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16.想いつなげる白い花

「すごい……」


 白馬の背から身を乗り出し、リヴィは感動の声をあげた。

 アシェルとリヴィの目の前には、見渡す限りの花畑が広がっていた。そこに咲く花は1種類だけ、星型の花びらを持つ真っ白な花だ。白い花が野原を埋め尽くすさまは美しく、そして不可思議だ。まるで夏の野原に雪の花が咲いたよう。

 

 花畑に見惚れるリヴィの耳元で、アシェルは穏やかな声で言った。


「エーデルワイスの花だ。エーデルワイスは高山地帯に群生する花で、アンデルバール王国の中ではここでしか見ることができない」

(私がハンカチに刺繍したのはこの花だわ……エーデルワイスという名前の花だったのね……)


 バルナベット家の屋敷の至るところには、エーデルワイスの花を描いた絵画が飾られていた。リヴィはその絵画を手本にして、アシェルのためにハンカチをつくろったのだ。

 そのハンカチは、結局アシェルに渡すことは叶わなかったのだけれど。

 

「バルナベット一族はエーデルワイスの花を好む。高貴の象徴であるとされる花だからだ。私もこの花が好きだ。だから貴女にも見せたいと思った」


 リヴィはまばたきすら忘れて花畑に見入っていた。

 リヴィの故郷は自然環境に恵まれた土地だった。家々の庭先には花壇が整備されていたし、林を歩くうちに小さな花畑を見かける機会もあった。

 まだ厄憑き娘などとは呼ばれていなかった頃、リヴィはよく花畑で花を摘んでいた。摘んだ花は花輪にして、大好きは母にプレゼントしたりもしたものだ。


 故郷で見た花畑は美しかった。けれども記憶にあるどんな花畑よりも、今目の前にある花畑は美しい。なだらかな斜面に咲き乱れる白い花は、風に吹かれてもなお凛と咲き誇るエーデルワイスは、リヴィに生きている喜びを感じさせてくれた。


「すまなかった」

 

 突然、耳元でそんな言葉が聞こえた。リヴィは思わず振り返った。


「え?」


 リヴィが見上げた先には、相変わらず無表情なアシェルの顔があった。けれども今のリヴィには、無表情の中にいくつもの感情を感じるとることができた。後悔、罪悪感、そして決意。黒曜石の瞳にさまざまな感情を滲ませながら、アシェルは言う。

 

「私は今まで貴女と向き合おうとしなかった。貴女が周囲からどのような扱いを受けてきたのか、貴女の人生がどれだけ凄惨なものであったのか、まともに考えることもしなかった。本当にすまなかった」

「いえ……そんな、私は……」


 リヴィはまごついた。アシェルから謝罪されることなど想像もしていなかったからだ。

 謝られることが逆に申し訳なくて、その場から逃げ出したい衝動に駆られた。しかし今リヴィは馬に乗っていて、背中をアシェルに支えられているのだから、どう足掻いても逃げ出すことなどできなかった。


 リヴィの心中を知ってか知らずか、アシェルは決意を滲ませた口調で言った。


「結婚についてはこれから真面目に考える。貴女と話し、貴女と向き合い、しっかり考えて決めたいと思う。結婚は一族全体に関わることだから、答えを出すまでに少し時間はかかると思うが――……」


 アシェルの、リヴィを支える腕に力がこもった。


「もし結婚はできないのだとしても、貴女を切り捨てるような真似はしない。貴女さえよければ、屋敷の使用人として雇いたいと考えている。貴女は努力家だし、人を思いやる心も持っているから、きっと皆とうまくやれると思う。……どうだろう?」


 最後の一言は少し緊張した調子であった。かたくなで他人の主張になど耳を傾けなかったアシェルが、初めてリヴィに寄り添おうとしていた。


 リヴィの頭の中には様々なできごとが思い出された。

 初めて屋根裏部屋に閉じ込められたとき、リヴィは泣きながら嫌だと訴えた。大好きなぬいぐるみを取り上げられたときも、家族から冷たい言葉を浴びせられたときも、1人で膝を抱えて泣いた。泣いてばかりの毎日だった。

 

 しかし10年に及ぶ孤独な生活は、いつしかリヴィに泣くことを忘れさせた。泣いても誰も助けに来てくれなかった。手を差し伸べてなどくれなかった。

 だからルドリッチに屋敷から追い出されたときも、フローレンスに冷たくあたられたときも、アシェルに殺されかけたときでさえリヴィは泣けなかった。虐げられることに慣れすぎて、涙の流し方など忘れてしまっていたから。


(私はここにいてもいいの……? 生きていても迷惑ではないの……?)

 

 そう考えた途端、リヴィは胸の奥に熱のかたまりがせり上げるのを感じた。その塊はあまりに大きくて、喉の奥につっかえて息をすることができなくなってしまう。

 無理に息をしようとすれば、熱のかたまりは行き場所をなくし、涙となって溢れ出した。積もりに積もった悲しみを洗い流すような温かな涙だ。


「う……うぁ、あぁぁー……」


 エーデルワイスの花畑を前にして、リヴィは声をあげて泣いた。

 アシェルはリヴィの背中に寄り添いながら、泣き声が止むのをいつまでも待っていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

ブクマや評価もありがとうございます、とても嬉しいです!

リヴィとアシェルはようやくスタート地点、じれったい2人を引き続き見守ってあげてください。

閑話を1話はさみ、物語は続きます。このまま何事もなくくっつくなんてことはナイ!

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