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実は神話です!?  作者: K.アミサガン
1/15

人間よりも人間臭いギリシャの神々が現代日本で巻き起こす大騒動って!?

はるか太古の金の時代、世界は神々が支配していた。ある時謎の闇が世界を覆う。ゼウスはすべての神々の力を使い闇を討ち祓うが、自らも長き眠りについてしまう。

長き時を経て目覚めた神の一人アテナが顕現したのは現在日本だった。

1.序章「沈痛なる神々」


「ごっご報告いたします、西側のほとんどが闇に包まれております!」

「・・・・・っ」

「ごっご報告いたします、東からも闇が迫っております!」

「・・・なぜ・・・なぜこのような事態に・・・」

大理石に包まれた荘厳な場所、アイボリーの亜麻布をまとった高貴な姿が集う場所にはふさわしくない、重苦しい空気がその場を支配していた。


その空気の中心にいる存在は、ほり深いおもてに大きな憂いをたたえ、

眉間には海溝のごとき深きしわを刻ざんだまま、報告にじっと耳を傾けていた。


「北は、北はどうじゃ・・・」


うめくように問いかけたその存在こそ、絶対無二なる存在、全知全能たる絶対神、ゼウスである。

ゼウスの傍らに控え、聡明なる顔立ちの中に抜け目のない目の光を持った若き神が伝令の答えを待たずして答えた。

「父上、北も状況はかなり悪いかと・・・」

生まれて三日で太陽神の羊をすべて盗んだといわれる、速さと盗みの神ヘルメスは、

陽気なこの神にしてはありえぬだろうと思われるほど悲観的な言葉を漏らした。

「ご報告いたします。」

北からの伝令はヘルメスの言葉が真実であることを証明しただけだった。


なお、一層眉間のしわを深くしたゼウスが更なる深いしわを刻もうとした時である。

「ご報告いたします。」

南に飛んでいた最後の伝令がその場にいた誰もが想像した悲観的な報告とは違う、声のトーンが響いた。

「ゼウス様、南はアテナ様のご活躍で闇を押し戻しております。」

深く刻まれた眉間のしわが世界を飲みこむのではないかと思われたゼウスのおもてにほんの少し光が差したように見えた。次なる言葉を逡巡した瞬間。


「父上、アテナを助けに参りましょう。南を突破口とするのです。ここにいる我らが向かえば闇などものともせず追い払えるでしょう。」

まさしく太陽神らしく光り輝くおもてに一転の曇りもなくアポロンは颯爽と言ってのけた。

その隣には、そんな輝かしい兄を支持する眼差しで妹の月の女神、アルテミスがいた。

「そうじゃ、父上。我らが行けばあっというまじゃ。」

勇ましい意見を何の根拠もなく粗野に言うアレス。


オリュンポスの神殿に集まる主だった神々を見渡しながら、ゼウスはゆっくりとしかし大きな決断を込めて神殿中に響き渡るように言い伝えた。

「南から撤退する。ヘルメス、アテナを呼び戻すのじゃ。」

その場にいた誰もが一瞬耳を疑った。数泊の間の後、見た目の端麗な容姿とは裏腹な粗野な男、アレスから言葉が発せられた。


「なっなぜじゃ父上!伝令の言葉を聞いておらんかったのか、アテナが頑張っているんじゃろ、ここはアポロンの言う通り押しどころじゃ‼」

普段なら粗野なアレスの支持など迷惑千万と切り捨てるアポロンだがこの時ばかりは歓迎した。

またある一点だけを除いては忠実に夫を支持する神々の女王ヘラですらアレスに賛同の意がくみ取れた。

初めてかもしれぬと思うほどの主要な神々の賛同の意思を受けて、勢いづき続けて不平を言おうとするアレスを制しゼウスはぐるりと周りを見渡した。


まだ神々が人間とともに暮らしていた黄金の時代、ここにいる神々をはじめオリュンポスの神々は皆讃えられ神々も皆人間を愛した。

神々は大きな力と大いなる育みをもっていた。しかし今はどうだ、神々と人間の間に生まれた英雄と呼ばれる人の力を超越した者たちが現れ、人間は私欲におぼれ神々を崇拝しなくなっていた。


ゼウスは知っていた。今も昔も神々たちの力の源は人間たちの祈りであると。人間たちの祈りがなくなった今、かろうじて強き神々は威厳を保っていたがどこからともなく現れた「闇」(闇と呼ぶのが正しいかもわからない黒っぽい影のようなもの)が地上を覆い、海はポセイドンの検討むなしく黒く染まり、ハデスの地下に至ってはもはやどうなっているかもわからない始末であった。


そして今まさに闇は神々の住む天空へと迫ろうとしていた。人間たちをはじめ地上の生き物たちの様子はすでにわからない、それほどまでに神々の力は衰えていた。


ゼウスは、神々には似つかわしくない不安げな面持ちの周りの者たちに向かってこう語りかけた。

「よく聞くのじゃ皆の者。この闇は多少のことでは追い払えるものではない。我が考えていることが正しければ、アテナを呼び戻し皆に大きな決断をしてもらう。」

かつては天と地と海と地下までも支配していた神々の、その中でもさらに強大な力を誇っていたオリンポスの神々が不安と動揺の色に支配されていた。


「父上、何と言って姉上を呼び戻してまいりますか、簡単に引き下がる姉上ではありませんぞ。」

その動きの素早さと抜け目のない賢さで神々の伝令役を務めることが多かったヘルメスは姉であるアテナの気性をいぶかった。美と戦いの女神アテナ、このオリンポスの神々の中でも一・二を争う強さであろう。そしてその激しい気性もヘルメスは十分に理解していた。


「全知全能の大神ゼウスの命である。」

ここオリンポスに集う神々の不安も動揺も一瞬で消し飛ぶほどの威厳を持った言葉が発せられた。

神々が我を取り戻す前にヘルメスはその場を南に向かって飛び立っていた。


天空の南の端、唯一といっていいほど光が勝るその場所にヘルメスは降り立ち、光の中心に向かって呼びかけた。

「姉上!姉上!」

光の中心でパラスの槍とアイギスの盾を振りかざし、文字通り闇を払う光の存在が振り返った。

「おお、ヘルメス。良いところへ来た。皆を読んでまいれ。父上を、アポロンを、叔父貴たちも集まっているのであろう、アレスにもこういう時ぐらい役に立ってもらわねば。」

伝令の神ヘルメスは努めて冷静に呼びかけた。

「姉上・・・全知全能の大神ゼウス様の命により、オリンポスの神殿にお戻りください。」

「なっ!!!」

それまでも光り輝きながら戦いを続けていたアテナだったが、ヘルメスの言葉を聞いた瞬間一瞬にして灼熱の太陽のごとき閃光を発した。

・・・ヘルメスはゼウスがなぜアテネへの伝令を仰せつかったか理解した。

並みの神ならおそらく今の一瞬で消滅したことだろう。ヘルメスはその神々一ともいえる素早さでアテナの怒りをかわし、アテナをいや、アテナのいたあたりをうかがった。すでにアテナの姿はそこになくオリンポスに向かって一筋の光がほうき星のように糸を引いていた。


すぐさまヘルメスは光の筋を追った。

ヘルメスにとって信じがたいことだったが、いつまでもアテネの後ろ姿さえ認めることはできなかった。

速きことにかけては神々でも随一といわれるヘルメスが、である。

それほどアテナの怒りは大きいものだった。ヘルメスはアテナの怒りの大きさにうすら寒いものを感じた。

(父上、この姉上の怒りを抑えることができるのだろうか。今の姉上はオリンポスのすべての神々を敵に回しても蹴散らしてしまいそうだぞ)


アテナの帰還である。

「アテナ様、お待ちください。アテナ様!」

尋常ではない怒りの炎をまき散らしながら、取りすがるあまたの神々を蹴散らし、

ズカズカと宮廷の中央に進み出て、アテナは大神であり父でもあるゼウスの詰め寄った。

「父上!なぜです!南を押せば闇を払うことができたのに。なぜ私を引かせたのです!ここにいる神々たちも何も言わなかったのですか!」

アテナの怒りは頂点に達しそうだったが糾弾された当の本人ゼウスは何事もなかったように、むしろアテナの存在をないかの如くその場の神々に静かに語りかけた。

「皆の者、よく聞くがよい。我らはこれより長き眠りに入る。」

ゼウスらしからぬ沈痛な面持ちと天空の大神とは思えぬ地の底から湧いてくるような悲痛な声で語りかけた。

「なっ・・・」

この場のすべてを消滅させるのではないかと思うほどの眩い光を放っていたアテナは言葉を失った。

アテナだけではないこの場にいるオリンポスの主なる神々、ひいてはこの世界に連なるすべての神々にその言葉は届き、世界は一瞬で凍り付いた。


しばらくの沈黙の後、ようやく神々の中でも随一の理性的思考の持ち主であるアポロンが重い口を開いた。

「父上、なぜです。我々は敗北したとおっしゃるのですか。」

宮廷に神々とは思えぬほどの不安とどよめきに包まれた。アポロンの言葉に我に返ったアテナは父神ゼウスに向かって叫んだ。

「父上!我らは負けてなどおりませぬ。今しがたも南で私は闇を祓ってきた。負けたなどと、

いかに父上、いや大神ゼウスといえども聞き入れることなどできませぬ。」

アテナの言葉に同意を示す空気が宮廷を包んだ時、ゼウスは先ほどとは打って変わって力強く威厳を込めた声を発した。

「敗北したなどと誰が申した。」

ゼウスはさらに威厳を込めて言った。アポロンはあわてて、

「しっ、しかし父上、先ほど長き眠りに入るとおっしゃったではないですか。それは闇との闘いを避けて逃げるということではないですか!」

ゼウスはアポロンをまっすぐ見つめ、

「愚か者め。しかしお前ほどの神がそう思わせるほど闇の力は謎多く強大だ。アテナよお前はその闇を光で祓ったのであろう。」

アテナはここぞとばかり南の戦局を申し述べた。

「そうです父上、我が放つ光に闇は怯え引き下がっていきました。今からでも遅くない、父上・・・」

「その闇はどこから来た。」

ゼウスは堰切って言葉を発するアテナを遮るように言った。


「・・・・」

アテナをはじめその場のすべての神々は答えることができなかった。しばらくの沈黙の後、ゼウスは呟くようにしかし全ての神々に伝わるように言った。

「我にもわからぬ。そのようなものに対して闇雲に追い祓っても果たして勝利することができるのだろうか。

我々に祈りを祈りを捧げてきた人間たちはどうなったのじゃ。野矢山を駆け回っていた獣たちは、大地を埋め尽くしていた木々や花々はどこへ消えたのじゃ。天空も海も地下の世界も、当たり前のごとく地上も我々にわからぬことなどなかった。しかし今、闇がはびこってしまったこの世界には我々の英知が届かぬようになってしまった。」

その場に控える神々は悲痛な面持ちでゼウスの言葉に耳を傾けていた。今もってなお、闇を討ち祓えると信じて疑わないアテナでさえも。

「しかしアテナのおかげで解ったことがある。」

ゼウスはほんの少しだが希望の光が宿った面持ちでこう語った。

「闇がどこから来たのかはわからぬ。消し去ることもかなわぬ。しかし、我らの持つ光によって闇は退くということ、そして闇が退いた後には命の力がよみがえるということじゃ。」

全ての神々がゼウスの次なる言葉を待った。少しの間を置きゼウスは強い意志をを込めた言葉でこう言った。

「我らの今持つすべての光を放出し、この世界を可能な限り広く、そして長くよみがえらせるのじゃ。」

しばらくの沈黙のあと悲痛な面持ちでアポロンが言葉を発した。

「父上・・・それでは我らは消滅してしまうのではないですか。いかな我々神々といえども・・・」

「アポロンよ、またほかの神々よ案ずるでない。我らはすべての光を失っても消滅することなどない。深い眠りにつくだけじゃ。そして必ず復活する。」

そう力強くゼウスは言うと、さらに力を込めて。

「全ての神々よ我の元へ集い光を放て。」


とてつもなく眩い光がオリンポスを包み、そして徐々に世界に広がっていった。ゼウスは薄れゆく意識の中で、

(我々は必ず復活する。しかしいかほどの時間が流れ、いかなる世界に、どのような形で復活するかは我にもわからぬ。しかし神が神であることは未来永劫変わらぬ摂理である。


2.復活!なの?


「ジリリリリリリリリリ・・・・・」


今時にはそぐわない、頭部に二つのベルのついたクラシカルな目覚まし時計が想像通りの音を鳴らし続けた。

(まったくもう、毎日毎日おんなじ音を鳴らし続けてよく飽きないはね)

目覚まし時計に対してはとてつもなくかわいそうなな非難を浴びせながら、しなやかな手を伸ばしてベルを止めた。

けだるそうにベッドから起き上がり、シルクのようなつややかな長い髪を朝日の中に泳がせながら、部屋の中を穏やかなに歩くその姿はまさに女神のようである。


それもそのはず彼女こそは知性と戦いそして美の女神、アテナの現在に復活した姿、阿部奈々ある。


「今日は朝から講義ね・・・」

そう一人つぶやきながら、レースのカーテンに弱められた日の光に透かされてまさしく銀の糸と見まごうかと思われる髪をなびかせながら日の光に目を向けると、声にならないほどの声でつぶやいた。

「今もあなたが牽いているの、アポロン・・・」

そう言いながら日ずらしそうに振り返るその表情には、哀しさとも、畏れとも、寂しさともとれる表情が浮かんだが、それも一瞬で消え、意思の強さが大きく面にた。

銀の糸をつむぐように長い髪にくしを通し始めた。


一時もするとゴルチェのスーツに身を包みクロコのコートを腕にかけドアを開ける姿も美しくひらりと浮くようにマンションを後にした。

目指すは日本の最高学府、帝都大学である。

しなやかに歩く姿はもはやこのあたりの風物詩となっていた。

すれ違う人々は口々に挨拶の言葉をかわそうとし、微笑みながら返された若者などはきょう一日の幸運を心の底から喜ぶのであった。


カラランとアンティークなベルの音とともにドアが開かれ店内は微妙な緊張感に包まれた。

「い、いらっしゃいませ。おはようございます。阿部先生。」

この辺りではイケメン店長としてファンクラブまであるという噂のダンディ店長が、おそらくほかの誰に対しても見られないほど緊張した面持ちで、光り輝いているのではないかと錯覚するほどのオーラをまとって入店してきた奈々を出迎えた。

「おはよう、店長。」

案内された席にたおやかに腰かけると、緊張のイケメン店長に挨拶を返した。

「先生、いつものものでよろしいですか・・・」

マンションから大学までの道すがら、この店でローズヒップとバタートーストの朝食をとるのが少し前からの日課になっている。

「言い方に少し含みがあるわね、なにかいいものが入っているのかしら。」

「せ、先生にはかなわないな、少し自信のあるものが・・・」

「ふうん、この店は店長の野暮ったいもの言いが気になるけど、お茶は質の良いものが入っているものね。」

「い、いやあ、野暮ったいとは手厳しい・・・オレンジペコの最上級のものが入りました。」

「オレンジペコ・・・やわらかすぎる味わいは、少し好みではないけれど、まあいいわ、いただくわ。」

しゃれたキルトのポットウォーマーに包まれた、豊かな香りの源が奈々の前に運ばれた。

「なるほど、この界隈で有名なイケメンテンチョウさんが自信をもって進めるだけあって悪くない香りね。」

そうやや皮肉を込めた静かな声で、柔らかな色合いのキルトとこの男にしてはありえないほどトギマギした表情の店長をかわるがわる見つめた。

「い、いやだな先生。そんなチャラい男じゃありませんよ。でも私はともかくとしてこの茶葉は本物です。お楽しみください。」

そう言い終わるとタイミングよくジャンピングの終了を告げるアラームが静かに鳴った。

キルトを外し銀のストレーナーごしにマイセンに琥珀色を注ぐと店中に豊かな芳香が広がった。

奈々は軽く目を閉じるとゆっくりと香りを楽しみひとくち口に含んだ。その姿、立ち居振る舞いは優雅そのもの、まさしく女神のそれだった。

店長はおろか店中の人間が最上級のオレンジペコの芳香ではなく奈々に女神アテナの顕現に酔っていた。

「言うだけあって、なかなかのものね。いいわ気に入ったわ。」

まさしく女神が発する最上階からの目線で下界の者にそう告げた。

そんな託宣に店長は普段から笑い方まで鏡を見ながら研究しているにもかかわらず子供のような無邪気な笑顔を浮かべ心の底から喜んだ。

「ほ、本当ですか!先生!いやあ先生に喜んでいただけるなんて、お茶の店の店長としてこれほどうれしいことはありません。」

「ええ、最上級というだけあって、しっかりとした香りと味わいがあって、やわらかすぎないところがいいわ。これに合いそうなスコーンをいただけないかしら。」

「そうおっしゃると思って用意してあります。オーガニックの小麦と大麦をメインにショートニングとベーキングパウダーを独自の配合で練り上げた当店オリジナルのスコーンです。このお茶に合うように甘味は抑えてあります。お好みで蜂蜜をどうぞ。」

そう来ると思ったとばかりに得意げな面持ちで銀のトレイにスコーンと蜂蜜を携えて店長が饒舌に語った。

「必要以上に昂ったもの言いは、せっかくのお茶の香りを台無しにするものよ。ついつい抑えの利かない語り口調はあなたの悪い癖ね。女性によってはそれを喜ぶ人もいるかもしれないけれど、私は違うわ。」

冷水を浴びせるような奈々の言葉に先ほどまでの得意満面のイケメンはすっかりシュンとなり、見るも無残に落ち込んでしまった。それを見てふふっと微笑んだ奈々はひとくちスコーンを口に入れると、

「ごめんなさいね、でもこのスコーンはとてもおいしいわ。確かにあなたの言うとおりとてもこのお茶に合うわ。」

そう声をかけると先ほどまで無残なまでに落ち込んでいたイケメン店長は瞬く間に明るくなり、

「あっありがとうございます。喜んでいただいて幸せです。」

ツンデレ、まさに究極のツンデレである。奈々がいる店内はバラの花が咲いたように華やかなあさの時間が流れていた。


(そろそろ行かなくちゃ、かわいい生徒たちが待っているものね。)

名残惜しそうに見送る店長を尻目に颯爽と目的地に向かって歩き出した。帝都大学、言わずと知れた日本の最高学府である。門だけでも有名な大学というのも珍しいが全国に鳴り響く赤い門をくぐるとキャンパスの雰囲気が一変した。学生たちはザワつきその視線の先は現代に降臨した女神に注がれていた。キャンパスのいや世界の中心に奈々がいた。

「「「阿部先生、おはようございます」」」

「あら、沙希さん、涼子さん、麗華さん、おはよう。皆さん、今日の講義はしっかり聴いてね。法律家を目指すのなら、なかなかに興味深い内容だと思うわ。」

そう。現代に顕現したアテナである阿部奈々は帝都大学の若き天才と呼ばれる法律学の教授である。現役の弁護士でもある彼女は犯罪心理学の権威であり、しばしば公安委員会のオブザーバーとして重要な犯罪法廷にかかわることもある。まさに天は二物を与えたのである、というか神なので二物も三物も所持しているのである。

沙希と呼ばれた女子学生は奈々がいなければもっと目立っているだろう。知性的ではっきりとした目鼻立ち。背丈も170を超えていると思われる。事実ミス帝大に何度も選ばれているが、そのたびにことわっている。

奈々と言葉を交わしただけで顔を赤らめる沙希ににとっては阿部教授に認められることが全てであり、人生の喜びとなっている。

涼子と呼ばれた女子学生もどこのスーパーモデルかと見まごうほどの長身でスタイル抜群、強い意志を感じさせる面立ちがやや冷たい印象を与えるが、間違いなく素晴らしい美人である。

そして三人目の麗華はといえば、少しこの大学のキャンパスにはそぐわない雰囲気かもしれない。沙希も涼子もそうだが、総じてここの学生は知的で聡明な雰囲気が多いのだが、その中で麗華は元気っ娘というイメージで少し違った雰囲気である。けっして愚かしいというわけではないが、いわゆる天然で、坂道アイドルの真ん中にいてもおかしくない可愛さである。

「はいっ、阿部先生、楽しみにしています。」

「じゃ、後で。」

軽やかな足取りで研究室に向かう奈々を見送りながら沙希たちはため息をついた。

「阿部先生、素敵ねえ・・・」

「ほんとう・・・何もかも非の打ちどころが無い・・・」

「歩き方もカッコいー!」

そうつぶやく三人娘も十分に魅力的だ。奈々の超弩級のオーラが無ければ、この三人はキャンパスの大スターになっていただろう。

「私は阿部先生が目標なんて大それたことは言わない。少しでも先生に近づければいいの。」

沙希は見えなくなるまで奈々の後ろ姿を見つめていた。


始業のベルが鳴ると、大講堂は就学心旺盛な学生たちで満席となっていた。かなりの有名教授でもこの講堂がいっぱいになることは珍しい。それでなくても奈々の講義は人気があったが、少し前の殺人事件の法廷が話題となり、テレビに出演したことで文字通りブレイクしてしまった。

奈々自身はかなり後悔しているテレビ出演だったが公安からの要望もありしぶしぶ出演したものの、番組で美人すぎる弁護士だのクールビューティだの奈々の容姿ばかりがもてはやされ、肝心の犯罪心理の解説は全く取り上げてもらえなかった。

公安としても不祥事続きの当局のイメージを回復するという下心があって奈々を利用した形になり、奈々としては文字通り怒り心頭で、二度と協力しないだの公安相手に訴訟するだの大騒ぎとなり、ついには国家公安委員長が奈々に直接謝罪するという有様になった。

当然私的な謝罪ではあったが現在のSNSはそんなことはお構いなしにどこからか流出してネット上では大炎上のまつり状態になってしまった。

奈々自身はブログもツイッターもフェイスブックもあまり興味がわかず、ほとんどSNSのデジタルデバイド状態だが、奈々の知らないところで勝手に#が立ち上がっては勝手に炎上していた。

SNS上では「美人すぎる弁護士、公安委員長もたじたじ」とか「クールビューティに大臣土下座」とか、かなり尾ひれも背びれも胸びれすらも付いたイメージが出来上がり、そんな奈々を一目見ようと連日講堂はいっぱいになっていたが、奈々は興味本位での聴講を一切許さず少しでも真面目に聞く気のない生徒は容赦なく講堂からたたき出した。

そんなわけで、今日の講義も満席だが始業のベルが鳴った瞬間にシンと静まり返り、得も言われぬ緊張感に包まれた。

(ようやく落ち着いて阿部先生の講義が聞けるようになったわ)

友人たちと三人で中央最前列に陣取る沙希は思った。

(だいたい容姿だけで阿部先生を見てもらってはとんでもないわ。犯罪心理学の世界的権威で、実践の法廷での弁論、犯罪現場の分析など世界一の実力なのよ。)と奈々の信奉者らしい思いがあふれ出ていた。

いつものようにピンと張りつめた空気の中で奈々の透き通るような声が響き渡った。

「凶悪犯罪において、その実行に至るまでの犯罪者の心理は・・・」

そこまで言って奈々は言葉を止めた。なんと入口付近でざわつきが起こっているのである。

「そこっ、静かに!講義を聴く気が無いのなら講堂から出ていきなさい!」

凛とした奈々の声が講堂中に響き渡った。

(馬鹿な人たち。阿部先生の厳しさは承知しているはず、興味本位で講義を聴きに来る人たちはもういないはずなのに)沙希は不届きな学生たちに、うんざりするように目をやった。

すぐに収まるかと思われたざわつきはあろうことか奈々の制止を無視するように収まる気配を見せなかった。

(なんてこと!どうなっても知らないわよ!)沙希は入口付近に降臨すべく足早に移動する怒りの形相の女神に恐れおののいた。見ればざわつきのあたりは男子学生のようである。見知った顔もいるので、これから起こる神罰をなぜ予測できないのかと逆に恐怖が増加してしまった。

神罰を与えるべく降臨した女神はそれこそ講堂が崩壊するかと思うほどの迫力で信託を下した。

「今すぐここから出ていきなさい!」

沙希は心底恐怖した。いや沙希だけではないだろう、ここに集いし民のすべてがこれから下るであろう神罰に恐れおののいた。沙希は心の奥底に響くであろうはずだった信託を台無しにした愚か者たちを恨み、当然の報いを受けるだろうと行動に一角に出現したソドムとゴモラを見た。

しかし次の瞬間信じられない光景を目前にした。ざわつきが今もって収まらないのである。ゼウスの雷にも匹敵するパラスの槍をもってしても収まらないものなどあるのだろうか。

(なんてことなの!こんなことが起こりえるの!)

沙希はこれから起こるはずであった、神罰が達成されないことに恐慌を起こしていた。講堂内の一角を除いたすべての者たちも同じ思いをもって頽廃の街を見つめていた。

怒れる女神は降臨し不届き者たちに神罰を与えようとした時、ソドムとゴモラの中心から奈々とは全く違った種類の光が立ち上がった。


「ごめんなさいね、阿部センセ。この子たちは悪くないの、私がお邪魔しちゃったからいけないのよ。」

「・・・なっ!!!」


あろうことか、今度は奈々が絶句した。そこには奈々と全く違うタイプの美女がたたずんでいた。

奈々は美しい。先にも述べたように知恵と戦いの女神の顕現である奈々の美しさには周りをひれ伏せさせる神々しさと、張りつめた緊張感がある。アテナだから当たり前なのだが周りは畏敬の念を持って奈々を信奉しているのである。

しかし唐突に表れた現れたこの女性の美しさは奈々とは全く異質であり、しかも圧倒的な破壊力を持っていた。抗えない美しさ。ざわつきが収まらないのが男子学生ばかりというのもうなづける。

そしてこと「美」という一点についてはアテナも後塵を拝したというアフロディーテが顕現した姿がそこにあった。


「みっ、美奈子、なぜここに!」

奈々から発せられた怒りの波動はこのまま地球が滅びるのではないかと思われるほどの強大なものだった。その世界の終わりを引き起こしかねない神罰の波動が美奈子と呼ばれちた女性の周りだけ柔らかく中和されているのである。

「来週からこちらにお世話にお世話になることになって・・・、その前に天下の帝都大学で一番の人気教授の講義をおべんきょさせていただこうと思いまして・・・」

なんとなく舌足らずでたおやかな物言いの中にも明らかに毒が含まれている。

「らっ、来週からここに来るってどういうこと、私は絶対あなたの聴講など認めないわ!」

美奈子の柔らかくそれでいてまとわりつくような波動とは全くの対象をなす、冷たく触れるものすべてを切れ味鋭く真っ二つにする様な氷の刃が美奈子を襲った。しかしやはり美奈子の直前で柔らかく中和されるのである。

「あら、まさか。学生になりに来たのではないわ。あなたと同じ教壇に立つのよ。よ・ろ・し・く。」


美奈子の言葉のすべてを聞かず奈々は講堂を飛び出していた。

とりあえずアテナ最大のライバルアフロディーテの登場です。これからどんな風に物語に絡んでくるのか。実はあんまり考えてません・・・

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