カラオケって!?
奈々、最大のライバル美奈子が現れ講堂は騒然!
・・・・・・
「ねえ沙希、阿部先生を誘って食事に行かない、私たちなら付き合ってくれるんじゃない。」
デジタルエリートの麗華がタブレットでグルメ情報を検索しながら沙希に行った。
「そうね、私たちが調べた美奈子って人の情報も伝えたいし・・・」
沙希は本当は奈々にいろいろ聞きたいのが本音だったが、思っていることとは違う聞こえの良い言い訳を答えた。
「だめよ沙希、あなたらしくもない。阿部先生がライバルの情報を知らないわけが無いじゃない。」
冷静な涼子が沙希の心を見透かすように言った。
「そうね、ごめんなさい。先生にいろいろ聞きたい気持ちが本心なの。正直に先生に今日のこと、美奈子って人のこと、いろいろ聞きたい・・・」
沙希は正直な気持ちを涼子に言った。
「わあ、ここ本格的ゴーダチーズを使ったフォンデュがおすすめだって!」
沙希と涼子がいろいろ気をもんでいるのにも関わらず空気を読まない、マイペースな麗華がタブレットを覗き込んで快哉をあげた。
「もう、麗華ったら、幸せ者ね。」
冷静な涼子が呆れ顔でつぶやいたがそんなプライベートツイートは気にせず、麗華は
「七時から女性四人で女子会コース、当然ゴーダチーズのフォンデュ付!予約完了!」
「「麗華には勝てないわね」」
沙希と涼子は口をそろえてあきれて言った。しかしその呆れ顔には明らかに期待と感謝の念がこもっていた。
「ねえ涼子、なんて言ってお誘いしたらいいかしら」
「やっぱり沙希、正直に今日のこと美奈子って人のこと聞きたいといった方がいいんじゃない」
奈々の研究室の前で涼子と沙希はなんと言って奈々を誘おうかと思案していた。
「阿部先生!おいしそうなフォンデュのお店見つけた!」
「「あっちょっちょっと、麗華、待って」」
いろいろ思いあぐねている沙希と涼子の横をすり抜けて、麗華は勢い良く奈々の神殿の禁を破ったのであった。
「あら、麗華さんどうしたの楽しそうに。」
麗華はマイペースで天真爛漫、いわゆる天然キャラで沙希と涼子はいつもハラハラしているが、なぜかわりとうまくいってしまう。帝都大学でもこの三人はトップレベルの成績であり、沙希も涼子もそれなりに努力し研鑽を積み上げているが、麗華は二人が見ている限り努力や研鑽をしている様子がない。大事な試験の前でも勉強しているのを見たことがない。それどころか、ほかの二人は試験に備えて懸命に勉強するが、麗華は前の日でも漫画を読んでいたり、果ては新作ゲームに没頭したりとおおよそ日本最高学府の学生とは思えない。日々帝都大学に入学するため勉学に没頭している学生たちにして見れば首を絞めたくなるような行動だが麗華はいたってのほほんとしている。だがそんな麗華はとかく近寄りがたい感じがする沙希と涼子に比べて愛されキャラで沙希と涼子がモデル張りの容姿に比べてアイドル然とした見た目で実は男子学生の人気は一番といううわさである。
奈々はこの三人のミューズたちの信心を心地よく思っていた。もともと大学教授というこの時代の職業を選んだのも学生たちに囲まれることが心地よく感じられたからである。その中でもこの三人に囲まれていると、なんとなくだが元気が出てくる感じがするのである。
天地創造より唯一と言っていいほどの敗北感をまさか令和の日本で再び味わうとは思っていなかった奈々にとって三人のミューズとりわけ天真爛漫な麗華と接することは力がわいてくるような気がしていた。
「「すっすみません。こっ、この子、いつも失礼なことばかりして・・・」」
いわゆる優等生である沙希と涼子はあわてて謝罪の声を発した。
「まあ三人そろって。いいのよ沙希さん、涼子さん。麗華さんは麗華さんらしくて。」
宿敵ともいえる美奈子いやアフロディーテと古の時をこえてまみえた後にしてはふしぎと心地よく麗華と二人を迎え入れた。沙希と涼子は心の底からほっとし、麗華はほかの二人がとてつもなく気をもんでいるのにも関わらず、そんなことにはまったく気にせず、にこやかに奈々に得意のググって見つけた店を指し示しながら。
「先生、チーズフォンデュのおいしそうなお店、渋谷です。今日行きましょう。あのエロい女のことなんて忘れて。」
ほっとしたと思った瞬間、沙希と涼子は思いっきり吹き出しそうになった。食事の誘いだって結構たいへんな事なのに、言いにくいことをあっさり口に出すので二人は心臓が飛び出るほどおどろいた。
「「○×△※$#★%!☆・・・・」」
もはや言葉にならないしどろもどろの音が二人の口から発せられた。しかし奈々はにこやかに。
「あはははは、麗華さんにはかなわないわね。今日、私の講義は朝だけで後は研究資料の作成だから、あなたたちに合わせられるわよ。」
奇跡だ、奇跡が舞い降りた。言葉を忘れた二人のミューズは、残り一人の自由奔放なミューズに感謝していいものなのか、ただのラッキーなのか考えあぐねていたが、自由な発想はめまぐるしい速度で次の段階に進んでいた。
「先生、私たち最後の講義は五時半で終了ですからその後に、こちらへうかがってもよろしいですか。」
「ええ、出かける準備をしておくわ。」
研究室の扉が閉じられて背にしたとき、沙希と涼子はそれこそへなへなとそこに座り込みそうになった。
「麗華、いい加減にしてよ。心臓止まるかとおもったわ。」
「そうよ、これで阿部先生に嫌われでもしたら一生うらむわよ。」
沙希と涼子は口々に抗議した。
「でも嫌われもしてないし、喜んで一緒に行ってくれるって言ってたじゃない。」
とどこまでもマイペースである。抗議はしていても沙希も涼子もそんな麗華がうらやましくもあった。
いっぽう麗華は思った。
(そりゃあさ、正直ちょっとまずいと思ったことは結構あるわ。実際失敗したこともあるし。悪い癖だと思ってる。今までもそれで友達がいなくなったこともよくある。でも、沙希も涼子も、そんなことで嫌ったりしない。今まで付き合ってきた人たちより格段に優秀だし、何よりも人間が大きい。行動が先行する私を大きな心で見守ってくれる。涼子のあの理論的な考え方は私にはできない、一から始めて二、三、四と論理を積み上げていく論法はすばらしい。聞いていて気持ちがいいし、すっきりする。人によっては冷たく感じると敬遠する人も多いけど、私は知っている、本当はとっても暖かい心の持ち主だと。あと180以上ある身長もうらやましい、本人は180は無いと言い張ってるけどね。それから何よりも沙希。彼女のどんなときでも平静さを失わない心の強さはとてもまねできないはわ。バランス感覚もすばらしい。得意分野は当然のこと、不得意分野だって、必要ならば強烈に勉強して、へたすれば得意分野にしてしまう。それに何しろ統率力が抜群、私も涼子も実は沙希に会うまでは、わりと周りから浮いていた存在だった。涼子は否定するかもしれないけれど、私は確実にそうだった。そんな私たちをしっかりまとめてくれる。しかも学校内でも沙希に一目置く人たちは多い。まあ阿部先生に対してはいつも平常心とは行かないみたいだけどね。)
数時間後渋谷のしゃれたイタリアンに女神と三人のミューズたちはいた。その光り輝くオーラで店は今年一番の華やかさに包まれていた。奈々のテレビ出演はそんなに数多くないが、そのインパクトと後日談によって、認知度はかなりのものだった。それに加えて引き連れた三人のミューズたちの三者三様の美しさは周りの視線を一手に集めるのに十分すぎるほどだった。店の責任者もその雰囲気に気づき、自分の店がパルテノン神殿と化すことを防ぐために託宣所いやVIPルームを用意すると申し出たが、奈々がやんわりと断った。奈々にしてみればテレビに出たことでの特別扱いに嫌気がさしており、店のことを考えれば申し出に従ったほうがよかったかもしれないが、どうしても同意できなかった。周りのお客にしてみれば華やかな四人と同じ空間で食事をすることは、悪い気はしないしいい経験だと思っている人が大半だった。ただし不幸なことにカップルで来ている二人にとっては、自分の彼氏が気もそぞろで四人に気持ちが行っているのに腹をたてて出て行く彼女が続出した。純潔の女神でもある、奈々にとっては案外悪いことでもないのだが、結婚をつかさどるヘラにとってはとんでも無いことである。
「麗華さんのセンスにはいつも驚かされるわね。ここのチーズフォンデュはとてもおいしいわ。ワインもいいものをそろえているし。」
奈々は思った。太古の昔オリンポスではアンブロシアとネクタルが神々の宴席の定番だった。定番というかこれしかなかった。この二つを食べることで不老不死となるといわれていたが、奈々ははっきり言って飽きていた。アンブロシアとネクタルは確かにまずくはない、しかし年がら年中アンブロシアとネクタルではいい加減飽きる。気も遠くなるような長い時間食べ続けてきた。
(いい加減ほかのものを考えられなかったのかしらね)
奈々はこの日本に現れたときに一番驚いたのは食生活である。奈々が知る限りの人間たちの食物は海や山で取れたものを、プロメテウスから与えられた火によって加熱したものだけだった。確かに基本は火による加熱には変わらない。今あるこのチーズフォンデュの下で燃えているのもプロメテウスが与えた火だ。
(ここまで火により人間が進化したことを知れば、プロメテウスも鷲に心臓をかじられ続けるかいがあるというものね)
さりげなく残酷なことをいうのも奈々らしい。
「そうでしょう阿部先生、ここ、いろんなサイトで評価三ツ星!」
奈々にほめられた麗華は小躍りするように答えた。そんな麗華を見て沙希も涼子もほほえましく思った。
「阿部先生、本当に今日はお付き合いいただきましてありがとうございます。」
「麗華が失礼な誘い方をして本当に申し訳ありません。」
沙希と涼子は口々にお礼と謝罪を述べた。麗華は少しほほを膨らめて。
「何よ二人とも私のおかげで阿部先生とご一緒できたのに、なんか私が悪者みたいじゃない。」
「ごめんごめん、麗華。私たちはそんなつもりはないの。本当に麗華のおかげで阿部先生と食事できて感謝してるのよ。」
沙希はにこやかに麗華の労をねぎらった。
奈々はそんな三人のミューズたちのやりとりをほほえましく思いながらカベルネ・ソーヴィニヨンを傾けた。
(人々を堕落させるためにディオニュソスが作った、くだらない飲み物だと思っていたけど、案外悪くはないわね。)
四人の会話は今日できなかった講義のことや、今話題になっている法廷のことなど硬い話に終始していたが、ワインも進み沙希はどうしても聞きたかった美奈子の話題を出したかったが振りあぐねていた。
「阿部先生あのエロい人どんな関係なんですか。」
またも麗華の一言に沙希も涼子もワインを吹き出しそうになった。
「「れっ麗華!」」
沙希はすぐさま
「申し訳ありません、阿部先生。私がそのことにどうしても気になっていて、麗華が変わりに口に出してくれたんです。」
間髪いれずに涼子も。
「沙希だけじゃありません、私も気になっていて、本当にすみません。麗華は悪くないんです。」
奈々は質問されたことより三人の友情がすばらしく感じられ、微笑みながら言った。
「いいのよ、皆さんも気になるでしょう。べつに腫れ物に触るように考えなくてもいいのよ。それにあの女、いや美奈子のことは実はあんまり知らないの。」
「「「そっそうなんですか。」」」
三人は一様に驚きを隠せない。
「ええ、昔からの知り合いだけど、はっきり言って友達じゃないし、なにやってるかも興味ないし、実はどっかで野垂れ死んでてくれたらいいなと本気で思ってたし。」
美奈子に対する強烈な毒に三人はかなりドン引きしたが、奈々の方から。
「美奈子っていったい現代では何者なの。」
「げっ現代???」
「いっいえ、今なにやってるのかなって・・・」
奈々はついつい現代に顕現したアフロディーテのイメージで聞いてしまった。
「エステサロンビーナスの社長というのはご存知ですか。」
沙希が恐る恐る解説をはじめた。
「ええ、コマーシャルで何度か、あの忌々しい姿・・・いえ、姿を見たことがあるわ。」
奈々はこの世界に顕現して、初めて見知った顔を見たのが美奈子だった。しかもテレビのコマーシャルで。そのときこの世界での名前も知った。エステサロンといういかにも美奈子がやりそうなことだと、ほとんど興味もわかなかったが、あの日大神ゼウスがおっしゃった、皆のものは必ず復活すると言う言葉を疑ったことも無かったし、自分がこの世界に顕現したからには、ほかのおそらくあのころの全ての者たちがこの世界にいるだろうとの想像はついた。ただよりにもよってあの美奈子がアフロディーテが自分に近づいてくるとはおもいもしなかった。何が目的なのかは冷静に考えなければならない。私は曲がりなりにも知恵の女神なのだから。
「私もエステサロンのオーナーだとしか思っていませんでした。学校の人たちもかなり会員になっているのは知っています。あまり料金が高くないのに、確実にきれいになれるって評判があるみたいです。」
「沙希はいまでも十分きれいだからあんまり興味がないと思うけど、私は結構マジに入ろうかとも思ったわ。」
麗華が素直な意見を述べる。
「でもどうしても理屈がわからないんです。たいていのエステは高い化粧品に高い素材の健康食品を使って高い料金できれいにする。当たり前の構図なんですが、ビーナスは違う。精神、心の美しさが表面に出るをコンセプトにしていて、どうも納得がいかないんです。下手すると変な宗教みたいで。」
理論派らしい涼子が麗華の言葉をつないだ、。
「そう、そういって涼子が止めたから入会しなかったけど。入った子はみんな間違いなくきれいになってるわ。ただちょっと方向がエロに行ってるけど。」
(まあ神なんだから宗教がかってるのは、当たり前だけどね。)奈々は皮肉っぽく思った。
「エステサロンとしては非常に評判が良くて店舗数も売上も日本一というのは誇大広告ではありません。今日会員になっている子の何人かに聞きましたが、評判はすごくいいです。料金も安いし、確実にきれいになるって言ってました。」
沙希が今日リサーチしたことを早速報告した。
「驚いたのは、私たち帝都の最大のライバルあの皇宮大学の経営学部を主席で卒業したということです。そしてさらに経営論文集で名高いハーバード・ビジネス・レビューに高い評価で論文を認められていて、表紙も飾っているんです。」
涼子は美奈子のもう一つの側面を補足した。
「これです、阿部先生。」
そういって麗華がタブレットににこやかに写っている、美奈子を指し示した。
「ふん、格調高い経営論文集が、コンビニの成人向け雑誌のようになってるわね。」
沙希・涼子・麗華の三人は思わず顔を見合わせてしまった。
「論文はあるの。」
「はい、麗華が全文手に入れました、方法は聞かないでください。」
沙希が麗華を振り返ると、ぺロッと出した舌が方法を物語っていた。
「私のアドレスに送ってくれる、レポート提出のアドレスでいいわ。ところであなたたちは読んだの。」
「「「はい・・・」」」
なんとなくすまなそうに三人は返事をしたが、全五百ページに及ぶ英語の原文を既に読破しているところは彼女たちの能力の高さを示している。
「ふふっ気にしなくていいのよ、それでどうだった。」
三人は顔を見合わせてたが、沙希が口火を切った。
「感情論を除けば、悔しいことにすばらしいものだと思います。私は経営学は専門ではありませんが、経営の肝と言いますか、真髄といったものが非常にわかりやすく論じられています。」
「論理形成も完璧だと思いました、実際に書かれているとおりに経営を行えば確実に成功すると思えました。本当に悔しいですが今の私には、得意分野であってもこのレベルの論文はかけません。」
ミューズ一の理論派涼子も脱帽の様子だった。
「それに理屈だけじゃないんです、対象となる顧客の心理や個性を尊重した従業員の意識改革までメンタルの部分も鮮明に語られていて、そんじょそこらの社会派小説なんかより、ずっと泣けました。」
感情先行型の麗華は今にも泣き出しそうだった。
「得意分野の違うあなた方三人がそれぞれ絶賛するほどのものということね。」
「「「絶賛なんてそんな・・・。」」」
三人はついつい熱く語ってしまったことを後悔して消え入りそうな声で答えたが、奈々は気にせず。
「いいのよ、本当にすばらしいものなら正当に評価すべきよ。」
奈々は思った。
(曲がりなりにも神、人知の及ばないレベルでなければ困るわ。まあ頭空っぽのエロいだけの女だと思ったけど、少しは文才もあったのね。暇つぶしにもならないと思うけど一度くらいは読んであげてもいいわね)
「彼女とは古い知り合いなの、遠い親戚になるわね。」
「「「えっ、親戚ですか!」」」
「いとこ、いえ遠いから、またいとこぐらいですか。」
麗華がお酒の力も手伝って、ついつい踏み込んだ質問を発してしまう。
奈々は
(あいつは、ひいじいさんの娘みたいなもんだから、大叔母さんってとこだけど、年齢がぜんぜん合わないし、そもそも私たちには年齢の概念がほとんどないし、説明が面倒ね)
「まっ、またいとこかまたまたいとことか、そんなところじゃない。どんなつながりだったか正確に調べるのも、腹立たしいのよ。」
先ほどの雰囲気から一変して怒りのモードになってしまった奈々に、沙希と涼子は真っ青になり、さすがの麗華も凍りついてしまった。奈々は三人の雰囲気が沈んでしまったことに気づき。
「ああ、ごめんなさい。あなたたちに怒っているわけじゃないのよ。あのエロ満開女、いえっエロ女、いや、あのおん・・・、尾藤さん、のことになるとどうしても怒りが抑えられないの。」
奈々の表情が恐怖の大王から輝くばかりの笑顔に変わったため、三人のミューズたちは文字通り生き返る心地がした。
「見てわかるように、まったく正反対の性格だし、顔をあわせればすぐ争いになるし、確かにそれなりに力はあるとは思うけど、戦えば必ず私が勝つはずだし、エロいだけで頭空っぽだし、節操無くいろんな男とほいほい付き合う尻軽だし、それなのに、男はどうしてあいつの方が、あいつの方が、くっそう!」
普段は冷静すぎて冷たく感じるほどの奈々からは創造もできない、吹き出す女神の怒りに三人はドン引きしてしまった。
「あっあの・・・戦って勝つって・・・」
沙希はあまりの負のオーラに思わずつぶやいてしまった。
「あっ・・・」
奈々はまたしても、われを忘れて怒り炸裂してしまったことが恥ずかしくなりあわてて
「いえっ・・・とっ当然、論文や、講義のことよ、ついつい表現が過激になってしまったわ。」
真実は当然、物理的に戦って勝つということである。戦いの女神である奈々は神々の中でもいちにを争う力の持ち主である。神々が眠るきっかけとなった闇との戦いでも最後まで闇を押し返していたのは奈々、いやアテナである。ただ勝つはずとややトーンダウンしているのは、実はアフロディーテ、美奈子の戦闘力は未知数なのである。オリンポスでも美奈子が本気で戦ったことを見たことがない。いつもなよなよと受け流しているのである。しかも男たちは神々であっても美奈子と向き合うと戦う気力など失せてしまうのである。あの好戦的な戦いの神アレスでさえも従順な愛人に成り下がっている。しかし、ひとたび怒りを買うと残酷な仕打ちをするのであり、自分を淫らな神としてあがめなかった国の男たちに妻を愛する心を忘れさせ、結果として男たちを皆殺しにして女だけの国にしてしまったこともある。
奈々は自分に言い聞かせるように思った。
(当然勝つはずよ、アレスやヘルメスを骨抜きにしたって、関係ないわ。たとえそいつらと戦ったとしても私は負けないし、あのポセイドンにだって私は勝利したのよ。はっきり言って目じゃないわ。)
奈々は、何度も自分に言い聞かせた。物理的に戦ったわけではないが、美をかけた争いで美奈子に負けたことが、それほど奈々の心に色濃く影を落としているのである。
一時暗澹たるタルタロスになりかけた、チーズフォンデュの名店は、何とか自分を取り戻した女神とそれを大いに手助けした、三人のミューズのおかげで、また華やかさを取り戻した。
「とにかく先生、先生に比べたらあんな人、目じゃありません。私たちは先生にずっとついていきます。」
「そうです、あんな人の講義なんて受ける気ありません。」
「どうせ、エロいあの人を見に来る男子で講義なんて体をなさないと思います。」
三人は口ぐちに奈々を喜ばせようと言葉を発した。奈々はそんな三人の気持ちがうれしく感じられ、そして元気が出てくる気がした。落ち着きも威厳も取り戻した女神は三人に落ち着いた口調で言った。
「あなたたちの気持ちはとてもうれしいわ。それに元気付けられるわ。本当よ。だからこそ思うのは、くだらない感情であなたたちのせっかくの能力の向上を妨げたくないの。美奈子は私とは違う、私にはない能力を持っているの。だからあなたたちが必要だと感じられたら、迷わず講義を受けるべきだわ。その上で判断してほしいの。」
冷静になった奈々はまさに戦いとともに司る知性の女神らしく三人に語りかけた。
「でも先生、やっぱり裏切っているようで・・・」
沙希は素直な感情どおりつぶやいた。
「沙希さん、とってもいい子ね。ありがとう。でもそんなあなただから、あなたたちだから、かえって美奈子の講義は聴いてほしいと思っているわ。」
沙希は奈々にほめられたことで、ワインではそれほど赤くならなかった顔を真っ赤に染めた。ほかの二人も恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
奈々は思った。
(本当に、ちっぽけな私の感情で彼女たちの可能性を奪うようなことはしてはいけないわ。それともう一つ、実際美奈子は、ポセイドンをも退けた、この私に唯一勝利したやつ、彼女たちの成長に必要な何かを得られるかもしれないものね)
奈々は知性の女神らしく冷静に判断し三人のミューズたちをいとおしく眺めた。
その後、美奈子の話題は出ず、講義のことや、最近の判例のこと、お酒も回ってきたのか、男子学生のことや、最近のファッションのことなど、いまどきの女子会然とした会話がくりひろげられ、店は周りにいたお客も含めて華やかな雰囲気に包まれた。
「先生カラオケ行きましょうカラオケ。」
自由奔放でともすれば、奈々の、アテナのミューズよりは、まさしく今いい気持ちにさせてくれている、ワインの生みの親、ディオニュソスの巫女バッカイの方がふさわしいかもしれない麗華が若者らしい提案をした。
「麗華、お酒に酔って調子に乗ってはだめよ、先生はカラオケなんて下世話なもの、お気に召さないわ。」
ワインを飲んでいても冷静さを失わない沙希が、ワインを飲んでさらに奔放さが増している麗華をたしなめた。
「そうよ、呼気中に0.15のアルコール濃度が含まれるだけで酒気帯び運転になるのよ、ちなみに酒よい運転に基準は無いんだけどね。」
理論家の涼子が理論的なのか、何なのかわからない突っ込みを入れた。
「ふふふ、あなたたち三人を見ていると、本当に楽しくなるわ。それにカラオケが下世話だなんて思っていないわよ。さすがにマイクを離さず歌うなんてことはしないけれども、人が歌っているのを聞くのは好きだわ。」
奈々はそういいながらはるか昔にアッティカのパルテノン神殿に集いし信者たちの祈りの歌を思い出した。神殿にこだまする奈々、アテナを称える祈りの歌は、聞くだけで力がわきあがる思いがした。
「やった、先生の気が変わらないうちに行きましょう。ちょうど食事も済んだことだし。」
麗華は自分の提案が受け入れられ意気揚々と立ち上がった。沙希も涼子もやれやれといった感じで立ち上がったが、表情はまんざらでもないというかうれしそうに麗華に続いた。
店の中では居合わせた芸能人に別れを告げるような残念そうなそれでいて、同じ時間をすごせたことに、感謝するようなまろやかな雰囲気が流れた。
「先生こっちです、渋谷で一番おしゃれなカラオケ屋さんがあるのは。」
麗華は元気良く先頭を歩き出した。
「れっ麗華、ちょっと待ってよ、あわてて歩きすぎ。」
沙希は舞い上がる麗華をいさめようと必死になった、そのときである。
「なによ、あなたたち。」
一番最後を歩いていた涼子が、大きな声を上げた。沙希は驚いて振り返ると、涼子のそばに数人の男たちがいた。
「どうしたの涼子。」
「こいつらが、うるさいのよ。」
奈々はすっと前に出ようとすると、沙希が前に出て。
「先生は下がっていてください、こんなやつら私たちで十分です。」
沙希たち三人は実は、知的能力が高いだけじゃない、沙希は空手を、涼子はムエタイを、麗華は少林寺拳法をそれぞれかなりのレベルで習得している。学生大会レベルであれば優勝を狙える力もあり、実際それぞれのサークルからしょっちゅう助っ人の依頼が来る。三人はそんなことには興味が無いので、健康のためだとかダイエットのためにやってるだけとか言って断っているが、実は三人とも、物理的に戦っても男に負けないように実戦を想定して訓練していた。まさにそれを試す場がやってきたのだ。
とりあえずカラオケってことで。