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【電子書籍化】最初で最後の一夜だったのに、狼公爵様の一途な愛に蕩かされました  作者: はづも
3章 番の愛と呪い

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「いい加減にしろ、カリーナ。これ以上の侮辱は許さない」

「侮辱してるのはあなたでしょ? 初恋の人が番だなんて嘘をついて、女を喜ばせて。それが嘘だとわかったとき、どれだけ彼女が傷つくことか」

「もういい、黙れ」

「あなたの番は私。嘘で女を縛るのはもうやめて、私と……」

「黙れと言っている!」


 グレンが声を荒げる。

 彼の声が、本気の怒りをはらんでいたから。

 それまで饒舌に話していたカリーナもびくっとし、流石に言葉を続けられなくなった。


「もうやめろ。……きみに、手をあげたくない」


 カリーナを見据えるグレンの青い瞳に、光は宿っていなかった。

 声も、瞳も、放たれる雰囲気も。全てがひどく暗く、冷たく、けれどたしかな怒気を含んでいた。

 これ以上続けられたら、番であるルイスを侮辱し、傷つけられた怒りを制御しきれないかもしれない。

 番を傷つけられることは、獣人にとって、それほどに許しがたいことなのだ。

 グレンとて、古い付き合いであるカリーナに、手をあげたいなどとは思わない。

 だから、そうなる前にやめて欲しかった。

 グレンは、もう一度カリーナに警告する。


「カリーナ。今すぐここから立ち去れ。俺が、まだ自分を抑え込むことができているうちに」

 

 グレンの言葉は、ただの脅しではない。彼は、本気だ。

 獣人同士とはいえ、グレンは長身で体つきのしっかりした男性で、カリーナは小柄な女性。

 力比べになれば当然グレンが勝つし、放たれる威圧感も段違いだ。


「っ……。今日は、ここまでにしておいてあげるわよ」


 これ以上は、まずい。カリーナも、そう理解した。

 カリーナは、悔しそうに顔を歪めながらも、二人の前から消えた。




「……ごめん、ルイス。きみに、嫌な思いをさせた」


 二人きりになった部屋で、グレンが眉と耳をしゅんと下げる。

 彼から凄まじい威圧感は消え、普段ルイスに向けるような優しい雰囲気に戻っている。

 グレンは、見た目こそ少々ワイルドさがあるのもの、あんなふうに怒鳴ったりすることはほとんどない。

 よっぽどのことがなければ、彼があんな態度をとることないのだ。

 獣人の男である自分の力の強さを自覚しているから、暴力をふるうこともない。

 そんな彼が、このままでは女性に手をあげてしまうのでは、と恐れるぐらいのことが……「よっぽどのこと」が起きてしまった結果の、あの対応だった。


 人間と獣人が共存するこの国においても、獣人は少数派だ。

 腕力も権力も持ち合わせているグレンが暴力を行使すれば、多くの者が恐怖によって彼に支配されるだろう。

 だからこそグレンは、そんなことにはならないよう、自分の力の使い方には細心の注意を払っているのだ。


「ルイス。カリーナはあんなことを言っていたが、俺の番はきみだ。絶対に、嘘じゃない。きみに、そんな嘘をついたりしない」

「……はい」


 グレンはしっかりとルイスに向き合い、彼女の両肩に触れる。

 カリーナは自分こそが真の番などと言っていたが、グレンの番は、ルイスだ。

 この事実が、揺らぐことはない。


「……それに、もしもきみが番じゃなかったとしても、こんな手を使って婚約を結ばせたりしない。そんなことをして、きみを傷つけたくない」


 番だと偽って結婚したあとに、本物を見つけてしまったら……。彼は、ルイスを放り出すことになるのだから。

 ルイスを心底大事に思っている彼が、そんな真似をするはずがないのだ。

 グレンの言葉は、全てが真実で、本心で。

 ルイスが番であると判明する前に、自分の恋心を伝えなかったのだって、彼なりの誠意だった。

 

 俯いてしまったルイスを、グレンは優しく抱き寄せる。


「……今日のことは、なにも気にしなくていい。彼女がどうしてあんなことを言い出したのかは、わからないが……。きみが番であるという事実も、俺の気持ちも、変わることはないよ」


 ルイスは、自分を抱きしめるグレンの腕にそっと触れた。

 彼の腕の中は、ルイスにとって世界で一番心地いい場所だ。

 こうして彼と触れ合う時間が、大好きだった。

 そのはず、だったのに――。

 ルイスは、俯いたままぐっと唇を噛んだ。


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