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モブですが。女が廃るような真似は絶対しません。

1時間半遅れで到着したわたし達を、ケネス殿下は笑顔で迎えてくれた。


招待されていたのは、昼食にしては早めの時間。今は、遅めの昼食の時間帯。

きっとお腹を空かせて待っていてくれたのだろうと、しきりに謝ったのだが、


「怪我がなくて良かった」


と優しく受け入れてくれたのだ。

黒に近い紫のタレ目がほんわり和んで、尚更優しげに見える。おかげで、恐縮しきりだったシャウラちゃんの強ばりが、少し解けた。


さすがは大人。わたしもこんな余裕のある大人になりたい。本気で。


ケネス殿下の離宮まで案内してくれたのは騎士団長──ぽにぃちゃだったが、離宮の前で侍従さんにわたし達のことを引き継いで戻って行った。でも、近いうちに会う約束はしたから大丈夫。


(ぽにぃちゃもわたしも……そうだよね……モブにだって、人生がある。焦点の当て方次第では、誰だって主役になりうる……)


そういえば、前世で「自分史」って言葉を聞いたっけ。「どんな作文嫌いでも、人生で1本は小説を書ける。それは自分を主役にしたそれまでの人生の物語だ」って。


(誰しもが主役で、その物語には終わりがない、すべては自分次第……。って、若い時は気付けないし、なかなか感情で理解できないんだよね)


学生時代はわたしだってやけに周りが気になったし、クラスカーストの中で遠慮していた。でもある日ふと、腑に落ちたのだ。わたしが周りのために生きても、ワガママに生きても、世界には何の影響もないと。


わたしは今、ここに生きている。ぽにぃちゃも、さっきの侍従さんだって……ゲームのメインキャラじゃないけど、それぞれに濃い人生を生きている。もちろん、シャウラちゃん達メインキャラも。

しみじみ思った。やっぱり、悔いのないように生きなければ、と。

わたしは誰のためでもなくわたしのワガママで、「家族を幸せにできる存在になる」と決めた。だからやっぱり、


(懐の広ぉぉぉい肝っ玉母ちゃんになるぞ!!)


うん、それしかない。

ケネス殿下に勧められた席につきながら、1人、決意を新たにする。さぁ、シャウラちゃんを売り込もう、と。


「ツィーナ嬢とは先日も会ったけれど、シャウラ嬢とは久しぶりだね。新しい生活には慣れた?」


「はい、お力添えのおかげです。

殿下、本日はお招きいただきまして、本当にありがとうございます。父と母の葬儀のことも……ありがとうございました。もう一度、きちんと御礼を申し上げたいと思っていたので、お会いできて光栄です」


大きなテーブルの四辺。わたしとシャウラちゃんが向かい合い、お誕生日席の位置にケネス殿下が座っている。

お礼を告げたシャウラちゃんは1度立ち上がり、正式な感謝の礼をとった。それはもう、完璧な淑女っぷりだ。未成年なのにウチの子、すごい。


元々それなりに知識も立ち居振る舞いも教育されていたシャウラちゃんだが、やはり公爵家の令嬢としては足りなかった。それを突貫教育で詰めこんで……現在形で家庭教師にビシビシ指導されながら……こうして、短時間なら王族と過ごしても問題ないまでに成長した。

あの厳しい生活、たぶんわたしなら泣く。

折々、お茶に誘ったり、息抜きさせようと声がけしたりして来たけれど、本当にシャウラちゃんは努力家で優秀だ。嫌な顔1つせず、教師の評価もすこぶる高い。


(なんか……授業参観してる気分っ! 感動するんだけど……)


王弟相手に立派な対応を見せる義娘。

これ、あれだ。卒園式? 卒業式? 七五三? ……とにかく、そんな節目を見る親の気分だ。鼻の奥がツーンと熱くなる。


「そんな堅苦しい礼なんて要らないよ。しかしシャウラ嬢、少し会わない間に成長したね。見違えたよ。公爵家の水が合ったようで何よりだ。ドゥーべの親友として、私も誇らしい」


(王弟殿下にも褒められたー!!)


目を細めたケネス殿下は本当に嬉しそうで、わたしは心の中で万歳祭り。売り込む前からシャウラちゃんのイイところをわかってくれるケネス殿下への評価も、ぐぐんと上がった。


「早速だけれど、まずは食事にしようか」


シャウラちゃんに着席を促したケネス殿下の指示で配膳が始まる。

この離宮、内装も食器なんかの小物類も、派手さはないが品があって重厚だ。割れ物類の扱いは特に緊張するけど、どこか温かみもあって落ち着く感じがした。


「わぁっ」


前菜から始まるコース料理は、さすが王族の一流シェフが作っただけあって見目麗しい。盛り付けの妙というのか、フォークを入れるのがもったいないくらいに芸術的だ。


「こちらはケネス殿下の専属の方がお作りになったのでしょうか? とても殿下のことを敬愛申し上げているのでしょうね」


思わず感嘆の息が漏れる。


「そうだけれど……敬愛? なぜ?」


食べる姿も優雅なケネス殿下は、さすが生粋の王族だと思う。身についた素養が段違い。

……まぁ、昼間でもちょっとした仕草に色気を感じさせるのも、さすがだとは思うけどね。たとえば、グラスを持つ指先とか。


「とても気持ちの籠ったお料理ですわ。殿下に召し上がっていただくのですから、丁寧に美しく仕上げるのは当然のことですが……。

お仕事としての義務感で作るお料理はもっと、硬質な雰囲気に仕上がるものでございましょう? こちらのお料理からは、殿下の体調への気遣いや、美味しく食べていただきたい心遣いがひしひしと感じられます」


スーパーの手作り惣菜や、お弁当屋さんの手作り弁当。どっちも美味しいけれど、体調の悪い時や食欲のない時に食べたいのは、やはり家族が作ってくれたご飯。1分かからず完成させた卵かけご飯だろうが、煮ただけの素うどんだろうが、無理なく美味しく食べられる。


「ケネス殿下のことを心から想って用意しているのだと、伝わって参りますわ」


(どう見ても超高級レストラン的なラインナップなのに、なんか、取り澄ましたところがないというか……こんな綺麗なのに、家庭的なあったかさを感じさせるって、すごいよね)


わたしも、実家の名も知らない料理人達の作る高級食材ふんだんの量産型料理より、アケルナーのカントリーハウスの料理長カールさんの作る工夫満載のお料理の方が好きだった。

タウンハウスの料理人達とは距離感がもう1つ、というところだろうか。でも、越してきた最初よりは断然イイ。


(顔の見える相手かとか、通じあえてる相手かとか。大事なんだなぁって思うわ)


ケネス殿下は恐らく……いや、絶対。この離宮に勤める全員の顔と名前が一致している。じゃなきゃ、こんなステキなお料理は作れない。

料理人としての矜恃がイイ方向に働いているのだろう。


(ケネス殿下、女性関係以外は完璧だわ……。そりゃ隠しキャラにもなるよ。これでヒロイン一途になるんだもん、パーフェクト過ぎない?)


パーフェクトイケメンなスパダリキャラはリーベルト王子の担当だったはずだが、隠し玉はもしかしたらそれを超えるパーフェクトダーリンかもしれない。


「ツィーナ嬢は本当に幸せそうに食べるね。わたしのことは置いておいても、ツィーナ嬢がそれほど喜んで食べてくれるのだから、彼らも仕事以上の達成感を得るのではないかな」


(「彼ら」って言えちゃうあたり、やっぱり料理人を把握してるよね。王族でそれってすごいわ……わたしが料理人の立場なら間違いなく感動する)


多忙なうえに、傅かれて当然の人生だ。周りはヒトで溢れている。

そんな殿下が、平民の労働者を気にかけてくれるなんて……グローバルな大会社のトップが本国以外の支部のアルバイト社員を把握して声をかけてくれるようなものだ。かなり有り得ない。


「気に入ったようで良かった」


「はい、とても」


「では、毎日食べにおいで?」


「うふふ、それは魅力的なお誘いでございますね」


「ツィーナ嬢の好物はどういった物かな」


「そうですわね……わたくし、根菜の類が大好きでございまして。お食事にも、お菓子にもよく使ってもらっております。義娘むすめも最近は好んで食すようになりましたので、近々アケルナーの名産に、と考えているところです」


「へぇ。お菓子に根菜を使うなんて初めて聞いたな」


「田舎料理ですから殿下がご存知ないのも無理はないかと」


美味しい料理と和やかな会話で、次第に場の緊張が緩んでいく。


(ケネス殿下みたいなヒトを人格者って言うのかしらね)


話せば話すほど、好感度が鰻登りだ。隠しキャラのスペック、恐るべし。


「では明日は根菜料理に挑戦させよう。また同じ時間で良いかな」


(……ん?)


「あぁ、でも今日みたいなことがあると困るからね。もう少し早い時間から来ていても構わないよ」


(んんん???)


完全なる社交辞令だと流していたが、もしかして、先程のお誘いは本気だったのだろうか。え、わたし達、毎日ご飯食べに来るの? それはちょっと。


「恐れ入ります殿下。あの、お言葉は大変有難いのですが、そこまでご厚意に甘えさせていただくのはいかがなものかと……」


料理が美味しいのは本当だし、思った以上に落ち着く場所なのも事実だ。けど、毎日ご馳走してもらう理由も必要もない。


「そんな他人行儀な呼び方は悲しいな。ツィーナ嬢は亡き親友の奥方だからね。私のことは名で呼んで欲しい」


(そう言われましてもわたしにとってはそもそも旦那様が遠いんで……)


夫の生前に共に交友があったならともかく。


「私はね、ツィーナ嬢には申し訳ないことをしたと思っているんだ」


「……ケネス殿下が、ですか?」


「殿下なんて呼ばないで欲しいと言ったばかりだと思ったけれど?」


「はい、ケネス様」


言っている意味はよくわからないが、なんか……こっちを見る目が、雰囲気が……大人っぽ過ぎてドキドキする。夜会なんかでやられたらご令嬢方即落ちだろうな、と頭の隅で考えながら、目が離せない。


「ドゥーべはあまり領地に戻らなかったろう? 私はきみ達が白い結婚だと知っていながら、領地で1人過ごすきみの寂しさに気付くことができなかった。若い女性が1人で地方で過ごす無情さに気付いて、せめて王都で過ごせるようにドゥーべを説得するべきだったのにね」


「ぇ……」


王族の話しを遮ってはならない。そう思うのに、衝撃のあまり声が漏れた。


「葬儀や先日の夜会でツィーナ嬢に会って後悔したんだ。きみはこんなにも可愛らしくて、まさに花の盛りなのに、ずっと閉じ込めてしまっていた」


切々と語るケネス様の声は聞こえるけれど、わたしは正直それどころじゃない。


(旦那様ってそこまで最低だったわけ!? 他人に自分の結婚事情話すとか有り得なくない!? これ絶対ケネス様以外にも知ってるヒトいるでしょ。うわ……わたし、社交始める前から終了してたよ……)


白い結婚──つまり、一度も夫に顧みられたことのない妻。公爵夫人という名はあれど、実はない男爵家出身者。

そんなの……高位貴族の誰が相手にするというのか。侮られる要素しかないうえに、格好の標的だ。

これから交友関係を広げて地盤を固め、満を持してシャウラちゃんを売り込んで行こうと思っていたのに──。


(旦那様のバカバカバカバカ!! アケルナーの不幸は全部旦那様から始まってるんじゃない!? あーもう、既に地獄に落ちてるだろうヒトに言っても意味無いけど「地獄に落ちろ」! 子どもの未来潰す親とか害悪でしかないから!)


自分の好きに生きるのは構わない。わたしだって好きに生きているのだ、批判する権利はない。

でも、自分より立場の弱い者に不利益しかもたらさないのはおかしいと思う。自分しか楽しくないのならそれはワガママを超えた傲慢だし、周囲を一切顧みない暴走したナルシズムは害悪だ。


百歩……いや、無限に譲って考えても腹立たしい。

だって、わたしが結婚した時点でカウスくんもシャウラちゃんもちゃんと居たのだ。普通の夫婦生活を送りたかったなんて気持ちは微塵もないが、わたしが周囲に侮られることで、子ども達に影響が及ぶと……生粋の高位貴族の旦那様ならちょっと考えればわかったはず。


ほんの少しの隙さえあれば、口さがない連中は妄想を膨らませ、一族をまとめて口撃して来る。その火の粉は次期当主であるカウスくんを四方から焼き、シャウラちゃんの婚姻にも影を落とす。


(わざわざ隙を作ってどうすんじゃーいっ!!)


膝の上でギュッと拳を握って必死で耐える。それでも顔は笑っているんだから、わたしの猫は立派だ。物心ついて以降頑張って育てて来た甲斐が有る。


「なんなら逗留しても良いんだよ」


ケネス様は親身な口調で、わたしの五年間への憂慮を示してくれた。

どうやら彼は、華やかな王都に憧れる年頃の乙女を片田舎に押し込め、ろくに周囲と交流も持たせず地味な暮らしを強いたドゥーべ・アケルナー公の所業を、なぜか自身の力不足と捉えているらしい。随所に入る装飾過多なわたしへの褒め言葉は、彼の罪悪感の裏返しなのだと感じられた。


「あの、恐れながら王弟殿下。さすがにそれは義母ははの一存では決められないかと思いますので……義母も突然のお話しに驚いて言葉もないようですし……」


(ん?)


心の中で亡夫への罵詈雑言を並べ立てていたわたしは、シャウラちゃんの焦ったような声で我に返った。


「しかし、流行の最先端は常に王城にある。五年間の労に報いるためにも、ツィーナ嬢の評判を上げるためにも、これ以上の案はないんじゃないかな」


「そうなのでしょうが……義母はわたくし達家族を殊の他大切に思ってくれているので、こちらとしても離れ難いという気持ちもありますし……」


必死で言い募ってくれる様子に、脳内逆再生。聞き流していたあれこれをきちんと思い出してみる。

確か……


(え? やばっ!)


「ふふ、それはシャウラ嬢も一緒にこちらに逗留したいというおねだりかな?」


「え!? いえ、あの、そうではなくて……」


「ケネス様。わたくしのような者に過分なお心遣い、痛み入ります。あまりに夢のようなお誘いに、思わず惚けてしまいましたわ」


「では」


「しかしながら、わたくし如きには身に余る栄誉でございます」


意識の外に追いやっていたケネス殿下の言葉を思い出して要約すれば、「今日からしばらくここに住んでいいよ」。


なぜそうなった!? と頭を抱えるレベルの飛躍っぷりだ。どうやら、わたしと顔を合わせたことで、「友人の妻が不遇を託っているのを知りつつ深く気にかけずに来た罪悪感」のようなものがフツフツしてしまっているらしいが……まぁ、ありがた迷惑の部類の話だよね。


「殿下の仰る通り、王城や王都には年若い娘が憧れるものがたくさんございます。おかげさまで、今もわたくし共は夢心地でごさいます。しかしながら実は、わたくし、何よりも憧れているものがございまして。先程義娘が申しました通り、今は家族と過ごす時間を何よりも大切に思っておりますわ」


本音を言うなら、王城や王都に興味はあるが住みたいとは思わない。子どもの頃は王都に住んでたし。

地方民が「東京は遊びに行く所でしょ? 住みたくはないかなぁ」と言うのと同じだ。

住んでしまえば、慣れてしまえば、この上なく素晴らしい所なのかもしれないが、今のわたしはタウンハウスで精一杯。治安は少しでも良い方がイイし、空気も美味しい方がイイし、何より、気を張らずに済む方がイイ。気取った暮らしはガラじゃないのだ。


「夜会の折、ケネス様にお話しさせていただきました通り、わたくし、懐の広い母親になることを目指しておりますから」


「ほぅ……」


気持ちは嬉しい。王族が気にかける存在ともなれば、亡夫の作った口撃の隙はなくなる。夫に顧みられなかった身分の低い妻なんて、社交界総スカンも有りうるけれど、ケネス殿下という後ろ盾があれば逆に擦り寄って来るだろう。


「ケネス様のお優しさには心より感謝申し上げます。その御恩に報いるためにも、わたくしはアケルナーの子ども達と共に過ごし、立派に育て上げたいと存じます」


そもそもわたしは着飾るために王都に出てきたわけではない。子ども達の交友関係を整えるための社交がしたいのだ。

旦那様のマヌケでケチがついてしまった以上、使えるものは使うという手もあるが……虎の威を借る肝っ玉母ちゃんなんてカッコ悪いにも程がある。むしろ、真逆の存在だよね?


「わたしより家族をとる、と?」


決意を込めてにっこりと笑いかけた先、ケネス様の顔を見て「あれ?」っとなった。にこやかだけど……微妙に、目が据わって見える。


(いや、家族とケネス様って秤にかけるようなモノ???)


考えるまでもなく、


「ご厚情には感謝致しております」


軍配はシャウラちゃんとカウスくんに上がる。何せケネス様と会うの、まだ4回目だし。


「わたしは言ったね。親友であるドゥーべの妻子はわたしの身内も同然だ、と。それでも?」


「それこそ畏れ多いことでございます。ケネス様には、御家族様が……お兄様であられる陛下も、お母君の皇太后様もいらっしゃるではございませんか」


「わたしを国王のスペアとしか考えないアレらがわたしの家族だと? 本気ではないよね」


(ひぃっ!?)


え、どこに地雷があったの……!?


わたしをじぃっと見る瞳は光を喪った紫だった。黒に近い、というよりもはや漆黒。

唇は笑みを形作っているものの、声も低い。闇の漂う……間違いなく特大の地雷を踏んじゃった感漂う、マズい状態だ。


(家族って単語は今までも平気で使ってきたよね……。となると、実の家族ネタが危険なのかな……?)


「まさかわたしに、アレらと共に過ごせ、と?」


(……? もしかして……ケネス様の魔力属性って闇!?)


なんだか辺りが暗い気がして目を瞬けば、燦々と降り注ぐ太陽を通すはずの窓が薄ら黒くくもっている。王族が豊富な魔力量で魔法を発動すれば、この部屋くらいはあっという間に闇に呑まれてしまうかもしれない。


(ヤバいヤバいヤバい! シャウラちゃんも居るんだから、なんとかケネス様を鎮めなきゃ……!)


逃がせるものなら逃がしてあげたい。けれど、王族の前から許可なく退出するような真似をすれば、それこそ後が大変だ。


「……ケネス様。アケルナーの子達はわたくしが自力で掴み取った新しい家族なのです。言い方は悪いのですが……勝ち取りました」


実の家族に良い思い出がないのはわたしも一緒。そんな気持ちを力一杯込めてみた。

……まさか、実家と不仲で良かったと思う日が来るとは夢にも思わなかった。


「勝ち取った……」


「はい。お恥ずかしい話でございますが、わたくし、生家とは反りが合いません。亡夫との仲はご存知の通りですし……。実は、義息子むすことも始めはうまく行きませんでした」


恥を晒そうがなんだろうが、これ以上シャウラちゃんを怖がらせるわけにはいかない。現に彼女は顔面蒼白でガチガチカタカタ震えている。

心の中で義娘に謝罪し、わたしは姿勢を正してケネス王弟殿下と向き合った。先程の言葉から察するに、彼もまた、愛情に飢えているのではなかろうか。


確か……陛下は信望厚い賢君で、その母君は昔から陛下を溺愛していた。でもって、2人はケネス様の実兄と実母で……。


「時間と言葉を重ね、努力の末に心の距離が近づいたのです。義息子は未だにわたくしを義母ははとは呼んでくれませんが、こうしてわたくしを義母と呼んでくれる義娘と家族になることもできました。もちろん、義娘には実母との悲しい別れがあったのですが……」


「…………」


「常日頃から家族とは血の繋がりではないと思っております。傍からはわたくしが継子を可愛がることは、おままごとのように見えているかもしれません。けれど、わたくしは真剣なのです。わたくしを母親にしてくれる家族が、わたくしにとっての本物の家族でございます」


喋っているうちに熱が入って、感情的になってしまった。論点がズレていることに気付いて、慌てて戻す。


(えっと……ケネス様の中では家族の価値は低くって、それと比べて下の扱いを受けたことに怒ってる……? でもって、「おまえも家族を大事にしろ」って言われた気になってブチ切れモード、なのかな……?)


あくまで推測でしかないが。


前言撤回してありがたく離宮に滞在させてもらえばイイのかもしれない。でも、それはその場しのぎにしかならない、選びたくない道だった。

わたしが成りたいのは肝っ玉母ちゃんであって、浮かれて逆上せたお嬢ちゃんではないのだ。

キャッピキャッピウキャキャキャキャと都会を満喫するより、子ども達の傍にいたい。


向かい合うケネス様はまだ、据わった目をしている。けれど、闇の侵食が止まったのが感じられた。


「ケネス様には、わたくし達の気持ちをご推察いただけるかと存じます。あの……ケネス様も、お辛い少年時代をお過ごしだったように感じましたので……」


身分差とか外面とか考えなくて良いのなら、言ってしまいたかった。「話してごらん」と。

ウダウダ溜め込んでいるから地雷化するのだ。誰かに話すだけでラクになることは意外と多い。


「………………ふっ」


スローモーションのように長い睫毛が伏せられた。髪の毛と同じ金髪で、くるりと上向きにカールしている。

彼がその暗い目を閉じたことで、体にかかる圧力がふわりと消えた。やっぱり王族の魔力は怖い。彼自身は一歩も動いていなかったのに、伸し掛るかのような圧力だった。


「わたしのことはいい。おもしろくもない」


(……やっぱり、寂しかったんだろうな……)


皆に褒められ母に愛される兄の影で、一人佇む幼子の姿が見えるかのようだ。

頑張っても頑張っても兄に叶わない。いつだって兄が中心に居て、自分はその劣化版でしかない──。


「ケネス様……」


ごくり。唾を飲んで覚悟を決めた。


国というシステムを円滑に動かすため、幼い彼の心は犠牲になったのだから。


「よろしければ、ケネス様のこともわたくしに、新しい家族だと思わせていただけませんか?」


「…………ん?」


伏せられていた瞳がわたしを射抜く。

暗さの消えた濃い紫の瞳に、代わりに浮かぶ探るような鋭さと怪訝の色。


「身内同然、と言ってくださったお言葉、本当に嬉しゅうございました。ですので……もし、ケネス様がお嫌でなければ、なのですが……」


「悪いが、あなたが何を言いたいのかわたしにはよくわからない」


「そうですよね……。例えば……失礼して立たせていただきます。ご覧になられるのが早いかと」


「構わないが……?」


許可を得たわたしは、机を回り込んでシャウラちゃんの元へ向かった。

未だに涙目で震えている可愛い義娘。


「大丈夫よ」


ぎこちなくわたしを追う彼女に笑みを浮かべて見せる。それから、


「心配しないで」


座ったままのシャウラちゃんの頭に手を回し、キュッと抱きしめた。

ガタガタ震える細い肩を痛ましく思いながら、抱き込んだ頭をそっと撫でる。小さい子にするように。温もりをわけるように。


「シャウラちゃんはわたしが守る」


こんなところでするようなことじゃない。わかっているけど、手っ取り早くケネス様に伝えるためには……何より、震えるシャウラちゃんを慰めるためには、必要だと思った。

少しずつ震えが落ち着いていくのを感じながら、顔だけ、ケネス様の方へと向ける。


ぽつりと取り残された、寂しそうな幼子の面影。


「母とは、子どもを守り愛するものですから、如何なる時もわたくしは我が子の味方をします。貴族には珍しいかもしれませんが……アケルナーの領民達は、こうやって母親の愛情を子どもに伝えるのですよ」


「……つまり?」


自立を促す貴族の子育ては、愛情が伝わりにくい。だからわたしが参考にするのは、平民の家族と、前世のホームドラマ。


「わたくしは家族を、『時として自分の命よりも大事なもの』だと考えております。それと同時に、『素直に気持ちを伝え合う相手だ』、とも」


相手を丸ごと受け入れる懐の広さ。その懐には当然家族全員を入れる。

ただの母親と肝っ玉母ちゃんの違いは、この懐の広さだと思うのだ。肝っ玉母ちゃんの懐はとにかく広くて、家族は元より、家族にとって大切な相手……例えば、息子の友達とか、娘の幼なじみなんかも入れられる。


「わたくし達を身内だと言ってくださるケネス様を、わたくしにも大切にさせてください。尊い王族のお命はもちろん貴族わたくしなどに代えられませんが、可能なら、王族としてではなく家族として、ケネス様を大切にしたいのです」


シャウラちゃん相手なら化けの皮を剥いで腹を割って話すことに迷いはなかった。でも、さすがに王族相手に許可もなくタメ口は有り得ない。


「……つまり、そうやってわたしの頭を撫でたいと言うことかな?」


戸惑いの色を濃くしたケネス殿下に微笑みかける。


「わたくしはこの子の母ですからこうして抱きしめ、慰めます。ですが……わたくしがケネス様の母になるのは無理があるかもしれませんね……。姉、も難しいでしょうから……妹でいかがですか? お許しいただけるなら、わたくしはケネス様を新たな兄と慕わせていただきます」


「妹……」


正直、苦肉の策だ。別にわたしはお兄ちゃんなんて欲しくない。ぽにぃちゃ、居るし。

けど、このままわたしがいくらお母ちゃんだと主張しても、現実的に年上のケネス様には受け入れ難いだろう。実際そこまで多くはないけれど、この貴族社会、年上の息子だって存在する。とはいえ、あちらは高身長の立派な成人男性30代王族、かたやわたしは伸び悩み中の10代女子だ。前世のことを言えない以上、下克上は難しい。


だから、心の中では彼のことも「うちの子」扱いしつつ、表面だけ取り繕った。


「もちろん、ケネス様にはお立場がございますから、心の中でそう思う、ということに過ぎませんが──」


「いや、イイよ。わかった」


「それでは……」


(おっと! 思いがけず、大家族計画前進?)


シャウラちゃんを撫でる腕に力が籠る。

ケネス様のお怒りを回避し、シャウラちゃんと無事に帰る……その目標ついでに、家族が増えるならこんなに嬉しいことはない。だって……どうしても、彼の中の孤独な少年を放ってはおけなかった。

見過ごしたら女が廃る。


「ツィーナ嬢をわたしの家族にしてあげる。ただし」


(ん? 「ただし」?)


「わたしはあなたの兄にはならない。シャウラ嬢の新しい義父ちちになろう。ドゥーべの代わりに」


「……シャウラちゃんの……?」


素直に喜びかけて、わたしはぐりっと首を捻った。ちょっと、言ってることがわからない。

なんで、わたしじゃなくてシャウラちゃん? まぁ、シャウラちゃんの家族なら婉曲的に……わたしの家族でもあるから間違ってはいないけど……。


「ツィーナ嬢」


「はい?」


笑いかけてくるケネス様はついさっきの闇を忘れたかのように優しい。たぶん、今まで見た中では1番、人間味があるような気がする。

そうか……可愛い娘のいる親友がそんなに羨ましかったのか……。そう納得しかけて目を剥いた。


「わたしがなるのは、あなたの夫だ」


(……………………はい????)



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