表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
実は神話です!?  作者: K.アミサガン
8/15

フォルダンって!?

沙希をして奈々に紹介しようとした医師、沖田。残念なことに事件の被害者となってしまう。

南は舌打ちするようなしぐさを見せると、

「なるほど弁護士先生というわけですか、どうりで警備の警官たちがいるのに、すんなりとおり抜けてくるわけだ。今日のところは引き下がりましょう、また改めてご挨拶させていただきますよ。」

南はエリートには良くある勝った感じをかもし出して病室を後にした。沙希はすぐさま由紀子に近づくと、肩を抱き、

「由紀子さん大丈夫、ひどいやつね、まだ由紀子さんは気持ちが落ち着いていないのに。」

由紀子は紗季が来たことがわかると一気に涙があふれた。

「沙希さん、沙希さん、来てくれたのね、ありがとう、ありがとう・・・」

「何なのあいつ、警視庁捜査一課だかなんだか知らないけどエリート面していやなやつ。」

沙希が由紀子を慰めている間、麗華の容赦ない口撃が南に向けられた。

「捜査一課の刑事、しかもあの鼻持ちならない態度、上級公務員試験をパスしたキャリア組ってわけね。」

涼子が冷静に南を分析した。

「あなたたちは大丈夫だと思うけど、いくら立場や能力が上だからといって人を見下した態度をとるなんて、それだけで優秀とはいえないわ。」

奈々が最後にさりげなくサクッと刺した。ようやく落ちついてきた由紀子が沙希に問いかけた。

「あの、沙希さん、顧問弁護士っていったい・・・」

「ああっ、ごめんなさい。改めて紹介するわ、私たちの尊敬する阿部先生。弁護士としてもすごい人で、由紀子さんの話をしたら相談に乗ってくれるって。あっ、でも顧問弁護士って・・・」

沙希は説明している途中で気がつき奈々の方を見た。奈々はやわらかく微笑んで、

「ふふっ、沙希さんとの話では確かに話しを聞くところからって思ってたけど、あの刑事の態度を見ていたらついね、でもいいんじゃないその方がこれから動きやすいし。」

由紀子はオロオロしながら、

「でっでもご迷惑じゃ・・・」

奈々は由紀子に全て言わせず、

「大丈夫、何も心配しないで、沙希さんたちの大事なお友達ですもの、私にとっても大事な人だわ。」

「ありがとうございます先生。」

今度は沙希が泣きそうにお礼を言った。


「さて、それでは改めてお話をと思っていたけど、気持ちが落ち着かないのならまた、改めてでいいと思うわ。さっきまで自分が一番偉いとでもいいたそうなそうな、いやなやつと二人っきりだったのですもの。精神的な負担がとても大きかったと思うわ。」

奈々は先ほどの南に向けた超攻撃的な瞳とはうって変わってやさしげな瞳になると由紀子にやさしく微笑みかけた。

「いっ、いえっ大丈夫です、せっかく阿部先生に来ていただいたのに・・・私、大丈夫です。」

由紀子はまだ少し顔色が青ざめていたが、奈々に対して努めて微笑んでいるようだった。それを見てとった沙希はすかさず、

「由紀子さん、阿部先生は本当に優しい人なの。ムリをしなくても、いつでもきてくれるから大丈夫よ。だから気を使わずに正直に言えばいいのよ。」

由紀子はそういわれた紗季の方を向いて本当にうれしそうに微笑むと、

「沙希さん、本当にありがとう。実はさっきの人のせいで本当に疲れてしまって、倒れそうだったけど、沙希さんたちが来てくれて、しかも阿部先生にも助けられて、どんどん元気が出てきたの、だから大丈夫。」

そういった由紀子の顔には少し赤みが差してきたようだった。

「じゃあ、まずはちょっとお茶しようよ。お見舞いに表参道「ししや」の新作あずきとカカオのフォルダンを買ってきたのよ~!!」

麗華が持ち前の明るさでお茶の時間を宣言した。

「ちょっと麗華、病室よ、少し静かにしなさいって・・・、ええっ!ししやの新作フォルダン、私それ食べたかったの!!」

最初は持ち前の冷静さで麗華をなだめていた涼子だったが、評判のスイーツはどんな女子に対しても最終兵器になるらしい。

「ちょっと、ちょっと涼子まで、静かにしなさいよ。」

沙希も実は興奮気味だったが由紀子のこともあるため二人をたしなめた。

「「ごっごめん・・・」」

その、光景をほほえましく眺めていた奈々が、

「まあ、まあ、沙希さん、この病室は広い割りに患者は由紀子さんだけ。おそらく警察が事情を聞くためにしつらえたものでしょう。さっきの南という捜査官は不快だけれど、この特別室のような病室には感謝ね。おかげで多少おおきな声を出しても他の患者さんには迷惑がかからないわ。」

そう言うと、それからはその病室がまるでキャンパス内のカフェのような雰囲気になって、小倉あんとチョコのバランスが絶妙だとか、さすが老舗のししやだとか、女子大生のガールズトークに花が咲いた。

「本当においしいわね。麗華さんのお菓子の趣味には感服するわ。」

奈々にそうほめられると麗華は顔を赤らめて、

「いえ・・・そんな、たいしたことではないです。由紀子さんが、みんなが喜んでくれればいいなって・・・」

「麗華さん、本当にありがとう。おかげで元気が出ました。先生、お話します。」

由紀子は先ほどよりも更に顔に赤みが差し、本当に元気を取り戻したようだった。

「由紀子さん、それでは始めるわね。それからつらくなったらいつでもやめるから気にしいないで言ってちょうだい。それから本当はあまり多人数で聞くものでは無いけれど、この子たちは特別ということでいいかしら。由紀子さん。」

「もちろんです、私には家族がいないし、当日だって今日だって沙希さんや麗華さんや涼子さんたちがいなかったらとても一人で警察の相手などできませんでした。」

由紀子がそう言うとすかさず麗華が、

「そう、特にあの南とかいういやなやつ、あんなやつが捜査一課のエリートっていうのが日本の警察の将来が思いやられるわ。」

とまたも厳しい口撃がされた。

「では、つらい話になると思うけど、まずその日のことをできるだけ詳しく話してもらえるかしら。」

そう奈々に促されると由紀子は先ほどの和やかな表情とは打って変わって厳しい表情になると、それに伴って沙希、麗華、涼子の三人も法律家の顔となった。

「沙希さんと親しくなることができたのも沖田先生の診療所に通い始めたのがきっかけでした。それまで沙希さんとは大学に入った最初の年のフォーラムで同席した程度でした。」

沙希は由紀子に向かって大きくうなづいた。

「私は幼いころから視力に障害を抱えていました。故郷の病院では良い治療法がわからず、あきらめていました。一都大学へ合格して上京し、フォーラムなどでいろいろな方と知り合いになって、その中でもとてもよくしてくれたのが沙希さんたちでした。あの日、私の診療時間は最後の予約でした。ちょうど私の前に沙希さんが見ていただいていたようでした。」

沙希はそこで由紀子に少し休ませようと話を継いだ。

「ええ、私は定期的に少し癖になっている左肩を診てもらいに来ていました。ちょうど入れ替わりになったんです。その日私は特に診察の話ではなくて沖田先生と阿部先生の話をしていました。」

「えっ、私の話を?」

思わず飛び出た自分の名前に奈々が驚きの声を上げた。

「あっすみません、常々沖田先生に阿部先生を紹介したいと思っていまして、ついお話をしてしまいました。」

沙希は顔を赤らめ言い訳した。奈々は悲しげな表情となり、

「そう、それはとても残念だったわ・・・」

沙希は少し困惑してしまったが、話したいことを説明しなければと気を取り直し、話し始めた。

「そのとき、沖田先生から阿部先生の紹介は少し間をおいてと言われたんです。なぜかとお伺いしたら、実は沖田先生は今訴訟を抱えているっておっしゃってました。」

「訴訟ですって。」

奈々は一気にこの事件にかかわりがありそうな事実に反応した。

「はい、深くうかがうのは失礼ですので、詳しくはわかりませんが・・・実は出すぎたまねをしてしまいまして、それならなおのこと、阿部先生にお願いしたらといってしまったのです。でも沖田先生はちゃんと担当の方がいるからと、やんわりと諭してくれました。」

奈々は片方の眉根を寄せ、怪訝そうな顔つきになると、

「どんな訴訟だったか、何かヒントになるような会話はなったかしら・・・」

つぶやくように話した。

「残念ながら・・・訴訟を抱えていると言うのも先ほどお話したように・・・あの日知ったばかりですので、特に気になるような会話はありませんでした。」

沙希の言葉に奈々をはじめその場の一同に落胆の色が広がったときに、場の中心から弱弱しいが、しっかりとした口調で言葉を発したものがいる。由紀子だ。

「あのう・・・私、沖田先生が悩んでいらっしゃったことを知っています。」

一同これには驚きの目を持って一斉に由紀子を見た。由紀子は更にしっかりとした口調で語り始めた。

「先生がおっしゃるには、以前勤めていた病院でのことだそうです。そのとき携わった手術の一つに医療ミスがあったようなんです。」

「「「「医療ミスですって!」」」」

その場にいた由紀子を除いた4人が一斉に声を上げた。

「はい、沖田先生はそうおっしゃってました。あれは医療ミスだったと。最近になって手術を受けたご家族の方が訴訟を起こされたそうなんです。」

「それじゃ、手術を受けた本人は亡くなられたっ・・・。」

とそこまで言って、麗華はしまったと言う顔をして目を伏せた。不謹慎だと気がついたのだろう。由紀子はそのことには触れず、

「はい・・・沖田先生はそのことに対してははっきりとおっしゃられませんでしたが、おそらくそうだと思います。そのご家族とお会いしたとおっしゃってました。」

奈々は怪訝そうな顔をして、

「当事者と直接会うというのはあまり適切な行動とは思えないわね。」

そう言うと、すぐさま由紀子は、

「その手術は直接沖田先生が執刀されたわけではないらしいのです。」

「なるほどそういうわけね。それで・・・」

奈々は引き続き由紀子の話を促した。

「はい、先生は助手として参加していたらしいのです。そのときの執刀医は、病院でも評判の先生で、テレビにも出たことがある人らしいのです。」

奈々はテレビというものがこの人間世界の評価の一つになっていることにうんざりしていたので、テレビに出るような医師だからといって名医だとは限らないわ、と心のなかでつぶやいていた。

「実際に病院では名医の評判でしかも若くて容姿もいいそうです。」

(若くてイケメンの医師、悪いイメージしか思い浮かばないわね。)奈々は昔なじみの女癖の悪い神の顔がふっと浮かんだ。そんな奈々に気づかず由紀子は話しを続けた。

「沖田先生はその先生と一緒に手術することはあまりなかったのですが、確かに腕はいいと思ったそうです。ただあまり普段の行動が好きになれず、プライベートではあまりお付き合いをしなかったそうです。」

「普段の行動・・・?」

じっと耳を傾けていた涼子が聞くとはなしに問いかけた。

「若くてイケメンということは、お決まりのコースは女性関係ね。」

由紀子ではなく奈々が答えた。

由紀子は少しびっくりしたような表情を見せたが、すぐに気を取り直して、

「はい、おっしゃるとおりです。沖田先生は病院内外に女性関係の悪いうわさがたえないともおっしゃっていました。」

「それでどんな医療ミスだったか、何かお話されていた?」

奈々が由紀子に問いかけると、

「どんな手術だったかは、お話されていませんでしたが、そのときの手術でその先生は明らかにいつもと違っていたとおっしゃっていました。」

「どんなふうに?」

奈々がタイミングよく質問を入れると由紀子は、

「はい、お酒を飲んでいた可能性が高いと・・・」

「お酒ですって!それは信憑性が高いお話なの?」

「いえ、沖田先生がおっしゃるには、証拠は無いと・・・、そのとき手術を一緒に行った医師や看護士の証言だけが頼りだそうです。」

「なるほど、それでご家族が沖田先生に会いに来たというわけね。」

「はい、そうおっしゃっていました。」

「それで、沖田先生は証言するつもりだった。」

「はい、強く決意されているようでした。ただ、そのほかの手術に携わった人たちは、証言を拒否しているようでした。」

そこで急に沙希があっと大きな声を上げた。一同驚いて沙希を振り返った。

「わっ私その人に会いました。きっとその人です!」

「沙希さん、急に大きな声を出して驚いたわ。」

「そうよ沙希、いったいどうしたっていうの。」

「あーびっくりした、いったい何事」

奈々と涼子、麗華はそれぞれ沙希に対して苦情をいった。由紀子にいたっては目を見開き、何も言葉を発せない状況だった。

「皆さんごめんなさい、由紀子さん大丈夫、驚かせてしまって本当にごめんなさいでも、今の話をきいて私思い出したの。あの日私が沖田先生のところに行ったとき、先にお客様がいて、わたしの予約時間だったので、変だなと思っていたら、沖田先生からは聞いたことのない厳しい口調で帰ってほしいと伝えていたわ。そこですれちがったの。確かに格好のよい男の人だったけど、何かいやらしい感じがして、沖田先生の友達だったらいやだなと思って聞いてみたら、昔同じ職場にいただけの人だといっていたわ。」

沙希はそのときの状況を説明した。すると今度は麗華が大きな声を上げた。

「ちょっと、ちょっと、その日ってもしかして!」

「そう、その当日よ。」

「そいつよっ、絶対、そいつだわっ。」

麗華は麗華らしい短絡的な意見を述べた。さすがに奈々は麗華をなしなめて、

「麗華さん、めったなことを言うものでは無いわ。法律を学ぶ者として今の言動が名誉毀損に当たることは、頭の回転の速い麗華さんならわかるでしょう。」

麗華はシュンとして、

「すみません先生・・・」

「そうよ麗華、もし今のことがあいての耳に入ったらそれこそ大変なことになるわよ。」

冷静な涼子が更に追い討ちをかけた。沙希はますます落ち込んでいく麗華を見て、

「でも、先生、麗華はおっちょこちょいのところもありますけど、直観力にはすばらしいところがあって・・・」

奈々は沙希に皆まで言わせず、

「わかっているわ、麗華さんのカンはものすごく当たるものね。だからなおさら注意しなければならないわ。」

沙希の助けと奈々の言葉で少し元気を取り戻した麗華が、

「先生、どういうことですか。」

「今の話を聞くと、多分その医師はとても頭のいい人ね、証言を控える人がほとんどと言うことは、かなりいろいろな手を使って抑えをしていると見ていいわ。今回の沖田先生の件が仮りに、その医師としても、短絡的な犯行とは思えない、きっと用意周到に実行したはずよ。」

麗華は改めて表情を引き締めると、深くうなづいた。

「それで由紀子さん、沖田先生が助手をした医師の名は聞いているの。」

由紀子は気を引き締めて、ゴクリとつばを飲み込むともしかすると今回のことに深く関わっているかもしれない人物の名を静かに、しかしはっきりと一同に伝えた。

「護国大学付属総合病院の北島医師です。」


由紀子は少し間をあけて当日の話を続けた。

「少しはやめに診療所へ着たら沙希さんがいて沖田先生と楽しそうにお話していたわ。」

「ええ、ちょうどさっきの男の人が女癖が悪いとか、沖田先生によくわかったわねとかほめられていました。」

「そこへ私が入っていき、沙希さんに一緒にいていただいてもいいのよって言ったら、先生にいくら仲のよいお友達でも診察に同席するのはいけないわよってたしなめられて・・・でもその診察が最後になるなんて・・・」

由紀子は先ほどまで明るさがもどっていたがさすがに青ざめていった。

「由紀子さん大丈夫、気にしなくて。大変だったら後日でいいのよ。」

奈々が優しくフォローした。

「大丈夫です先生。その日は先生も少し元気がなかったように思いました。もしかすると予定外の来客が原因だったかも知れません。いつものように診察をしていただきました。そして診察が終了してご挨拶をして帰りました。その日は私の診察が最後だとおっしゃってました。」

そこまで由紀子は一気に話すと一息ついた。奈々はすかさず由紀子に少し休むように進めた。由紀子はほっとしたように微笑むとふうと一息ついて、涼子がゴールデンルールに忠実に従って入れてくれたオレンジペコを口に近づけた。

「わっすごくいい香り、紅茶ってこんなにいい香りのするものなの。」

少し疲れがでた顔にまた赤みが差した。

「そう、よかった。さっきは濃厚な風味のお菓子があったので、わざと香りを抑えてお菓子が楽しめるようにしたの。でもこれは純粋に香りを楽しめるように入れてみたわ。」

涼子は冷静に紅茶を解説してくれた。

「麗華さんのお菓子もそうだけど、涼子さんの紅茶の趣味もすばらしいわ、お茶の選び方や入れ方など涼子さんらしい完璧さね。」

奈々が涼子の紅茶に賛辞を送ると、いつもは冷静でともすれば冷たく感じる涼子の顔が赤く華やいで、涼子らしくないカミカミで、お礼を言った。

「アッ・ア・リ・ガ・ト・ウ・ゴ・ザ・イ・マ・ス」

そんなやり取りを見ていた由紀子の表情にはまた赤みが差した。

「阿部先生、続きをお話します。」

「ええ、お願いするわ。でも本当にこの子たちは人を幸せにする力を持っているわね。」

思いもよらないほめ言葉に沙希、涼子、麗華は顔を赤らめて、心のそこからうれしそうにするのであった

由紀子は再び静かに語り始めた。

「先生にお別れを告げて、自宅に戻ろうと電車に乗ったところで診察券を忘れてきたことに気づいたんです。次の駅で降りて、すぐ反対方面の電車に乗り換えたんです。そのときには既に先生の診療所を出てから一時間はたっていました。」

奈々は由紀子に一息入れさそうと、質問をはさんだ。

「診療の出たのは何時だったの。」

「はい、診察が始まったのが沖田先生のところの最後の時間帯で夜6時からで、一時間ほど診ていただきました。」

奈々は少し考え込むようなすぐさを見せると、

「夜7時ごろに診療所を出たとして、電車で折り返したころは既に夜8時を回っていたということね。」

「はい、でも沖田先生はいつも夜遅くまで診療所にいることが多かったので、まだ十分いらっしゃると思っていました。」

奈々は由紀子にゆっくりでいいのよというようなしぐさで紅茶をすすめた。由紀子は芳醇な香りのオレンジペコを一口飲むと、言葉をつないだ。

「沖田先生のクリニックがあるフロアは、一般の事務所が多く、夜8時を過ぎると沖田先生のところ意外は大体電気が消えているんです。その日も阿部先生がおっしゃるようにクリニックのビルに着いたときは8時を回っていたと思います。」

由紀子の話が徐々に事件当日のことに及んできたため、その場のみんなは固唾を飲んで見守っていた。

「エレベータで沖田先生のフロアへ上がると既に廊下の電気は消えていました。エレベーターを出たところに廊下のスイッチがあって、初めての人でもわかるように、そこには照明がついているのですが、確かに廊下の照明は落ちていましたいました。クリニックはフロアの一番奥なので、照明が無いと歩きにくいと思いますが、私はあまり気にならないのでそのままクリニックの方へ歩いていきました。」

「ちょっと、待って。由紀子さんがフロアに上がった時には照明が落ちていたということなの。」

奈々は由紀子の言葉に驚いたように聞きなおした。

「はい。私がエレベーターから降りたときには照明は落ちていました。私は多少の光は感じることができるので。多少非常灯の明かりはあったかもしれませんが・・・」

思ったことをすぐ口にする麗華が奈々に質問した。

「先生、廊下が暗かったことが何かあるんですか。」

奈々は少し答えるかどうか迷ったが、

「最初から殺害するつもりで来たということよ。」

奈々はことさら言葉に感情をのせずに淡々と語ったが、その場のみんなは蒼白になり固まった。特に由紀子は直接出会ったわけだが、最初から殺害目的でやってきた人物に出会ったことに対して改めて恐怖を覚えた。奈々はその雰囲気を察してか、

「由紀子さん、みなさん少し休憩しましょう。」

といって席を立った。奈々はこれまでの由紀子の話を総合して考えてみた。

(犯行に及んだ人間は、最初から殺害を計画していた。夜遅く遅くまで沖田医師がクリニックに残っていることを知っていた。同じフロアのテナントが全てクリニックより先に閉まることも知っていた。冷静に計画し残酷に実行した。恐ろしいやつだわ。由紀子さんは本当に無事でよかったわ。犯人を特定できるような何かをつかんでいたら、確実に殺されていたと思う。でも由紀子さんが目が不自由だとわかって、あえて危険は犯さなかった。それほど冷静で残酷なやつだわ。みんなにうかつな発言をして外に情報が漏れないように注意しないと、特に麗華さんにはね。)

奈々が病室に戻ると、沙希をはじめとする三人娘たちが由紀子を励ましていたらしく、由紀子は多少元気を取り戻しているようだった。

「阿部先生、もう大丈夫です。」

「そう、でもムリは禁物よ、とても怖い目にあったのだからゆっくり落ちついて話してみて。」

由紀子は力強くうなづくと、エレベーターから降りてからのことを話し始めた。

「エレベーターから降りると、照明は落ちていましたが、夜遅いときにはよくあることなので、沖田先生のクリニックまで進んでいきました。近づくにつれて、人の気配がしたので沖田先生がまだいらっしゃると思いました。そのままクリニックの入り口に近づいていき沖田先生に声をかけようとしたときでした。」

そこまで言うと由紀子は少し身震いをしたようだった。無理も無い、その後凶悪な殺人を犯したと思われる犯人に出くわしたのだから。奈々はあえて由紀子の方を見ず、じっと由紀子が話すのを静かに待っているようなそぶりだったが、他の三人は息をのみ由紀子をじっと見つめた。

「そのとき、人とぶつかったんです。廊下も暗く、まさかそこに人がいるとは思わなかったのでしょう。かなり勢いよくぶつかりました。最初は沖田先生かと思い声をかけました。」

そこで由紀子は一息ついた、その時のことをしっかりと思い出そうとしているようだった。

「沖田先生と声をかけたんですが、答えはありませんでした。でも近くにいる気配がしたんです。それで今度は大丈夫ですかと声をかけたんです。でもやはり答えはありませんでした。でもじっとこちらの様子をうかがっているような気配がしたんです。」

由紀子がそういい終えると沙希たち三人はゴクリと固唾を呑んだ。まさに凶悪な殺人犯と由紀子が遭遇した瞬間だったからである。由紀子は話しを続けた。

「私はいつも使っている杖を落としてしまっていたので、手探りで探しました。しばらくして杖を見つけましたが、その間中、私を見ているようでした。杖を見つけて立ち上がると、その気配はゆっくりと遠ざかっていったのです。」

由紀子の命が助かった瞬間でもあった。奈々は改めて思った。

(なんて恐ろしいやつ、冷酷でしかも頭も相当いいわね。由紀子さんが目が不自由だということを十分に確認している。しかも自分の痕跡を感じ取っていないかどうか確かめているわ。)

由紀子は話しをつづけたが、徐々に顔色が優れなくなっていった。それもそのはずであるこの後、沖田医師の遺体を発見することになりからである。奈々はそのことを思いやり由紀子にこれ以上は必要ない旨を伝えたが、由紀子は気丈にも話を続けるといった。

「由紀子さん大丈夫。ムリをしないほうがいいと思うわよ。」

奈々は気遣ってそういったが、由紀子は首を横に振り、

「大丈夫です、阿部先生。さっきの刑事さんにも聞かれましたから。でもそのときはうまく話すことができなくて。かえって今、先生や沙希さんたちに聞いてもらった方がいいと思います。」

奈々は優しい眼差しを由紀子に向けると、

「わかったわ由紀子さん、でもつらくなったらいつでもやめていいのよ。」

「はい、ありがとうございます。」

沙希も、

「そうよ、由紀子さん、無理は禁物よ。」

「ありがとう沙希さん、でもあなたたちがいるから大丈夫。さっきの刑事さんよりずっとしっかりと話せると思うわ。」

「そうよ、あんなやつに話す必要なんか無いわ、阿部先生にお任せすればいいのよ。」

と思ったことをすぐに口にだす麗華が言ったがすぐさま冷静な涼子がたしなめた。

「ちょっと麗華そうはいかないわよ。警察に対する証言はしっかりとしなくては。でも私たちは少しでもその手助けになるようにしっかりと聞いておかなくちゃ。」

麗華はぺロッと下を出すと、すぐ神妙な顔になり由紀子に向き直った。由紀子は少し元気を取り戻したように微笑むと、

「沙希さん、麗華さん、涼子さん、本当にありがとう。」

そう三人に改めてお礼をいうと、ゆっくりと話し始めた。

「ゆっくりと気配が遠ざかっていくと、とても不安な気持ちになりました。さっきぶつかったのは沖田先生じゃない、沖田先生がいたなら声をかけてくるはず。そう思い恐る恐るまた声をかけました。クリニックの明かりは消えているように思いました。それが更に不安な気持ちを強くしました。再び声をかけてみましたが、返事はありません。沖田先生はいらっしゃらないのかと思いました。いえ、いらっしゃらないことを祈っていました。少し歩くと、診療所の前の廊下で何かが杖の先に当たりました。それが・・・それが・・・」

由紀子はそこで言葉に詰まった。奈々はすかさず。

「由紀子さん、もういいわもう十分よ。少し休みましょう。」

沙希たちミューズの友達、由紀子を救うため女神の力が発揮される。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ