4
ただの人間だったら、どうするというの?
切なげに自分を見つめるグレンに、そう聞き返したい気持ちを抑えつつ、ルイスは笑顔を作った。
15歳のルイスは、もしかしたら、彼も自分に好意を抱いているのではと、なんとなく気が付いていた。
グレンのほうも、ルイスの気持ちを理解しているかもしれない。
けれど、どちらからも、次の一歩を踏み出すことはない。
グレンが獣人ではなく、ただの人間だったら。一緒になる未来もあったのだろうか。
けれど、二人が仲良くなれた理由は、狼のような耳がグレンについていたからだ。
彼が獣人ではなかったら、そもそもグレンに恋していなかった可能性もある。
「……私は、グレン様のふわふわのお耳、大好きですよ」
私とあなたを繋いだ、ふわふわの白い耳。
ルイスは嘘は言っていないが、本当は、耳だけじゃなくて、本人のことも、大好きだった。
でもそんなことは言えないから、「耳が好きだ」と言うにとどめる。
「……ああ、そうだったな。初めて会ったときも、夢中で俺の耳を触っていたものな」
グレンはそっと自分の耳に触れる。
年齢を重ねてからは、触れる機会のなくなった、柔らかなそれ。
男女として成長してからは、前のように気軽に触れ合うことはできなかった。
もう、二人は5歳や6歳の子供じゃない。
15歳の貴族ともなれば、異性の身体に触れるなんてことをしていいのは、家族や婚約者のみだ。
なんとか許されるのは、エスコートや舞踏会といった、公の場での軽い触れ合いぐらいのものだろう。
遠い記憶すぎて、ふわふわの感触も忘れてしまいそうだ。
最後に彼の耳に触ったのはいつだったかなあ、と、ルイスは過去に想いを馳せた。
この想いは大事にしまっておくと、誓った、はずだったのに。
グレンが成長するほどに、彼への想いは増していく。
美少女のようにも見えた彼は、どんどん背が伸びてゆき、筋肉もついて男性らしい体つきに。
顔立ちも、凛々しくなって。もう、彼を女の子と間違える者はいないだろう。
獣人であるために身体能力も高い彼は、逞しく頼りになる。
さらに公爵家の嫡男ともなれば、女性には大人気だ。
まだ家を継ぐことも決まっていないのに、白銀の狼公爵、なんて呼び方をする人もいるぐらいだ。
いつか番を見つけたら捨てられてしまうとしても、彼の妻となることを望む人も多い。
その証拠に、グレン本人はまだその気がないと言っているのに、多数の縁談が持ち込まれているらしい。
その縁談を持ち込む者の中に、もちろん、ルイスは入っていない。
番を見つける嗅覚が働くようになるのは、15歳ほどから。
ルイスは、グレンの成長が、怖くて仕方がない。
グレンの番が、自分ではなかったら。彼が、番として他の女性を連れてきたら。
グレンが15歳を過ぎたころからは、彼が自分の運命の相手を見つけてしまうのではと、不安で不安で仕方なくなった。
しかし、ルイスの不安をよそに、グレンはその嗅覚を得ることのないまま、18歳に近づいていく。
まだ、大丈夫。
彼はまだ、運命の人を見つけたりしない。お前は違うと言ってくることもない。
アルバーン公爵家の嫡男がそんなことでどうするのだと話す者もいたが、ルイスは、ずっとこのままでいて欲しいと、願ってしまっていた。