうしてもアシェルに尋ねなければならないことがあった。
「リヴィ様との会話を聞いていたのですか。カーラが嫌がらせの犯人かもしれないという」
ドリスが強い口調で問いただせば、アシェルは面倒臭そうに答えた。
「勘違いしてもらっては困るが、扉の外でずっと聞き耳を立てていたわけじゃない。『花壇の水やりはしばらく私1人でする』ということを、リヴィに伝えるため客間に戻ったんだ。そうしたらリヴィの話す声が聞こえた」
ドリスは唇を噛んだ。
カーラが嫌がらせの犯人かもしれないという話をしたとき、2人は部屋の中を見回しこそしたが、扉の外に人がいるかどうかまでは確認しなかった。あのとき客間の外では、アシェルが2人の会話に耳を澄ませていたのだ。
そうとも知らず、リヴィはドリスに全ての情報を話してしまった。
ドリスが悔しいと感じるのは、何もアシェルに手柄を横取りされたことではなかった。ドリスもアシェルも同じ情報を手にしていたはずなのに、主に汚れ仕事を押し付けてしまったこと。
「……なぜ私に任せてくださらなかったのです」
ドリスの問いかけに、アシェルは雲一つない夜空を見上げ考え込んだ。
「なぜだろう……初めは『嫌がらせの証拠を掴んでやろう』くらいの気持ちだったんだがな。カーラの独り言を聞くうちに我を忘れてしまった」
カーラの独り言の内容がどうであったのかをドリスは知らない。
カーラがリヴィに嫌がらせをしていた理由をドリスは知らない。
尋ねたところでアシェルは語らないだろう。彼にとって、全てはもう終わったことなのだから。
アシェルは本日3度目となるあくびをして、背中越しの物置を指さした。
「ドリス、物置の後片付けをしておくんだ。私への報告を怠った職務怠慢は、それでチャラにしてやる」
「……承知いたしました」
そうして園庭を立ち去る間際、アシェルは花壇を見下ろした。アシェルとリヴィが一緒に花の種を撒いた花壇だ。その花壇へ一緒に水をやることが、2人にとってかけがえのない時間となっていた。
綺麗にならされた土の表面に、小さく芽吹く緑色の双葉を見つけ、アシェルは嬉しそうに呟いた。
「リヴィの花園が、また害獣に荒らされなくて本当に良かった」





