導かれし運命(さだめ)
日置籠郎。
これが俺が生まれてから35年間付き合ってきた名前だ。
こんな風変りな名前なもんだから、小学生の頃から友達にヒッキー、ひきこもりだのとあだ名されていた。
その名に運命が導かれるように、中年になった俺は職にも就かず、実家で寝起きする毎日を過ごしている。
今日もいつものように昼過ぎに目が覚める。
かゆみに支配された背中をボリボリと掻き、のそりのそりと小太りの体を動かして階段を降りると、居間とキッチンの電灯がオフになっているのが目に入る。
どうやら家に居るのは俺一人のようだ。
親父は、いつものように市営プールでウォーキング、母親は、生け花の習い事に行っているはずだ。
朝ご飯の菓子パンがされているので手を伸ばし、むしゃむしゃと食べた。
りんごの甘い風味が口内に広がると吐きそうになる。
運動していないので、食欲がわかない。
ジョギングくらいしたいけど体を動かすのが億劫だ。
焦燥感とけだるさが心の中でしばし格闘する。
勝ったのは後者だ。
何もかもやる気が出ない。
いつものことだ。
嫌になってふと見上げると写真がかざってあった。
中学の頃の水泳部での勇姿だ。
といっても、市中体で勝ち上がれるほど優れたスイマーではなかったが、腹筋がカチカチなのが写真から見てもわかる。
すっかり、ぶよぶよになっちまったな。
俺の隣に女の子の姿がいるのがふと目に入る。
比呂 音代。
当時俺と付き合っていた彼女だ。
夏祭りの日、花火に導かれ、手をつないで歩いた。
未来の夢を語り合い、くだらない話をしては笑いあった。
そんな彼女も今は……。
あの頃の俺たちは輝いていたのに。
畜生!
俺の人生、いつからこんなんになっちまったんだ。
熱いものが頬を流れるのがわかった。
それが涙だと気づくのに時間はかからなかった。
「籠郎くん!一緒に行こう!」
脳裏に彼女の声が再生される。
音代ちゃん……。
ふらふらと家の外を徘徊する。
まるで、彼女に呼ばれている気がしたのだ。
彼女はどこにいるのか。
いや、いるはずがない。
なぜなら、彼女はもう。
15歳の夏の日の海合宿で、彼女は水難救助をしようとしとして……
そこまで思い出した俺は、真横に土砂を運んでいる大型トラックが近づいていることに気づいた。
世界は暗転した。
良かった。
ようやく、俺も彼女と同じ世界に行けるんだ。
待たせてごめんね。