お嬢様 酒場の娘になる
「お嬢様!シャルロッテお嬢様!お逃げください」
真夜中につんざくような声が耳に刺さってベッドから起き上がった。
眠気まなこをこすっていると目前には赤髪の侍女。
「なに?まだ夜中じゃないの?」
使い慣れない女言葉で俺は返事した。
「お嬢様!大変です!ディアール卿が……あなたのお父様が捕まったのです」
「なんだって?」
思わず素の男言葉が出てしまった。
「賄賂、収賄、殺人、窃盗、罪状は数えきれません。きっと無実のはず。きっと、公爵様のことをよく思っていない大臣にはめられたのだわ」
「諮られたか……」
「ここにも兵が向かっています。捕まらないうちに早く!」
俺は、いえ、私は侍女に導かれるままに、隠し通路から屋敷を抜け、馬車に乗せられた。
息がぜいぜいあがる。
やはり若いといえども、所詮は女のか弱い体だと実感させられる。
馬車がたどり着いたのは、小さな村だった。
「申し訳ございませんが、お嬢様。この村で村娘として潜伏していただきます」
「いつまで」
「一生これからずっとかもしれません。お嬢様。正体がばれたらそこであなたはおしまいです」
不思議と絶望感はなかった。
もともと、庶民の子として生まれ育ってニートとなった身だ。
再び庶民の身に戻るだけである。
翌日、父と兄が処刑されたという知らせが村に届いた。
俺は、私は、後ろ盾のない村娘として生きていくことになった。
そう。
俺は貴族の世界から追放されたのだ。
シャルロッテという名前では、見つかってしまうのでエミリーという仮の名前を与えられた。
エミリーは、その美貌を買われ、村の酒場で看板娘をやることになった。
ろくすっぽ働いたことのない俺にとっては接客業という難しいものが勤まるのか不安に感じたが、ファンタジー中世という時代のサービス業は、現代の飲食店のようには生産性の高さは求められず、のんびりと過ごすことができた。
リアル中世ではないファンタジー中世なので、酒場にはいろんなタイプの人種が集まった。
冒険者、旅の商人、求職者、出入り業者、そして情報屋。
色んな人からこの世界に流れる噂話を聞いた。
この世界の庶民は重税で苦しんでいること、ディアール公爵は庶民の味方として慕われていたこと、そして、地方のどこかで反乱軍が少しずつ力をつけていること。
父は偉大だったんだな。
庶民の身に落として俺ははじめてそのことに気が付いた。