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柔らかな日差しが届き、心地よい風がさわさわと庭園の花を揺らす。
屋敷のすぐそばには季節の花々が並んでおり、窓から眺めることができるようになっている。
迷路のような生垣もあり、その先には、辿り着いたご褒美だとでも言わんばかりに、可愛らしい東屋と花畑がある。
その東屋で、ルイスとグレン、それから、グレンの弟妹のクラークとミリィがお茶をしている。
普段は池に住む水鳥が、があがあと鳴きながら散歩しており、彼らの近くを通り過ぎていく。
アルバーン公爵邸の庭園は、荘厳でありながら、どこか和やかで可愛らしい雰囲気もある、不思議な空間だった。
「……改めまして。ミリィ様。クラーク様。本日より、よろしくお願いいたします」
ルイスは、この日にアルバーン邸に引っ越してきたばかり。
今後についての説明や屋敷の案内を受けていたため、個人としてグレンの家族と話すことはできていなかった。
もちろん挨拶は最初に済ませていたが、ここで改めて、ミリィとクラークにしっかり向き合った。
彼らは、これから一緒に暮らすことになる、グレンの妹と弟だ。
次期当主の番として、彼らともよい関係を築きたいところである。
ルイスとグレンは18歳で、ミリィは16歳。クラークは15歳。
あまり年も離れていないから、きっと話も合うだろう。
……と、思いたいのだが。
義理の弟妹と上手くやっていけるだろうかと、ルイスはちょっとばかり不安に思っていた。
年が近いこともあり、幼いころは四人で遊ぶこともあった。
しかし、年齢を重ねるにつれて、ミリィとクラークは、ルイスにあまり興味を示さなくなってゆく。
家柄の違いなど気にならなかったころは、「ルイスお姉さま」と呼んで慕ってくれていただけに、寂しかった。
ルイスが10代後半に差し掛かったころには、アルバーン公爵邸ですれ違った際に挨拶をしても、「……どうも」と冷たく返されて、ふい、とそっぽを向かれるようになっていた。
なぜそうなったのか、はっきりとした理由はわからないが、ルイスはおそらく、ミリィとクラークにあまり好かれていない。
――でも、嫁入りするからには、グレン様の家族から逃げるわけにはいかない!
四人でのお茶の機会を得て、ルイスはグレンの妻として、番として、家族にも認められるよう頑張るぞ、と意気込んでいた。
だが、ルイスの不安は、杞憂に終わることとなる。
「……お兄様」
ミリィは、ルイスには挨拶を返さず、表情を動かさずにグレンのほうを向く。
ルイスが精一杯の笑顔に誠意を込めた挨拶は、ミリィに無視されてしまった。
まさかそこまで嫌われていたとは、と大ショックである。
しかし、続く言葉は。
「最高です。よくやってくれました」
「俺じゃなくて、ルイスと話せ。これじゃあ、せっかく挨拶したのに無視されたみたいだろ」
「……たしかに」
ハッとしたミリィは、すっとルイスのほうへと向き直る。
彼女の赤い瞳が、ルイスをまっすぐにとらえた。
「……ルイスお義姉さま」
「は、はい」
ミリィは、クール系獣人お姉さまとして、貴族の子女に人気がある。
女性ではあるが、獣人であるために身体能力も高く、やはり見目もいい。
将来はその力を活かして女性騎士となる予定の、麗しの公爵令嬢だった。
「お義姉さま」
「はい」
「……お義姉さま!」
「はい!」
「お義姉さま、お義姉さま、お義姉さま!」
「はい、はい、はい!」
ルイスは自分を「お義姉さま」と呼ぶミリィに返事をし続ける。
――このやり取りは、なに……!?
困惑するルイスをよそに、ミリィは感極まったように目を閉じたあと、その端正な顔をでれっと崩れさせる。
「ルイスをお義姉さまと呼べる日が来るなんて……! お兄様、本当にでかしましたわ! お義姉さま、お義姉さま、お義姉さまっ……!」
社交界で噂の、クール系お姉さまの姿はどこへやら。
ミリィは、両手で自分の頬を抑えながら、身体を左右に揺らして盛り上がっていた。
「え、っと……。ミリィ様……?」
「ルイス義姉さん」
「は、はい!」
次にルイスに声をかけてきたのは、クラークだ。
「僕も、ルイス義姉さんが兄さんと結婚することに、大賛成。よろしく。あと、呼び方はクラークでいいから。こっちが弟になるんだし」
「あっ! ずるいわよクラーク! お義姉さま、私のことも、ミリィ、と呼んで欲しいわ! 私が妹になるんだもの!」
にへにへデレデレしながら「お義姉さま、ルイスお義姉さま」と繰り返すミリィと、「ルイス義姉さん、か……」と呟くクラーク。
麗しの獣人お姉さまと呼ばれる人は取り乱し、可愛い系獣人男子のクラークは、落ち着いた様子ながらも嬉しさを滲ませている。
この家にやってきたばかりのルイスからすれば、謎の状況ではあったが……。彼らに嫌われていないことだけは、わかった。